一章三十六話 ヤノ村に迫る危機
「………遅い………」
シシル先生が王都へ行ってから一週間と少し。俺は村はずれの森の入り口にいた。
俺とグランはあと二年もしないで王都に出発する。
入学費も合わせて大量に金がかかる。こんな辺境の村の住民が用意するのは大変だ。
俺たちの父さん達が頑張ってくれているが、厳しいことには変わらない。
だから俺とグランで、魔物が出るこの森で金になるものを見つけて資金の足しにしてもらう予定だった。
なのに……。
「まさか初日から遅刻するとは……」
シシル先生じゃないんだから時間は守ってほしい。
父さんには止められるから、父さんがいない時に行く予定だったのに。このままでは帰ってきてしまう。
「仕方ない、先に行くか。ミドリ、ナビ頼む」
『任せて!魔物への最短ルートを教えてあげるわ!』
ミドリが何もなかった空間に現れる。今までミドリは俺の魔力の中に入っていたのだ。あまり人に見られるべきじゃないから、これはかなり便利だ。
俺たちは森へ入って行く。
グランも、来れば後からついて来るだろう。
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『…………』
森に入ってから早くも一時間近く経つ。
普段なら数体の魔物と遭遇していてもおかしくない頃だ。本来なら。
「おい、ミドリ……」
『仕方ないでしょ!なんか魔力を感知できないのよ!』
精霊にも不調とかあるのだろうか。
もしくは、魔力体である精霊ですら魔力を感知できないとなると、かなりの範囲で魔物がいないという事になる。
「おっ、いやし草に毒草で有名なつらい草………」
俺はいやし草とつらい草を採る。
魔物は見つからないが、この一時間でかなりの薬草が手に入った。むしろ魔物の危険性がないからこっちに集中できる。
「もう魔物はいいから薬草探し手伝ってくれ」
『えー!めんどくさいから嫌!』
魔物を感知しているのと薬草を探すのに大差はないと思う。
「じゃあ探し終わったら特別にたくさん魔力をあげよう」
『本当っ!約束ね!私の本気を見てなさい!』
どうやら精霊であるミドリからすると、俺の魔力はかなりの美味らしい。これをご褒美としてお願いすれば大体釣れる。
宣言通りミドリはすごいスピードで見つけ出し、採ってくる。
あまりミドリに甘え過ぎても良くないんだけどな。
「しかし暇だな」
魔物の討伐ならまだしも、永遠と薬草を採るのはなかなか骨が折れる。
正直めんどくさい。
『頑張りなさいよ。ちゃちゃっと終わらせちゃいましょう!』
ミドリはいつでも元気でいいなぁ。その気力を分けてもらいたい。
グランがサボって俺はひたすら薬草集めというのは……やる気出ないなぁ。
っと、
「ミドリ、そろそろ終わりにしよう」
あまり採り過ぎたら生態的に良くないと思うし。
ミドリは回収したいやし草持って俺の肩に乗った。
『分かった!ーーーハルト!!!』
耳元で大声はやめてほしい。
「なんだ、魔物でもいたか?」
魔物を感知したなら大歓迎。
暇な作業じゃなくなるし、お金も比較的たくさん手に入る。
『魔物はいないけど右側に人の魔力を感じる!』
なんだ。魔物じゃなくて人間か。
仕方がない、魔物は諦めて村に帰るか。
いや………。
「こんな魔物が出る森の奥に?」
『そう、こんな所に。……よし、面白そうだわ!見に行くわよ、ハルト!』
「いって!髪引っ張って飛ぶな!止まれ!」
この野郎。
これ言ったのも今日が初めてじゃないのに。何度言わせれば気が済むんだ。
その都度、俺の頭皮がダメージを受けるから勘弁してほしい。
『あれ、消えた……』
「おい、だから髪から手を離せーーー」
『魔力の気配が消えたわ』
「……あ、そう。勘違いだったんじゃないのか?」
人の話を聞かないな。別に、もう慣れたが。
こんな事でいちいち怒っていてはこいつと契約なんてしてられない。ほぼ毎日ある事だ。いちいち起こっていたら身がもたない。
薬草も、もう十分だ。先生が帰ってきたら先生に売ろう。
先生に売ればギルドで換金してきてくれる。そのうちの少しを先生にあげるのだ。
………あれ、なんだか商売仲間みたいになってるな。
まあ、とにかく疲れた。俺はさっさと帰ることにした。
というのに。
『ハルト!!!』
「いって……。髪から手離せって!」
ミドリは何かあると、本当にすぐ飛んで大声で話しかけてくるな。
お陰でよく髪を引っ張られるから、マジで将来ハゲなければいいが……。
「まったく……どうしたんだ」
『村におかしな集団が近づいていってる!』
おかしな集団?それっぽい集団ならいくつか思い付くが。商人や、ごくたまに客も来るし冒険者が来ることもある。
「別に珍しいことじゃーーー」
『全員剣を持って……嫌な雰囲気!』
「それを早く言えっ!」
『あっ、待ちなさい!』
俺は村めがけて走り出す。
別に剣を持った集団が危ないわけではない。そういうのはこの世界ではよくいるのだ。護身のために持っていたり、冒険者だったり。
問題なのはミドリが嫌な雰囲気と言ったことだ。
精霊がみんなそうなのかは分からないが、ミドリのそういう直感は外れた事がない。
間違いなく村にとってよくない集団だろう。
「時間は!?」
『あと一時間よ!』
まだずいぶん遠い所にいるな。
まさかミドリはその距離の魔力をある程度正確に感じているのだろうか。
「ずいぶん遠いな!」
『ふふん、すごいでしょ。私の感知範囲は多分ハルトが思ってるよりずっと広いわよ!』
「ちなみにどれくらいの距離ーーーげほっ!」
『走りながら喋るから!とにかく急いで!』
分かってる。俺はミドリに返事をしないで前を向く。そして技能で身体を強化した。
さっきよりずっと速くなる。これなら間違いなく間に合う。
ミドリの声がしない。いつのまにか俺の魔力に入ったようだ。まあ、もう村に帰れるから正しい判断か。
森を抜けた。
「他の人に見つからずにグランを呼んできてくれ!多分グランの家だ!父さんもそこにいると思うから!俺は家に戻って母さんとシャルを逃してくる!」
『りょーかい!』
グランの家目指して飛んで行くミドリ。俺は止まる事なく走り続ける。
母さんとシャルには避難しながら村の人達に知らせてもらいたいと思う。
俺は父さん達と、その危なそうな集団と対峙するつもりだ。出来れば戦闘になんてならなければいいが。
家に着く。
「母さん、シャル!」
大声を出しながら勢いよく部屋に入る。
母さんとシャルは驚いて俺を見る。シャルは先生から借りた本を母さんと一緒に読んでいたようだ。
「ど、どうしたの、ハルト」
「今すぐここから逃げて!危ないんだ!」
母さんは何が何だか分からないような表情をする。シャルも似たような感じだった。それでもこの中ではシャルが一番冷静だった。
「お兄ちゃん、何かあったかちゃんと話してよ」
「あ、あぁ、悪い。少し焦ってた」
俺はシャルの言葉で少し落ち着きを取り戻す。
早く村の人達に伝えて逃げてもらうには、落ち着いて話すべきだった。俺もまだまだだな。
俺は何があったか話した。
「……本当なの?」
「多分。ミドリが嫌な雰囲気だって言ってたんだ」
母さんは少し疑っているようだった。
仕方がないか。こんな事は今までになかった。それに、これを信じた場合は他の村人も巻き込むことになるんだ。慎重になるのは当然。
「……お母さん、きっと本当だよ。お兄ちゃんが言うなら間違いない」
シャルが母さんを説得してくれる。
ありがたい。シャルが説得してくれれば問題はないだろう。
ミドリの言うことが正しいなら、あと十五分で怪しい集団とやらが村に着く。
「分かったわ。ハルトは……」
「俺も父さん達といる」
「……そう、気をつけなさい。いざという時は逃げてきてもいいから」
「分かってる」
俺は、俺と父さんが普段使うのとは別の、いわばメイン武器である剣を手にする。
父さんの剣はかなり重い。俺が持つには技能で強化をする必要がありそうだ。
「……お兄ちゃん」
シャルが準備をする俺の裾を掴む。視線はまっすぐ俺に向いていた。
「シャル、何?」
「……お兄ちゃんも一緒に逃げようよ」
シャルは少し俯く。
心配してくれているのだろうか。可愛い妹が心配してくれるのは嬉しい。
もしくは俺はあまり強くないと思われているのか。確かに魔法は使えないけど、ちゃんとみんなを守ってみせるつもりだ。
俺はしゃがんでシャルの目を見る。
「俺は大丈夫だから。シャルは母さんと一緒に村の人達を逃して。お願いだ」
「……本当に大丈夫?」
「当然だ。だって俺はシャルのお兄ちゃんだぞ?」
シャルは少し表情を和らげる。
俺がシャルの兄だと自称する時は、兄として正しく在ろうとする時だ。シャルもそれはなんとなく分かってるのだろう。
この場での兄としてすべき事。それはシャルを無事逃して、俺も帰ってくる事だ。
だから大丈夫。
「それじゃあ母さん、行ってくる」
「本当に気をつけて、無事で帰ってきて。父さんにもそう伝えて」
俺は頷く。そろそろ時間だ。もう向かった方がいい。
「お兄ちゃん頑張って!」
「……おう!」
シャルの“頑張れ”を聞いて元気が出る。そうして俺は家を出て走った。
もしかしたら転生してから初めての人との戦闘になるかもしれない。だが決意はもう決まっている。
父さん達もいる。きっと大丈夫だ。シャルが住むこの村を守ってみせよう。
なぜなら、俺はシャルの「お兄ちゃん」なのだから。




