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一章四十話 奮戦と危機



 ヤノ村は、普段は人が見当たらないことなんてない。夜中でも一人二人は見かけるほど、いつでも誰かしら活動している。しかし、今は一つの人影も見つからなかった。

 母さんとシャルは、ちゃんとみんなを避難させてくれているようだ。


 村は基本的に森に囲まれている。村から出る道は、犯罪集団が来た道ともう一つ。あまり使われることはないが通れるはずだ。

 おそらくみんなが避難するとしたらそっちだろう。魔物が入って来た方とは真逆の方向だ。だから大丈夫だとは思うが、そちらにも魔物がいたとしたらまずい。


 いま、俺は出来るかぎりの全力疾走だ。魔法が使えない人はまず追いつけないスピード。

 それでもあと少しかかる。小さな村といっても、村として成り立つだけの人数と広さがあるのだから仕方ない。


『今いい?』


 ミドリは飛びながら俺のスピードについて来ている。


「手短に」


『魔物が入って来たってことは、シシルの結界が破られたってことよね』


 そうなのだ。俺もそれは気になっていた。

 以前に聞いたことだが、先生は魔法具で村中に魔物が入れないようにする結界を張っているらしい。

 なのに、あの先生が信用する魔法具が破られたとは、一体どういう事なのか。


「そうなんだよな。どう思う?」


 走りながらじゃそんなに深く考えられない。だからミドリに聞く。曲がりなしにも俺の相棒だ。


『私は誰かが人為的に起こした事だと思うわ』


「いきなりだな。せっかちか」


『時間もなければ余裕もないハルトの為に結論から言ってあげたのよ!感謝してほしいくらいなのに!』


 分かってる。でも、こうしているから落ち着いていられるんだ。

 少しギャーギャー騒いだ後、ミドリは詳しく話してくれた。


『シシルはマメだから魔法具の不調を見逃さないし、周期的な結界の点検もしてる。王都に向かう日もしてたわ。だからシシルのミスじゃない』


 なるほど。たしかに先生は取り返しのつかないミスは絶対にしない人だ。ちょくちょく軽いミスはしても、必ずどこかで予防線を張っている。だから今回のような事態はおかしい。


「それで?」


『それ以外に何かある?』


 いや、結界に関してはそれが全てだろう。結界を解いた悪役がいる。


「誰か心当たりはあるか?」


『あるわけないじゃない!私はいつもはハルトの中にいるんだから!外のことなんて少ししか分からないの!』


 うーん。

 そろそろこいつのいきなり大声を出す性格には慣れてきたと思っていたのにな。イラっとしてしまうのは間違っているだろうか。

 しかもいつも俺の耳の側だし、マジでうるさい。


 しかし、そんなことをする奴がこの村にいるか?

 ヤノ村は村人同士の関係性が強い。怪しげな雰囲気があれば必ず誰か気づくだろう。その事が知れ渡らないことなんてありえない。


 となるとヤノ村以外の誰かによるもの。

 あの犯罪集団の誰かか?強そうだったけど、そんなに器用そうな感じは受けなかったが。


『ハルト遅いわよ!』


 考え事をしていて、しっかりと走っていなかった。こういう口出しをよくするこいつは、まぁ、ありがたい。

 そういうところには感謝はしてる。


「悪い。声がでかい」


 『謝って文句言うって何よー!』と相変わらず耳元でうるさいミドリ。


 俺が今こんなことを考えても意味がない。こういうことは魔力探知が得意な精霊であるミドリか、先生が一番だ。

 そんなことより今は少しでも早く魔物がいる所へ着くのが優先だ。


「ミドリ、結界直せるか?」


『無理に決まってるじゃない!でも魔物があまり村に寄り付かないようには出来る!』


「じゃあそれを頼む。魔物のいるところには俺一人で行くから」


『分かった!気をつけなさいよ!』


 それだけ言うとほぼ直角にミドリは曲がっていった。多分そっちには父さん達もいる。ミドリには父さんの手伝いもしてもらいたい。どんな強い魔物がいるか分からないからだ。


 そしてミドリが言っていた所まであと少し。ちょうど教会が見えてきた。


「ハル!」


「グラン、お前!何してたんだよ!」


 ちょうどグランが教会から顔を出した。こいつ、頰に寝跡がついてやがる。まさか、こんな時にのんきに寝ていたのか

 技能で身体強化して走っている俺に、グランは強化(ブースト)を使ってついてくる。


「それは僕が言いたいよ!教会で待ち合わせって言ったよね、僕」


「なに?………あー、そんな気もしなくはないかもしれなかったりするかもしれない」


「どっちなのさ!……それで、何があったの?」


 グランは辺りを見回しながら訊いてくる。

 やはり昼間に誰もいないヤノ村は違和感があるようだ。グランは素早く現在の異常な状態に気付いた。


「質問は一切受け付けない。一回しか言わないからよく聞け」


「うん」


「村に魔物が侵入。父さん達が倒しきれなかった魔物を俺達が倒す。以上」


 グランは数秒、言葉の意味を考えているように目を泳がせる。そしてギョッと俺を見る。


「それってヤバいよね!何があったの!」


「質問は受け付けないって言ったろ。……見えてきたぞ」


 ちょうど、逃れ魔物の第一陣と思われる数体の魔物がいた。ほとんどはEランクのゴブリン。ファイアウルフも少し。それ以上の魔物は、きっと父さんたちが食い止めてくれている。


「剣はーーー」


「持ってるよ。元々森に行く予定だったんだから」


 そうだな。

 俺が集合場所をまともに聞いていなかったせいで、ずっと待たせてたんだよな。しかし寝始めるまで待ち続けるとは、相変わらず律儀だ。


火矢(ファイアアロー)!」


 グランは火の矢を魔法で作り出し、放つ。まだ先生のように何本も同時には出来ないようだ。それでも牽制には十分な威力を持つ。

 俺にもまともに魔力があれば、と思う。極端に少ない俺の魔力じゃ、魔法は出来るだけ温存しないといけない。というか、あまり使うと死ぬ。


 火矢の直撃を受けたゴブリンは苦しみながら俺たちを見た。他の魔物も俺達を認識し始めた。


「もう一本いくよ!」


 グランはさらにもう一本の火矢を同じゴブリンに当てた。そのゴブリンは青い粒子になって四散した。


「俺はゴブリンを倒していく!ファイアウルフは任せた!」


 戦闘センスが高いグランがスピードのあるファイアウルフ。数が多いゴブリンを俺が倒す。おそらく、これが最も最善の戦い方だと信じて。


「分かったよ!気をつけてね、ハル!」


 ミドリといい、グランといい、なんで俺はこんなに心配されるのだろうな。そんなに落ち着きがないと認識されているのだろうか。


 さて、関係のない思考はここまで。俺はゴブリンに突っ込んでいった。

 ゴブリンと戦い始めて数分。少しずつだが数が増え始める。一対一で負けることはまずないが、サクサクと倒せるわけじゃない。三体もいればギリギリなのにーーー。


「くっ……きっつ……」


 俺は五体同時にゴブリンを相手している。全てのゴブリンが俺に集まっているのは、シャル達が危険に晒されないから良い。

 でも、これ以上増えられたら攻撃くらうかもしれないな。


「ふっ……ここだ!」


 五体の隙を見て、ゴブリンを一体倒す。

 残るは四体。これならなんとかいける。


「ごっふ……」


「くそっ、マジか」


 更に二体のゴブリンが来た。俺を信頼してくれるのは嬉しいけど、流石に無茶じゃないか、父さん。

 グランと合流できていなかったらどうするつもりだったんだ。まあ、それだけ父さんの方も大変だってことか。


 しかし……


「これはっ……無茶振りすぎる……!」


 六体同時に相手をする。それは今の俺には無茶な行為だ。Eランクとはいえ、一撃食らうだけでも一気に厳しくなる。どれだけ上手く受け身を取っても、五発といかずに死ぬ。

 ゴブリン達が武器を持っていないことが、せめてもの救いだな。


 俺は攻撃をかわし、剣で弾くことしかできなくなる。攻撃を与えられない。

 しかし、ついにゴブリンの攻撃の一つが俺を捉える。


「うっ!!!」


 受けた力のまま俺は後ろへ飛ぶ。

 一瞬呼吸が止まったが、まだなんとか戦える。技能の強化がなければやられていたかもしれない。いや、間違いなく死んでいた。


「ごぶ……」


「ーーーっ、無茶だ!」


 更に一体のゴブリンが加わる。これで完全に抑えきれなくなった。しかし後ろにはシャル達がいるんだ。俺が逃げるわけにはいかない。これは死を覚悟しないといてないかもしれないな。


 俺は剣を構え、ゴブリンを見据える。


「ハル、大丈夫!?」


「なっ、グランどうしてこっちに来た!」


 グランにはファイアウルフを任せたはず。グランが加わっても、ファイアウルフが来ては無理だ。乱戦になって、より戦況が悪くなる。


「狼は全部倒したよ!だからこっちに来た!」


「はぁ!?」


 ゴブリンの後ろをよく見る。確かにファイアウルフはいなくなっていた。戦闘力の差を見せつけられているようで腹が立つ。でもこの場ではありがたい。

 グランが俺の隣まで来て剣を構える。これならそんなに苦戦せずに全ゴブリンを倒せる。


 まあ、でも……


 ゴッ


「痛い!なんで!」


 イラついたから軽く小突かせてもらう。

 それくらいはいつもの事だし、六体のゴブリンもまだ少し離れてーーー


 ーーー六体?七体いたはずだ、俺の見間違えか?


「お兄ちゃん!!!」


「なっ……!シャル!」


 後ろからシャルの声がする。母さん達と避難をしていたはず!俺を心配して様子でも見にきたのか!


 俺は即座に振り返る。そこにはシャルと、更に後ろに追いかけて来ている母さんの姿。

 そして……気を抜いた瞬間に抜かれたゴブリンがシャルに向かっていた。


「シャル!逃げろ!!!」


 まずい!

 まだシャルはあまり魔法が使えなく、ゴブリンを倒すだけの力は無い!ゴブリンの攻撃を食らったら助からない!


 俺は強化された体にさらに技能をかける。体の節々が悲鳴をあげるが、今は気にしてる場合ではない。剣を振りかざして全速力でゴブリンに迫る。

 しかし少し遅かった。今から走り出しては間に合わない。俺の魔力で使える火矢(ファイアアロー)じゃ倒しきれない。


(どうする!シャルのことは絶対に傷付けさせない。どうすれば……!)


 父さん、先生が助けてくれることを心から願う。しかし現実はそんなに甘くない。


(俺は、守れないのか……?)


「いやぁぁぁ!お兄ちゃんっ!!!」


 駄目だ。こんなところで大切な妹を死なせてしまうわけにはいかない。ここで失えば、俺は絶対に後悔し続ける。


 諦められない。しかし、どうすれば……。


「………っ!!!」


 俺は一つの方法を思いついた。しかし、これは諸刃の剣。下手をしたら俺が死ぬ可能性もある。


 でもーーー


 俺は一つ、決め事をした。日本での決め事は、誰かの為になること。

 だったら………この世界ではーーー


 俺は、“俺の幸せのために命をかけても守る”!


「俺の命なんていくらでも賭けてやる!大火炎(グランドファイア)!」


 覚えていない魔法。普通なら発動できるはずがない。でも、俺なら………俺の《言語理解》があれば魔法式の組み合わせで魔法を使える。


 『火』『大』の魔法式を組み合わせた強力な魔法。魔力が、体力までごっそり無くなる感覚。


 ゴブリンの足元に、俺には漢字のように見える魔法式が現れる。

 一瞬の光の後、炎が高く舞い上がった。


「やった……か……?」


 炎が舞い上がるのと同時に意識が遠のいていく。踏ん張りが一切効かない。まるで強引に暗闇に連れて行かれるような感覚。体が死に向かっていることを直感した。

 霞む視界でシャルが無事なことを確認する。地面は真っ黒に焦げていた。

 シャルが駆け寄ってくる。だがシャルが俺の元にたどり着く頃には俺の意識はなかった。






『絶対に死なせない!』






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