一章三十九話 ヤノ村の大人達
ーシシルー
やっとハルトくんが行ってくれた。あの歳でハルトくんも十分な戦力だ。素直にすごいと思う。だからこそ、村への被害を最小限に抑えるために、言ってもらう必要があった。
しかし、生徒が心から心配してくれると言うのは思っていたよりも気分が良いものだ。
ハルトくんはあの歳で、魔法が使えないにもかかわらずDランクの力はあるだろう。
クラウさん達もいる。あまり危険はないはずだ。
そして私の方も問題はない。
「教え子との最後の会話は楽しめたか?」
先頭にいるリーダーらしき男が話しかけてくる。
「はい、おかげさまで。でも最後にはなりませんよ」
「ほう、俺たちから逃げれるとでも?」
「いえ……私は負けませんので」
リーダーの背後の人達は私の言葉に笑い出す。私が女だからと油断してくれているようだ。その方が当然やりやすい。
しかし先頭にいるリーダーは違かった。
「魔法使いは何をしでかすか分からねぇからな。油断はしねぇよ」
その言葉に背後の奴らも少し表情を引き締める。
良いチームだ。リーダーへの信頼が見て取れて、気持ちの切り替えも早い。この人達が犯罪者集団でなければ、それなりに名を上げる集団だっただろう。
少し残念に思う。
それはそうと、彼らは随分と私を警戒してしまったようだ。特に彼らのリーダーが。
「おめぇら、手を抜くな。全力で潰してやれ」
「「「おう!!!」」」
リーダーを除いた十一人が襲いかかって来る。おそらくほとんどがDランクの実力。そんな彼らに一斉に襲われては助からない。
普通なら。
「強化。……手加減はしません」
普通はこの実力のこの人数に襲われればたまったものではない。しかも一人一人が戦闘慣れしている。でも、私は“魔法使い”だから。
「死ねーーーぎゃっ!」
最初に襲いかかってきた男性を地面に叩きつける。
恐らくハルトくんは勘違いをしている。たしかに魔法使いは接近戦に弱い。でも強化などの身体強化系魔法を覚えている魔法使いに限ってはそれに当てはまらない。
今度は二人同時に襲いかかってくる。
何人同時でも関係ない。そもそも感じている時間の速さが違うのだから。希少な身体強化系魔法、その中でも優れている魔法が強化。
その二人の顔面を強く張る。
今の強化した力なら、これだけで十分に意識を奪えた。
そもそも私自身、近接戦が苦手なわけじゃない。千二百年も生きていれば、何回もそういう機会に遭う。
ハルトくん達、人族とは経験が全く違う。
既に三人倒された集団は動揺して立ち止まる。でも私は手を止めない。早くハルトくん達の応援に行かなくてはいけないから。
「命までは取りません、ちゃんと王都に送り届けてあげます。罪を償って下さい」
私の言葉に何人か後退し始める。でも私も逃がすつもりなんて少しもない。
決着をつけよう。
「火壁。……誰一人逃がしません」
私と犯罪者のリーダー含めた全員が炎に囲まれる。これで、もう逃げられない。触れば当然燃える。炎を抜ける頃には残るは骨だけだ。助かるのは、この出力以上の魔法を使える魔法使いか、私を倒せる猛者だけ。
彼らは逃げ場がないことを悟ったようだ。剣を振り上げて再度襲ってくる。
でも、これでおしまい。
「火衝」
彼らのいる位置で炎が突然現れ、そして弾ける。
この魔法が起こす衝撃はただの衝撃じゃない。高温度の火と共に放つ衝撃だ。
殺さないように魔力は調整してある。それでも、受ければ確実に気を失う威力に調整した。
私は絶対に外さない。
全員、私の半径三メートルに入る頃には確実に意識を失っていった。
ここまで、たったの数十秒。
これが魔法使い。魔法使いが強いと言われる所以。
魔法使いはどんな状況にも対応する。近接戦が必要な状況にも、取得魔法次第ではいくらでも対応できる。
さてーーー
「残るはあなただけです」
結局、手下が全員やられるまで傍観していたリーダーに目を向ける。いつまでも余裕そうな態度を崩さない。
「ふっ、ははははっ!!!まさかここまでとは。ぜひお名前をお聞きしたい」
「………シシルです」
名前を知られても問題はない。私の名前が世間に知られていたのは随分昔のことだし。
例え呪いをかけられようと、私なら自分で解ける。
「シシル、良い名だ。先程は私の部下がとんだご無礼を」
なんだ、この態度は。さっきまでとは明らかに違う。普通に気味が悪い。
「そんなに警戒しないでくれ。強者には敬意を持って……潰したいだけなんでね」
男は剣を私に向け、目を細める。一気に凄い殺気を感じる。臨戦態勢に入ったようだ。
恐らくさっきまでの人たちとはレベルが違う。でも、私が危険に晒されるほどの強者とは聞いていない。
でも、この人は恐らく殺しを楽しむ類ではない。つまり、少しの油断もしてはならない。
「俺の名はジール。これからあなたを殺させてもらう」
男は構える。クラウさんやハルトくん、グランくんとは全く違う構えだ。
とにかく目だけは離さないようにーーー
ーーー男が消えた。
「ーーーくっ!!!」
私はとっさに後ろに飛んだ。直後、剣撃が私を襲う。
服と一緒に右腰から左肩を斬られた。でも避けたおかげで傷は浅い。時間があれば回復魔法で治せる。問題は無い。
はっきりとは見えなかったが尋常では無い速さで目の前を通っていった。
(魔法ですか……?いや、これはーーー)
「スキル……《剣術》ですね」
避けられたことが意外だったのか、男は一瞬呆気にとられていた。しかしすぐに私を睨む。
「ご名答。さすがは“先生”だ」
《剣術》スキル。
クラウさんが所持している、被ることが多く、都市に出ればそう珍しいスキルでもない。
しかし被ることが多くても、その効果は強力。剣を持てば動きが洗練され、剣の鋭さは格段に上がる。
シンプルが故に強力なスキルだ。
これはクラウさんが戦っていたら、少なくとも大怪我は免れなかっただろう。
なるほど。余裕な態度を崩さないわけだ。
これは私も少し本気を出すべきか。
「……今度は避けさせねぇ」
男は再度構えをとる。
今なら分かる。彼の妙な構えは、スキルで速くなった剣を最短距離で当てる為の構えなのだ。何度もの修羅場を潜り抜けた末の戦い方なんだろう。
「強化」
私は強化をかけ直す。今度はもっと気を張る。
「火矢」
約十本の炎の矢を生み出す。
なるほど、たしかに彼は強い。今のハルトくん達では太刀打ちできなかったに違いない。
でも相手は私。私が本気を出すのだ。もうミスはしない。
男が地を蹴る。
しかし今度はしっかりとその動きが分かる。確かに早く、この攻撃を避けられた者はほとんどいなかったことだろう。
しかし私は容易く避ける。
そして火矢を、まずは三本当てる。
強化した私の視界は、まるで男がゆっくり動いているように見えていた。
男が何かを言う前に更に火矢を当てる。煙が上がる。そして私は男に急接近して両腕を掴み、地面に叩きつけた。
「ガッ!!!」
そこでようやく男の声が聞こえた。目を大きく開いて驚いている。
私にとっては数秒。でも男にとってはほんの一瞬の出来事だったのだろう。
「化け物……!」
何やら失礼なことを言っているが気にしない。私はすぐに男の意識も刈り取った。確かに、ここ最近ではあまり見ない実力者だった。しかし終わってみれば圧勝。少しイレギュラーがあったから、そこは反省しないいけない。
一瞬息を整え、すぐに走り出す。私はすぐにクラウさん、ハルトくん達の応援に行かないといけないかった。
しかし、すぐに止まる。自分の状態に気付いた。
今の自分の格好。少し気を抜けば胸が見えてしまいそうだ。思わず胸を隠すように手を交差する。
私は少し顔が赤くなるのを感じた。
「……時間のロスはたった数秒。教会に寄ってから行きましょう……」
それくらいは許してください。
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ークラウー
この村に十数年ぶりに魔物が入ってきた。
今思えば、先生が村に来た時から魔物が出なくなっていたような気がする。先生が何かしてくれていたのだろう。
それなのに今回、魔物が入ってきた。そしてあの先生の反応。よほど、予想外だったんだろう。先生がミスをしたが、あるいはーーー
「おい!ハルト君が付いてきてないが、いいのか!?」
思考を中断させられる。
俺の昔馴染み。今は………そうだな、パパ友だ。
「大丈夫だ、最初からそうだとは思っていた。そのうち来……はしないかもな」
ハルトは自分自身が思っている以上に先生を気に入っている。信じたとしても、心配は残っていたんだろう。
そして、長年ハルトの鍛錬をしてきたから分かる。戦いの場におけるあの子の思考パターン。
「どうせ結局は先生に任せる。そして俺たちとは別のところで活躍するだろう」
「へぇ、さすがはクラウだ。昔から、その周りからは根拠が分からない予想は外れないからな」
根拠が分からないとは失礼だ。いや、経験や直感は他人からしたら分からないものか。
「無駄口たたく時間はない。着いたぞ」
「これはこれは……」
なるほど、確かにこれは放置したらまずかった。森の一部から大量の魔物が村に流れ込んでいる。明らかに異常な数だ。
やはりこれは、人為的な行為の可能性があるな。
「時間がない、行くぞ」
「了解!」
俺たちはそれぞれの剣を抜いて、魔物の大群に突っ込む。これでも俺たちはCランクの冒険者だった。家族を守るために腕は鈍らせていないつもりだ。
幸い、数の割にほとんどがEランク。次々に倒して行く。
Eランクのゴブリンにファイアウルフがほとんどだ。しかし時々Dランクのオークが混ざっていた。
「これは、たくさん稼げそうだな!クラウ!」
「こんな時に何を言ってるんだ」
「うちは父子家庭なんだ。それくらい考えていてもいいだろ」
「全く………うっ、まずい」
そんな会話をしていると、魔物の勢いが大きくなってきた。全速力で魔物を倒していくが、少しずつ後退させられる。
「おい!ゴブリンが一体抜けた!」
「慌てるな」
やはり二人で完全に抑え切るのは難しいか。
ならば仕方がない。一人前の男になった、俺たちの息子を信じよう。
「ハルトがどうにかする。信じろ」
「……まったく、俺の息子は何やってんだか。ハルト君に、思いっきり良い所取りされてるじゃないか」
相棒はなんだか少し悔しそうだ。それを見ると、少し優越感に浸れた。
「うちのハルトは優秀だからな」
「はっ、うちのグランだって!剣術じゃ完全にグランの方が上だしな!」
「実戦で使えなきゃ意味がないだろ?」
目を合わせながら話すことはできない。それでも、誰かと息子の話をするのは楽しいな。
しかしいよいよ手を抜けなくなってきた。
「来たな」
「まさかとは思ったけど、本当に来るなんて……」
雑魚の勢いはもうほとんどない。しかし、絶対に俺たちの後ろに向かわせてはいけない魔物が一体、姿を現した。
Cランク魔物、シャドウタイガー。体中の毛が黒く変色した、凶暴な魔物だ。 Cランクの中でもBランク寄りの凶暴な魔物だ。
間違っても後ろに行かせてはいけない。
剣の柄を握り直し、俺は《剣術》スキルを全開にする。
相棒と視線を交わす。昔にしていたように、今回も共闘する必要がありそうだ。
俺たちは同時にブラックタイガーめがけて走り出した。




