第36話 10歳を迎えてまさかの事態へ
お持たせしました。
昨日、誕生日を迎えた。
いつも通りの家族だけのささやかな誕生日会だった。
基本的にはエルフにとって誕生日は、あまり重要な事ではない。
なぜなら、長い時を生きるエルフは時間感覚がゆっくりしている為、誕生日を祝うのは、ある決まった節目の歳だけである。
そんなわけで誕生日の翌朝。
起きてベッドから立ち上がろうとしたときだった。
「ん?」
何故かいつもと違う感覚がする。
違和感を感じたのは丁度、下腹部辺りだ。
何か原因が無いか過去を振り返ってみるが、思い当たることが何もない。
仕方がないので、万理眼で調べてみる。
始めに違和感の元を探ってみる。
そして原因が子宮であることが判明した。
「…あ!そっか、私にも初めてが来たのか」
割りと早めだが、初潮が来たらしい。
どうも私は少しばかり早熟のようで、皆より少し背が高い。
そんなわけで10歳を迎えた翌日に来るとは、なんかできてるなとは思わなくないが、それよりも兎に角準備だけは済ませないと。
収納からお節介で入っていた生理用具を取り出す。
はじめてだし、なんか中に入れるのは躊躇われる。
小袋から布地を取り出す。
この世界のナプキンは高吸水性ポリマー何て言う物は当然使われていないが、そこは天然の高吸水性素材を使用している。
ナプキンを取り付け、一先ずは安心できた。後はこの事を両親に話すべきか悩む。
勿論ずーっと黙っていても何時かはばれる話なので、話さないということでは無いが、だからといって自信満々に言うことでもないし。
それに前世が有るといっても、そこまで精神が老成しているわけでもない以上、やはり恥ずかしい。
そんなことを悩んでいると扉をノックする音がする。
「ネリア様よろしいでしょうか?」
「え、あぁ」
「失礼します」
部屋に入ってきたミセルは途中で立ち止まり、しきりに部屋の匂いを嗅ぎ始めた。
そしてゆっくりと私のもとに近づいてくる。
「どうしたんだ、ミセル?」
「いえ、ネリア様の匂いが何時もと少し違いまして。念の為、確かめさせて貰います」
そうして更に近づき、全身隈無く匂いを確かめてくる。
「この匂い…。ネリア様、初めてを迎えられたのですか?」
「あ、あぁ…、そうだが。わかるのか?匂いだけで」
「はい。これでも狼系統ですから。鼻は良いんです」
「そうか」
なんだか身近な人に知られて、恥ずかしさから顔が熱くなる感じがする。
熱くなる顔を収めるため頬を軽く2回ほど叩き、仕切りなおす。
「それで、報告した方がいいかな?」
「そうですね。報告した方が良いと思います。それにもし何か変わったことがあったら報告が欲しいと言いつかっておりますので」
「そうなの?いつ言われたんだ?」
「昨日です」
「昨日、私には黙ってか?」
「はい」
なぜ私に黙って報告をしろと言ってきたのかは分からないが、私にわかってしまうと困ることでもあるのだろう。
ならば私は気づかないふりでもしておけばいいか。
余計なことをして話を大きくする必要もないのだから。
とりあえず着替えを済ませ、朝食をするために食堂へと向かう。
食堂ではすでに両親が待っていた。
「おはようございます」
「あぁ、おはよう」
「おはよう、ネリア」
席につくと、すぐさま朝食が運ばれて来る。
全て準備が整うと食事を開始する。
それから朝食を食べながら、どう切り出そうか考えるが、結局何も思いつかなかった。
そのうち朝食を食べ終わり、食後のお茶の時間となる。
話始めるなら、この落ち着いた雰囲気で話をする方が良いだろう。
意を決して話を始める。
「父上、母上。お時間よろしいでしょうか?」
「ん、大丈夫だぞ」
「ありがとうございます」
「それで、どのような事なのだ?」
「えっと、その、初めてが来たので報告しておいた方が良いかと思いまして」
「真なのか?」
「はい」
その話をしたとたん険しい表情をする父。
想像していた反応とは間違っていたので面食らう。
なんだか不安になってくるが、次の言葉を静かに待つ。
「ネリア、1つ聞くぞ。体の方は大丈夫なのか?」
「えーっと、大丈夫ですが。何かあるんですか?」
「いや、その、何だ、何か変な衝動を感じたりしていなかという事を聞きたくてな」
「衝動?」
「いや、その、なんといえばよいのか、その、せ、せ、せい、しょ、しょ、どう、とか?」
「え?性衝動?」
「いや!あ~、そ、そ、そういう訳じゃ、ないと、いうか…。いや、問題が無いのならいいんだ。うん!」
「?」
よくわからないが、もういいらしい。
それにしても性衝動とは何の事だろうか?
一体、何をそんなに気にしているのだろうか?
考えても答えは出てきそうにないので、そのうちわかるだろうと思い、いったん放置する。
それよりも今日の予定は、学院に行き学院の再開発関連の書類を整理しようと思っていたのだ。
出かける準備を済ませ、家を出る。
いつものように街中を歩いていると、後ろに控えていたミセルから声を掛けてくる。
「ネリア様、何か気になる事でもありましたでしょうか?」
「え?」
言われてから気づく、なぜか目線が、街歩く人の一部分に目が行っていることに。
「あ、いや、特にない」
「?そうですか」
それからというもの、なぜか視線が特定の一部分へと流れてしまう。
今までそんな事は無かったはずだが、何かおかしい。
このままではただの挙動不審者になってしまう。
目線を進行方向へと向けようと、気合を入れる。
それでも、何かと目線が動こうとするが、鋼の精神で何とか止める。
何かもやもやとした気分になりながら学院に到着した。
それから自分のホームルームへと向かう。
ホームルームに到着し、扉を開け中に入るとミランダが私の方にやって来た。
「きゃ!ど、どうしたのですかネリア!」
「え?」
気が付いたら私はミランダを抱きしめていた。
それも記憶が数秒間飛んでいた。
ミランダが近づいてからの記憶が無く、ミランダの声により気が付いたときには、すでに抱きついていた。
「あの、ネリア、その、大丈夫ですの?」
「えーと、大丈夫」
「そ、そう。あのネリア、そろそろ放してもらえると有り難いのですけど。恥ずかしいので」
「え?」
そう言われて先ほどからミランダに抱きついたままだった。
慌ててミランダを放す。
「すまない」
「いえ、大丈夫ですわ。それにしてもどうしたのですか、いつもらしくありませんわよ」
「そうか、自分でもわからないだよ。何が何だか」
「そうですの。何か困ったことがありましたら、私に言ってください。力になりますわ」
「ありがとう。何かあったら言うよ」
「えぇ」
そらからは、なんの問題もなく過ごすが、本当の異変は帰宅したからだった。
私は自室に戻り、今日1日の出来事について考えていた。
実を言えば学院からの帰り、かなり変であった。
朝の時点より更に歯止めが利かなくなっていた。
やっと家に戻ってきて冷静に考えてみて、やっと今までの異変の正体に気が付いた。
「そうか、そういう事か」
今までの異変の正体は、久しく忘れていた性に対する衝動だったのだ。
父が朝言っていた事についてもようやく理解が出来た。
そういえば、私達シャルティス村のエルフたちが、エルフの皮を被ったナニかとか、エロフなんて言われていたことも理解できた。
なるほど、まさかここまで自制が出来ないとは思わなかった。
それになんだか、今にも誰かに襲い掛かってしまいそうで怖い。
こうなってしまっては何かをするのもまずいかもしれない。
この感覚をどうにかしたいが、完全にテンパってしまって上手く考えられない。
こうなったら寝て、すべてをリセットしてしまえばよい。
という事でサッサと寝巻に着替えて、ベッドに入る。
「……、眠れない」
駄目だ。完全に興奮してしまって全く眠気を感じられない。
そんな時だった。
「ネリア様、大丈夫ですか?」
どうやら私が騒がしくしていたのを聞きつけてやって来たようだ。
従者としては非常にほめられたことだが、今は不味い。
もし、このまま部屋に入られたら非常に不味いことになる。
「だ、大丈夫だから!部屋には入らないで!」
「ネリア様!本当に大丈夫なんですか?」
「大丈夫、大丈夫だから!」
このまま部屋に入られるのはまずいと思い、部屋のカギをかけようとしてベッドから急いで起き上がった。
それが非常に不味かった。
テンパり、急いで起き上がったせいで、バランスを崩し、ベッドから足を滑らせ、受け身も取れぬまま、顔面から地面にぶつけてしまう。
「ネリア様!」
大きな物音に驚き、急いでミセルが部屋に入ってきてしまった。
「大丈夫ですか!ネリア様」
「大丈夫、大丈夫だから」
そう言って急いでミセルから距離を取る。
「ネリア様、本当に大丈夫なんですか?」
「大丈夫。だから早く出っていって。そうしないともっと不味いことになるから!」
「え?」
何を言っているのかよく分かっていないミセル。
私は一生懸命、ミセルが視線に入らないようにしていた。
どうしても今の彼女を見ていると、過去に置いてきたはずの黒い欲望が鎌首を持ち上げてくる。
今も彼女の息遣いから何もかも、困惑的に感じてしまう。
もう止めようになかった。
体が全くいう事を聞いてくれない。
今も状況を理解できていないミセルに、じりじりと近寄っていく。
獲物を確実に捕えるために、逃げられない部屋の隅へと追い詰めていく。
そしてついに部屋の隅へと追い詰める。
部屋に漂うのは少し甘い香り。
そして、わずかな2人分の荒めの呼吸音だけ。
「あの、ネリア様?」
「なんだ?」
「その、今…、発情されているのですか?」
「そうかもな」
「えっと…、その、私でよければ…、きゃっ!」
そして、そのあとの事はよくわからない。
なんだかふわふわしたものと、驚くほどの胸の高まりだけであった。
「はっ!」
気づいたときには、すでに朝だった。
昨日の事を思い出そうとするが、全く思い出せない。
ミセルが部屋に入ってくるところまでは、ぼんやりとだが思い出せるのだが。
確か、ミセルを部屋に立ち入らせないようにしていたような。
なんで立ち入らせないようにしていたのだろうか。
そんなことを考えていると小さな声が私の隣から聞こえてきた。
「う、ん?朝ですか?」
何だかヤな予感を感じながら、ぎこちなく声のした方を向く。
そこには一糸まとわぬミセルが、いた。
「あ…」
漏れた声はあまりにも情けない声だった。