一章三話 我慢せずトイレで吐いてこい
夢を、見ている。
明晰夢と言うんだろう。
なんとなくこれは夢だな、と分かる。
そこはまるで死の地。
辺り一面が焼けていて、火の粉が舞っている。
更に所々不自然に切れていたり、穴が開いていたり。
紫に変色しているところもあった。
俺を含めて二人の男と一人の女が立っていて、もう一人の女が横たわっている。
未だ見慣れない三歳の体ではない。
もっと成長して、日本での俺の体と同じくらい、つまり二十歳以上だろう。
俺は泣いている。
ひどく悲しい気持ちだ。
目の前で横たわる、すでに冷たくなっている女性を見るたびに、胸の痛みが強くなる。
夢だと分かっても体は勝手に動く。
俺の体はその女性の元で膝をつき、女性を抱きしめる。
冷たい。
少しも動かない。
その事実が俺を更に悲しませる。
雨が降ってきた。
周りの火は少しずつ消えていく。
雨の中火の粉が舞う美しい光景だが、それは今は余計に悲しみを大きくするだけだ
「なんで……………」
「これじゃあ、意味がないんだ……………」
「お前がいなくちゃ、生きてる意味がない………」
しかし女性に最後に頼まれた。
「自分の分も生きてくれ」と。
最後に聞いた言葉だった。
それを破るわけにはいかない。
いくら辛くても、俺は人生を最後まで生きなければいけない。
「お前もキツイ事言ってくれるよな……」
彼女がいない世界なんて生きているだけで辛い。
だと言うのに最後まで生きてくれ、だと。
「次が、次があるなら、きっと最後まで………」
守り切れなかったものを見る。
「次こそは何があっても守ってやる」
「俺たちの最後の約束だ」
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「う、うぅ……」
目が覚める。
ここは……そういえば教会で寝たんだった。
結局あの後、二時過ぎまで話していた。
先生もたくさん質問するし、俺もなんか楽しくなってしまってなかなか終わらなかった。
三歳の体には少しキツイな。
「ハルトくーん、クラウさんが迎えに来ましたよー」
先生が呼んでいる。
ちょうど起きたところだし、待たせるのも悪い。
そう思ってすぐに扉の取っ手をひねり、扉を開ける
そういえば何か夢を見てた気がする。
とても悲しい夢を見ていたような……。
「ハルトー!迎えに来たぞー」
父さんの声で考えが霧散する。
まあ所詮夢だし、どうでもいいか。
「はーい!」
俺は父さんの元へ急いだ。
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「よぉ、ハルト、体調はどうだ」
「もうすっかり元気だよ!」
痛みもなければ違和感もない。
ただ眠気がすごいだけで。
「どうもありがとうございました、先生」
父さんは先生に頭を下げる。
「いえ、そんなに気にしないで下さい。それよりも大事な話があります」
先生はちらりとこちらを見る。
なんだろうか。
「実は、ハルトくんに怪我の影響が見られます。ストレスによるものだと思われますが、恐らく精神的ショックによって以前ほどの元気がありません」
どう言う事だろうか。
昨日はそんな事、少しも言われなかった。
しかしすぐに思い至る。
多分先生は、精神が急に成長した事の違和感をなくすために言ったのだろう。
ありがたい。
おかげで無理に子どもっぽく振る舞う必要がなくなった。
両親に隠し事をするのは少し心苦しいが、仕方のない事だろう。
「そうなんですか……。ごめんなハルト、ちゃんと守ってやれなくて」
父さんは本当に申し訳なさそうに謝る。
こちらこそごめんなさい、嘘をついてます。
「大丈夫だよ、父さん。それにやりたい事も見つけたし!」
「おっ、なんだ?父さんなんでも応援するぞ」
「家に帰ってから母さんがいる時に教えてあげる」
父さんは「楽しみにしてる」と言って、先生に挨拶を言って教会を出た。
俺のしたい事、それは当然魔法を使えるようになる事だ。
子供にも使えるのだろうか、どんな魔法があるのだろうか。
早く使えるようになりたい。
俺は今、父さんに肩車をしてもらっている。
視線が高くなる事が、ここまで興奮する事なのか。
父さんと会話しながら家に帰った。
「ただいまー!」
「ただいま。ハルト迎えに行って来たぞー」
家の中からはとてもいい香りがする。
母さんは朝ごはんを作っていてくれたようだ。
母さんの料理はものすごく美味しい。
日本のように様々な調味料があるわけではないのにどうやっているのか、少し興味がある。
「おかえりなさぁーーーい!!!」
母さんは家の中をドタドタと走って来た。
そして、ひょいっと俺の脇に手を通して持ち上げてくるくると回り出した。
「ハルトーー!!!無事?痛いところない?」
「もう大丈夫だよ。だから降ろしーーー」
「本当にー!?我慢してるんじゃないの!?ちゃんとお母さんに言いなさいよー!」
ダメだ、母さんが止まらない。
こうも持ち上げられた状態で高速回転されると………………吐く。
「母さん、ハルトも大丈夫だって言ってるし、料理は大丈夫なのか?」
「あっ、忘れてたわ。焦げちゃう。ハルト、本当に無茶しちゃダメだからね!お母さん達にちゃんと言いなさいよ」
「は、はぁーい」
もう限界というところで父さんが止めてくれた。
危なかった。
もう少しでモザイクをかけなくてはいけなくなっていた……。
「………………大丈夫か?」
父さんが心配してくれる。
しかし喋るのすら辛い今、親指を立てて伝えるしかなかった。
「そ、そうか。母さんも言ってたが無理して我慢するなよ」
今、俺は真っ青な顔して口元を押さえながら喋らず親指を立ててる。
どう見ても大丈夫じゃないだろう。
恐らく父さんは、母さんが心配していた事とは別の意味で心配してくれている。
すなわち、「我慢せずトイレで吐いてこいよ」と。
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一吐きして気分良くなった気分良くなった俺は庭に出た。
ここには俺が栽培している(という名目の)トマトがある。
あくまで名目上そうなっているだけで、基本は両親が栽培している。
この機会に完全に俺が作ろうかな。
なぜトマトかというと、両親がトマトを好きだからだ。
あと、この世界のトマトは、地球のトマトより栄養価が高い。
とりあえずトマトさえあれば生きていけるだろう程にだ。
俺が寝ていた間は両親が世話をしてくれていたのだろう。
とても元気そうだ。
真っ赤に張って、地球より少し大きい。
そろそろ食べ時かな……。
「ハルト!ご飯できたわよ」
母さんに呼ばれた。
吐いた影響で食欲がないわけがない。
むしろ全部吐き出して腹ペコだ。
記憶が増えた影響か、母さんの料理はすごく久しぶりな気がする。
あの美味。
早く味わいたい。
俺は急いで食卓へ向かった。
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「さあ、おあがり!今日は母さんのスペシャル朝食コースよ」
すごく豪華だった。
俺の快気祝いも兼ねてくれているのだろう。
両親を亡くした記憶があるせいか、こういう事をしてくれるのがすごく嬉しい。
ちなみにどれくらいの量があるかというと、だいたい日本の中学校の給食十五人分くらいだ。
普通食べきれる量じゃないだろう。
しかしうちの父さんはこのくらい平気で平らげてしまうのだ。
「「「いただきます」」」
料理を口に運ぶ。
っっっっっ!!!
何という美味さだ。
美味しいものを食べて涙を流す事も、きっとあり得ると思う。
流石に俺は流してないけど。
特に意味もなく「美味は正義だ」と言いたい。
俺はただ夢中に料理を口に運ぶ。
味わって食べるのがもったいないと思えるほど、美味しく、たくさんある。
少しでも冷えないうちに食べてしまいたかった。
ニコニコ
かなり食べて母さんを見ると、とても嬉しそうに笑ながら俺を見ていた。
気恥ずかしいが手は止めない。
「ハルト、美味しい?」
「うん、美味しいよ!」
すると母さんはより一層嬉しそうにする。
父さんは俺に気を使ってか、あまり食べていない。
「ハルト、それで何かしたい事が見つかったんじゃないのか?」
「あら、何のことかしら。気になるわ」
そうだった。
「えっと、俺魔法が使えるようになりたい」
「!?」
母さんがひどく驚いていた。
どこかおかしいところがあっただろうか。
「あー、母さん。ちょっと来てくれ」
父さんが母さんを連れて行く。
そこで気付いた。
口調を子どもっぽくするの、忘れてた。
母さんたちは帰ってくると、何事もなかったかのようにしてくれた。
「魔法かぁ、難しいな」
「無理なの?」
「無理じゃないが、まあ、大人の事情だな」
あー、分かった、恐らく金の問題だな、これは。
魔法を覚えるのに金がかかるらしい。
「先生に教わればいいんじゃないかしら」
「そうだな。ハルト、とりあえず先生に教わりなさい。そこから先の話はまた今度な」
その先かぁ、学校とかがあるなら行きたいけど、両親に迷惑はかけたくない。
場合によってはどうにかして自分で稼ぐか。
料理は全部食べ終わる。
さすが父さんだ。
どんな胃袋をしているのだろうか。
これがいわゆる「異世界マジック」というやつだな。
「ハルト、母さんは家事があるし、父さんは出かけて来なくちゃいけないから遊んであげれないわ。ごめんなさいね」
「いいよ。庭で遊んでるから」
そうして両親はそれぞれの事をし始めた。
さて、俺はこの世界での魔法ってやつを調べてみますか。