一章三十二話 シシルの事情①
ーシシルー
私の朝は忙しい。
朝五時には起きてすぐに礼拝をする。
シスターだからやらなくてはいけないという訳ではない。
私のスキル、《天啓》に必要なことだ。
礼拝をしないと、いざという時に天啓を授かれなくなってしまう。
もっとも、神様が必要だと思った事しか知ることは出来ない。私個人に有益となる事は、ほとんど知ることが出来ない。
私の礼拝時間はだいたい三十分間。その後は身支度をしてから教会を出る。
ずっと教会にこもっているとヤノ村の方々に心配をかけてしまうからだ。
朝六時にはかなりの人数が活動している。これは実はかなり珍しい。
私が訪れてきた様々な場所でも、普通はあと一時間ほどしてから活動し始める。
この一時間は驚異的な時間だ。
案外、そういう生活習慣のおかげでこの村の人たちは真面目な方が多いのかもしれない。
私の密かな楽しみは教え子たちの努力を見る事だ。
この時間にはあの子達も活動している。
『あっ、シシル。今日も早いわね!』
「おはようございます。ミドリさん」
草木の精霊、ミドリさんだ。
この子はハルトくんと契約している。
あの時は、ハルトくんの行動に驚き慣れてきた私もさすがに驚いてしまった。
「ミドリさんがいらっしゃるという事は、そろそろですか?」
『そう!今日もハルトの方が速いわよ!』
最近はハルトくんとグランくん、二人で村中を走っている。コースが決まっているようで、競うようにして走っている。
私は見つからないようにする。邪魔しては悪いし、私に気を使わない二人を見たいから。
剣術ではグランくんの方が強いらしいが、運動能力ではハルトくんの方が圧倒的だ。
二人の競争はだいたいハルトくんが勝っている。
「あっ、来ましたね……」
二人の姿が見える。
たしかに今日もハルトくんの方が速い。
でもだんだんと差が縮まって来ていることに、ハルトくんも気付いているようだ。
最近はハルトくんに余裕がない。
平気な顔はしているが、少し無茶している気がする。
グランくんがそれに気付いていないのが救いだろう。
『お前はハルト達を見て面白いの?』
「……はい。二人を見ていると心が温まります」
二人は私の教師になるという夢を叶えさせてくれた。
王都の魔法学園で働けない理由がある私にとって、今の状況は間違いなく幸せな時間だ。
メアリさんというお友達もできたし、私にとってヤノ村はかけがえのないものになっている気がする。
『そ。お前もなかなか面白いわよ』
「どういうことですか?」
『十三歳の子供を陰で楽しそうに眺めているおばさんの構図は少し犯罪臭がするわ!』
「なっ………!」
ミドリさんが失礼なことを言う。ツッコミたいことが混ざって混乱してしまう。
まず私はおばさんではないし少なくとも見た目は十八前後だ。
確かに実年齢は少し歳をとってるかもしれないが、気持ちはまだまだ若いつもりなのに。
決しておばさんなどとは言われたくない。
あと犯罪臭がどうこうって!私の視線はあくまでも温かいものだ。
そんな犯罪とまで言われる光景じゃーーー
「うふふっ、あの子たち今日も元気で可愛いわ……はぁ、はぁ」
私と同じようにハルトくんたちを眺めている女性がいた。
その視線はほとんど邪なものはない。
でもあれは……。
『今のお前はちょうどあんな感じね』
「………今日はもう行きますね」
『そ。またねー!』
ミドリさんはハルトくんの家の方向に飛んで行く。
……確かに少し不審者みたいだったかもしれない。
少し自重しよう。
私はその後、村の外れにある名前の無い森へ向かう。
この森は奥へ奥へと進むほど魔物のランクが上がっていく。もしも高ランクの魔物が村に入ってきたら大変だ。
村人のほとんどが戦闘には慣れていない。
私がいる時はいいがそれ以外の時には致命的になる。
「これは……あと数日は持ちますね」
だから私は村と森の境界線に結界を張っている。そうは言っても簡単な結界だ。
魔法工学の技術で加工した魔石に魔力を貯めておく。
それで魔物の侵入を防ぐことができる。
しかし不安定な代物で、毎日の定期検査は欠かせない。
まだ大丈夫だと思っても次の日にはダメになってることもあるから、気を付けなくてはいけない。
あと森で行うのは魔物狩り。
定期的にしなくてはどんどん魔物が増えていってしまうし、それにこれは私の少ない食費になる。
魔石や素材をギルドに売ってお金にしてもらうのだ。
かなりの魔法をマスターして、魔物ごとの弱点も熟知している私には造作もないこと。
そういえば魔物ごとの弱点はハルトくんとグランくんにはまだ教えていない。
近いうちに教えることにしよう。
「今日も魔物がいなくて平和ですね……」
今日は魔物はいなかった。つまりこれでまた節約生活だ。
連日の節約生活でまともな食事が取れていない。
もう空腹が辛い。
結界に関しては問題ないだろう。魔力切れを起こしそうな魔石もないし、勝手に魔物が入ってくることはないだろう。
「いつも通りにシャルちゃんの授業、その後は二人の授業ですかね」
最近はシャルちゃんが一気に大人びてきた。
さすがに身体的成長はまだだが、とにかく精神が同い年と比べると大人だ。
昔から大人らしかったハルトくんを見てきて成長したからか。
おそらくハルトくんが長年に渡ってしてきた、技能を使った魔力回路への介入にも原因がある気がする。
この事についてはシャルちゃんが独り立ちした後にじっくり調べるつもりだ。
今はだいたい朝の七時過ぎ。
今から教会に帰って、今日の授業の範囲の確認。そうして朝食は抜きにしてシャルちゃんの授業だ。
「そして昼食も抜きですね……」
今日の収入がなかったから仕方ない。
私だってもう慣れたし、人族とは違ってそうそう死ぬことはないからまだ大丈夫だ。
できればシャルちゃんかハルトくんの弁当を少し分けてもらいたい。
あの良い香りと見た目の誘惑は尋常じゃない。
メアリさんも私が貰っていることを知ってるようだし、我慢するつもりはない。
餓死しそうになればハルトくんの家にお邪魔させてもらおう。
なぜならーーー
「ハルトくんの家に行けばメアリさんのご飯が頂けます……!」
あの作りたての美味が最高で、もう我慢なんて出来ない。
だから本当に死にそうなほどお腹が空いた時は頼らせてもらってる。
最初は申し訳なかったが、背に腹は代えられないし。
まあ、それではよくないと分かっているから、場合によっては森のもっと深い所まで潜るつもりだ。
教会への帰り道。もうヤノ村の方がほとんど起きてくる。
出来る限りいろんな人と会えるように遠回りして帰る。中には野菜のお裾分けを下さる方もいらっしゃった。
涙が出る思いだ。
最近の空腹ほどひもじい思いはあまりしてこなかった。
だからこのお裾分け精神がものすごく光り輝いて見える。
そして一つ頂くと連鎖的に他の方からも頂ける。本当にありがたい。
この村の人たちにはちゃんと恩返ししていきたいな。
「ただいま」
誰もいない教会に声が響く。人によっては寂しい雰囲気と思うかもしれないが、私はこの教会の雰囲気が好きだ。
とても落ち着くことができるから。
それはそうと……
「今日は何かあったような……」
大切な用事を何か忘れているような気がする。今日でなくてはいけない用事が。
「……まあ、いいです。そのうち思い出すでしょう」
この村で培った前向き精神、惜しみなく発揮していこう。




