第15話 学院の施設見学
劇的な出会いの翌日。
私は昨日に引き続き学院があるので、今はホームルームに来ている。
まだ早い時間のためか、部屋の中は半分近く空席がある。
とそこへ扉を開けて誰かが入ってきた。
特徴的な赤髪が見える。どうやらミランダが来たようだ。
ミランダはクラスの人々に挨拶をしながら、私のもとに近づいてくる。
「ネリア、おはようございます」
「おはよう。ミランダさん」
私が挨拶を返すと何か不満なのか頬を膨らませる。
「な、なにか?」
疑問を呈すると、ミランダはさらに頬を膨らませ
「名前」
と、小さく答えてくる。
どうやら、さん付けされたことがお気に召さないようだ。
あまり初対面に近い間柄をいきなり呼び捨てにするのは、私にとってもハードルが高い。
それでもミランダが呼び捨ての方が良いというならば、そうしようではないか。
「わかった。それじゃ改めまして、おはようミランダ」
「はい。よろしくてよ」
朗らかに微笑むとミランダは自分の席へと向かった。
それから30分ほどしてからミーナス学級担任がやってきた。
「それでは、これより皆さんに教本を渡したいと思います。名前を呼ばれたら取りに来てください」
昨日と同じように名前を呼ばれ教本類を渡されていく。
こうして私の番となった。
「それじゃ、ネリアさんの分はこれね、魔導学全課程分ね。学院長から多分、全部必要になるからとのことでしたので」
そう言って渡された数冊の教本。これがこの学院で教える魔導学のすべてなのだろう。
「あと、それからもう一つ。これが研究室の部屋の鍵だそうです。それと案内の紙ね」
と複数の鍵の付いたものを渡される。
どうやら私が退室してから、すぐに部屋を探していてくれたようだ。
こういう行動の素早さは、かなりの好感情を得られる。
取引相手としては、かなり期待できそうだ。
という事で、ミーナス学級担任から必要なものをすべてもらって席に戻る。
それから全員に配り終わり、次の事柄へと移る。
「教本も配り終えましたし、これからこのクラスの皆さんが利用することになるであろう場所を紹介して周ろうかと思います。一応大丈夫かとは思いますが、貴重品の類は身に着けておいてくださいね」
という事で、次はこの学院の施設案内に移った。といっても、すべてを見学するわけではない。
ここはかなり広い。何せ学院内で迷子がかなりの数発生するとかで、居なくなって一年後に見つかったなんて言うこともあったそうだ。
ついでに言えば、学院が開設されてから一度も工事がなかった日がないと言われているくらい、一日ごとに景色が何処かしろ変わってるとか。
そんな学院なので、見学するのは我々が利用することになるであろう場所と、知っていて損がない場所ぐらいである。
最初は、基礎学科教室群である。ここの教室群は、私が本来受けるべきだった授業を行う場所である。つくりは階段式の講堂となっている。
しかし、私はこの辺は免除されているため、あまり使うことは無いだろう。
次に見学したのは魔導学科教室である。
魔導学科の教室は講習室と実習室と工房の3つに分かれており、それぞれの部屋が並んでいる。
講習室は通常の教室で、実習室は体育館のような部屋で、部屋全体に対魔結界が貼られている。小規模の魔導実習はこの部屋で行われるそうだ。
次の工房は見た感じが化学実験室のようなところで、魔導薬や通常の科学薬の調合などに使われるそうだ。
次に訪れたのは特別教育学部用実技演習場なる場所だ。
文字通り特別教育学部専用の施設で、その他にもそれぞれの学部棟ごとに、このような実技演習場がある。
特に、ここの演習場はこの学院内部で一番大きな演習場で、同サイズの演習場は冒険者ギルド王都支部の訓練場ぐらいである。
「ここはかなり広いですね。そういえばネリアは確か、一度ギルドの方で試験受けていましたよね?」
私の横で見ていたミランダが突然、このようなことを聞いてきた。
私はつい驚いて、ミランダの顔を見つめてしまった。
まさか、今まで関わり合いのない彼女が、私の行動を知っていたのかと、驚いてしまったからだ。
基本的に外出時は隠蔽スキル、初期技能である低印象化を使うようにしている。
もちろん、あの日も使用していた。なので、私のとこをよく見ようとしない限り、普通に街中を歩いているだけでは、私の行動は知られていないはずなのだ。
という事はかなり前から私の事を知ろうとしていたことになる。
「そうだけど、どうしてミランダが知っているだ?周りに目立たないように行動してるから、普通は私の事を気づかないはずなんだけど」
「それでしたら簡単ですわ。精霊に調べさせましたから」
「それで」
これは盲点だった。確かに隠蔽スキルは、基本的にしっかりとした個を持つものには効くが、精霊のようなあいまいな存在には効きにくい。
今度からそういうのに対しても気を配らないといけないな。
「それでギルドについて何か?」
「それはギルドの訓練所にも同じような規模の場所があると聞きましてので。ネリアなら知っているのでないかと思いまして聞いてみたんですわ」
「確かに王都支部の多目的訓練場も、ここと同じぐらいの大きさはあったよ」
「そうなのですか。やはり大きいことは良いことですわね。この学院を選んだ甲斐がありましたわ」
演習場の見学を終え、次の場所へと移動する。
次に向かったのは食堂である。
この食堂はもちろん先ほどの演習場と同じくこの学部専用である。
さすが上流階級にも対応するようにできているため、かなり豪華な造りとなっている。
広さも舞踏会が出来るような大きさである。
ついでに言えば、ちゃんとした舞踏会をやるための専用のホールもある。
「だいぶ豪華なところですわね、ネリア」
「そうだね。でもミランダならこのぐらい当たり前じゃないのか?」
「いいえ。私たちの国マルテリィーアでは基本的に質素な生活を心がけておりますわ。なので、あまり普段使いのところはあまり豪華にしてませんのよ」
「そうなんだ。それじゃ他国なんかのお客様にはどうしてるの?」
「そこはちゃんとした他国からのお客魔用の館がありますから、問題ないのですわ」
「ふ~ん」
いろいろとミランダの母国であるマルテリィーアについて知ることができた。
これは一度行ってみたいものだ。となればもう少し、色々とマルテリィーアの事について調べるべきだろう。
それから色々な場所を巡った。
最後に見学する場所は、学院の中央学務棟とそれに並ぶように併設されている国立中央図書館である。
中央学務棟は、この学院全体の業務を行うところである。
中央とついている通りに、そのほかにも専門的な業務を行うところは、また別々のところにある。
それから申請などの書類関連の受付業務などは、中央学務棟のほかに、学院内に10か所ほど出張所という形である。
さすがに、かなり重要な書類なんかは中央学務棟でしか受け付けはされないが。
それから中央学務棟の横に併設されている、この国立中央図書館が、なぜこの学院内にあるかというと、この図書館で扱っている書類が問題なのだ。
特定封印禁書といわれる書物である。
この特定封印禁書は、何せ存在するだけで周囲に対して何かしろの現象を起こすほどの力を持った書物類の事である。
中には書物でないものあり、その中には原初の禁呪石板という、危険な呪いを振りまくとんでもないものが封印されている。
そんな危険物が保管されているため、何かあった時にすぐに対処できるように、優秀なものが集まるこの学院の中に建てられているのである。
という感じで約2時間にわたる、学院見学が終わったのだった。
学院見学を終え、ホームルームに戻るとこれからの予定の説明があった。
「これで一通りの見学は終えましたが、皆さん大体わかりましたでしょうか?まだ場所が分からなかったり、困ったことがあったら、必ず周りの人に聞いてくださいね。それでは来週から本格的に学院が始まりますから、明日からの2日間はしっかりと休んで、英気を養っといてくださいね。それでは本日はここまでとします」
そう締めてミーナス学級担任はホームルームを後にした。
私は、すぐさま学院長の用意してくれた研究室を確認するために帰りの支度をする。
とそこへミランダが帰り支度を済ませて、こちらへと近づいてきた。
「ネリア。これからどうするのですか?」
「う~ん、ちょっと部屋の確認をしに行こうかなと思っているけど」
「それって、朝の時に渡されていた鍵の事ですの?」
「そう、ちょっと昨日、学院長に呼ばれていたでしょ。そこで色々と話していたら、研究室を持たないかなんて言う話になって、それで貰うことにしたんだけど、それでこの鍵というわけ」
「そうだったのですか。ところでネリア。私も、ついて行ってもいいかしら?」
「もちろん。ミランダなら大歓迎さ。といっても私も初めて入るから、何にも持て成しできないけど、いい?」
「問題ありませんわ」
「そう。それじゃ行こうか」
という事で、ホームルームを出てから少しばかり歩いたところに、それはあった。
「と、ここか」
扉には使用禁止と書かれた張り紙があった。
余計なことが起こらないように、してあるようだ。
私は貰った鍵から表戸と書かれた鍵を差し込みまわす。
ガチャっと鍵が開いた音が鳴ったので、さっそく中には入ることにする。
「おお!これはなかなか」
「かなりしっかりしていますわね」
中はかなり広く、大きさ的に言えば学院長室と同程度であろう。
そしてこの部屋以外には給湯室に、シャワールームまで供えられていた。
さすが研究室用の部屋とあって、寝泊りすることが出来るようになっている。
メインの部屋の隣には工房にテニスコート1面分程度の実習室にしたような部屋もある。
これなら本格的に研究とやらを始めるときに役に立つだろう。
「かなり良い部屋ですわね。さすがネリアといったところでしょうか?」
「いや、それほどでもないよ、私は。うん、明日からこの部屋の準備をしていかないと」
「そうですわね。これではあまりにも殺風景ですし。そうですわ、ネリア!私にも手伝わせてほしいですわ」
「いいのかい?」
「もちろん。私とネリアはお友達なんですから。遠慮する必要は無いのですわ」
「そうか、ありがとう。それじゃ手伝ってほしいときはお願いするね」
「任せておきなさい」
という感じで部屋の確認を終え、ここでミランダとは別れることとなった。
私は明日からの準備をどうするかを考えながら帰った。
その途中で1人、向こう側から歩いて来る、とある人物を発見する。
「そうですね。明日からの予定にもう1つ追加しないと。さて、どんな風にするべきかな?」
私は、すれ違い遠ざかる彼女の背中をチラリと見てから、再び前を向きなおす。
どう料理するかを考えながら、私は家に帰るのだった。