第30話 ネリアの冒険者としての活動(前編)
家の食堂で、のんびりとくつろいでいたファスタに明日の事を伝えて、その日は終えた。
そして翌日、10の刻。
食堂にファスタ、ミセル、ジラスが揃っていた。
「皆揃っているね。それじゃ行くよ」
そう声をかけ、私を先頭に屋敷のとある部屋へと向かう。
階段を下りて地下1階へと降りる。
さらにそこから一番奥の部屋まで進む。
「よし、ここだ」
そしてついた場所は転移室である。
「ここですか、昨日言っていたお楽しみというのは?」
「そう、ここから私達の領地があるシャルティス村まで向かう。そういえばジラスは転移などやった事は無いよね?」
「はい、そうですが。それが何か関係があるのですか?」
「偶に転移に弱い人がいるんだよ。空間を強引に歪めるから、それに酔っちゃう場合があるんだよ」
そう話しつつ、部屋の中央に設置された魔法陣の上に立つ。
本当のことを言えば、一々転移室を使わなくても、転移魔法が使えるので使う必要は無いのだが、転移が初めての人間がいる為、転移室を使うことにしたのだ。
転移室の転移魔法と、私の使う転移魔法は同じ転移魔法でも転移する仕組みが違う。
転移室の転移魔法は、専用に作られた転移用空間を使った時空間誘導式という転移魔法である。
この魔法は、専用の転移用空間を使うことによって、安全に的確に転移を行うことができるのである。
デメリットとしては、専用の空間を用意する為に、時間とお金がかかる他、転移の誘導用パスを維持するのにも費用が掛かる。
そのためにVIP用だったり、確実に転移させる必要があるモノなどに使う転移魔法である。
それに対して私が使う転移魔法は、事象改変式と呼ばれるものである。
簡単に言えば、今いる場所から別の場所に対処の存在を書き換える方法で、空間をいじるのではなく、世界に干渉する転移方法なので転移酔いが無く、転移しても転移魔法を使ったという事も分かりにくい為、隠密に転移する場合は重宝する方法である。
デメリットとしては、世界に干渉するために、それを行うことの出来るスキル等を保持していなければ使えないという事である。
私が現状知っている人物は、私一人しかいない。というよりもいる方が稀である。
ただ、今回この方法を使わなかったのは、私の修練不足による失敗を危惧してのことである。
ここは安全第一に行うことが重要である。
という事で今回は転移室の転移魔法を使ったのである。
ついでに言えば、一般的な転移魔法は、空間干渉系である。
これは空間を置き換える方法や、転移させるものを魔力的変換し、それを転移先に送りこみ、再び実体化させる方法などである。
ただこの方法だと、酔いやすい人間には慣れないと大惨事な状況になるので、これも今回は使わないことにした。
「それじゃ、行くよ」
そう言って、魔法陣に魔力を込め、起動呪文を唱え、魔法陣を起動させる。
魔法陣が起動し、まばゆい光を放つ。
そしてそれが収まると、先ほどとは違った部屋に到着する。
無事にシャルティス村の屋敷の転移室についたようだ。
転移室を出て一度、屋敷の使用人区画へと向かう。
「これはこれはネリア様、おかえりなさいませ」
「久しいなダジエイル。元気そうでよかった」
「ありがとうございます。それでネリア様、すぐにお出かけになりますか?」
「そのつもりだ」
「左様でしたか。それでは出発前に、こちらをお渡ししておきます」
そう言って取り出したのは1冊の本であった。
「大奥様から今後、必要になるだろうとから持っておくといいと言われたものでございます。どうぞお受け取り下さい」
「分かった。有り難く頂戴する。後、お婆様にお礼を言っといてくれ」
「承りました。それでは行ってらっしゃいませ」
「あぁ」
貰った本を収納空間に入れ、屋敷を後にする。
最初に向かうのは村のはずれにある、境界の森である。
この森は、内部に巨大な地脈があるところで、この付近の空間魔力濃度を異常に高める原因となっているものだ。
普通なら空間魔力濃度の異常は、すぐに対処するべき案件である。
というのも魔力濃度が高いと、危険な魔物の発生を誘発したり、近くにいることで魔力中毒症を引き起こし、最悪の場合死に至る可能性があるからだ。
そんな危険な状態なのだが、ここはシャルティス村。
エルフの皮を被ったナニかの住む村なんて言われている村だ。
特に魔力に対しての耐性は、この世界随一と言っても過言ではない。
何せ生まれる前から森の中の魔力濃度の濃い部分で過ごし、生まれた後も定期的に森の中に入り、耐性を高めることをし続けるのだ。
そんなわけで、この村にとっては魔力濃度の異常程度では問題ないのである。
ただし、村の中まで濃すぎる状態だと、外部からの人間が来られなくなるので、村の中には結界を張って、魔力濃度の調整を行っている。
「それにしても、ここはすごいですね」
村の中を歩いている途中ここに初めて来たジラスが感嘆の声を上げる。
「どんな風にだ?」
「何というか噂に聞いていたのとはだいぶ違ったので」
「ふ~ん、そうなのか。ところでその噂っていうのは、どういう感じなのかい?」
「それはですね…」
色々とあったが、大まかに言えば、
エルフなのに脳筋だとか、エルフの形をしたサキュバスだとか、エルフの姿をしたオーガだったりと、とにかくエルフらしくないと思われている事だけは分かる。
つまり私もそのうちなのだろうか?多分そうなんだろうな。悲しい事だが、自分自身でも否定できないところが。
「そうか。ん、ありがとう」
「あ!いや、ネリア様がそういうことではなくてですね!」
感情をかなり表に出してしまった。
普段から相手に様子を気取られないように、絶妙な加減で相手に不快にならない程度の真顔であるようにしている。
これは前世で祖父さんから、こうしてれば全て上手くいくと幼少の頃から教えられていた。
そのせいでよく全盛の友人から、お前の顔は非常に胡散臭いなどと言われていた。
今はこの顔をしていても、エルフの整った容姿のおかげで、あまり違和感を与えてはいない。
さすがにギルドの支部長ガイルからは最近になって、その顔でいられると何だか変な気分になるからどうにかしろとは言われるようにはなったが。
出来る限り早めに時と場合によって表情を変えられるように練習しておかなければ。
「大丈夫だ。気にする事ではない」
「そ、そうですか」
「あぁ、気にするな」
「わかりました」
そんなやり取りしつつ、しばらく歩くと目的の境界の森の入り口についた。
私は収納から小さい金属製の板のついたネックレス状の魔道具を取り出す。
それをジラスに手渡す。
「これは?」
「これは空間魔力濃度抑制用の魔道具だ。ここの森は地脈が通っているせいで魔力濃度の非常に高い。村の中は結界を張っているから大丈夫だが、森の中ではそうではない。だから、この森の中では肌身離さず持っている事。いいね」
「わかりました」
「それではまず、私が管理している薬草畑で薬草の採取をしてもらう。という事でミセル。詳しいやり方をジラスに教えてあげて。私は森の奥に狩りに出てるから、何かあったら連絡を頂戴」
「かしこまりました」
必要なことを伝えて、私はファスタと共に森の奥へとお金になりそうな魔物を探しに入る。
「ファスタ」
「何、ご主人?」
「ここから別行動にしよう。ファスタは一度、森全体を見回ってくれる?」
「我は良いが、何かあるのか?」
「念のためにね。王都のスタンピードじゃないけど、この森は問題が起きると多分、今の私の実力程度では解決できる気はしないからね。小さな異変でもいいから何かあったら私に報告して。出来ればこれから村の掟のこともあるから定期的に行うつもりだから、そのつもりで」
「うん、わかった。それでは行ってくる」
こうして途中でファスタとも別れる。
ファスタと別れた後、私は周囲に魔物がいないことを確認し、念のために魔物除け用の香を取り出し、火をつける。
十分に煙と匂いが立ち込めたのを確かめてから、下敷きの布を取り出し、地面に置く。
下敷きの布の上に座禅をするように足を組み瞑想に入る。
そして万理眼と演算空間をリンクさせ、精神を集中させる。
するといっきに視野が広がるような感覚がする。
そして視野が広がるたびに、私自身の存在が薄れているような感じがしてくる。
それを強引に引き締めながら、かといって感覚を狭めないようにこの森全体に満遍なく広げていく。
相反する要素を演算領域に任せ、今必要なことを始める。
探し出すのは今までに、この森で繰り返してきた事柄とは別の事柄を探す。
(これも違う。これも問題ない。それにこれもちょっとした揺らぎによる異常。あの、何かよくわからないものは……、よし何もない)
ここ10年ほどの過去を探ってみたが、特に変な異常は見当たらなかった。
だいぶ魔力の方も6割近くも減っている。
魔力濃度の濃いこの森で、ここまで体内魔力を消費するとは、思いもしなかった。
私はすぐにスキルを停止させる。
「ふぅ~。はぁ~、いつもよりやっているよりも深く視たせいで疲れた。少し一休みしてから狩りの方を始めるか」
という事で、深く呼吸するようにする。
こうすることによって、いち早く体内魔力を回復させることが出来る。
それから10分ほど休んでから、狩りの準備を始める。
今まで使っていた道具類をしまい、代わりに狩りの道具を出していく。
防具を身に着け、2振りのナイフを腰のナイフフォルダーに収める。
「よし、これで大丈夫かな」
一度全身を見て確認する。
確認を終え、再び万理眼を使って高額取引される獲物を探す。
すると近くに高級食材のハイグランドホーンが2体ほどいるのを見つける。
ハイグランドホーンは大型のイノシシの魔物である。
並みの牛よりも2回りも大きさである。
ただ、ここまで大きいために通常の森などでは、めったに出会わないため、市場に出回る量も非常に少ない。
それだけではなく、かなり凶暴で並みの冒険者では歯が立たない魔物でもある。
鋭い牙による攻撃は厚さ10センチにも及ぶ鉄板さえも貫けるほどである。
そのため買い取り価格も非常に高く、さらに良質な肉質であれば、さらに価格は上がり、こぢんまりとした家も買えるほどの値段にもなる。
それが2頭もいるのだから、その値段も倍である。
「今回はこの2頭だけで十分かな。よし!」
気合を入れなおし、収納からまた別の得物を取り出す。
それは以前、一気にレベルアップした後に自分の能力の確認を行った時に使った長ドスである。
刀身に切断能力向上の概念付与を行う。
そして気づかれないように隠蔽スキルを使い、ハイグランドホーンが見える位置まで近づく。
2頭は私の方に尻を向けて、草を食べている。
私は、体に身体強化の魔法を掛け、姿勢を低くし、足に力を籠める。
そして一気に駆け出す。
茂みから飛び出しとことによって2頭がこちらを振り向き始めるが、それよりも早く右側の反応の早かった方の背中に飛び乗る。
飛び乗った勢いのまま首の中心めがけて刃を振り下ろす。
振り下ろした刃が硬い骨を貫通する感覚を感じる。
その時に刃に雷撃魔法をまとわせ、相手の神経に雷撃を流し込む。
いきなり神経に電流を流し込まれ、ハイグランドホーンが全身を痙攣させながら倒れる。
巨体が大きなドシンという音を立てながら横たわる。
もう1匹のハイグランドホーンは、突然の事に咄嗟の行動が出来ずに振り向いたまま立ち尽くしている。
その機会を逃さないように、ハイグランドホーンの巨大から刃を引き抜き、すぐさま立ち尽くしている、もう1頭の頭めがけて投げつける。
刃はまるで紙を貫くかの如く、すんなりと頭に刺さる。
そして、私は再び刀身を返して、雷撃を脳に流し込む。
雷撃により、脳を焼かれたもう1頭も地面に倒れこんだ。
「ふ~ぅ。何とかなったか。よし、サッサと止めを刺さなくては」
地面に倒れ伏したことによって、やっと首を落とすことの出来る状態となった。
そして、引き抜いた長ドスで2頭の首を切り落とし止めを刺す。
止めを刺し終わったら、すぐさま収納にしまう。
「よし。あとはファスタが戻ってくるまで待つだけかな」
私はファスタが戻ってくるまで、のんびりと待つことにした。
少し長くなりそうだったので、前後編に分けます