お節介焼きにも程がある。
私立探偵をしている猫の妖怪を訪ねてくるお客さんとは一体どんなモノが来るのかと好奇心に駆られ、部屋を出てみるとそこに居たのは艶のある黒髪を丁寧にまとめ上げ、品のいい着物を着た女性が居り、女性はこちらを見ると驚いた顔をして手に持っていたハンカチで顔を隠した。
「人間のお客様が居られたのですね」
怯えたような声で言われ、このどこから見ても品のある女性も妖怪の類いなのかと思い、好奇心に駆られ部屋を出てしまったことを少し後悔してタマさんを見ると、タマさんは少し困った表情をしながら友人だと説明し、悪い人間では無いと一言だけ伝えた。
「急に出て来て驚かせてしまってすみません」
そう謝ると女性は驚いた表情をしたあと、少し微笑み警戒を緩めてくれたように思えた。
「一先ずこちらの部屋にどうぞ」
タマさんは先ほどの応接間に女性を案内し、私に事務所で待っていて欲しいと伝えた。
「あの、もしご迷惑で無かったらそちらの人間の女性の方にも私のお話を聞いて頂きたいのですが……」
私は驚いてタマさんを見るとタマさんも困惑しているようだった。
少し考えたが話しを聞くだけだし、分かりましたと伝えると、タマさんは更に困惑した表情でとりあえずコーヒーを持って来ますと私たちを応接間に残し、コーヒーを注ぎに行ってしまった。
「すみません、お会いしたばかりの人間さまに……ですが、今回の相談は人間さまも関わっておりまして、私は人間さまをよく知らないので、ご意見をお伺いしたくて」
いったいどんな事情により妖怪と人間が関わっているんだろう。私が知らないだけで意外と人間と妖怪は交流があるのだろうか……だけどこの妖怪だと思われる女性は最初私に怯えていたし、人間をよく知らないと言っていてた。
色々と思考を巡らせているとコーヒーを注いで戻ってきたタマさんが応接間に入ってきた。
「すみません、お待たせ致しました」
そう言ってソファーに腰を掛けると女性に今回のご相談事はと話を切り出し始めた。
「実は……私は蝦蟇蛙の妖怪で人間さまには大蝦蟇と呼ばれる類なのですが、主人も同じくの蝦蟇蛙の妖怪で人目を忍んで山奥で二人仲睦まじく暮らしておりました。ところが突然主人が失踪してしまったのです」
衝撃を受けた。
私立探偵の猫の妖怪を訪ねて来るのということは妖怪の類いだとは思ったが、この品のある女性がまさか蛙の妖怪とは……予想外であった。
慌ててコーヒーを飲むふりをして驚きを誤魔化す。
「それは……何か原因などは思い当たりますか?」
タマさんは優しい声色で尋ねると、涙が我慢出来なかったであろう蛙の妖怪は声を詰まらせながら、話しを続ける。
「ありませんでした。もうすぐ子供も孵りそうなのに……私たちは幸せの絶頂にいたと思っていました。ですが、最近知り合いの鴉の妖怪が尋ねて来て主人を目撃したと言われました。人間の女性と一緒に街で暮らしていると……」
そこまで伝えると蛙の妖怪は大きな声で泣き始めた。
私は過去の失恋経験を思い出し、蛙の妖怪に酷く同情して、落ち着くまで背中を軽く摩り続けた。
そうしていると少し落ち着いてきた蛙の妖怪は私にお礼を言い質問をしてきた。
「人間さまは私たちより早くお亡くなりになられると聞いたことがあります……。人間さまはどのくらい生きてられるのでしょうか?」
「えっと、確か日本の女性の平均寿命は八十歳位だったとかだと思います」
突拍子ない質問に面をくらいながらも答えたが、その答えを聞いてまた蛙の妖怪は泣き始めた。
「短命過ぎます!人間の女性が亡くなってしまったら、残りの時間を一人で過ごす気なのでしょうか?もし周囲に妖怪だとばれてしまったら、殺されてしまうのでしょうか?そうだとしたら主人が……あまりにも可哀想です……」
私なら他の女と失踪した男の人生など心配するどころかさっさと死んでしまえばいいのにと思うところだが、この蛙の妖怪はご主人が孤独になってしまうことや、殺されるかもしれないと心配している。
それほど失踪したご主人を愛していたんだと鼻がツンっと痛んだ。
タマさんが依頼を引き受けると力強い声で主人をどうか見つけてくださいと頭を下げてタマさんに頼み、知り合いの鴉が居るというお店の名前を伝えて帰っていた。
「人間の女性とか……」
タマさんが寂しそうな声でぽつりと呟いた。
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「旦那さん見つかりますかね?」
蛙の妖怪が帰ったあとタマさんは、何かを考えているようだったので黙っていたがあまりにも長い沈黙に耐え切れず、私は沈黙を破った。
するとタマさんはハッとした表情で慌てて謝ってきた。
「すみません、色々と巻き込んでしまって。先ほどのお話しはご依頼人さまのプライバシーに関わることになりますので内密にお願い致します」
「大丈夫です、話しません!そもそも勝手に私が部屋を出て、話しを聞くのを了承したので……お仕事の邪魔をしてしまってすみませんでした」
私が謝罪をするとタマさんはにこやかに笑った。
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「あら、いらっしゃい。妖怪と人間の組み合わせとは珍しいね」
私は鴉の妖怪が経営しているブティックにやって来ていた。
タマさんが街でお店をやっている鴉に会いに行くと言ったので私も途中まで一緒に行くことにしたのだったのだが、タマさんは地図が読めないらしく
結局なんだかんだお店まで付き添い一緒に鴉の妖怪の話しを聞いているのだった。
私の両親は他界しており、恋人もいない私は一人自宅でビールを飲む予定しかない。
ここまで来れば乗りかかった船だと腹をくくり、最期まで依頼に付き合うことにした。
こういうところが友人からよく言えば面倒見がいい、悪く言うとお節介焼きだと言われる原因なのだろう……
「蝦蟇の奥さんから頼まれた探偵さんなんだってね、蝦蟇の旦那さんのことだろ?」
まだ何も伝えていないのに用件を知っていて驚いていると、鴉の妖怪は鴉は噂好きだから話しが回るのは早いんだよ。とニヤっと笑いながら言った。
「アタイ見たんだよ。蝦蟇の旦那さんが人間の女と歩いてるの。蝦蟇の奥さんとは全然違う派手な女だったよ」
少し楽しげに噂話しをするかのように声を潜めながら鴉の妖怪は言った。
「それはいつ頃ですか?女性の見た目とかどこに住んでいる人とか分かりますか?」
「4日ほど前だよ。女の見た目はさっき言ったように派手な女で茶髪で髪をぐりんぐりんに巻いて大きなパールのピアスを付けていたよ。全身ブランドの服で金遣いが荒そうだったが、性格はズボラであんまりお金はなさそうだね。靴のかかとがすり減ってたし、鞄はクタクタ、スカートは皺がついていたし、ネイルも所々剥げていたよ。住んでるところは知らないね」
早く口で捲したてるように喋る鴉の妖怪に呆気にとられた。それはタマさんも同じようだった。
「すごい、観察眼ですね。私より探偵に向いていますよ」
「向いてないよ、アタイたちはおしゃべりだからね」
タマさんがお世辞を言うと鴉はまんざらでもなさげにそう言ったのちにカッカッカっと笑いだした。
確かに依頼人のプライバシーもあったもんじゃないなと妙に納得してしまった。