二章十五話 約束
その後、契約はすぐに済んだ。その間ソラは一言も喋らずに言われるがままだった。
おそらく悩んでいたんだろう。
自分と親しくなった人を不幸にしてしまう。だから俺とはいるべきではない、と。
もしも本当に俺が主人になることを喜んでくれているのなら、ようやく訪れたチャンスを棒に振ることになるからな。
そして今は帰り道。
何も言わないまま後ろをついてくる。
ここは俺が気を使って話しかけるのが一番いいのかもしれない。しかし、それができない理由があるのだ。
(何をまともな理由っぽく思ってるのよ!ただ恥ずかしいだけでしょ、シャキッとしなさい!)
(うるさい。だったらミドリがどうにかしてくれよ)
(これからソラの主人になるのよ!ハルトがしっかりしなくてどうするの!)
最近はミドリに注意される回数が増えてきてる気がする。
ミドリが成長したのか、俺がしっかりとしていないのか。まあ後者だろうな。
ミドリの言っていることは間違っていない。俺がウジウジしているわけにもいかないからな。
幸い、大通りではないおかげで周囲には人がほとんどいなかった。
よし。
「改めてよろしく。俺はハルーーー」
「私を捨ててください」
せっかく俺が勇気を出したというのに。
言い終わる前に遮られてしまった。それも、あまりよろしくない言葉で。
でもそれはいつか言うだろうとは思っていた。
むしろ今言ってくれて、後で話し合う手間が省けたかな。
「……なんで?」
「私はきっとご主人様を不幸に、いえ、殺してしまいます」
「ごほっ」
俺は慌ててソラから顔をそらす。
今の顔はあまりにも緩んでいる。真剣な場面で申し訳ないが、好きな子から「ご主人様」と呼ばれれば仕方ないだろう。
こんなに心が掻き立てられるのは初めてだ。
ソラは一瞬不思議そうな顔をする。俺はなんでもない、と首を振った。
少しずつだが心が落ち着かせていく。
「だめだ。俺はソラを絶対に捨てない」
「それこそ駄目です。どうかお願いします」
ソラは頭を深く下げる。土下座でもしそうな勢いだ。
でも俺は何をされようがソラを離す気なんてなかった。
本気で俺といるのが嫌だと思われているなら仕方ない、良い人を探して保護してもらうのもよかった。
でもこれはそうじゃないんだ。
契約をした時から、俺はソラの感情が少しだけ感じ取れていた。
ミドリとの繋がりに近い。おそらく魔力の繋がりによるものだろう。
もっとも、本当に曖昧にしか分からない。でも俺に捨てろと言った時。あの時だけは確かに感情を読み取ることができた。
それは捨てられることに対する「恐怖」と「辛さ」だった。自分で言っておいて矛盾している。
俺を第一に考えたから、その言葉だったんだろう。
そんな子を捨てる?馬鹿を言え。そんなことは絶対にしない。
「分かった」
「……っ!」
「主人としての命令だ。そんなことはこれから三ヶ月の間言わないように」
その言葉と共にソラの首元の刻印が小さく光った。その直後、ソラに対する“縛り”ができたのを感じた。
あんまり縛ることはしたくなかったんだがな。
「本心で言ってるなら許したさ。でもそうじゃないだろ?」
「……………」
ソラは答えない。俯くだけだった。
「三ヶ月だけ我慢してくれないかな」
「……三ヶ月、ですか?」
「そう、三ヶ月。その間にそんなことは言いたくならないようにさせてみせる」
ソラは少し悩んだ末に了承した。ソラは三ヶ月後にまた言うつもりだろう。それまでにソラの心を変えられないのなら、俺のせいだ。
俺はそれを言わせないために、ソラに幸せを感じてもらえるよう頑張らないといけない。
その為ならいくらでも頑張れる自信はあった。
「それじゃあ改めて。俺はハルト、これからよろしく」
「……ソラです。あと三ヶ月の間よろしくお願いします
ソラは三ヶ月で終わりって決めているな。しかしそうはさせない。
「それじゃあ、とりあえず宿に帰ろうか」
「はい、ご主人様」
「ごほっ、ごほっ」
「ど、どうしたんですか……?」
やっぱり「ご主人様」は駄目だ。俺の心がもたない。嬉しいんだが、恥ずかしさの方が強すぎる。
「いや……ご主人様はやめてくれないか?」
「では、なんて呼べばいいんですか?」
ちょこん、と首をかしげるソラ。
か、可愛い。この感覚はシャルの時以来。もしかしたらそれ以上かもしれない。
「名前で、ハルトで頼む」
「分かりました、ハルト様」
「少し固いけど……まあいいか、よろしく」
俺が主人でソラが奴隷という関係上、一緒に住むんだよな。
俺の心臓がもたないかもしれないな。
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俺たちは寄り道せずにまっすぐ『ライク』に帰ってきた。
まだ客はいない。準備中だからだ。
「帰りました」
「おや、ハルト。……その子はどうしたんだい?」
『ライク』の女主人はすぐにソラのことに気づく。いつも以上に真剣な顔だ。
それもそうだろう。女主人と同じように頭の上に、人族には無い耳が生えているのだから。
人族が多いところでは獣人族はやはり生きづらいからな。
俺はソラを少し見る。ソラも俺を見ていた。
ここは俺の奴隷だと言った方がいいのか、それとも友人だと言った方がいいのか。いや、そうじゃないな。
それほど大切だという意味を込めて、こう言おう。
「俺の家族です」
「ハルト様!?」
ソラは背後で驚いていた。
奴隷の地位がとても低いこの世界で奴隷と家族だなんて言う馬鹿はそうはいないだろうな。
それに、いつか本当にそうなれれば嬉しいし。
……………。
(ハルト、あんたって案外可愛いわね)
(うるさい!)
顔が熱くなる。今すぐ転がりまくりたい気分だ。あんまりその事を考えすぎるのはやめておこう。
ソラが俺の背後にいることが救いだった。
今の俺の顔を見られずに済んだ。
「おやおや、なるほどねぇ……」
女主人は俺の顔を見てニヤニヤしていた。
これは完全に悟られたな。でもこの人に関してはその方が都合がいいか。
本気でそれくらい大事にするつもりだが、こんな説明じゃあ駄目だろう。
しかし真面目に紹介するとなるとどうしようか。俺の奴隷と言うのは少し嫌な気分だ。あまり人を奴隷扱いしたくない。
そんな事を考えているとソラが前に出た。
「私はハルト様の奴隷で、ソラといいます。よろしくお願いします」
「おや、よろしくね、ソラ」
ソラはお辞儀をする。
そういえば礼儀とか色々教え込まれているって言ってたな。形が綺麗だ。
「ソラ、あんた今まで奴隷だったんだろう?金はいいから風呂入ってきな」
「え、そんな……」
「ぐだぐだ言わない!ハルトもその方がいいだろう?」
突然話を振られると焦る。正直あまり聞いていなかった。
しっかりとしないといけないな。
とりあえずこの女主人の言うことに間違いはないだろう。
「はい」
「ほら、場所は教えてあげるからついておいで」
ソラはほぼ強制的に連れていかれていた。あの女主人にあんな一面があるとは初めて知った。
普段ここの客は男がほとんどだから、ソラが来て嬉しいのかもしれない。
それに、同じ獣人族だから面倒見てあげたくなるんだろう。
俺は一人取り残されてしまった。あの様子では長くなるだろう。俺もすべき事をしようか。
グランに話をするために部屋に向かった。
「グラン、ただいーーー」
「ハル!大丈夫だった!?」
グランはすごい勢いで詰め寄ってきた。
そういえばシリアスな感じで別れたからな。心配させたようだ。
しかし一つ言わせてもらいたい。
ミドリといい、ソラといい、グランといい、俺の言葉を遮るのはいい加減やめてほしい。
「あぁ、問題なかった。でも色々と面倒臭いことが増えたから今から話すよ」
「分かったよ」
とりあえずグランを椅子に座らせた。
あんまり興奮されたままだと話しづらいからな。
「それで、何があったの?」
グランが改めて訊いてきた。
俺は大まかに説明した。《言語理解》を使って研究に協力をすること。その報酬。そしてソラのこと。
「そうなんだ……まず筆記成績一位おめでとう!ハル」
「あぁ、ありがとう」
友人に褒められるのは照れるな。思わず鼻をかいてしまう。
「それにしても家貰えるんだ……一緒に住みたいけど、僕は寮生活かぁ……」
「結果が出るまでの一週間ならいいぞ」
「うーん」
グランは考える素振りをして俺の目を見てくる。
何だろうか。住むための準備を手伝わされるのが嫌だとか、そういうことだろうか。
「でも、やっぱりいいや。ハルトとソラって子の邪魔しちゃ悪いもんね」
「……え、何で知ってんだ?」
グランには一言もその事は話していないのに。ソラの説明をしている間も普通だったはずだ。
グランは俺の言葉を聞いて一瞬目を見開き、ニヤリとしてから頷き始めた。
まさか……カマかけられたか?
「やっぱりハルはソラって子のことが好きなんだね」
やっぱりカマかけられたな。
まんまとハマってしまう俺もちょろいな。別にグランに知られて悪い事はないが。
「なにか悪いか?」
「なーんにも。そっかぁ、ハルにも遂に春が来たのかぁ」
ニヤニヤしながらからかってきやがる。
何でこんなに嬉しそうなんだこいつは。こんなにうざいグランは久しぶりだ。
「とにかく!お前はどうするんだ」
「うん、僕はもう一週間ここを借りるよ。ソラちゃんって今いるの?」
「あ、あぁ。今は風呂で体を流しているはずだ」
「覗く?」
「覗かねぇよ!」
グランは今度は声を出して笑う。最初から俺をからかうつもりで話し始めてたな。
覗きなんて嫌われそうな事、出来るはずがないだろう。
満足いくまで笑っていたグランは立ち上がった。そして俺の前まで来る。
その表情はからかうものではなく、真面目な笑みだった。
「だったらさ、ハル。ちゃんとソラちゃんを幸せにしてあげなよ。男と男の約束だ」
その笑みは普段はあまり見ることのない、カッコいいと思わせる笑みだった。
あぁ、やっぱりこいつはイケメンだな。
「あぁ、俺はきっとソラを幸せにする。約束だ」




