二章十三話 簡単な説明と再会
「まず、ハルト君は魔法学園は何をする場所だと思いますか?」
「魔法を学ぶんじゃないんですか」
「残念、違います。魔法学園とは魔法の理論を学び、研究、さらに先へと繋げる場所なのです」
そうか、だからあの試験構成なのか。
理論を学び研究する場所。育成機関であり、研究機関でもある。だから魔法は最初からそれなりのレベルで使えていなくてはいけないという事だろう。
「ここで魔法を覚えることはできないんですか?」
「授業では取り扱いません。魔法書なら少数管理していますがほとんど二年生が独占してますね」
基本は、魔法を覚えることは自分でやれということか。
正直魔法を新しく教えられないことは少し残念なところではあるが、これはこれで面白そうだ。
「魔法学園は二年制です。一年目で理論を全て教わり、二年目でそれぞれの研究室に入ります」
「どんなのがあるんですか?」
「質問は受け付けてません。説明するので黙って聞いていてください」
「すみません」
そう言われて気づいた。魔法学園の説明となり、俺も少し興奮しているようだ。普段ならいいが、この人の前でそういう姿は見せたくない。もう少し冷静にならなくては。
「研究室には魔法工学、戦闘魔法学、回復魔法学、魔力学、スキル学、先端魔法学、魔物学の七つです」
結構多いんだな。どの研究も面白そうだ。
しかし少し内容が分からないのがいくつかある。魔法工学、先端魔法学とは何をするのだろうか。
「魔法工学は魔法式の解明、魔法具の発明、付与魔法の開発が主ですね。先端魔法学はオリジナル魔法式の発明、戦闘魔法の効率化、回復魔法の効果増加、魔力回路の研究、つまりは全ての部門を取り扱う研究室です」
思考を読まれた。もう慣れたし気にしないけどな。
しかし先端魔法学か……。それが一番面白そうだな。幅の広い知識が欲しいし。
他も面白そうではあるが、一つのことを極めたいわけではない。
「残念ながらハルト君には魔法工学研究の方へ進んでもらいます」
「……あぁ、それが条件ですか?」
「はい。その通りです」
あれだけの好条件を見せつけられた後に言われれば仕方がない。魔法工学も面白そうではあるし、言いなりになってあげよう。
「《言語理解》を一番発揮できるのは魔法工学です。ふふふ、期待してますよ」
魔法式の解明、か。
「それもそうですが魔法式が扱えるのであれば魔法具作成、付与魔法の適正も抜群です。その辺りは研究室の先生に聞いてください」
研究室の先生に丸投げか。説明が面倒臭くなってきたんだろうか。
しかし、期待されても二年目からだしな。
「ハルト君は特別で一年目から研究室入りが決まっています。というかハルト君、しっかりと口に出してください」
「はい」
思考を読まれるのなら、聞いて欲しい事を考えるだけでいい。楽だったんだけどな。
思考を読む魔法はやはり疲れるのだろうか。
「あ、そういえば入学者は何人くらいなんですか?」
アルマは、一クラス七人で全部で五クラスあると言っていた。実際のところはどうなのだろう。
「試験の結果が一定以上の子を入学させます。普通は三十五名前後ですね」
なるほど。アルマの言っていたことはある程度正しかったわけだ。
七人のクラスが五つ。計三十五人だ。
「他に質問は?」
「特にありません」
「そうですか。では学生の寮については聞かなくていいんですね?」
「……説明、お願いします」
なんだか考えが浅いと言われている気分だ。
そもそも少しも調べてないんだから仕方ないじゃないか。威張れることではないが。
学園長は呆れ気味だった。無知を馬鹿にされるってかなりイラつく。
「学生は寮に入るのが決まりです。本当は色々な説明があるのですが、私に家を用意してもらうハルト君には必要ないですね」
その通りだけどな。自分がやってあげたんだぞ、みたいな言い回しだとありがたみが薄れる。
それに馬鹿にされた割に説明が少なかった。釈然としない。
「とりあえず魔法学園の説明はこれで終わりです。質問は?」
今度は馬鹿にされないためにしっかり考える。しかし特には思いつかなかった。どうせ入学して別に説明もあるだろうし。
質問も無く、説明はこれで終わった。
「しかし流石はシシルの弟子。ハルト君もグラン君で筆記一位と三位を取ってしまうとは」
「グランは三位なんですか?」
正直、俺に《言語理解》がなければ俺よりも成績はいはずだ。つまりはグランより頭のいいやつがいるということか。
……気になるな。
「記述での差ですね、二位は別にいます」
それはすごいな。あの努力家のグランよりも詳しく理解しているなんて。
正直、俺と同じでスキルの効果を疑うレベルだ。
「シシルは恐らく、この世界で最も知識のある人ですからね」
「そうなんですか?」
「シシルは全ての分野を完璧にし、過去、現在、そして未来の研究予測まで立てていますからね」
俺たちは本当にすごい人に教わっていたんだな。
しかしそれを聞くと、その生徒であるグランより上位の人が気になる。聞いてみるか。
(そんな暇ないでしょ!早くソラのところ行かないと!)
そうだった。
あまりにもトントン拍子にうまく行き過ぎていて失念していた。
「学園長、そろそろ行きます」
「そうですね。これが君の家の証明書と地図です。あと奴隷商には話はついています」
流石としかいえない仕事の早さだ。いつのまにそんな事をしていたのだろう。
しかし、そんな事はどうでもいい。これでようやく、ソラを引き取ることができる。
俺は一刻も早くソラの元へ行きたかった。
「それではまた会いましょう」
「はい、ありがとうございました」
そうして俺は学園長室を出ようとした。
しかし、最後に聞いてみたいことがあった。シシル先生にもしたこの質問。
「学園長の種族を教えてくれませんか?」
「ふふふ、秘密ですよ」
そう言うと思った。
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ーソラー
王都に着いてからもう三週間も経ちました。商品としていろんな人に見られる日々。
十五歳にもなれば成長してきて、見られる目つきが変わってきたような気がします。
舐め回すように、じろじろと。
その視線を受けるたびに泣きたくなってしまいます。けど、そんな辛さはもう私の心をそんなに揺らす事はありません。流石に十年以上、奴隷をしていると心も強くなってきました。
私は親しくなった人を不幸にしてしまう。
だから誰かとの関わりは避けないといけません。
でも、それはトライヤ様とルルリエさんの願いを裏切ることになる。
この事は数え切れないほど考えてきました。でも結論なんて出ません。二人の願いは叶えたいけど、もう人に迷惑をかけたくない。その二つはどうしても消えてくれません。
だから買われないようにお客さんを威嚇し、そして悲しくなる。もうどうしようもありません。
こんな私にも少しの間だけ楽しい時間がありました。
幻さん。
馬車の中で私に話しかけてくれた同年代の男の子。
自分を幻だと言い、私もそれに甘えてしまいました。とても変な人でした。
奴隷に対して優しいだけでも珍しいのに、精霊さんが一緒にいました。雰囲気もどこか普通とは違いました。
だから私もこの人なら大丈夫、と思ってしまってたくさん話してしまいました。精霊さんも可愛いかったです。
また会いたい……けど、もう駄目です。
あれ以上一緒にいたらきっと大切に思ってしまう。そうしたら幻さんを不幸にしてしまう。
それは絶対に許せません。
幻さん、名前をなんて言ってたでしょうか。
ミドリちゃんのことは覚えているのに、幻さんの名前が思い出せません。
というか言ってましたっけ……。
幻さんのことを考えて少し楽しくなります。
買われないように威嚇を続けなくてはいけません。これはこれで疲れるんですよね……。
そう思っていると、この奴隷商の主人がこちらに向かってきます。
「買い手が決まった。出てきなさい」
私の威嚇は意味を成さなかったようです。
一体どんなご主人様なんでしょうか。経験上、トライヤ様のような“良い人”はほとんどいません。
どんな酷いことをされるのでしょうか。
いや、そんな事よりもその人を不幸にさせない為に早く捨ててもらわないといけません。
「ソラ、よかったな」
歩いている途中、奴隷商人がそんなことを言いました。どういう事でしょうか。
そういえば幻さんが最後に言ってました。私は幸せになれる、と。
やっぱりそんな事はありませんでしたよ、幻さん。
応接間の前で私は待たされていました。
奴隷商人と私を買うお客さんは中で話をしています。
仮にも教養のある獣人奴隷を買える人。かなりのお金持ちなんでしょう。そして私はお金持ちにあまり良い印象がありません。
どんなご主人様になるのでしょうか。
それにしてもこの声、聞き覚えのあるような気が……。
「ソラ、入りなさい」
私は扉をあけて俯きながら入り、閉めた扉の前で立ち止まり出した。
私がこれから不幸にしてしまうかもしれない人の顔を見るのが怖い。どうやれば捨ててもらえるのでしょうか。
……もう嫌だ。そんなことを考えているとどんどん胸が痛くなってきます。
こんなところで泣いては情けなさすぎます。仮にも獣人族として、そんな無様な姿は見せられません。
私のご主人様となる人は立ち上がり、私の目の前で止まりました。そして手を上げます。
殴られるのでしょうか。そこで抵抗すれば、不幸な思いをさせる前に捨ててもらえるのでしょうか。
でもいくら待っても殴られる気配がありませんでした。
「あっ………」
ご主人様は手を私の頭に乗せました。そしてゆっくりと撫でてくれました。
その労わるような優しさに、我慢し切れず涙が地面に落ちます。
「今までよく頑張ったね……ソラ」
その声に顔を上げます。
そこには優しく微笑んでいる幻さんがいました。
「……うっ………」
ついに涙が溢れ出てしまいました。
その感情は感じてはいけないもの。この人を不幸にしてしまう心配、辛さではなく……。この人が私のご主人様になってくれることの、喜びと安堵でした。




