一章三十一話 とある少女の物語⑧
……………。
「トライヤ、起きてください。朝ですよ」
「ぅ〜……もう少し……」
いつもの宿屋。時間はもう九時だ。
今日もギルドで依頼を受けないといけないのにトライヤは起きようとしない。
なんだかんだで、もう四十歳過ぎなんだからもう少しちゃんとしてもいいと思う。
……でも私はこんなトライヤが好き。
もちろん恋愛感情じゃない。お兄ちゃんやお父さんに対する感情と同じ感じだ。
自分のご主人様にこんな感情を抱けるのはとても幸せなことだ。
でも何か忘れてる気がする。
「トライヤ、早く起きてーーー」
「……えっ………?」
赤。部屋中に飛び散った『赤』。
「何ですか……これ」
いや、私はこれを知っている。忘れたくても絶対に忘れられない光景。
私を苦しめ続ける記憶。
「ぁ……。トライヤ様……」
目の前には動かなくなった私のご主人様。部屋と同じ色が広がっていく。
ズキッ
胸が痛い。
涙が溢れて止まらない。
「ぅっ……ぅあ……」
何でこうなったの?
「お前のせいだ」
私のせい?
「お前が不幸にした」
そうだ、私が悪い。
私が奴隷らしくしていれば?トライヤ様と会わなければ……。
そうすればトライヤ様がこうなる事もなかった。
「あっ、あっ……うわぁぁぁ!」
いやだ。もういやだよ。
夢なんでしょ、覚めて。覚めてよ!
「お前のせいだ」
分かってる!嫌という程理解してる。
こんなことなら、私も死んでお詫びを……。
『ソラ、幸せになっておくれ』
……楽にさせて下さいよ……。
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「ここは?」
私は目を覚ましました。
ここは私の部屋。皇子様のお気に入りに割り当てられる部屋の一つ。
「……んぅ」
「ルルリエさん……」
声のした方を見るとルルリエさんがいました。ルルリエさんの側の机には水とタオル。
私は……皇子様に刺されて気を失ったんでした。
じゃあルルリエさんが看病してくれたんでしょうか。
「ありがとうございます。……お姉ちゃん」
私の姉のような存在。
今トライヤ様の最期の願いを叶えようと頑張れるのはルルリエさんのおかげです。
感謝してもしきれません。
「………あれ?」
冷たいものが私の頰を伝います。
そこで初めて気づきました。私は泣いていたんです。
私は今、悲しいのでしょうか……?
最近では、もう「悲しい」感情がよく分からなくなってきました。
「トライヤ様………」
また、会いたいなぁ。
「……ソラちゃん?」
「あっ、ルルリエさん」
しまった。泣いているところを見られてしまいました。
また心配をかけてしまう。
「………」
ルルリエさんは何も言わずに私を抱きしめてくれます。
はぁ、いやですね。
今こんなことされたら……。
「うっ、うぁ……すみまっ……せんっ!」
「いいの、いいのよ」
ルルリエさんは私が泣き止むまでずっと抱きしめてくれていました。
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「えっ、ソラちゃんがあの皇子の側付きに?」
「はい、そう言ってました」
私がようやく泣き止んでから、ルルリエさんが何があったか訊いてきました。
特に隠すことでもないので話します。
ルルリエさんに、皇子様が最後に行っていたことを話すと何かを考え込んでしまいました。
何を考えているんでしょう。
私は王子様の側付きなんてもの自体初めて聞いたのでよく分かりません。
「………」
「ルルリエさん、どうしたんですか?」
どうしたんでしょうか。またルルリエさんが私を抱きしめます。
今度は優しくというよりも、離したくないというような感じで。
「ソラちゃん、今すぐ城から抜け出そう」
「えっ……何でですか?」
あまりにもいきなりすぎます。せめて理由くらいは聞かせて欲しいです。
「皇子の側付きになるって言うのは、もう幸せになる可能性が一切無くなるってことなの」
「そうなんですか?」
「そう。今まで、側付きになった子は例外なく一ヶ月で死んでいったわ。いや、皇子に殺されたの」
……そうですか。
確かにあの皇子様の特別なメイドになるのは、タダじゃ済まない気がします。
でも城から抜け出すなんて、それこそ危険すぎる。
「大丈夫よ。私が出してあげる」
「だっ、ダメです!そんなことしたらルルリエさんが!」
「心配してくれてありがと、でも安心して。こう見えても十年近くここにいるんだから。そのくらいどうにでも出来るわ」
十年……。
ていうことはルルリエさんは三〜五歳の頃からここで働いていたんでしょうか。
そんな幼い時からあの皇子様の専属メイドを……。
「だから私は大丈夫。でもソラちゃんはこのままじゃ間違いなく殺されるわ」
「ルルリエさんも一緒にーーー」
「ダメ。それじゃあ逃げ切られない。その代わり、ソラちゃんが幸せになれたら会いに来てちょうだい」
「……分かりました。絶対にそれまで無事でいてくださいね」
「分かってるわ。可愛い妹の幸せそうな姿を見なくちゃ死んでも死にきれないもの」
ルルリエさんは優しく笑いかけてくれる。
この人なら本当に大丈夫な気がする。
私はトライヤ様の為に幸せにならなくちゃいけない。
……つまりルルリエさんとは今日でお別れ。
「………」
「ほら、泣かないの。泣くと幸せが逃げて行っちゃんわよ」
「……はいっ!私、幸せになってみせます……!」
「えぇ,私はずっとあなたの幸せを願ってるからね。……ありがとう、ソラちゃん」
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その後、私たちはすぐに城から抜け出すための計画を立てました。
計画といっても、ただルルリエさんだけが知ってる抜け道を通って逃げるというもの。
その途中でアクシデントが起きたらルルリエさんがフォローしてくれます。
そして、なんとルルリエさんは自分が長い間貯めたお金を、私にくれました。
もちろん私は何がなんでも返そうとしました。
でもルルリエさんは一切私の言うことを聞いてくれませんでした。
私の荷物はルルリエさんのお金と、もしもの時にナイフを持っています。
……必ず幸せになってルルリエさんの所に帰ってこないと。
「ここよ」
そして私たちはなんとか城の一室に辿り着きました。
とても古びた、掃除の行き届いていない部屋です。
ルルリエさんは大きな箱をどかしました。
「これは……」
そこには階段。
どこに繋がってるかは見当がつかないけど、とにかく地下へとつながる階段がありました。
「ここを降りれば地下水路に着く。真っ直ぐ歩けば街に出れるから、一晩この中で過ごしたら出て。そしたらそのお金で馬車に乗って逃げて」
ルルリエさんはチラチラと扉を確認しながら早口で教えてくれました。
「はい。……あの……」
「なに?時間ないから早くーーー」
「大好きです」
ルルリエさんは呆然としてしまいました。私がはっきりと伝えたのは初めてですからね。
ルルリエさんは少しの間呆然としてましたが、なんと涙を流してしまいました。
「えっ、すみません!私なんて、おこがましかったです!」
ルルリエさんの涙なんて初めて見ました。
「……いえ、違うの。嬉しいのよ、本当に。最後に私と約束してくれないかしら」
「もちろんです。なんでも」
「じゃあ遠慮なく。……幸せになりなさい。私の可愛いソラ」
………。
今は泣くところではありません。涙が流れるのを必死で我慢します。
「……はいっ!」
私はとびっきりの笑顔で返事をしました。
また会える日まで、この笑顔を思い出してもらえるように。
「約束。私もそれまで生き延びてみせるから」
「約束です。私もきっと幸せになります」
私たちは最後に指切りをしました。
私はこの指切りを永遠に忘れることはありません。きっと幸せになって、また会いに来てみせます。
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なんで地下で一晩過ごすのか。ルルリエさんが言うには、街も危険らしいです。
女性が一人で出歩くものではないらしいです。
かと言って、寝れる感じではありません。
私は朝日が出るまでの間、これからの予定とルルリエさんに教わったことを復習していました。
外が少しずつ明るくなってきます。
そろそろ外に出ましょう。
「眩しい……」
ちょうど朝日が出たところでした。
「私、自由になったの……?」
改めてそれを思うと涙が溢れそうです。でも怪しまれるわけにはいかない。
それに、追っ手が来る前に馬車で帝都から出ないと。
それから二時間くらい経ちました。
馬車の予約はなんとか取ることが出来ました。今日中には帝都から出ることができます。
追っ手の気配もありません。
「今は何をしてるんでしょうか」
別れてから数時間。もうルルリエさんのことを考えてしまいます。
私を逃したことは大丈夫でしょう。
ルルリエさんなら特に問題なくバレずにやっていけると思います。
そんなことを考えていた時でした。
「おいっ!これから女が広場で公開処刑だってよ!見に行こうぜ!」
「マジか!何しでかしやがったんだ!」
「なんでも皇子のお気に入りのメイドを逃したらしいぜ」
ドクン
えっ。
ドクン
まさか……。
私は瞬間に走り出していました。場所は分からないけど見当は付きます。
城の目の前にある広場へ。
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広場は既に大勢の人がいました。みんなの視線の先には十字架に縛り付けられた人。
あまりに遠くで誰かはまだ分かりません。
確認したくない。でもそう言うわけにはいかない。
私は力ずくでも少しずつ近づいていきました。
しかし。
「皆の者!聞けい!!!」
よく響く大声が聞こえました。私が苦しめられ続けた声。
私は神に祈ります。
(ルルリエさんじゃありませんように!)
そして初めてその声の主にも祈りました。
十字架の下には沢山の木々が置かれていました。
「この者は俺の側付きメイドを逃した!許されない行為だ!よってこのメイドは今から火に炙られ死ぬ!」
間違いない。ルルリエさんだ。
私の絶望と裏腹に盛り上がる観衆。
獣人族の強い力で無理矢理進んでいきます。力を振り絞って空いていた空間に着きます。
見たくない。顔を上げたくない。
顔を上げたらルルリエさんに見つかるかもしれない。
恨まれてるだろうな。でもーーー。
私は決意をして顔を上げました。
「あっ……」
ルルリエさんは笑っていました。私の方を見ながら。最初から気づいていたようです。
そして、沢山見てきたその笑顔は「可愛い妹に気づかないはずがないじゃない」と言っているようでした。
プツン
「いやぁぁぁぁぁ!!!嫌だぁぁぁ!!!」
堪え切れなくなりました。乾き切ったように感じた涙が溢れます。
「断罪の時だ!!!」
だめ!!!やめて下さい!皇子様!
また私から大切な人を奪うのですかっ!!!
『お前のせいだ』
っ!
また私のせい……。
私が逃げ出さなければルルリエさんはこんな事にならなかった……!
みるみるうちに火はルルリエさんを襲いました。
ルルリエさんの笑顔は苦悶に歪みながらも、それでも耐えることはありませんでした。
まるで別れ際に私が見せた笑顔のように。
「嫌だっ、嫌だよ。ルルリエさんっ……」
その火は遂にルルリエさんの体も焼いていきました。
ルルリエさんの表情から笑顔が消えました。目を瞑り、耐える表情をしています。
しかし、辛いはずなのにルルリエさんは目を開けて私を見ました。
約束、私は守れないけどソラちゃんは幸せになってね。
その目はそう語っていました。
ルルリエさんの体は焼け、遂に顔も焼けようとしたその時、初めて口を開きました。
それは良かったのか、悪かったのか。
何を言ったか、理解してしまった私は更に涙を流します。
これが最後。ルルリエさんと会えるのはこれが最後です。
私は出来る限りの笑顔を作り、感謝をしました。
そして、ルルリエさんの最期の言葉は私の宝物となりました。
愛してるわ、ソラ




