閑話 とある世界の男の物語
注意:一部不快になるような内容があります。
それは何処にでも居る、とある一人の男の物語。
その男は至って平凡であった。
特別な力があるわけでは無く、さして無能では無い。
本当に何処にでも居るような、普通の一般人であった。
男の生まれは、何の変哲もない一般家庭。
父親と母親、それと妹が一人。そんな在り来たりな家庭である。
男は普通に暮らし、普通に生き、普通に学校へと通う。
そんな生活が、これからも続くだろうと思っていた。
そんな生活が当たり前だと思っていた。
もちろん周りの人たちも、それが当然の事だと思っていた。
だが、そんな当たり前の生活は突如として終わりを告げる。
前触れなんていうのも一切無かった。まさしく突然の事だった。
それは、いつもの日常。男が大学から帰ってきた時の事であった。
何やら町中が騒がしい。男は不思議に思いながらも家の方へと向かう。
しばらくして男は立ち止まることとなる。
なぜならば目の前には見知らぬ軍隊風の屈強な男達がバリケードを作って道を封鎖していたからだ。
そして男の自宅があるのは、バリケードにて封鎖された先である。
それから男は他に自宅へと行ける道が無いかと探してみたのだが、残念ながら見つける事が出来なかった。
仕方がなく再び先ほどの場所へと戻ってきた。
そして、近くで見ていた人に声をかけて聞いてみる
「どうしたんですか?何かあったでしょうか?」
「あぁ、どうにもこの先の方で、ミリセントとか何とか言った国の大使が襲撃されたとかで封鎖しているとか言ってたな」
「そうですか。それにしても、なんで警察がいないんでしょうか?」
「なんでも治外法権だとか言って追っ払ってたな。よくわからんけど何かあるんだろう」
「そうですか。ありがとうございます」
いつまでこうなのか分からない以上、どこかで暇をつぶすか、最悪の場合は寝泊りの出来そうな場所へ行くしかない。
こうして、その男はその場から離れ、街のネットカフェへと一時避難することにしたのだった。
どのぐらいの時間が経っただろうか。何もせずにボーっとしたいた男が再び動き出したのは、この場所にやって来てから2、3時間過ぎたころだった。
あまりにも突然の事過ぎて、気が参っていたのだろう。
やっと動き出したが、この場所でやる事などあまり無いので、来てからまだ使っていなかったPCで、先ほどの情報の続報がないものかと調べることとした。
インターネットの検索サイトのトップを開いた時、そこにあったのは赤く速報と書かれた文字。そして、そこにはデカデカと簡単な一文あるだけだった。
“ミリセント王国、我が国に対して宣戦布告”
意味が分からなかった。たかが数時間の間に何があったというのか。
それは、男の理解の範疇を逸脱したものだった。
それから事が始まるのは非常に早かった。
数時間後には海上にて戦端が開かれ、真っ先に国中にミサイルが飛んできた。
さらに翌日には、ほとんどの軍事基地が無力化され、この国の戦闘能力は完全に消え去った。
またさらに翌日には、各地の海岸に上陸部隊が現れ、都市部にて戦闘が開始される。
しかし、既に碌な戦力が有る訳は無く、ほとんど無抵抗と言っていいほどに、残った戦力も瞬く間に消え去った。
まるでその様子は絵空事のように思えて、しかし鋭く現実を揺さぶる。
何をしたら良いかもわからず、進むべき道もない。
ただ彷徨うしかできない無力な自分しかいなかった。
結局1週間もしない内に国が降伏し、我々一般市民は彼らの奴隷となった。
男は戦闘が終わり無残にも破壊された都市の間を歩かされた。
そして、どこかの収容所へと入れられたのだ。
そこからは只々地獄であった。
毎日課せられる重労働。
食事は最低限のものしかなく。
来る日も来る日も、その全てを搾り取られる。
近くからはすすり泣く声が響き、それに伴い大きな怒鳴り声も響く。
いつしか声さえも聞こえ無くなっていた。
その地獄の中、男は何とか耐え忍ぶことが出来ていた。
しかし、それも長くは続く事は無かった。男を絶望の淵へと追いやる出来事が起きたのだ。
何時しかからか公開処刑が行われるようになっていた。
最初は労働意識の低い者たちへの戒めのためにしていたのだが、何時しかミリセント側の享楽のために行われるようになっていた。
そう、それこそが男の絶望と深い闇を作ることとなる。
最初は男の両親からであった。
場所は、円形闘技場のような場所。中央に処刑台が設置されている。それを取り囲むように客席が置かれ、そこには仮面で顔を隠した一昔前の上流階級が着るような服装の者たちによって埋め尽くされている。
男は処刑台の目の前まで連れてこられた。後ろ手に手を縛られ、四つん這いに近い形にされ、顔を強制的に固定される。
静かな空間に金属の擦れる音が響く。入場門より二人の軽装の鎧に包まれた兵士に連れられ、二人の男女が現れる。
そして連れてこられた男の両親。首輪をされ、それを鎖で繋がれ兵士に連れらて来る。
「これよりビルデスク公爵主催の公開処刑を開始いたします。この者達は、これより公爵様御自ら処刑される栄誉を受け賜わった。さぁ!皆さま、どうぞこの栄誉ある者達に盛大な拍手をお送りください!」
そんな宣言と共に二人は、それぞれ向い合せるように断頭台へと体を固定される。
「今回は夫婦との事でしたので、慈悲深い公爵様の命により、お互いの顔を眺めながら最後の時を過ごしていただく事になりました。それでは早速、処刑を開始いたしましょう」
そう宣言されると、そばで控えていた兵士がそれぞれ両親の横につくと、腰に差していた剣を鞘から引き抜き、断頭台の刃を釣り上げている縄に添える。
ここで客席の中央部分、貴賓席と思われる場所に座っていた一人の男性が立ち上がり、一歩前に出る。
「皆様、我が主催する催しにお集まりくださいましてありがとうございます。それではここに処刑の合図をさせていただきます。哀れな者たちに邪神のご慈悲の裁きを!やれ!」
その声と共に兵士が剣を高らかに上げ、勢いよく振り下ろす。
「や、やめろー!」
男の叫び空しく振り下ろされた剣が、いとも簡単に縄を切り落とす。そして無慈悲に刃は両親の首を切断した。
その瞬間、会場に割れんばかりの歓声と拍手が巻き起こる。
その様子を見せつけられた男は咆哮を上げながら泣いていた。
それから半年ほどしてから、今度は男の妹が両親と同じような方法で処刑された。
男は、それから与えられた一人用の牢の片隅で膝を抱え、うつむき、時折何かしろの事をつぶやくだけとなっていた。
「奪ってやる、奪ってやる。奴らの持っているものすべて、すべて、何もかも、一つ残らず、すべて」
「憎い、憎い、憎い!何かもすべてが憎い!俺が、俺が、そのすべてを、奪ってやる」
そこにあるのは、ただの復讐心。
すべてを奪っていった上位者を引きずり降ろし、そのすべて奪って己のされたことをやり返す。
そして、その心は闇へと落ちていく。
黒き心は、その姿を変え更なる混沌へと成り変わる。
「俺は、すべてを降ろす者。そのすべてを奪う者。そして、すべての上に立つ者。これが、これが、俺だ!」
そこにあるのは、すでに人だったナニかだ。
それは、牢の鉄格子に触れる。すると鉄格子は音をたてながら壊れる。
それは、上のものが牢屋というものにとらわれるはずがないというかの如く。
そして、それは進む。今まで奪われたものをすべてのものから奪い取るために。
その日、目覚めた何かは、急速にあらゆるものを奪い、そして自らのものとする。
地位、名誉、尊厳、富、名声、そして命までも。
すべてを捧げよ。すべてを差し出せ。すべては上位者のモノであると。
すべてが崩壊するまで、そうはかからなかった。
弧麻川未久美は、いつも通りだらけきっていた。
特に早急に片づけるべき案件も無し。それ以外の実施中のものは今まで通りに進んでいて順調そのもの。特に手を出すべきことは何も無い。
それなれば後、する事といえば、だらける事だけだ。といっても、やるべき事はちゃんとやっているので問題無い。
そんな中、何処かしろで世界が崩壊する感じがした。
「ん?どこだ?今のところ次元崩壊するような所なんて無いはずだけど。う~ん、ちょっとこれはまずいな。周りの世界まで巻き込んでやがる」
一気に原因となっている区域まで飛ぶ。そこには人の形をした黒く蠢くナニかが在った。
到着したとたん、そのナニかがこちらに対して何かしてくる。
「これは……。う~ん、とりあえず“遮断”」
不愉快な感覚が消えたのを確認すると、ナニかに近づく。
何も聞いていないとわかると、こちらに襲い掛かってくる。
ひょいっとかわしてやると、もう一度襲い掛かってくる。
今度は、正面から受け止めてみることにした。
受け止めると、触れた部分から、遮断したのを突き抜けようとする気配を感じる。
「これは、かなり強いな。概念レベルは…、おお!MAXだ。限界突破してるね、これ。さてと概念特性としては、相手に対して上位関係を強制的に設定して、自分の支配下にはいったものから、そのすべてを奪う、か。これはまずいね。これじゃどうしようもないね。はぁ、やるしかない、めんどくさいけど」
襲い掛かってくるのでまずは束縛術で相手を束縛する。
「よし、それじゃ、この魂にへばりついているナニかをはがしますか。ほれ、離れろ!ん?頑固だな。うぎぎ、は、な、れ、ろー!くそ、まさかここまでとは」
ナニかの黒い部分をつかむと、そのままはがしにかかる。しかし、魂とかなり癒着していて離れそうにない。
「う~ん、離れない~!と、まずい!これ以上やると魂が壊れそうだ。ふ~ん、こりゃスキル化し始めてるな。これ以上無理か。仕方ない強制的に転生させるしかないか。でも、本来いたはずの世界は自分で壊しちゃったみたいだから、ほかにいい場所は無いかな?」
そう言いながら手元に半透明な板状のものを出す。
「何か、いい場所、あるのかな?無いかな?どうだろな?ふふふ~ん」
鼻歌交じりで板状の表面を指でスクロールさせていく。しばらくそのまま候補地を探していると、ちょうどよさげな場所が目に留まる。
「お!ここなんか、よさげだな。受け入れは、よし。えーっと、そのほかの項目もよし。ここだな。それじゃ転生のために生命エネルギーの補充及び余計な記憶の破棄かな」
すぐさま自分の中から純粋な生命エネルギーの塊である魂を取り出し、ナニかにあてがう。
するとナニかはもがき苦しみ暴れようとするが束縛されて動けない。そのまま当て続けるが一向にエネルギーの補充が終わらない。
ついに魂内部にためられていたエネルギーがなくなり、魂が消滅する。
「ありゃ?世界丸ごとのエネルギーが入ってる私の増殖魂がだめになったよ。どんだけバカ食いなんだこいつ。とりあえず、どんどんつぎ込んでいくしかないか。ん?何か沼にはまり込んだ奴みたいなセリフだな。いや、ガチャーの方かな?まぁ、いっかそんな事」
ものすごく、くだらない事をつぶやきながら、つぎ込んだエネルギー量が200近くごろ、ついに補充が完了する。
「ふーう、まさか一つの魂にこれだけ食われるとか、ありえんな。これ、本当に転生させていいものか?ん~、ん~~、ん!たたた、たたたぁ!しょうがないよね~。どうしようもないよね~。だって、やっちゃったものは~。戻んないからね~」
今度はよくわからない適当な歌を歌い始める。少しばかり創作曲を歌いながら、転生に必要なことを済ます。
「よし、これで完了。それじゃね、良い来世を~。バイバイ」
こうして、一人の男の物語は、ここでひとまずは終わりを迎えたのだった。
何もなくなった次元の狭間にある虚数空間で、未久美は一人愚痴る。
「はぁ、帰ったら報告書かな?面倒。ま、サッサと終わらせますか。それにしても縁が出来ちゃったかな?なんだか再びまみえそう。その時はせっかくあれだけのエネルギーを与えたんだから、私の仕事でも手伝って貰おうかな。丁度いいし。あれぐらいなら神になるぐらい簡単だろう。世界200個分のエネルギー持ってんだからさ」
そう言って、この空間を後にするのだった。
次週は1章最後の話の予定です。