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一章四十一話 旅立ち




(………ここは、どこだ?)


 気付くと俺は何もない空間にいた。いや、正確に言うといるようだ、だ。

 体がない。実体がないけど、俺はここに存在しているという感覚。

 ここがどこだかは分からない。でも何があったかは覚えてる。


 俺はシャルを助けようとして魔力、更に体力まで使って魔法を撃ったんだ。死んでもおかしくなかったはず。

 ならここは死後の世界だったりするのか?


『そんなわけないでしょ!』


 聞き覚えのある大きな声。いちいち頭に響く声だ。


「……前から言ってるけど、声がうるさい」


『我慢しなさい!』


 怪我人に優しくないやつだな。いや、死人ならいいのか?

 ……よくないだろう。


『ハルトは死んでないわよ。この私が助けてあげたんだから感謝しなさい!』


 それはよかった。命をかけて守るって言っても、やっぱり自分も生きていなくちゃ幸せじゃないからな。

 しかしだとしても疑問が残る。


「じゃあここはどこなんだ?」


 現実離れした異常な空間。そして自分の体を認識できない。明らかに普通の世界じゃない。


『ここはハルトの精神世界よ!多分!』


「多分て……」


 いい加減だな。しかしそれなら俺の体があるはずもないのか?


「それならなんでミドリがいるんだ?」


 俺とは違って体がある。そもそもどうして俺の精神世界にいるのだろう。


『私たち精霊は魔力体だからね!私がハルトの魔力に混じってる時はいつもここにいるのよ!』


 そうなのか。なんだか混乱してきたが、まあいい。

 しかし、こんなところに長時間いるなんて暇じゃないのだろうか。俺なら暇になる。外に出て走り回りたくなるが。


『普段は寝てるもの。今は起きてるけどね、ハルトの為に!』


 ミドリは胸を張る。

 毎度毎度、こうもドヤ顔されるとありがたみが薄れるんだが。こんな言動だから、精霊の凄さがよく分からないんだが。

 普段の行いは、完全にへっぽこ精霊だった。


『何だって!』


 なんだかミドリが一人で起こり始めた。情緒不安定か。


『ここにいる時はハルトの考えてることも大体わかるのよ!』


 なるほど。そりゃ厄介。

 へっぽこだって思ったのを怒っているのか。でも仕方ないじゃないか、ミドリの普段の行いが悪い。それに実際は有能なんだからそれでいいじゃないか。


『ふふん、そうでしょう』


 今度は得意げな顔。ある意味じゃあ、情緒不安定なのはいつものことか。

 しかし、本来今はこんな話をしている場合ではない。


「どうなったんだ」


『村人はみんな無事。シシルが犯罪者たちもほとんど捕まえたし、グランが残りの魔物倒したし、この私がサポートしたおかげでクラウたちが無事だったんだからね!』


 そうか、なんとかなったようだ。俺の活躍が全然無いのが悔やまれるが、そんな事よりヤノ村が無事だった事の方が大切だから。

 褒めて欲しそうなミドリのことはあえてスルーする。調子に乗らせるとテンションがイラつくからな。


「俺はどうなったんだ?」


『魔法の無茶な使用で体力まで削って衰弱死しそうだったところを私が食い止めた。そしてシシルが魔法で延命中。以上』


 やっぱり俺はあのままだったら死んでいたようだ。それを承知でやったんだが。

 しかし延命中か……。


「それってヤバい時に使うんじゃないのか?」


『そう、ヤバい。そろそろ起きないと結局衰弱死する』


「なっ、本当にそうなのか!?どうやって起きればいいんだよ!」


『知らないわよ。でもここで覚醒できたんだし、自然とそろそろ起きるんじゃないの」


 そうか、それならいい。死ぬ危険性がないのならば、とりあえずはよしとする。

 その後はしばらく無言で過ごした。そうしていると、だんだんと周囲が明るくなってきたような感じがする。


『もう目を覚ますのね!起きたらご褒美として魔力をたくさんよこしなさいよ!』


「はいはい」


 そう言ってミドリは消えていった。外の世界に出たのだろうか。俺の意識も少しずつ遠のいていった。

 そしてだんだん強くなっていく光に身を委ねた。

「……ぅ……」


 目を覚ますとそこは教会のベットの上だった。見慣れた光景で少し安堵する。さっきまでミドリと話していたからか、なんだか感動が薄い。

 それはそれとして、なんだか体に力が入らない。


「もしかして結構長い間寝ていたのか……?」


 だから筋肉が落ちているのか?だとしたらまた筋トレしないとな。いや、そうじゃないな。もしも、そうだとしたらみんなに心配かけたかもしれない。


 よく見ると、布団の下の床には魔法式が展開されていた。

 『癒』か……同じ魔法式でも魔法の効果を変えられるのだろうか。この魔法式でこんな効果を発揮できるなんて知らなかった。今度先生に聞いてみよう。


 バキッ!


「お兄ちゃん!!!」


「うげっ!」


 人影が体当たりしてくる。シャルだ。筋力の衰えた体ではその衝撃は大きい。

 明らかに扉を壊す勢い………というか壊していた。


「よかったよぉ……お兄ちゃん……」


 俺に抱きついたまま泣いているシャル。

 シャルに、あんな危険な事をしたのを叱らないといけないが……。こんな可愛い妹に、身を覚まして早々に説教なんて出来るはずがない。


 俺はシャルの頭を撫でた。


「悪い、心配かけた」


 シャルは泣きながらこくりと頷く。

 あぁ、マジでうちの妹は可愛い子だな。一生お嫁には行かせたくないと思ってしまう。相手を連れてきた日には出会い頭で魔法を撃ってしまうかもしれない。


「ハルトくん!……ってなんで壊れてるんですか!」


 次は先生が駆けつけてくれた。もともと先生は教会に住んでいるからな。大きな音で気付いたようだ。


 シシル先生は、シャルに壊された扉を見て愕然としていた。先生の貧乏生活を考えると、修理を頼むのも一苦労だろう。


 先生は少し悲しんだ後、俺を見る。予想に反して、その表情は安堵などではなく厳しいものだった。


「ハルトくん」


「はい」


 この雰囲気は先生が怒っている時の雰囲気だ。先生はおかしなことでは怒ることはない。俺が何か怒らせるようなことをしてしまったのだろう。しかしどうして?


「まずは回復して良かったです」


「先生のおかげです」


「あとミドリさんですね。あの方がいなければ、私が駆けつける前にハルトくんは死んでいました」


 先生に投げられた「死んでいた」の言葉に改めて危険な状態だったのだと再確認する。

 ミドリには後でちゃんとお礼を言おう。あいつも言っていたように、たくさん魔力をあげよう。


 そしてしばらく、俺と先生は黙っていた。シャルはその雰囲気を感じたようだ。顔を上げて俺と先生を見る。


「……あなたが無茶をして、どれだけ心配する人がいると思っているのですか?」


 俺はシャルを見る。本当に心配をかけてしまった。きっと父さんや母さん、グランにもすごく心配をかけているだろうら、

 再度、シャルを撫でる。気持ちよさそうに目を細めていた。


「すみません……。でも、そうしないとシャルがーーー」


「愛する人に命をかけて守られた人は何を思いますか?“助かって良かった”ですか?違います。“自分のせいで死なせてしまった”なんですよ」


 先生は辛そうな顔をして語る。

 俺はハッとした。自分がシャルを失いたくないと思って行動したことが、逆にシャルに俺を失わせる結果になりかねなかったのだ。


 シャルを見ると俯いていた。

 シャルは先生にそういう不安を打ち明けていたのかもしれない。俺のしたことは自己満足で終わっていたかもしれない、シャルを傷つけるかもしれないことだった。


「ごめんな、シャル……」


「……うん。でも助けてくれてありがと、お兄ちゃんが無事で本当よかった……」


 そう言ってまた俺に抱きついてしまった。


「助けるなら、最後まで諦めないでお互いに助かる方法を模索しなさい。そして出来ればそんな状況にしないことです。しなくて済むような努力をしなさい」


「……はい」


 確かに俺の行動は正しかったのかと問われれば違うな。シャルに“自分のせいで兄は死んだ”なんていう気持ちは持たせたくない。

 今回の行動について、俺は後悔はしていない。後悔はしていないけど、反省はした。


「ハルトくん」


 いつのまにか俺は俯いてしまっていた。

 先生に呼ばれて顔を上げる。先生はベットのすぐ近くまで来ていた。先生の手が俺の頭に乗せられる。


「……よくシャルちゃんを守りましたね。お疲れ様でした」


「ーーーはいっ……!」


 もっと強くなろう。今回のように、どちらかを切り捨てるような選択肢を取らなくて済むように。

 俺は更なる成長を求めた。それには、まずは落ちた筋力とスタミナをつけないとな。

 その後、父さんと母さんはすぐに駆けつけてくれた。

 母さんからは無茶したことで一発ビンタをくらい、そして泣きながら無事を喜ばれた。父さんは、シャルを守ったことを心から褒めてくれていた。


 グランもお見舞いに来てくれた。とは言っても、グランは俺が無事だということを疑ってなかったらしく、出会い頭から普通だった。

 いや、少し変わったな。グランの向ける目に少しだけの尊敬を感じるようになった。あの時の俺の行動の何かがお気に召したらしい。


「その様子じゃあ、ハルと戦ってもつまらないから早く元に戻ってよ」


「分かってるわ。割り増しで戻るから覚悟しとけよ」


 そんな会話をしていた。

 しかし回復してから見てみると、グランの方が割り増しに成長していた。追いつける気がしなくなって来たな。でも目標は高い方が燃える。


 シャルと母さんがみんなを避難させてくれて、被害はゼロ。これは本当に良かった。

 でも良い事ばかりじゃなかった。未だに先生の結界を解いた犯人は見つかっていないし、それに犯罪集団のリーダーに逃げられてしまったらしい。先生にしては珍しいミスだ。


 しかし被害者がいなく、犯罪集団はほとんど捕まって魔物もかなり一掃した。

 全体的に見れば良い結果と言えるだろう。




 そして今日。

 俺とグランが二人とも十五歳となった今日、ついに魔法学園入学のために王都に出発する。

 馬車が止まり、俺たちを応援するためにかなりの人数が集まってくれた。この村だからこその、そんな光景に心が熱くなる。


「お兄ちゃんっ、私も行く!」


 さっきから俺を離さないシャルがそんなことを言い始める。俺、愛されてるなぁ。

 でも……


「だめだ。シャルはまだ村にいなさい」


「むぅーーー」


 シャル自身も無茶を言ってることは分かってるんだろう。頬を膨らませるだけで、それ以上は言わなかった。別れを惜しんでくれるのは嬉しい。


「ハルト、忘れ物はない?ちゃんとご飯食べないとダメよ。友達もたくさん作った方がいいし、それにーーー」


「母さん、ハルトは大丈夫だから。立派な大人として見送るべきじゃないか?」


 俺たちの旅立ちに動揺を隠せない母さん。俺はついつい苦笑してしまう。

 しかし父さんが母さんをなだめていた。


「そ、そうね。……ハルト、いつでも帰って来なさいよ。美味しいご飯を作ってあげるわ」


「あぁ、きっと帰ってくるよ」


 母さんは嬉しそうに笑う。学園にも休みの日くらいあるだろう。長期の休みがあればその時に帰ってこれる。


「ハルト」


 次は父さんに呼ばれる。

 父さんは息子が、弟子が旅立つ言いようのない嬉しさを感じているようだった。


「……強くなって、なんでも守れる男になれよ」


「あぁ……もちろん!」


 それを聞いて父さんは満足げだった。

 父さんは俺を大人として見てくれている。それが嬉しかった。きっとこれから先も同等の存在だと扱ってくれるだろう。


「グラン、ハルト君に負けるんじゃないぞ!」


「うん、分かってるよ。ハルよりも、もっと強く、立派になってみせる!」


 グランとグランのお父さんはそんな会話をしていた。あの一件以降、俺のことを目標にするような節があるな、この親子は。別に嫌じゃないが、少しくすぐったい。


 最後に、俺は先生を見た。

 朝早いにもかかわらず、今日は寝坊などせずに来てくれた。綺麗な銀髪をなびかせて、俺に近づく。


「ハルトくん、卒業おめでとうございます」


 そう、俺たちは今日、学園入学に向けて旅出ると同時にシシル先生を卒業する日でもある。少し寂しさを感じる。


「今思えば、あなたという問題児の教師は大変でした」


「す、すみません」


 確かに先生を悩ませること、問題を起こしたりと色々迷惑をかけたな。


「でも……あなたとの日々は本当に楽しかった。あなたのように特異な人だからこそ、私の生活は充実してたんですよ」


 その言葉に心が温かくなってくる。日本にいた頃も含めても、初めて感じる温かさ。ありがたさと、寂しさと、何よりも大きな嬉しさがあった。


「ハルトくんはきっと凄い人になります。暇じゃなくなるかもしれません。でも……また会いに来てくださいね」


「もちろんです!いくらでも帰ってきますよ」


 それを聞いた先生は笑ってグランの元へ向かった。

 先生は少し涙ぐんでいた。俺も泣きそうになってくる。




「おーい!そろそろ行くぞ!」


 俺たちの乗る馬車は商人のもの。そこはまあ、金銭的な問題で仕方がなかったのだ。


「それじゃあ行ってきます」


「行ってくるね、みんな」


 俺とグランは馬車に入って行く。


「ハルトー!健康に気をつけなさいよ!」


「お兄ちゃん、早く帰ってきてねー!!!」


 シャルの言葉に苦笑する。

 王都の魔法学園は二年制。それまではちゃんと帰ってくることはできないかもしれない。卒業しても帰ってくるかはわからない。

 でも可能ならば、ちょくちょく帰ってこようとは思う。


「……ハル、僕なんだか泣きそう」


「我慢しろ、出発してから好きなだけ泣けばいい」


 笑顔で見送ってくれてるんだ。だったら俺たちも笑顔で見送られよう。


 馬車が走り出す。


「ハルトくん!グランくん!」


「えっ!?」


 俺たちはびっくりする。

 普段先生は大声を出す人じゃないから、もしかしたら初めて聞いたかもしれないシシル先生の大声だった。


 俺たちは窓から顔を出す。

 先生は手を振りながらこちらを見ていた。


「二人とも、大好きです!!!」


「………っ!」


 あの先生は。最後にそんな言葉を言うなんて、泣かせにきてる。

 別に今生の別れというわけではない。もしかしたら数ヶ月後には帰ってくるかもしれない。

 それでも有無を言わせない、大きな感動が俺たちにはあった。


 みんなの姿はどんどん小さくなっていく。見えなくなっても、俺たちはしばらく外を眺めていた。


「なんか、もう村に帰りたいよ」


「俺もだ。でも、王都が楽しみなのは変わらないだろ?」


「もちろんだよ!」


 俺たちはこれから向かう王都ガイアビアに期待を膨らませる。きっと、もっともっと成長してみんなに会いたい。


 俺たちは王都、魔法、剣術。

 様々な話をして興奮を抑えながら王都に思いを馳せていた。この先の期待に胸を膨らませながら。



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