二章二十六話 デート
「それで、アルマはどうして男女別で行動しようなんて言ったんだ?」
あの後、シーマが帰ってくるとアルマがすぐに提案して別行動をとる事になった。
シーマとデートがしたいなら、男女別で行動する必要はないように思える。
「シーマにプレゼントを買ってあげてぇんだ。………それにシーマはソラちゃんと行動したかっただろうしな」
なるほど、シーマを尊重した結果の提案か。まあ、案外悪くい提案だったと思う。
女子同士の仲はどれだけ深めても損はないだろう。
しかし、プレゼントか………
(ミドリ、頼む)
(任せなさい!報酬は魔力ね!)
(あぁ、分かってる)
そう言って、ミドリは上手く物陰に隠れながら飛んで行った。
しかし、これは俺とグランが暇になるやつではないのだろうか。その間は、グランと近況報告でもしてるか。
「ねぇアルマ、どこに向かってるのかな?」
「もう着くぜ。………ここだ」
そう言って足を止めた場所は、雑貨屋の前だった。
そんなに大きいわけではない。しかし、どこか年代を感じさせる。
「それじゃあ俺は探し物してっから、お前らは適当に見ていてくれ」
アルマはそんなことを言って離れていった。
自由人め。
「ハル………ここ凄いよ」
グランが指差した方を見る。そこには少し古びた剣が置かれていた。
ぱっと見はただの中古の剣。しかし魔法学園の生徒には少し違って見える。
「あれはまさか付与剣か」
「うん、間違いないよ」
付与魔法によって強化された剣。
そもそも、付与魔法を使う人はとても少ない。魔力回路という高度な技術が必要で、さらに普通以上にしっかりと魔法式を理解していなくてはいけない。
それこそ魔法学園の教師か生徒、もしくはそういう人を師匠に持つ人だけしか使えない。
付与魔法で強化されたものは、その魔法式によって様々な効果を発揮する。その強力な力からとても重宝されるが、魔法具よりも貴重だ。
そして、この店にはそれがいくつもあった。
「すごい掘り出し物があるかもね」
「買うか?」
「僕はいいや。お金もそんなにたくさんある訳じゃないし」
そう言いながら物色し始めるグラン。
欲しくはないけど興味があるってところだろうな。
確かにここなら、シーマの喜ぶものもきっとあるだろう。
しかし俺の欲しいものは無かった。
「そういやグラン、コルアって知ってるか?うちの生徒なんだが」
最近魔法工学研究室に入ってきた優等生のことを訊いてみる。
「うん、知ってるよ。その人、僕と同じクラスだもん」
「やっぱりか」
そうだと思った。
そもそも俺はそんなに有名じゃないし、他人の成績を知ってるなんてグランから聞いたとしか思えない。
グランが俺のことを話す程度には仲いいんだろうか。
「コルアとは仲良いのか?」
「うん、クラスでは一番仲良いよ。コルアにはよく勉強を教えてもらってる」
なに………グランが勉強を教わってるだと?
入試は問題の種類から俺が一位だったが、グランは基本的に賢く、俺が知る限り一番頭がいいやつだ。
そのグランが誰かに勉強を教わるとは………。
「あいつ、頭が相当良いんだな………」
「僕がハルのことを色々話したら対抗心燃やしてるみたいだったよ」
………あぁ、そういうことか。
グランの事だから俺のことを褒めてくれてたんだろう。
そして首席であるグランが言うほどの奴はどんな奴かと楽しみにしていたら、そいつは自分の学園で迷子になっている。
それが真面目なあいつからしたら気に食わないんだろうな。
「そんなことより、またいつか僕とハルで模擬戦ようよ」
グランは突然言い出す。
努力家であり自分の力を発揮したいグランにとって、俺との模擬戦は何よりも楽しい“遊び”みたいなものだからな。
特にヤノ村では頻繁にしていたからこそ、まったくしなくなったのが暇で仕方ないんだろう。
「いつでもいいぞ。研究室もそんなに忙しい訳じゃないし」
「やった!じゃあ明日にでもやろうよ!」
「了解。その代わり頼みたいことがあるんだが」
「いいよ、なんでも言って!」
「悪ぃ!遅くなった!」
「大丈夫だよ。何を買ったか聞いていい?」
グランはアルマの持つ紙袋に目を向ける。
大きさからすると、キーホルダーみたいなものだろうか。
「おぉ、もちろんだ。俺が買ったのはネックレスだな、魔力の発動を補助する魔石の。前にシーマがこういうの欲しがってたの思い出してよ」
「………まじかよ。それってかなり高いんじゃないか?」
アルマの買ったのは魔法具だ。しかも魔法補助なんてもの、よほど高いに違いない。
「金貨五十枚だったな」
「………値段はシーマには言わない方がいいかもな」
ファミリーネーム持ちのアルマからすると、そこまで高くはないのかもしれない。しかし普通のプレゼントにしては高すぎる気がする。
アルマもそれは分かってるらしかった。
さすがにアルマの財布も悲鳴をあげかけたらしい。
『ハルト!あったわ!』
ちょうどその時、ミドリが帰ってきた。
「申し訳ないが、ここから俺は別行動ってことで」
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また再集合すると決めていた時間を少し過ぎてしまった。
思ったよりも時間がかかったな。
「あっ、ハルトはまた遅刻だね」
「………ぜぇ、ぜぇ。………………」
「うん、かなり頑張って急いできたのは分かったよ」
シーマはそう言って飲み物を渡してくれる。わざわざ買っておいてくれたのだろうか。
「ソラちゃんが、ハルトは全力疾走してくるだろうから、って」
俺はソラを見る。顔を背けられてしまった。
「グランは用事があるって言って帰ったぜ」
グランは約束を守ってくれたらしい。
別れるタイミングは指定していなかったが、やはりグランは上手く見計らってくれたようだ。
俺は水を飲んで、なんとか息を整えた。
「それじゃあ今度はアルマとシーマ、俺とソラで行動しないか?」
アルマもそれが目的だったはずだ。そしてグランには俺とソラが二人になれるようにお願いしておいた。
別に告白とかじゃない。せっかくの機会だから二人で回りたかっただけだ。
「………そうだね、じゃあ行こ、アルマ」
「おっ?………おう」
アルマとシーマは俺たちに構わずに歩き出した。
シーマが素直に乗ってくれたのは予想外だ。アルマも一瞬呆気にとられていた。
しかし今回はありがたい。
俺とソラも、ずっとここにいては仕方ないので歩き出すことにする。
「シーマとはどうだった?」
「凄く楽しかったです!色々と気を使ってくれました」
それは良かった。
シーマも、流石に二人でいるときは自重したらしい。
「何をしたんだ?」
「いろんな飲食店を紹介してくれました。どこも凄く美味しくてたくさん食べちゃいました。………どこを見てるんですか。わ、私は太りません」
意地悪を込めてソラのお腹に視線を向ける。
俺は多少太ってもソラは可愛いままだと思うけどな。
しかし、それなら飲食店は避けよう。
「ソラ、どこか行きたいところとかある?」
「………………分かりません」
ま、そういうとは思っていた。遠慮をしているんではなく、本当に思いつかないんだろう。
ソラはそう思っていなくても、俺からすればこれはデートだ。多少おかしくなっても、失敗はしたくない。
「………あれ、ソラってそれしか服持ってないんだっけか」
「はい。獣人族用の服ってあまり無いんです」
制服はいくつかあるから大丈夫だが、確かに家ではかなり頑張って普段着を洗濯していた。
なら、今回はそれをどうにかしよう。
「ソラ、今日は服を買おう」
「はい………え、私はあまりお金持ってません」
「大丈夫だ。俺が買う」
「だ、ダメです!主人であるハルト様が奴隷に何かを買うなんて………」
「俺が買いたいんだよ。それに何度も言うけど、ソラは俺の家族だ」
それを聞いてソラは引き下がる。一ヶ月も一緒に住んでいれば、俺がどういう時に頑なになるか、分かるんだろう。
「俺が可愛いソラを見るためだと思って、好きなだけ買ってくれ!」
「………………はい」
ソラは渋々了承する。
まあ、こう言っておいても遠慮するのがソラなんだろうけどな。
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「………ふぅ………」
服屋に来てかなり時間が経った。
俺はソラに付き添いながら女性服が並ぶ中を歩いていた。奴隷を一人で歩かせてはいけないらしい。
最初は恥ずかしさもあったが、こうも長い間いると慣れてくる。
ソラはたくさんの服を買おうとしてるわけではない。むしろあまり買おうとしてはいない。だからこそ、値段と見た目で悩みまくっていた。
まあ、楽しそうなソラを見ているだけで俺は十分だけどさ。
「何をお探しですか?………………獣人族の方でしたら、こちらではなくあちらです」
見かねた女性店員が説明してくれる。
なるほど、この大量の服の中から獣人族用の服を探しているから、より時間がかかっていたのか。
しかも、獣人族用の服はこの辺りではなかったらしい。
ソラは女性店員に案内されて獣人族用のコーナーを見つけた。
「見て迷うのではなく、試着をしてみてはいかがですか?」
女性店員が、そう提案してくれる。
「でも、私は奴隷ですし………」
「この店はそんなことを気にしてはいませんよ」
………そうか、失念していた。
奴隷は忌避される。運が良くこの店は大丈夫だったが、今度はそれを調べてから来よう。
「………彼氏さんも大変ですね」
去り際に女性店員さんが小さくそう言っていった。
どうして俺を主人とは言わずに彼氏と言ったのか。そんなに俺の気持ちは分かりやすいのか?
………まあいい。
「ハルト様、試着したいです」
「あぁ、いいんじゃないか?」
ソラは二着の服を持って、試着室の前で立ち止まっていた。
試着をしたいなら入ればいいのに。どうしたのだろうか。
「………やり方がわかりません」
「あ、あぁ、そういう事か。まず靴を剥いでから服をそこに掛けて、それで………」
ソラは説明を聞いてから試着室に入っていった。
忘れがちだが、奴隷で出歩けなかったソラは世間知らずだ。これも気をつけないといけない。
こうやってデートしてみると、足りない事がたくさんある事に気付く。
俺は本当にまだまだダメだ。
「ハルト様、着れました」
その声と共にカーテンが開かれる。
「………………………」
「どうですか?」
そこには青をベースとした服を着たソラが立っていた。
俺からすると、ベストポイントは初めて見るロングスカート。
顔を赤らめて訊いてくる。
こういう時、どう言えばいいんだったか。
俺は以前に女主人から教わったことを思い出していた。
「すっごく可愛い。ソラの髪と同じ鮮やかな青色がソラにすごく似合ってるし、普段は見れないロングスカートも可愛い。それにその二の腕が見えるところもーーー」
「わ、分かりました!分かりましたから!ありがとうございます!」
ソラは勢いよくカーテンを閉めてしまった。
………言い過ぎたか。そういえば『ライク』でもこんな風に恥ずかしがってたな。
やりすぎ注意ってことか。
試着室の中から服を着替えている音が止む。
「これはどうですか?」
そう言ってカーテンを開けたソラは、今度は白色がベースの、これからの季節に合いそうな涼しそうな服だった。
俺としては青い方が可愛かった。でもこっちも捨てがたい。
色々と言いたいことはあるが、やりすぎ注意。
「すごく似合ってる」
「あ、ありがとうございます」
それでもソラは少し顔を赤らめるが、さっき程じゃない。
これが正解か。
ソラはもう一着の青い方を見て、自分の着ている服を見下ろしてかなり悩んだ結果、青い方に決めたらしい。
「………これを………お願いします」
白い方を断念するが大変そうだな。
俺はとりあえず両方の服を持った。
そのまま白い方を返しに………ではなくレジへと向かった。
「両方お願いします」
「………っ………」
俺を見るソラの表情は、申し訳なさと期待が入り混じっていた。
しかし両方買ってもらう期待の方が勝ったようだ。
「はい、銀貨五枚です」
さっきの女性店員が会計をしてくれる。
銀貨五枚か、安いな。ソラが安いのを選んだのか。
俺は銀貨五枚を払って、服を袋に入れてもらって店を出た。
ソラは服の入った袋を持って嬉しそうに歩いていた。それを見ると、買った俺も嬉しくなってくる。
もう日も傾き始めていた。
魔法学園とは逆方向にある、時計塔の鐘が聞こえる。ソラはその音を聞くと、興味深そうに時計塔を見ていた。
それを見て、俺は次の予定を決める。
「ソラ、あの時計塔に上ってみようか」
「えっ、大丈夫なんですか?」
確かに立ち入り禁止にはなっているが、ミドリの下調べで危険が無いことは調べ済みだ。
今日は少し悪いことをしたい気分だ。
「大丈夫だ。行こう」
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「わぁ………綺麗………」
ミドリに内側から鍵を開けてもらって時計塔の一番上まで上った。
鐘がぶら下がり、椅子が置かれていた。
夕日が王都をオレンジに染めるその景色は、間違いなく王都で一番の景色だ。
背後には遠い位置に魔法学園が見えた。
ソラは夕日に見惚れていた。
「………………」
俺は黙ってソラの隣に立った。
「すごいな」
「はい………………今までで一番綺麗です」
俺は気付かれないようにソラの顔を見た。
「君の方が綺麗だ」とは、ほとんどの人が知っているありきたりな言葉だ。
だが、俺はその言葉を思い知っていた。
俺がソラのことを好きだから余計に思うのかもしれない。
夕日に照らされ染まっている、夕日に見惚れているソラはとても愛おしかった。
「………ソラ、プレゼント」
俺は紙袋を差し出す。
恥ずかしさから少しぶっきらぼうになってしまう。
そうなってしまったことに、さらに恥ずかしくなる。
でも夕日のおかげで気付かれてはいなかった。
「………これは………?」
「開けてみて」
ソラは袋からそれを出した。
それは青いスカーフだった。精神系魔法から所持者を守る効果のある魔法具でもある。
「………もらえません。もう服を買ってもらいました」
「服は日常必需品だろ?それが俺からの、家族へのプレゼントだ」
「………………………」
ソラはそれを聞いて涙を一つ流した。嬉しそうに見えるが、よく分からない。
その涙は夕日に照らされて光っている。
「………ハルト様はなんで……なんでこんな事をするんですか」
「喜んでくれるか?」
「当たり前です。本当に、これまでの人生で最高のプレゼントです」
そう言って大切そうにしながらスカーフを首に巻いた。
けど、その表情に悲しさも混じっていることに気づく。
「これじゃあ………別れるのがもっと辛くなるじゃないですか」
そうか。ソラはやはりまだそのつもりでいたのか。
ソラを買った時に言った言葉。三ヶ月でソラは俺から離れていくつもりなのだ。
俺はそれまでにソラが離れていかないくらい、幸せにしなくてはいけなかった。
タイムリミットはあと二ヶ月。
「俺といるのは楽しくなかったか?」
「楽しいし、幸せです。ハルト様はもう大切な人です。でも………だからこそ私はハルト様と一緒にいたくありません」
「そうか………」
その言葉に怖くなる。
二ヶ月後にソラがいなくなるかもしれない事に。
そしてその言葉のせいで、ソラを楽しませることは間違っているのかもしれないと思ってしまう。
俺を大切に思ってくれればそれだけ、俺とはいない方がいいと思われてしまうかもしれないからだ。
(諦めるの?)
ミドリの声が頭の中で聞こえる。
その言葉は、俺に訊いているのではないような響きを持っていた。
そうだな。最後の最後まで、俺は俺自身の幸せの為にもがいてみせよう。
「本当に、俺のことを大切に思ってくれてるんだな?」
「もちろんです」
なら大丈夫だ、ちゃんと進めている。諦めるには早すぎる。
諦めるわけにはいかない。
「そうか………。なあソラ」
ソラは本気で申し訳なさそうにしていた。その表情をされるのも、まだまだ早い。
ソラは俺の顔を見る。
俺の表情が落胆や悲しみのような表情ではなくて安心したようだ。
俺はソラの頭の、耳の間に手を置いた。
俺は自分を奮い立たせる意味も込めて、笑った。
「そのスカーフ、やっぱりすごく似合ってる」
「………一生大切にします」
一瞬きょとんとするソラ。
でも、すぐに顔を赤くして俯いたソラはそう言ってくれた。




