二章十四話 再会
学園を出てから地図を見る。
「……イラつく」
その地図は手書きだった。しかも正確に、綺麗に書かれている。
学園長以外が作ったものなら感心するが、あの人が作ったものだと思うと途端に評価したくなくなるから不思議だ。
俺は地図の通りに進んだ。
途中、入り組んでいて迷ってしまったがなんとかそれらしき建物に着く。
入り口はごく普通の店だった。まあ、あんまりそれっぽくしたら客が寄り付かなそうだからな。
(早く入りなさいよ!)
「分かってるけど……こういう店は初めてだからな」
当然、ヤノ村にはこんな店はなかった。
日本でも風俗どころか夜の居酒屋にすら入ったことはない。
ただ入っていいのか迷う。
(は・や・く!行きなさい!)
「分かった分かった、少し落ち着けって」
ミドリは少し興奮気味だった。
まあ、ミドリもソラとは仲良くやっていたからな。
ようやくソラを引き取れるんだ、落ち着かないのも仕方ないか。
俺は扉を開けた。
「……へぇ、綺麗だな」
店の中は思っていたよりも綺麗だった。奴隷商と聞いただけで偏見が入っていたな。
「お待ちしておりました。ハルト様」
少しぼーっとしていると横から声をかけられた。俺たちを王都に連れてきてくれた奴隷商人だ。
「久しぶりです。それで……」
「お話は聞いております。案内しますのでどうぞこちらへ」
丁寧な仕草で店の奥へ案内される。
「その、奴隷ってどこにいるんですか?」
入り口からずっと、少しも見かけなかった。仮にも奴隷商なのに。
「地下の市場にいます。他の奴隷に興味がおありでしたらそちらも案内させていただきますが」
「いや、遠慮しておきます」
もともと学園長に頼ってなんとかなったんだ。その分のお金なんてあるわけがない。
それに、他の奴隷を見たら感情移入してしまいそうだ。この世界で感情移入していたらきりがない。
「それにしても驚きましたよ。本当に一ヶ月で彼女を買ってしまわれるんですから。一体どうやったんですか?」
学園側から話が行っているはず。つまりこの場合はどうやって取り入ったか、と聞いているんだろうな。
そういう商人の会話ってめんどくさいな。頭が痛くなる。
「いえ、特別なことは何も」
「そうですか、まあ詳しくは聞きません。それでどうしますか?先に奴隷の説明をしましょうか?」
(先で!)
頭にミドリの声が響く。
(なんで?)
(ソラと会ったら早く遊びたいから!)
なるほどな。
確かに、せっかく会えるんだから余計な説明は先に聞いておいた方がいいだろう。
「先にお願いします」
「分かりました、それではいくつか方法と注意を。まず彼女と契約を行ってもらいます。隷属魔法による契約です。それにはお二人の血が必要になりますがよろしいですか?」
「もちろんです」
死なない範囲でならいくらでも提供しよう。
奴隷商人は頷いて続きを話す。
「注意ですが、とりあえずこの国の奴隷法を守っていただければ問題はございません」
奴隷法?聞いたことがないな。
そもそも奴隷の法律以外の法律も知らない。王都にいる以上、覚えておいたほうがいいだろう。
「すみません、奴隷法ってのはなんですか?」
「これは失礼しました。王都の奴隷法の柱は二つあります。
一つ、主人は奴隷に死を強制、又はそれに通じる命令をしてはならない。
二つ、奴隷は主人を傷つけてはならない。
基本はこれですね、これを守っていただければ何も問題はございません」
なるほど、王都では奴隷を守ってもいるわけだ。
先生の話ではもっと酷い扱いを受けていると思ったが。
「こちらです、どうぞ」
いつのまにか俺たちは廊下の一番隅まで来ていた。奴隷商人は扉をあけて、中に入るように勧める。
中は机一つと対面にそれぞれ椅子があった。応接間かな。
俺が椅子に座ると奴隷商人も対面の椅子に座った。
「そして最後に契約内容の確認です。基本的な初期の契約は“主人の命令に従わせる”ものと、“主人に害を与える行動の禁止”です。もう一つ付け加えられますがどうしますか?」
「自殺の禁止をお願いします」
最悪、ソラが俺から逃げて自由になるのもいい。
だが、今のソラの精神状態から考えて他人を不幸にしないために自殺してしまう可能性もある。いや、流石に無いとは思うが。
あまり縛り付けることはしたくないが仕方ないだろう。
「分かりました。それでは連れてまいりますので少々お待ちください」
そう言って奴隷商人は部屋から出て言った。
「……なあ、ミドリ」
『なによ』
「尋常じゃなく緊張してきたんだがどうしようか」
『知らないわよ!ていうか今更!?』
確かに今更だけどな。ここまでは期待だけだったのに、ここに来て心臓がばくばく鳴っている。
どんな顔をすればいいのだろうか。勝手にこんなことして迷惑じゃないだろうか。
……少しは喜んでくれるだろうか。
こんな考えになるのも仕方ないだろう。
なぜなら今から好きな子を引き取ろうとしているのだから。
好きな子を………。
「……うわぁ………」
『キモい!ハルトがいつになくキモいわ!』
失礼だな。体験してみれば誰だってこうなるだろう。
もしかしたら顔が赤くなっているかもしれない。ミドリは俺の中だし、誰も見ていなくてよかった。
「俺が黙り込んだらお前がどうにかしろよ」
『そこは男としてしっかりやりなさいよ!情けないわね!』
くそ、反論できない。
こんな状況になって初めて分かったが、俺も自分が思っているよりも大人ではないんだ。特に色恋沙汰に関しては。
日本でもヤノ村でも恋愛なんてしたことがないからな。
「失礼します」
「は、はい」
奴隷商人が帰ってきた。ソラは一緒じゃない。
奴隷商人は俺の言葉と顔を見て少しニヤついたように見えた。恥ずかしい。
「契約内容の確認は必要ですか?」
「いえ、大丈夫です」
「そうですか。……一つお願いをしてもよろしいでしょうか」
「……?どうぞ」
なんだろうか。また奴隷を買ってくれ、とかだろうか。
残念だがそれは受ける気は無いんだが。
「……ソラは今までとても辛い目にあってきました。私が知る限り誰よりも耐えていました。……幸せにしてあげてください」
ああ、そうか。
ソラを囮にしようとしたりしていたから見えていなかった。
この人も根は優しい人なんだ。だからこそ、奴隷を守る法律があるこの王都で奴隷商を続けていられるんだ。
「もちろんです。任せてください」
「ありがとうございます。……ソラ、入りなさい」
その声と共に扉を開けてソラが入ってきた。
扉のすぐそこにいたのか。俺は突然のことに焦る。
もう顔は赤くないだろうか。本気で嫌がられないだろうか。
緊張と不安、期待が入り混じっていた。
しかしそんなものはすぐに消え去った。
ソラは俯いきながら、震えて泣いていた。こちらを見てすらいなかった。
それを見ると途端に頭が冷えていく。俺が舞い上がっている間、ソラはずっと不安と恐怖でいっぱいだったんだ。
いや、今までの奴隷生活の間ずっと。分かっていたはずだったんだけどな……。
俺は自然と立ち上がっていた。その足はソラの元へ歩いていく。
俺がソラの目の前で止まると更に震えが強くなる。その震えを、恐怖を少しでもどうにかしてあげたかった。
気付くと俺はソラを撫でていた。
最初に好きな子にかける言葉なんで思い浮かばなかった。
ただ長い間耐え抜いた、この強い女の子にかけてあげたい言葉だけが自然と口に出ていた。
「今までよく頑張ったね……ソラ」
それを聞いてソラは顔を上げる。
涙で濡れた顔は驚きに満ちた。俺は見逃さなかった。それと同時に、確かに嬉しそうに笑ってくれたことを。
俺はこの子が好きだ。一緒にいたい。
でも何よりもしてあげたいことが出来た。
俺はこの子を辛かったことを忘れくらい、幸せにしてあげたかった。




