第26話 スタンピード対応の褒賞
再び、本編開始します。
迷宮の事件から約1か月。夏の長期休暇を終え、今は再び平穏な日々が続いている。
そんな中、月の終わり頃のある日の昼下がりに、自室で寛いでいた私のところに父がやって来た。
「ネリア、お前に伝えたい事がある」
「はい。なんでしょうか?」
「国王陛下から明日の10の刻までに登城せよ、との事だ。学院内迷宮スタンピード事件の事について話があるそうだ。そういう事だから明日の準備をしておくように」
「分かりました」
それだけ言うと部屋を出ていく。
父が部屋から出ていくと、私は机の上に置いてある呼び鈴を鳴らす。
すると少しばかりしてからミセルがやってきた。
「お待たせしました。どのようなご用件でしょうか?」
「明日、王城に登城しなければならなくなった。その準備を頼む」
「わかりました」
「あと、それから少しばかり王城まで、お使いに行ってきてほしい。ある部屋にそっと手紙を置いてきてくれればいいから」
そう言って、机の引き出しから封書をミセルに手渡す。
「わかりました。それでは準備を先に済ませてしまいましょう」
それから約1刻ほど時間が経った。
「さすがネリア様ですね!お似合いですよ」
「そうか?なんだか少しヒラヒラしすぎではないか?」
今着せされているのは、白いサマードレスである。
かなりフリル多めであるが、凝った装飾は無い単純なものだったが、それでもいつもの動きやすさ優先の野暮ったい服ばかり着ている私にはちょっと恥ずかしい。
「いえ、ネリア様。やはり王城に向かうのなら、少しは着飾りませんと。ネリア様は伯爵家のご令嬢なのですから。それにこの服装の方が、より話が通りやすくなりますよ」
「そうか。そうだな。やはり第一印象というモノは大事だよな」
「その通りです」
「わかった。それじゃ、王城までのお使いよろしく頼むよ」
「はい。確実に」
そう言って、ミセルは部屋を出ていった。
ミセルが出ていったあと、私は普段着に着替え、明日の事について考えを巡らせることにした。
そして翌日。私は父と一緒に馬車に乗り込み、王城へと向かっていた。
王城までの30分ほどの間、私は陛下からどのような話が出るのか考えていた。
今回の事件は、あの場で防がれていなければ、王都は甚大な被害を被っていたであろう。
それを未然に防ぐことが出来たのならば、必ず褒賞の話が出るであろう。
普通ならばここでは、褒賞金になることが多いはず。
しかし私には、この程度で出るような金額程度は、すでに何処かのお節介焼きのおかげで、はした金程度にしかならない。
ならば、その他に何がいいかという話になるのだが、ここで何をもらうべきであるか悩みどころである。
人材の方は、あとで勧誘するので必要がないし、それに王家へのコネも今回の事件で出来ることだし、これも必要がない。
とするならば、一番いいのはなんであるか。あまり貴族社会については、知らない。
特にドリュッセン伯爵家は、少し特殊な家である。
元々ミドルテッシモ王国とは、あまり関わりがなかった家だ。
昔あった大規模な侵略戦争時に力を貸した事で、伯爵という爵位と領地名の自治権をもらったのだ。
そういう家である為、もともと忠誠のもとにいた、他の貴族とは成り立ちが違うため、積極的に王家との繋がりを持っているわけではないのである。
それにシャルティス村の出身者の傾向は、権力や地位よりも、どれだけ実力があるかで優劣をつけることが多い。
そのせいで私は、貴族社会というモノがよくわからない。
知っていたとしても、せいぜい前世の中世貴族たちの表面的な情報ぐらいだ。
という事でいろいろと考えてみたのだが、結局いいモノが考え付かなかった。
「王城に到着しました」
外から御者の人間が扉を開ける。
父に続いて馬車から降りる。
王城には数回しか来たことがないが、いつ見ても非常に立派である。
特に中央にそびえる本城は、この王都で一番の高さを誇る。
高さは50メートルほどにもなる。
そんな白亜の巨城の中へと入っていく。
「私はこれから準備があるから先に行く。しっかりとやるようにな」
そう言って父と別れた。
私は案内のメイドに連れられて、待機用の部屋へと通される。
そこには、すでにガイルをはじめとした冒険者組合の人達がいた。
「おぉ!一瞬、誰かと思ったぞ。久しぶりだな、ネリア君」
「お久しぶりです、ガイル支部長。それから一言余計です」
「はは、それは済まなかった。いつも貴族らしくない格好でいるところしか見たことがなかったからね」
「まぁ、いいです。それで今日の事については、どのぐらい知っているのですか?」
「そこまで詳しく知っているという訳ではないが、事件の後、近衛兵や学者たちで迷宮の調査を行ったそうだから、その調査結果とスタンピードを抑えたことに関しての褒賞を渡されるというぐらいかな」
「そうですか。ありがとうございます」
やはり、予想した通りだった。
それにしても迷宮を調査していたのか。
せいぜい地脈が強引に迷宮に引かれていたことしか分からないだろう。あとは迷宮核に干渉していたはずだから、その操作記録ぐらいだろうか。
といっても私は、万理眼で全体的に視ただけだから、もしかしたら私の視えていなかったことも分かるかもしれない。
それもすぐにわかるだろう。
関係者が全員集まってから10分後になって、メイドが再びやって来た。
「お待たせいたしました。準備が整いましたので、謁見ノ間までご案内致します」
こうして謁見の間に通される。
謁見の間には、国の重鎮たちがそろっていた。
到着してから少しばかりして、国王がやってくる。
「国王陛下の御成り!」
やってきた陛下は、今年で38歳になるが、童顔のせいで20代後半程度に見える。
そんな人物が、ミドルテッシモ王国第25代目国王、ヨハンス・ミドルテッシモ・ジュルダース陛下である。
ヨハンス陛下が王座へと座る。
「皆の者、楽にするとよい。それでは、これから先々月の終わりごろに発生した中央学院内の迷宮スタンピード事件に関して、つい先日に調査が完了した。ついてはこの調査報告と、その場に立ち会った者たちにスタンピードを阻止してくれたことに対しての褒賞を授与したいと思っている。それでは最初に調査結果の方を報告してくれ。ドルマント」
陛下の言葉に後ろの方で待機していた、いかにも科学者風の痩せこけたひょろっとした男が出てきた。
「はい、かしこまりました。私めは、王立研究所主任研究員のドルマントと申します。今回、発生したスタンピードの原因究明を任されたものです。それでは早速、報告に移らせてもらいます」
そう言って手に持っていた紙束を手に持って話し始めた。
「まず、スタンピードの発生した原因ですが、これは地脈流の強制的な経路変更による、異常魔力によって引き起こされたものであると断定されました。ただ迷宮核の方には、手を加えられていた形跡があったのですが、残念ながら詳しい状況は記録が破損しており、どのような者がどの様な方法で引き起こしたかは、詳しくわかっておりません」
やはり原因はそうなったようだ。ただ、迷宮核の記録の方が壊れていたのは、もしかしたら私のせいかもしれない。
上位者スキルが暴走していたせいで、白づくめの奴の力を吸収していた際に、魔力的につながっていた迷宮核の方にも影響が及んだかもしれない。
とはいっても原因となった奴は、私が斃してしまったせいで何らかの罪を問えなくなってしまっている以上、犯人捜しはしないだろう。
第一、探そうとしても奴はあまりにも不可解なことが多すぎる。私の万理眼でさえ、どういう奴なのかが分からなかった。
レベルの問題もあるかもしれないが、それ以上に何者かによって高度に隠蔽されていたせいでわからなかっただろう。
そんなことを考えている間も報告は進む。
「そして原因を引き起こしたと思われるものは、地脈の流れを強引に帰ることができることから、おそらくですが、かなり危険な存在であると推測されます。このようなことを引き起こせる可能性があるものとしては、かの魔王だったギャリバーク殿ぐらいの力はあると思われます」
そこまで話したところで、にわかに周りの人たちが騒ぎ出す。
かの魔王というのは、約400年前に起きた異世界侵攻戦役の時の敵方の対象だったものだ。
というか、あいつ魔王レベルだったのか?それにしてはそこまでじゃない気がしたのだが。
そんな疑問を思っていると、ちょうどその答えが出てきた。
「ただ今回の事例では、その者自身の力とよりも、誰かによって授けられた力という方が、有力であります。その証拠として、その者を斃したネリア・シャルティス・ドリュッセン殿の取得経験値量が1000程度であるから鑑みるに、この推測の方が公算は高いと思われます」
「そうであるか。という事は今回の事件は、どのように対処すれば良いかな?」
「そうですね。今回、首謀者はすでにいなくなっておりますし、それに地脈の方も強引に流れを変えていたため、すでに元の流れに戻っているようなので、再びスタンピードが起こる可能性は、非常に低いと思われます。ですが、今年の間は要観察扱いにした方がよろしいかと」
「うむ、ではそのようにするように。では、今までの働きご苦労だったドルマント。下がってよいぞ」
「ははっ」
こうして、スタンピードの調査結果の報告が終わった。
次は褒賞についての話に移った。
「それでは、次にスタンピードによる魔物暴走を未然に防いだ者たちに褒賞を授けたいと思う。まずは冒険者達、前へ」
陛下の声に合わせて、ガイル達が前に出る。
「それでは、1人当たり大金貨100枚を贈呈する」
その声に合わせて、この国の宰相が出てきて、一番前に代表として出ているガイルのもとに大金貨が積まれたトレイ持って、向かい合う。
そして宰相から恭しくトレイをガイルが受け取る。
受け取る襟が終わると、陛下はねぎらいの言葉をかけて、冒険者達の番は終わる。
次は私の番である。
「それでは、次にネリア・シャルティス・ドリュッセン殿の番であるが、話を聞くによれば冒険者として、それなりの稼ぎを出しているという。それに今回の立役者にお金というのも、それでは足りないであろう。という事で別の褒賞を授与したいと思う。ファルキシュよ、例の物を」
「はい」
そう言って宰相は、別のトレイを持ってくると、それを陛下に差し出す。
陛下はトレイから丸く丸められた書状を手に取り、広げる。
「それではネリア・シャルティス・ドリュッセンよ。この我、ヨハンス・ミドルテッシモ・ジュルダースは、そなたをジュルダース家の騎士爵に任命する!」
「へえ?」
あまりの事に変な声が漏れてしまった。
まさか王家の騎士爵に任命されるとは。
この国の騎士爵は少し変わっており、名誉貴族という訳ではなく、ちゃんとした爵位である。
ただし領地を持つかは、それぞれの騎士爵の使える先による。
そして一番の大きな特徴は、仕える家の格によって権力が変わってくるという点である。
そして、その中で最も高い権力を持つのは、現王家であるジュルダース家の騎士爵である。
まさかこの年齢で叙勲されるとは思ってもみなかった。
ただ、上位者スキルのおかげでもあるだろう。
まぁ、これはこれで色々と役に立つはずだから、ありがたくいただくとしよう。
「はい、ありがとうございます陛下。謹んで拝命させていただきます」
こうして、褒賞の授与は終わりを告げたのだった。