第47話 幕間 支部長ガイルのモノローグ その2
今年もよろしくお願いします。
私の名前はガイル。
国際ギルド連合直営、冒険者ギルドのミドルテッシモ王国王都支部の長をやっている。
国際ギルド連合が運営する冒険者ギルドの各支部の中で一番の若手だ。
そして支部長に任命されてからそれなりに経つが、毎日が非常に忙しい。
書類の決裁もあるが、それよりも日々何かしらの問題を飽きもせずに作り続けてくる者達への対処が一番大変である。
まぁ、そんな毎日を過ごしているのだが、ここ数年は驚くというか、なんと言っていいのか分からないような感じの事が続いていて、少しばかり精神的にオーバーフロー気味である。
主な原因は、当支部所属の貴族令嬢のネリア・シャルティス・ドリュッセンのことである。
とはいっても、問題ばかり引き起こす問題児とか、素行不良で大変だとかではなく、単純に信じられない事を成し遂げるという所だが。
そんな彼女に関することで一番驚いたことといえば、あの若さで王家の騎士爵に任命されたことだ。
王家の騎士爵といえば、今までの王国の歴史で未だに任命された事のない役目だ。
他国の騎士爵はどうかは知らないが、この国で騎士爵というと、下は準男爵相当から、上は侯爵相当まで千差万別である。
主に仕える主によって位が変わり、さらに仕えるのが個人か、それとも一族全体かによっても変わる。
個人に仕えると、同等の爵位が1段階下の位となる。
つまりは、伯爵個人の騎士となれば、2段階下の男爵相当で伯爵家に仕える騎士だと子爵相当となる。
つまり、ネリア・シャルティス・ドリュッセンであれば、王家に仕えることになるので侯爵相当となるのだ。
そんなわけで、伯爵位の令嬢だった彼女は、たったの7歳で貴族としては最高の名誉だろう。
ただ彼女を見ていると、そこまで爵位には執着しているようには見えなかった。
どちらかというと一つの通過点を過ぎたような感じのように見える。
私は、歳は若いがこれでもギルドの支部長。
人を見る目は誰にも負ける気はしない。
だからこそ、彼女の底知れなさが分かるのだが。
その次に驚いた事といえば、彼女が10歳を迎えた時のことだろう。
この場合は驚いたというよりも、想像していたのと違ったという事だが。
10歳ごろといえば、体が大人へと変わり始めるころだろう。
一般的には体が少しづつ変化するに伴い、精神的にも大きく変わっていくものだ。
だがしかし、ネリア・シャルティス・ドリュッセンは、かなり違った。
元々生前の記憶を保持する転生者の中でも、ほぼ完ぺきに記憶を持つ彼女は、精神的にはかなり成熟していた。
それと彼女の生まれであるシャルティス村のエルフ達は、他のエルフ達とは違った特徴を持っているせいだろう。
という事から彼女は10歳の誕生日を迎える頃から、様子に違和感を感じるようになった。
そして誕生日を過ぎた次の日からが大変な1日となったのだった。
それは忘れもしない。
そろそろ問題を起こしそうな奴等が増えて来るだろうなぁ、なんて思いながら仕事を始めようとしていた時だった。
「支部長!」
そう言って秘書兼フロアマネージャーであるシェリー君が、ノックするのも忘れて慌てて支部長室へと入ってきた。
「どうした?何か問だが起きたのか?」
「はい。ネリア様が、ついにあの状態へとなってしまったと!」
「あ、あれが?」
「はい」
「だが、彼女はまだ10歳だぞ?まだその時期には早すぎるのではないか?」
「それはそうなのですが、ドリュッセン伯爵様からのご連絡なので」
「そうか、わかった。それでは薬の……、あー、そういえば用意が無かったか。シェリー君、すぐさま連絡を。私は一度、彼女の下へ向かう準備をする」
「わかりました」
そう言って、シェリー君は支部長室を出ていった。
私もすぐさま出かける準備をする。
これは急がなくては最悪、死人が出てしまう可能性もある。
100年ほど前に、シャルティス村のとあるエルフが起こした、あらゆる意味で最悪の事件の再来になってしまう可能性もある。
その事件では、暴走したエルフによって、男性およそ20人が犠牲となり、止めようとした冒険者35名が治療院送りになり、軽傷含めれば約100名もの死傷者を出すことになってしまったようだ。
それも今回は、あの彼女である。
生半可なステータスを持っていない彼女が暴走などすれば、いったい何人もの犠牲者を出すか分かったものではない。
つまりは素早く性欲抑制剤を投与しなくては、とんでもない事になってしまうのだ。
私は、拘束用の奴から暴徒鎮圧用の魔道具まで一通り、必要なものを手に取り、支部長室を後にする。
1階に降りると近くにいた職員を呼び、すぐさま緊急依頼を出すように指示する。
「あ~、君。今、大丈夫かい?」
「はい。大丈夫ですが、どうしたのでしょうか支部長?」
「ギルドから緊急依頼を出す。例のS事態の緊急依頼だ」
「は、はい。わかりました。すぐさま用意します」
職員が急いで緊急依頼の張り出し用の書類制作に取り掛かるために急いで席を離れていった。
私は次に今回の依頼主となる、ドリュッセン氏を探す。
すると向こうから私に声がかかる。
「支部長!」
「あぁ、ドリュッセン様」
伯爵ご本人の方から見つけてくれたようだ。
すぐに場所を応接室に変え、大体の事情は分かるが、一応しっかりと確認することにした。
変に間違ったままでやると後々大変なことになるし、こちらも信用問題に直結するからだ。
対面どうしに座り、話を聞く。
「現状はどうでしょうか?」
「今のところは自制が効いているようです。ただ、どれほど持つかまでは分からない状態ですね」
「そうですか。今、ギルドの方で薬の方を緊急配送してもらうようにしていますが、やはりそれでも届くのは明日になってしまいますが」
「それは分かっている。だから私から頼みたいのは、一度ギルドにある特殊魔獣用の檻を利用したい」
「いいのですか?娘さんをそんなところに入れて?」
「問題は無いだろう。我が娘ネリアは、精神年齢は高い方だ。自分の状態も理解しているのだから大丈夫だろう」
「わかりました。用意をしましょう」
という感じで聞き取りを行い、最終準備を済ませておく。
準備を整えたころ、職員の1人がやって来て、緊急依頼の手配が付いたと報告してきた。
その報告を受け、伯爵とともに受付まで戻る。
受付では緊急依頼のために人々が集まっていた。
皆、A級の実力者たちだ。
「それではこれよりS事態の対処を行う」
そう宣言し、我々はギルドを後にした。
シャルティス伯爵邸に到着すると、門の前に珍しい人物が立っていた。
「おぉ、来てくれたか」
「はい。急いで任務を切り上げてきました」
「ありがとう」
門の前で待っていた人物は第1騎士団の副長のトーラス・ブルックリン氏であった。
どうやら伯爵に呼ばれていたらしい。
それから伯爵のもと、伯爵邸の中を進み、ネリアのもとに着く。
見た様子では暴走する2つ手前といった感じだった。
そのおかげか、問題なくネリアをギルドへと移送することに成功したのだった。
それから私自ら監視を申し出て、薬が届くまでネリアと一緒にいたのだった。
そして翌日、ギルドに薬が届き、ネリアに渡そうとしたとき、私はネリアに止められる。
どうやら自分で性欲を抑制する手段を作り出したらしい。
なので、効果のほどは分からないが、あのネリアのことである。変な事態にはならないだろうと判断し、許可する。
すると今まで発していた、何か鋭い感覚が消え、いつも通りのネリアに戻った。
無事に成功したらしい。
それから一応、薬を飲ませ、檻から解放する。
これより一度も、ネリアは性欲に関しての問題は一切なかったのである。
そして最後に驚いたことといえば、彼女がマルテリィーア王国の危機を救ったことだろう。
それも報告者によれば、以前我が国で発生した事件と同じように、白ずくめの奴が再び現れたという事だ。
やはり彼女には何か因縁のようなモノか、それこそ腐れ縁のような縁でもあろうのだろうか?
さすがにギルドであっても、そこまでのことは調べることは不可能だが、私的には、その線が濃いと確信している。
とまぁ、そんなこんなで問題を解決したのだが、そのことよりも一番驚いたのが、最上位精霊と契約に至ったという事だろう。
人間なら一生に一度出会えるかどうかも分からないような、希少な精霊との契約だ。
一般人では絶対にありえないといっても過言ではない。
そんな精霊と契約することが出来たのも驚きだが、その精霊の属性というべきものが、ネリア・シャルティス・ドリュッセンだというのだから、もっと驚いた。
正直言えば、なぜそうなったのかと問いただしたいぐらいの出来事だった。
しかし、それを説明してもらったところで理解できるかは、難しいだろう。
多分だが、彼女のスキルでどうにかしたのだろうが、原理を説明されたところで意味は分からないだろう。
という訳で、今までの寛恕について思い出してきたのだが、私から言えることはやはりネリアだから、というしかないだろう。
こればかりは理屈で説明できるものだはない。
そんな彼女だが、今はあまり目立った事は無い。
私としては余計な心配事や厄介事が出てこない分有り難いが、ちょっとばかし寂しさもある。
我ながらおかしいと思うのだが、それだけ濃い日々だったのだろう。
ただ、私はひとつ確信していることがある。
それは必ず近いうちに大きなことが起こるのではないかという事だ。
いつも騒動の中心に居る様な彼女のことだ。
ギルドの支部長としてはあまり褒められた様な事ではないが、期待してしまうのだ。
これはネリア・シャルティス・ドリュッセンだからこそ、こういう事を期待してしまうのだろう。
もしかしたら私はすでに、ネリアの虜にされてしまって居るのかもしれない。
それでもいいだろう。どうせ私にはそれから逃れるすべはないのだから。
そう言えば、もうじき春の時期か。
新たなる生命の息吹が感じられる時期である。
支部長室の窓を開けていると、穏やかな風が頬をくすぐる。
そんな感じの風を受けながら、思いにふけっていると何やら外が騒がしくなってきた。
どうやら何か大きなことが起こったのかもしれない。
やれやれと感じつつ、私は窓を閉め、仕事へと戻るのだった。
次回より新章に入ります。




