第33話 ミセルの眷属化
私は久しぶりに貧民街に来ていた。
私は貧民街を訪れるときには必ず、私持ちの奴隷となっている元傭兵のギルバを連れてくることにしていた。
貧民街という場所である以上、その辺にゴロゴロと厄介の種が転がっている。
最近ではギルバを使って、この辺の掃除をさせているが、この貧民街は結構な広さを誇っている。
何せ国の首都としては、かなりの大きさを誇っており、20キロ平方メートルもの大きさを誇る。
そして貧民街だけでも王都の4分の1程度もあるのだ。
そこを全部、規則正しく治めようとしても、1人では土台無理な話である。
そんな訳で厄介除けにギルバを連れている。
そして、なぜ私が貧民街を訪れているかというと、ミセルの眷属化の儀式において使う花を取り寄せよと思ってやって来たのだ。
そしてやって来たのはキャルライト商会である。
ここは以前、ダイタルカ商会を潰す際にダイタルカ商会の受け皿になってもらう契約をした商会だ。
今回は、この商会が持つ取引網を使う予定である。
キャルライト商会は言わば密輸組織だったところである。
そのため非常に入手困難な物でも取り寄せる事が出来るのだ。
というわけで商会の正面門の前までやって来た。
「お久しぶりであります!」
そう言って声をかけてきたのは、以前この商会に来た時も門番をしていた男である。
「久しぶりだね。元気にやっているようだね」
「はい!おかげさまで元気にやらせてもらっています!」
「そうか。ところで商会頭居るか?」
「はい。大丈夫です」
「そうか、ありがとう」
そう言って私達は中へと入る。
中は以前と変わらず寂れた様相を見せているが、よく見ると調度品が良いものに変わっている。
という事は、無事再興に成功したという事だろう。
しばらく応接間で待たせてもらっていると、奥から50代ぐらいの如何にもヤバそうな顔をした男が出てきた。
「お初にお目にかかります。このキャルライト商会、会頭のトラバスと申します」
耳に残る渋い声。彼こそがキャルライト商会の会頭、トラバス。
確か今年で53歳。そろそろ後身に譲るころなのだが、今まで落ちぶれていたせいで人がいないのだ。
それでも年齢からは思えないほどの覇気を放っている。
これならまだ大丈夫だろう。
「初めまして。ネリア・シャルティス・ドリュッセンです。今後ともよろしくお願いしますね」
「ご丁寧にどうも。それで今日は、どういったご用件で?」
「1つ明後日までに用意してほしい品がある」
「それで品物の方は?」
「トゥールデュリアスの花を一般的な花束サイズで欲しい」
「トゥールデュリアス、ですか…」
ここでトラバスの顔が歪む。
トゥールデュリアスは現生地が、とある国の保護区の内部にしか無い非常に貴重な植物である。
そして、この花の花言葉は永遠の誓いである。
まさしく儀式の時に使うにはもってこいな花である。
しかし、入手する事が非常に難しい。
何せ、卸される先が非常に限られており、そこから一般市場に出回る可能性は、ほとんどない。
それでも数年に1度ほどは売りに出されるが、それでも購入することができるかは運しだいとなるほどである。
そんな花を花束で、それも明後日までとなると、普通は無理な話である。
それでも私が、この商会を頼ったのは、このトラバスが居るからだ。
トラバスは、この業界で知らない人間が居ないほどの有名人である。
商会の主としてではなく、運び屋としての話だ。
幾度ともなくご禁制の品を確実に依頼主に届けることが出来る男。それがトラバスである。
だからこそ私は、この依頼をここに持ち込んだのだ。
「駄目なのか?」
私は、トラバスの目を覗き込みながら訪ねる。
そしてトラバスは一旦、目を閉じる。
それから数十秒ほどそのままであったが、しばらくして目を開ける。
「答えを聞いても?」
「分かった。受け取りはどこで行いますか?」
「ここで。昼過ぎに取りくる」
「わかりました。お待ちしております」
必要な物の取引終えて、ちょうどこの機会に聞いておきたいことがあった。
早速、部下を呼び指示を出し終えるのを待ち、話を切り出す。
「ところで少し時間はあるか?」
「はい。今のところ用件はございませんから大丈夫ですが、どういったお話で?」
「簡単に言えばこれからの事についてだ。そろそろ後継者の話もあるのだろう?」
「あ、あぁ、その話ですか。いや、お恥ずかしい限りで、未だに後を継がせようと思える者が居りませんでしてな、私も少し悩んでいるところです」
「ならば1つ、とある人物に依頼したいことがあるのです」
「それは誰ですか?」
「あなたの娘さんにだ」
「ミーラに、ですか?」
「そうだ」
ミーラ。このキャルライト商会の会頭トラバスの一人娘。
この親父さんからは考えられないほど顔立ちが良い。
ただ、性格は大らかかつ、大胆なところが有り、そして一番の問題が喧嘩っ早いというところだ。
トラバス曰く、あれがなきゃ問題が無いんだがなぁ、という事らしい。
そんな彼女を話題に挙げるのは、理由があるのだが、ぶっちゃけたことを言えば、勘である。
何となく彼女なら1つ、とある依頼をこなせば後継者足り得るのではないかと思っている。
そして私はトラバスに依頼内容を説明する。
「わかりました。ご依頼受けさせてもらいます。あと最後にお礼をさせていただきたのですが…」
「待った。それはいらない。欲しいのは確実な結果だけでいい。それの方がうれしいから」
「……、わかりました。必ず良い結果をお持ちします」
「頼んだよ。ギルバ、そろそろ行こうか」
そう言って私はギルバを連れてキャルライト商会を後にした。
それから2日後、無事に届けられたトゥールデュリアスの花束をしまい、すぐさまシャルティス村へと向かう。
シャルティス村に到着すると、村の中央広場へと向かう。
そこには、きれいに作られた木製の大型舞台が出来ていた。
「はぁ。これは凄いな」
その舞台に見とれていると、後ろから近づいて来る足音が多数聞こえてくる。
「どうかな?出来栄えの方は」
振り向くとそこには、この村で唯一の大工衆、ミールセント工房の親方、ティムスとその弟子たちで居た。
「非常によくできています。短期間の間に、ありがとうございます」
「いってことよ。こっちも作ってて楽しかったしな」
「そうですか」
暫く眺めながら、飾りつけを考える。あとは村の付近に自生している草木で飾れば問題ないだろう。
そして大体の構想が練ってから、後の時間は飾りつけに専念した。
さらにその翌日、私はミランダに着せる服装を家のメイドたちに任せて、一人自室で自分用の衣服を考えていた。
「う~ん、どうするかな。ここはシンプルで余計な装飾のない白色のサマードレスかなぁ」
そんなことをつぶやきながらウォーキングクローゼットの中を見て回る。
そして中から、一切の装飾の無い白のサマードレスを見つける。
それから白の薄手のケープを見つける。
「それから後は何かいい感じのモノは…、無いかな」
しばらく探してみたが、さすがに見つからなかった。
探していたのはベールである。
さすがに、これだけは見つからなかった。
仕方がないので、なぜかいつの間にか収納に入っていたものを取り出す。
「本当にいつの間に用意するんだか」
少し呆れつつ、それと少しばかりの感謝をしつつ。明日の本番に向けて、最終準備を進めていった。
そしてついに儀式当日となった。
私とミセルは、今日の儀式の時間までは別々に行動することになっている。
という事なので、私は一足先に会場となるシャルティス村の特設舞台へと来ていた。
すでに衣装や化粧も済ませて準備は万端である。
「それにしても綺麗だね」
そう言って声をかけてきたのはお婆様であった。
「ありがとうございます。何時もより時間をかけましたから」
「そうかい。それじゃ楽しみにしているよ」
そう言って、お婆様は戻っていった。
それから時間まで最終のイメージトレーニングをして待った。
そしてついに、その時がやって来た。
最初に私が舞台の1段高い場所に登り、ミセルの登場を待つ。
そして、観客である村人達の集団が中央から縦に割れる。
割れて出来た道を1人の少女が歩いて来る。
服装は白の貫頭衣のみと、これまたシンプルな出で立ちで現れた。
ミセルはまっすぐ私を見ながら、力強く歩いていく。
そしてついに私の目の前へとやって来た。
「ネリア・シャルティス・ドリュッセン様。私、ミセルはあなた様の眷属とならんが為馳せ参じました」
そう言って片膝を着き私の足元に頭を垂れる。
私は出来るだけ厳かになるよう低めの声で、許可の文言を短く言う。
「許す」
「は!有り難き幸せ」
ミセルは私の言葉に返事をし、頭を上げる。
私は顔を上げた彼女の瞳を見つめる。
見つめた瞳は揺るがない決意の光が見えた気がした。
私は収納から、しまっておいたトゥールデュリアスの花束を取り出す。
「ミセルは、この度の事に永遠の誓いを捧げるのならば、このトゥールデュリアスの花を受けとるがいい」
「はい」
そうして私の持つ花束を恭しく両手で受け取る。
この時、万理眼の能力である眷属化を発動させる。
発動させると一気に魔力が吸いとられ、ミセルへと流れ込む。
ミセルへと流れ込んだ私の魔力が、全身へと行き渡ると、彼女の魔力と混じり合い、数秒程で落ち着いた。
落ち着いたところを見計らって、万理眼でミセル状態を確かめる。
すると、ちゃんとミセルの状態が私の眷属へと変わっていた。
どうやら無事に成功したようだ。
「今ここに白狼族ミセルは、私ことネリア・シャルティス・ドリュッセンの眷属となった。これからも末長く仕えることを誓うか?」
「はい、ネリア様!」
こうしてミセル眷属化の儀式は大成功と相成った。
儀式が終わるとそのまま村では宴会が始まった。
私とミセルは村人達に強制的に連れられ、宴会に巻き込まれるはめになってしまった。
その宴会は夜遅くまで続くこととなる。
「どんな気持ちだい、ミセル?」
宴会が終わった後、夜風に当たっているミセルを見つけると声をかける。
「何だか、とても暖かい気持ちです。」
「そうか」
「ネリア様、永遠にお供します。これからもよろしくお願いします」
「あぁ、よろしくミセル」
こうして夜は過ぎていったのだった。