第10話 新たなる門出、試験を添えて(前編)
ちょっといつもより長くなってしまいそうなので前後編で分けます。
能力調査からスキルの再調査に、シャルティス村をとりあえず自分の勢力圏に収めてから1年以上は過ぎていた。
今は12の月半ば。王都は冬を象徴するかのような澄み切った青空を見せている。
そんな王都の貴族街の一角のドリュッセン伯爵邸で、私はこれから始まる初等教育課程について家族と相談していた。
「それでネリアは飛び級試験を受けたいと?」
「はい」
「う~ん」
父は小さく唸りながら、少しばかり思案をしている。
「ネリアよ。少しばかり質問してもいいかな?」
「はい。答えられる範囲でなんでも」
「そうか。それではネリアは母上から聞いたが転生者であると聞いているが。本当か?」
「はい」
「という事は、それなりに知識があるという事でいいんだね?」
「はい。多分、中等教育課程までなら、何ら問題もないかと」
「うむ、そうか。それにしても中等教育までか。それ以上はどうだ?」
「それ以上はなんとも。数学などの基礎科目くらいの内容なら問題ないとは思うけど、それ以外の魔導学等はさすがに今まで扱ったことなどないのでわかりませんね」
「わかった。少し上の方と相談してみよう。あまり合わないことをするよりはマシだろう。それが決まり次第、試験をやる予定だ。決まるまで少しかかるだろうが、その間の勉学は忘れないようにしなさい」
「はい。わかりました」
ここで言う試験とは、初等教育を受け始める前に、どの程度の学習が終了しているかを確認する試験である。
貴族の場合、先に家庭教師などを呼ぶことがあるので、同じ年齢で学習度合いが大きく異なるため、この試験を行い、飛び級させるものや、一部の科目を免除するのだ。
私の場合、前世の知識などで初等教育と中等教育の一部は完全にできるため、あまり授業を受ける必要がないのだが、ここで足を引っ張ってくるのが体の問題である。
どうしても体育関連の科目では体格やレベル差による問題が起きるために、飛び級などをしても一部の教科で問題が起きる。
特に前世でなかった魔法や魔術などの魔導教科という項目なんかは、初歩的なことしか知らないために中等教育課程でやるのは早すぎである。
なので私の場合、一度王国上層部で、どのような教育を受けさせるか決めなければならないという事となった。
「とりあえず話はそれだけだ。ネリア、今日はギルドの方へ向かうのか?」
「はい。私の冒険者登録も特例で許可されましたし、それにファスタの従魔登録も済まそうかと」
「そうか。まぁ、あまり遅くなるなよ」
「わかってます。それでは」
「あぁ、いってらっしゃい
父との話し合いを終え、私は出かける準備を済ませファスタを呼びに、屋敷の裏にある厩舎へと向かった。
「ファスタ~、そろそろ出かけるよ」
私が声をかけると中から1匹の白銀の体毛に包まれた大型犬ほどのオオカミが出てきた。
「ご主人。出かけるのか?」
「そう。私の冒険者登録と、あなたの従魔登録をしないといけないから」
「わかった」
という事でファスタを連れて、街へと出ていくことにする。
通用門まで来ると、この屋敷の警備担当の一人であるサルバートが立っていた。
彼は犬系獣人で一種の番犬の代わりをしている。といっても近頃はその役目をファスタに任せている。ある意味過剰戦力ではあるのだが。
「ギルバート、お勤めご苦労様」
私が声をかけるとギルバートが気付き、こちらに振り向く。
「おはようございます、お嬢様。これからギルドの方に?」
「そう、ファスタの登録と、ついでに私のも」
「わかりました。それでは気を付けて行ってらっしゃいませ」
「それじゃ、お仕事頑張ってね」
「はい」
私はこうしてギルドへと向かったのだ。
ギルドに向かうにあたって普通の貴族ならば、多くの警護を連れて歩くか、馬車などを使うのだが、私はそのどちらもあまり好きではない。
どうしても前世に似たような状態で過ごしていたこともあり、周りに誰もいない今の自由なスタイルの方がいいのだ。
ただ屋敷を出て数分程すると、後ろの方から私の良く知る気配が2人ほど、私の後ろ数メートル程度離れたところから付いてきている事は知っている。
2人は、この屋敷に勤めている周辺警護の者達だ。今の姿は私の向かっている冒険者ギルドに合わせ、冒険者風の格好をしている。
ただし彼ら自身、雇われて伯爵家の周辺警護についているが、本来の仕事は冒険者である。なので、ある意味本来の格好とも言える。
そんなこんなで、後ろから密やかに警護されながら、私は冒険者ギルドの前にたどり着いた。
ギルドに入り、受付まで行く。
「いらっしゃいませ。今日はどのような、ご用件で?」
「支部長と面会の約束をしていたネリアですが、大丈夫でしょうか?」
「わかりました。ただいま確認いたしますので、少々お待ちください」
そう言って受付嬢は、いったん裏に回り支部長室のある2階へと上がっていった。
数分程度すると、今度は受付嬢を連れてギルド支部長のガイルが降りてきた。
「お久しぶりですね、ネリアさん」
「えぇ、能力調査の時以来ですね」
「そうでしたね。まぁ、今回はこれぐらいにして。さて、とりあえず先に冒険者としての登録を済ませてしまいましょう。それから其方の従魔の方の登録をしましょうか」
「はい」
「それでは、いったんこちらの方へ」
ガイルの後に続き、入ったのは面談室だった。
「それでは、こちらにお座りください」
言われた通りに座ると、ガイルが私の向かい側に座る。
「本当は、この役目は一般職員がやるんですが、今回は特例なので私自らやらせてもらいます。では、先にこちらの用紙の太めの枠内に、必要事項を記入してください。何かわからない事があったら遠慮せずに聞いてもらっても構いません」
そう言って、ギルド加盟書という紙を取り出し、私の目の前に置く。
紙の内容を一通りに読み、近くに置いてある筆記用具を手に取り、必要事項を記入していく。
書き終えたら紙をガイルに渡す。
ガイルは私から受け取ると、ざっと見て問題が無いかを確認する。
「はい。これで大丈夫ですね。それでは次に軽く面談をさせていただきます。ただ、面談といっても難しいことは聞かないので安心してください。それと、もし話しにくいことがあっても無理に話してもらわなくても結構です。それと、何か質問がございましたら遠慮せずに聞いてください」
それから、得意なことや、何が出来て、何か出来ないかなどを聞かれた。
この面談で、それぞれ個人の能力を知ることによって、スムーズな仕事の斡旋ができるようになるし、もし何かしらの問題が発生しても、迅速に動けるようになるのだそうだ。
「お疲れさまでした。これで面談を終了します。それから本当は、この後本人の実力を測る為に軽く模擬戦をしてもらっているのですが、どうします?一応、正式加入扱いですが、まだ斡旋できる内容に戦闘系は無いので、やらなくても問題は無いのですが」
「う~ん」
まだ、本来の加盟条件である12歳にはなっていない為に、戦闘系依頼を受ける事が出来ない。それでもそのうちどうせ受けることになるのだ。今、お試しに受けて見てもいいだろう。
それにガイルは、これでもいろいろと問題を引き起こす輩が非常に多いことで世界的に有名な、このギルドの王都支部の支部長である。当然、その実力はSランクである。私の今の実力で、どこまで通用するか試してもいいだろう。
「それじゃ、模擬戦をお願いしてもいいですか?」
「はい、大丈夫ですよ。それでは裏の訓練施設でやりましょう。そこで一緒に従魔の登録もしてしまいましょう」
ギルド建屋の裏にある訓練施設。この施設は世界中にある動揺の訓練施設で一番大きな規模を誇る。
そんな施設の端っこにある多目的訓練場に来ていた。
広さは大体サッカー場ぐらいの広さがある。此処より大きな所は闘技場と同じぐらいのところがあるとか。主に大型の従魔や大規模模擬訓練に使うそうだ。
ちなみにこれから登録のあるファスタには元の大きさに戻ってもらっている。
「それじゃ、ここで必要な道具を揃えてから訓練場に来てくれ」
そう言ってガイルは自分の準備をするために去っていった。
私は置いてある防具や武器を見る。防具などは子供用や体格の小さい人用の物もある。なので、とりあえず防具類は胸当てだけつけて、武器には二振りの片刃のナイフを選ぶ。
装備を選び終わり、訓練場まで行くと、すでに準備を整えたガイルが待っていた。
「お、準備ができたようだな。それにしても、そんな軽装でいいのか?まぁ、その体格では重装は、無理があるから問題はないが、大丈夫かい?」
「問題ないです」
「そうか。それじゃ、いつでもいいぞ」
私は、まずガイルの様子を見る。
ガイルの装備は長剣に木製の小さめのラウンドシールド。一般的な戦士職といった感じである。
「それじゃ行きます」
一声かけ、私はガイルに向かってナイフを両手に構え走り出す。
素早くガイルは盾を前に構える。まずは様子見といったところだろう。
ただ私は、それに応じる気はない。なので、一気に複数のスキルを発動させる。
その瞬間、ガイルの表情が驚きの顔となった。
どうやら、こちらの思惑通りになったみたいだ。
私は、私の姿を見失って回りをきょろきょろと見回すガイルの横を過ぎ、一気に背後につけると、とびかかり足で体に抱き着くと、そのままナイフを右手の1本を顎下に添え、左手のナイフは切っ先を立て首に当てる。
そこで私は今までかけていたスキルを解除する。解除する同時に驚いて暴れられると困るので、威圧を最大にしてガイルに当てる。
するとガイルは全身から力が抜け、その場に肘をつくこととなる。
暴れられる問題が無いことを確認して、威圧を解き、ガイルから飛び降りる。
「大丈夫ですか?」
そう一言声をかけると、はっとしてガイルがこちらを振り返る。
その顔には、驚愕とそれに薄っすらとだが恐怖が見える。
「あ、あぁ。大丈夫だ」
そう言って立ち上がり、それから私の方を向く。
そして、少し考えてから、こう聞いてきた。
「どうやって、やったのかを聞いてもいいかな?言いたくないならいいんだけど。冒険者にとってこういう事は、気軽に他人に風潮するものでは無いからね。で、どうかな?」
特に隠す必要性も無いかなと思い、素直に教えることにした。
「隠蔽と、交渉に、あとそれから操縦スキルを使って、後ろからこう、ガバッと足で抱き着いて首にナイフを突きつけた感じです」
「そ、そうか。それにしても交渉と操縦スキルって戦闘系のスキルじゃないけど、何か意味があるのかい?」
「はい。交渉スキルは今、最大でどこまでのレベルまで確認してますか?」
「そうだね。私の知る限りだと最大でレベル5だな。という事はそれ以上だと、何か戦闘系の派生スキルでも使えるのかい?」
「いいえ、派生スキルとは違います。レベル5までは、交渉するときに起きる可能性を、スキル保有者に有利に変える、運命操作系技能なのは知っていますよね?」
「あぁ、そういう系の技能だと思っていたが、レベル6以上は違うという事かい?」
「そうです。まずレベル6で相手の思考をそらす、思考誘導の技能。レベル7で相手の思考能力を低下させる、思考鈍化。そしてレベル8で、相手の思考能力をほぼ奪う、思考簒奪の技能が使えるんです。なので、この思考簒奪で判断力を奪って、対処がしにくくして、あとは隠蔽スキルで自分の存在感や気配を隠して、あとは背後から行くという感じです」
「そうなんだ。それじゃ操縦スキルは?あるは、乗り物や馬などに使うスキルだと思うけど、どうなんだい?」
「そうですね、普通はそうなんですけど、特殊派生スキルがあって思考操縦っていうスキルなんですけど」
「思考操縦?」
「はい。思考操縦は思考誘導技能と違って、思考を反らすんじゃなくて、操る系の技能で、保有者の好きなように考えさせる技能なんです」
「そうか、それじゃ発現条件は?」
「高レベルの思考操作系スキルの保有だと思いますけど、必ず発現するものじゃないと思います。多分、私の場合は上位者スキルがあったから簡単に発現したんだと思うんですけどね」
「そうか。簡単には発現しそうには無いのか…」
ここで、また少し考えてから再び質問をするガイル。
「そういえば、詳しくは聞いていないけど、上位者スキルが有ると何かスキルとかが覚えやすくなるのとかあるのかい?」
「う~ん、私自身も確証はないですけど、上位者スキルには自信が持つ技能やらを、発揮できる最大限の状態で使えるようにする技能があると思うんですよ。多分そのおかげなんじゃないかなとは、思っているんですけど」
「そうなのか。わかった。ありがとう。それじゃ君の冒険者登録の方は全て終わったよ。とりあえず今からギルド所属証を発行してくるから、ちょっとここで待っていてね」
そう言って、訓練場を走って去っていった。
それから10分ぐらいしてから戻ってきた。
手には定期券サイズ位の金属板を持っている。あれが多分、ギルド所属証なのだろう。
「お待たせしました。これが君の証明書だ。出かける時なんかは出来るだけ所持しといてね。何かあったら身分証にもなるから」
「わかりました」
「詳しいことなんかは、後で受付にでも聞いてくれ。それじゃ従魔登録を済ませてしまおう。従魔をここまで呼んできてくれ」
という事で、私の登録のあとは従魔の登録である。訓練場の端で、お座りの状態で待っているファスタを呼ぶ。
「ファスタ~、こっちにおいで」
ファスタは私の声に気づき、小走りに近づいてくる。
日常では大型犬ほどのサイズに小さくなっているが、今は元のサイズである。
特にファスタはフェンリル種の中でも特に大型のフェンリル・カイザーである。
なので、今歩いていてもかなりの威圧感がある。
私のそばまで来ると再びお座りの姿勢になる。
「それじゃ、まずは所属証と従魔の首輪の関連付けするから、えーと、ファスタ君だったかな?ちょっと失礼するね」
そう言って従魔の首輪についている魔術結晶に所属証を近づける。
「ここに交わすは従魔の契約。冒険者ギルド、ミドルテッシモ王国支部支部長ガイルの名において、フェンリル・カイザー、ファスタは、かの者、ネリア・シャルティス・ドリュッセンの従魔として、ここに契約することを宣言する!」
すると所属証と魔術結晶はお互いに光り、光が収まるとカードに新たな表記が追加されている。
「よし。これで従魔の登録も完了だ。今日はお疲れ様」
「ありがとうございます」
私の冒険者登録とファスタの従魔登録を終え、訓練場を後にする。
裏で借りていた物を返し、ガイルに言われたとおりに受付による。
受付では所属証について基本的な説明を受け、最後に首からかける為のフォルダーを貰う。
そして私は、自宅への帰路に就いた。
本当なら分ける予定はなかったんですが、1ページ当たり、通常4000~5000文字ぐらいでやっているんですが、だいぶ伸びそうな雰囲気なので分けることにしました。
次週は後編で、再来週に1章の人物紹介を上げる予定です。