第17話 白狼族ミセル取得作戦
なんだか残念そうな店主のいる家具屋から、再び街の中心街まで戻ってきた。
時間はそろそろお昼の時間になろうとしていたので、私は何か食べるものを探しに露店をまわることにした。
私は、マージラス豚の串焼きとバース桃のジュースを購入し、王都中心部に作られた王都中央公園の一角にあるベンチで食べることとした。
甘辛のタレにつけられた串焼きを食べながら、一昨日のうちに彼女に付けていたマーカーを探し出す。
すると彼女は一昨日出会った付近を中心に歩き回っている様子である。
さらに彼女が私と別れてから、どの様な行動をしていたのかを確認すると、最初に私との出会いをダイタルカ商会に報告しているようだ。
その後、昨日一日かけて私の事を探っていたようだ。しかし昨日は、私の痕跡を掴めずじまいに終わったようで、今日も引き続きといった感じだろう。
ここまで私の事を探っているという事は、晴れて彼らダイタルカ商会から目を付けられたという事だろう。
ただ、それだけだと彼女を取得するためには、ちょっと足りない。
なので午後は、ダイタルカ商会にちょっかいをかけに行くことにした。
私は手早く食事を終え、片づけてから最初にダイタルカ商会の本店に行くことにした。
ダイタルカ商会本店があるのは、商業地区の東よりの場所にあるようだ。
今いる中央公園から歩いて20分そこらでたどり着ける。
その間に出来る限りの情報を万理眼で探ることにする。
中央公園から歩いて20分ほどたった。
私はちょうどいまダイタルカ商会本店前にたどり着いた。
今まで探ってきた情報によれば、この商会はご禁制のものを数多く取り扱っている他、違法奴隷に王国上層部との癒着。さらに邪魔な相手があれば暗殺までして。
その割には男の欲望とかには傾けていない。お金の事ばかりである。
という事から狙うは、ここの主人の隠し金庫である。
金庫の中はこれまでの不正の書類が入っていることは視たので確認済み。
あとはどうやって私の仕業にして、こちらに確実にちょっかいを掛けてくるように仕向けるかだ。
とりあえず入り口であーだこーだ考えていても何も進まないので、とりあえず店の中を物色しながら考えることにした。
「いらっしゃいませ」
子供の私を見ても特に何もなし。
店内は奥に手前は通常の店舗スペースで奥には商談スペースと高額商品の展示コーナーが設けられている。
私は店舗スペースの商品を物色しながら、店舗内の人の流れを盗み見る。
人の流れに沿って店内を歩き、少し人の目線が切れたところで、隠蔽スキルを使い完全に姿を消す。
それから気づかれぬように関係者以外立ち入り禁止と書かれた扉の前まで来た。
「よし、あとは人が通ると同時に入るだけだな」
少しばかり扉の前で息をひそめる。隠蔽スキルを発動しているとはいえ、何かしろ人が気付くような行為をすれば、さすがにバレてしまう。
数分後、扉が開き、裏から店員が出てくる。
この瞬間を狙い、素早く扉が閉まり切る前に体を滑り込ませる。
無事に扉の裏に来ることができた。
次は隠し金庫が置かれている地下倉庫へと向かう。
地下倉庫への階段を降り、地下倉庫の最奥にある大型金庫の前まで来た。
大型金庫にはダイヤル式の鍵が1つのみだった。
ダイヤルの番号を軽く視てから、ダイヤルを回しカチャッという音と共に鍵が開いた。
一度誰も下りてこないことを確認して中に入る。
隠し金庫は、ここの暗がりに隠れるように設置されている。
「このハッチか。とりあえずは何もついていないな」
場所が非常に暗く見にくいため、まず発見されることがないと考えているらしい。
確かに一応、ハッチそのものも床に似せているが、分かる人にはわかってしまう。
今回は私としては有難いことだが。
ハッチを開けると意外にも中はこぎれいで頻繁に中に入っていることが窺われる。
これなら1週間以内で相手側も行動を起こすだろう。
梯子を使って下に降りると、そこには1メートル四方の金庫が置かれている。
金庫の周りには特にこれといった警戒装置は採られていないようだ。
早速、金庫の解錠に取り掛かる。
金庫は、よくある回転のダイヤル錠だった。
パッと視てさっさと鍵を開ける。
「よし、開いた。万理眼のせいで鍵をかける意味を失うな」
扉を開き中にあった書類をすべて収納すると、どこぞの怪盗かと言いたくなるような紙を金庫の中に入れておいた。
しっかりと私の名前入りの“機密書類は頂いた。奪い返したいというならば私のもとに奪いに来るがいい”というものだ。
ここまでやって、さあ戻ろうかとしたとき、はたと思い出す。
「あれ、このノリ…、誰か、うざい人を思い出すな……。あれの影響が……」
なんか微妙に心にダメージを負ったが、何とか持ち直し、元の状態に戻しながら地上へと向かう。
地上まで戻ると従業員口から退店する。
あとはどう転ぶかは明日以降となるだろう。
一度、家に戻る前に付けてあるマーカーを確認する。
今のところ私を見つけられなかったために、今は店に戻っていた。
今のところ何の問題も発生していないのを確認して、私は家に帰った。
そして翌日、連休の2日目。
私は昨日購入した応接用のテーブルとソファーと、あと学院側で用意してある家具を実験室に置くために学院長室へと赴いていた。
「それでは、私についてきてください。備品の置かれている場所まで案内いたしますから」
そう言われ、私はトリスさんの後についてゆく。
最初に案内されたのは学院第一備品倉庫という場所だ。
「ここにすべてあります。それから本当に大丈夫ですか?運ぶ人員でしたら遠慮なさらなくてもいいですよ」
「いえ、私は収納スキルを持っているので」
「収納スキルですか!?それはまた凄いですね」
「あまり言いふらすべきではないですけどね」
トリスさんは、私が収納スキルを持っていると聞いて大層驚いていた。
収納系スキルは、その保有者がかなり少なく、保有していてもあまり融通の利かないものが多い。
優秀な収納系スキルを持つ人は、その利便性から人さらいに襲われ、奴隷として売られる者も多く、めったに口外しないものである。
私は次々に必要な家具を収納してゆく。
全部収納し終えると、トリスさんにお礼を言って実験室に向かう。
それから実験室に家具を設置し終えて、一服ついているときに彼女のマーカーに大きな動きがあった。
「ついにこの時が来た!まさかいきなり来るとは、かなりツイているようだ。こうなったらすぐさま家に戻らなければ」
私は急いで帰宅準備を済ませ、急いで家に帰る。
家まで戻ると昨日貰っておいた鑑定用紙を取り出し、さっそく複製作業に入る。
複製の作り方は簡単で、万理眼スキルで読み取った術式を専用のインクを使って白紙の用紙に転写するだけである。
万理眼スキルもだいぶ使い慣れて、転写作業も数分程度で完了した。
複製した鑑定用紙を使用し、彼女の説得用のステータスを用意する。
それから、いつも庭で過ごしているファスタを家の中にいれ、私が合図したときに部屋に入ってくるように指示を出しておく。
すべての準備を整え、私は強襲してくると思われる夜を今か今かと待ちわびて過ごした。
そして夜の0の刻。屋敷中静かになったころ。私の警戒スキルに反応があった。
ちょうど私の部屋の天井裏に待ちわびた侵入者の気配がする。
焦る気持ちを抑えて、万理眼で侵入者を視る。
すると案の定、ダイタルカ商会で暗殺者をやっている白狼族のミセルだった。
ミセルは天井の点検口を開けて、私の部屋へと音もなく降り立つ。
その動きは万理眼越しではあったが、惚れ惚れする動きであった。
ミセルは私に近づき、私が寝ていることを確認すると早速、部屋の中を探り始めた。
しかし残念ながら部屋の中を探したところで奪われた書類は見つかることはない。
なぜならば、私がずっと収納したままであるからだ。
彼女が必死に探している所を視ながら、私は隠蔽スキルと偽装スキルを使い、彼女に築かれないように起き上がる。
それから収納に入れてあった機密書類と、ステータスを表示してある鑑定用紙を出す。
必要なものを取り出したら、今まで発動させていたスキルを切り、代わりに上位者スキルと交渉スキルに懐柔スキルを発度させる。
いきなり私の気配がして、ミセルが勢いよく私の方を向く。
そして襲い掛かろうと行動して、そこで動きを止める。
私のスキルに囚われたのだ。
「なぜ……、あなたはいったい……なに、もの」
「その疑問については、今は答えることはできない。もし、聞きたいのならば私のものになれ、ミセルよ!」
私はベッドから起き上がり、彼女に向かって手を差し出す。
彼女は私の差し出した手と私を交互に見ながら、何もできずに固まっている。
かなり動揺しているようだ。それならこの機会に一気に畳みかける。
「そうだな。確かに今すぐは決められないよな。だが、君が私につく方が断然よい結果をみることができることを、今ここに証明しよう」
私はここで、別の部屋に待機しているファスタを呼び出す。
ファスタは私の部屋の前まで来ると、前足を使って器用に扉を開けて中に入ってきた。
ミセルは入ってきたファスタをみて、驚いた顔をする。
なぜなら白狼族は昔からフェンリルを守り神としてきた一族である。
そのため、フェンリルを見たことがない彼女でも、ファスタが何者であるか気づいたようだ。
そしてそんなファスタが、私に従っているそぶりを見せたことによって、彼女は膝から崩れ落ちるように座り込む。
「あなたは、そのフェンリルを従えているのですか?」
「そうだよ。名前はファスタだ。もちろんこの意味は白狼族である君ならわかるだろう?」
そう問いかけると彼女は小さい声で「えぇ」とうなずく。
さらに私は追い込みをかける。
「それにあなたにはもう一つ、私につく利点を教えてあげましょう。それはあなたの両親を私なら助け出すことができます」
「ほ、本当なのか?」
「えぇ、もちろん。あなただって感じているでしょ、上位者スキルの威圧が。フェンリルでさえも従えるこれが」
彼女は静かに首肯く。
私はさらに話を続ける。
「だからミセル、私に従うと言うのならば必ず、あなたの両親も救いましょう」
そしてミセルは一度、下を向いて何語とかを呟いてから、再び面を上げる。
再びあげられた顔は今までにないほどに力が満ちていた。その瞳には熱い忠義の心が覗いていた。
「白狼族ミセルは、ネリア様に永遠の忠誠をここに誓います」
そう言って片膝をついて頭を垂れる。
私はミセルに近づき頭に手をのせて宣言する。
「あなたの誓いの言葉、しかと受け取りました。これからも宜しくね、ミセル」
「はい」
こうしてミセルは、私の元へと下ったのだった。