第16話 研究室の準備をしに
予定していたより長くなってしまった。
今日は学園が始まって最初の休日。
まぁ、始まったといっても、まだ本格的な授業などが開始されたというわけではないので、ちょっと微妙だが。
という事で、今日は研究室に置く用の家具類を買うための準備に、学院を訪れている。
まず最初に向かったのは研究室の方だ。
昨日はチラリと間取りを確認した程度で終わってしまっているため、正確な部屋の寸法などはまだ分かっていない。
そのため、最初にここを訪れたのだ。
「応接用のソファー2つにテーブルを1つ。それにメインの作業デスク1台。あとは書棚に食器棚。飾り棚と、あとそれから…、なんかあるかな?」
ぶつぶつ、独り言を喋りながら部屋をぐるぐると歩き回る。
歩き回りながら部屋の各所を万理眼を使って計測してゆく。
5、6回ほど部屋の中を周って、必要な寸法を測り終えると、次は学院長室へと向かう。
学院長には、いつでも訪れても良いと、許可をもらっているので心置きなく訪ねられる。
それから受付を済ませ学院長室の前まで行くと扉をノックする。
「ネリアです。入ってよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
声に従い、扉を開け中に入る。
中ではちょうど休憩中だったのか、トリスさんの入れた紅茶を飲んでいるところだった。
「お忙しい中失礼します。少し相談したいことがありまして伺わせてもらいました」
「そうであったか、して、どのようなことかな?」
「はい。研究室に置く調度品を譲っていただきたいと思いまして」
「ふむ、例えばどのようなものかな?」
「はい。こちらに必要なものをまとめておいたリストがありますから、この中で何かありましたらお願いします」
そう言って1枚のリストを渡す。
渡されたリストを1度ちらりと見てからトリスさんに渡す。
「この中で渡せるものをピックアップしてきてくれたまえ」
「わかりました」
そう言って部屋を出て行った。
「それでトリスがまとめてきた物の中から好きなのを選ぶとよい」
「ありがとうございます。それでもう一つ、少しばかり譲っていただきたいものがありまして、特級鑑定用紙と、それに使う用紙なんですが大丈夫でしょうか?」
「特級鑑定用紙かな?」
「はい」
「うん、問題は無いが、どうしてそのようなものを?」
「それは鑑定用紙を自力で作れるようになりたいと思いまして」
「自分でと、な」
「はい、そうです」
それから私の事をじーっと見つめてくる。
私は何も言うつもりもないので、こちらも黙って見つめ返す。
しばらく見つめ合っていたが、私が何もしゃべる気がないことが分かると、嘆息しながらソファーに背を預ける。
「はぁ、何も聞かんでおこう」
「そうしていただけると有難いです」
学院長は立ち上がり書類棚から数枚の紙を持ってくる
「特級鑑定用紙が5枚に規定用紙が10枚ほどでよいかな?」
「大丈夫です。ありがとうございます」
そう言って用紙を受け取る。
ちょうどトリスさんが戻ってきた。
「お待たせいたしました。今現在この学院に保管されている備品からお渡ししてもよいものをピックアップしてまいりました。どうぞご確認ください」
そう言って渡されたリストを確認する。
ここで万理眼を使って、リスト内のものを確認してゆく。
「それじゃ、この棚類をもらいます」
リストにチェックを入れてトリスさんに渡し返す。
「まだ現物を見ていないですがよろしいですか?」
「えぇ、大丈夫です」
「わかりました。では明日またこの時間に来ていただけますか?そうすればその日のうちにお渡しできますので」
「わかりました。後それから運ぶ人員はいらないので大丈夫ですよ」
「そうですか?」
「はい、収納空間使えますから」
「そうなんですか!それはかなり珍しいですね。わかりました。では、明日までに準備は済ませておきますので。私はここで失礼しますね」
そう言ってトリスさんは再び部屋を出て行った。
私もこれでこの場所でやることがなくなったので、お暇することにした。
「それじゃ、私もこれで失礼します。今日はいろいろありがとうございました」
「それはよかった」
「では」
そう言って学院長室を後にした。
とりあえず学院での用事はすべて終わらせたので、次に街の方に向かうことにした。
街に来て最初に向かったのは冒険者ギルドの横に併設されているミドルテッシモ王国総合商業ギルドである。
商業ギルドは各種職業の人たちが登録されており、条件に合った店や人物を紹介してもらえる。
商業ギルドの中に入ると冒険者ギルドにはないにしろ、かなりの人数がいる。
大体、ギルド登録者よりも紹介希望者の方が多いようだ。
私もギルドの受付へと向かう。
開いている受付を見つけ、受付担当に声をかける。
「すみません」
「はい、いらっしゃいませ。どのような用件でしょう?」
「家具の販売で、中古品を扱っているところを紹介していただきたいと思いまして」
「わかりました。それでは該当の店舗を探してまいりますのでしばらくお持ちください」
そう言って、後ろに下がっていった。
少しばかりするとファイルを持って戻ってきた。
「こちらが該当する店舗です」
持って来たファイルの中を確認する。
確認ついでに万理眼も使ってどのようなお店なのかを視てみる。
ちょうど私の好みに合う店を見つけたので、お礼と紹介料を職員に渡し、その代わりに紹介状を受け取る。
この紹介状を持っていくと特典を受けられるのだ。
私は紹介状に書かれている店の前へとついた。
場所は商業地区のはずれで、もう少し行けば娼館街などがあるスラムが近い場所だ。
店は少し古びた3階建ての建物で、開いている入り口から中を覗いてみると、中には誰もいなかった。
ちょっと不安な気持ちになったものの、私の探しているものがここにしかないので、心を決めて中へと入る。
「ごめんください」
声をかけても返事はない。
ここはこういうお店だと割り切って、中を物色してゆく。
そして店の奥に目当てのものを見つけた。
この店で探していたものは作業用デスクと応接用のソファーにテーブルである。
「さて、ものは見つかったけど、誰もいないな」
何度か店の奥に向かって呼びかけるが、全く無反応だった。
仕方なく万理眼を使ってみると、奥に1人反応がある。
どうも彼此10分の間動いている様子が無いようだ。
何かあるといけないので仕方なく、店の奥へとお邪魔する。
店主と思しき人物がいる場所へ向かうと、そこにはこの店にはあまりにも似合わない金属製の扉が1つ。
「なんだこりゃ」
よく見てみると、何かいろいろな魔法陣が描かれている。
家具屋にあるような扉ではない。
万理眼で魔法陣を視てみると、普通では使われない特殊魔法陣である。
「パスワード式封印が3つに防音、防魔、耐衝撃、耐熱、対魔結界か。これまたずいぶんと物々しいもので」
いったいこんなに厳重にするほどのものがこの中にあるのだろうか?
悩んでいても仕方がないので、かかっている封印を調べる。
「えーと、どれだ?パスワードは?」
解除に必要なパスワードを魔法陣の中から探してみる。
するとそれらしき部分を発見するも暗号化されているせいで読むことができない。
他の封印も同様にパスワードが暗号化されていた。
暗号部分の情報が少ないせいで高速言語習得のスキルが働かない。
「これじゃだめだな。うん~、これは最終手段を使うしかないか」
というとで、今まで使ってこなかった万理眼の能力を使うことにした。
それは事象改変能力である。
この事象改変能力は、万理眼が認識できるものに対して施行することができる。
この能力があれば、基本的に何でもできる万能な力である。
ただし、この能力の欠点としては、事象改変を行うとそれなりの魔力を持っていかれることである。
本来あり得ないことをしようとすればするほど、その使用魔力は跳ね上がっていく。
それはそうだ。強引に世界を書き換えることをしているのだから。
とまぁ、そんな能力を使って、この封印を解くことにした。
「よし、初めてだけど、やるか!」
気合を入れ、万理眼で今まで使ってこなかった部分を意識するようにする。
まず最初にいつも通りに万理眼で3つの魔法陣を視てみる。
そこからパスワード部分を入力する部分の変数に対して万理眼の能力を使用する。
今回することは、その変数部分に対して“この封印が解かれている状態”を与えることである。
私は意識を集中してその変数部分を食い入るように見つめる。
そして、そこに封印が解かれている状態の概念を入れ込むようにイメージする。
すると、1つ目の封印が解かれた。
「よし!成功したぞ。あと2つか」
続けて2つの封印も解くと、ガチャっと扉の中から音がした。
どうやら完全に開いたようだ。
そのまま扉を開けると、何やら中から男性の高笑いが聞こえてきた。
なんだか、めんどくさい雰囲気がしてきて、すぐさま引き返そうかと一瞬思ったが、それではここまでしてきたことが無駄になってしまうので諦めた。
声のする方に向かってみると中年の男性が、壁の方を向きながら、腰に手を当ててふんぞり返るようにして高笑いをしている。
「あの~、すみませんがよろしいでしょうか?」
「うん?誰だ!この私の邪魔をする奴は!」
勢いよくこちらを振り向く男性。
そしてばっちりと私と目が合う。
非常に気まずい空気が漂い始めた。
さすがにこのままだとなんだかまずいと思って強引に話を始めることにした。
「あのー、お会計の方をお願いしたいですが」
「あ、あぁ!わかった。すぐに向かうから店の方で待っててくれ」
そう言われたので店の方に向かおうとすると後ろから声をかけられる。
「あ、あと、い、今の事は忘れてくれ」
返事の代わりに片手を上げて返事を返しておく。
店の方に戻りしばらくすると慌てた様子で店主が戻ってきた。
「いや、待たせて済まなかった。それで欲しいものは何だい?」
「このソファーとテーブルのセットとこっちにあるデスクを」
「わかった。それで支払いの方だが、ギルドの紹介かな?」
「はい」
そう言ってギルドの紹介状を店主に渡す。
「確かにギルドの紹介状だな。それじゃどうするかな?あーと」
「それじゃ、3割程度引いてもらいませんかね?」
「なに!?」
私の言葉に驚いてこちらを見てくる。
「いや、3割引きはちょっとな。2割引きじゃダメか?」
渋る店主に追い打ちをかけるように、スキルを使って交渉に入る。
「いいんですか?先ほどの痴態が、いつの間にか王都中に広がっても?」
「いや、でもさっき…」
「いいんですかぁ?」
交渉スキルに追加して、軽く威圧も追加しておく。
どんどん顔色が青くなる店主に、おまけとばかりに上位者スキルの抑えを解く。
ここまで来ると、完全に抗えないと悟ったようで、うなだれるように一言。
「わ、わかった。それでいこう」
と、求めていた答えを引き出せたのでスキルを解除する。
満面の笑みでお礼を言っておく。
「ありがとうございました」
「あぁ…、あんた、かないそうにないわな。それにしてもよくあの扉を開けられたな。俺の知り合いの変人魔導士の渾身の作品だったんだがよ」
「まぁ、何とかでしたけど」
「はは。それで支払いは今すぐか?後でも構わないが」
「いえ、今すぐ払います」
「そうか。あと配送も受け付けてるがどうする?」
「大丈夫です。今すぐ持ち帰りますから」
「え?でも」
そこまで言いかけたところでニッコリと微笑んであげた。
その顔を見て、店主は引きつった顔をしながら引き下がった。
私は支払いを済ませて収納するとお礼を言ってお店を後にした。
そしてついに私は今日のメインデッシュである用事を済ませることにした。