一章三十話 とある少女の物語⑦
帝都の中央部に位置する城。皇族、貴族たちと気に入られた者たちだけが住む場所。
そこでは一人の獣人族が二年間働いていた。
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「獣!来い!」
皇子様が私を呼んでいます。それも城中に響くんじゃないかと思うほど大声で。
今までにも何回かありましたが、こういう時は必ず皇子様の機嫌が悪い時です。
うまく機嫌を取らないとすぐ殴られます。
「ルルリエさん、行ってきます」
私と同じ皇子様専属メイドの、先輩です。
ルルリエさんだけは私にとってもよくしてくれます。
ルルリエさんは私を妹だと言ってくれましたけど、私もルルリエさんの事をお姉ちゃんだと思ってます。
恥ずかしくてあまり言えませんけど、とにかく本当に良い人です。
「ソラちゃん、気をつけてね。何かあったら大声で呼んでね」
「はい、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
ルルリエさんの部屋から出ました。私は急いで皇子様の部屋に向かいます。
こういう時、今まではとにかく殴られたり、ひどい時には食事のナイフで刺されたこともありました。
今日は何をされるんでしょうか。出来る限り王子様の機嫌を取らないと。
「失礼しまーーー」
「遅い!!!」
「っ!」
扉を開けた瞬間にお皿を投げられました。でもこれくらいのことは予想できてました。
もう動揺なんてしません。
「なに突っ立ってんだよ!早く入れ!!!」
今日は普段にも増して機嫌が悪いようです。
おおかた、父親の皇帝様に叱られたりしたのでしょう。
私は言われた通りに近づきます。
「それ以上寄るな!汚らわしい血がつく!」
「えっ……あっ、すみません」
どうやらさっき、額を軽く切ったようです。少しだけ血が出ていました。
私は常備していた拭き物ですぐに対処します。
「よし、来い」
私は今度こそ皇子様のそばに行きます。
「何か御用でーーーぐっ!」
話し終わらないうちに思いっきり殴られました。
口の中が血の味がします。
気持ち悪い。
でも獣人族の体は丈夫なので骨とかに問題はありません。
「くっそ!あのクソ親父、馬鹿にしやがって!」
やっぱり皇帝様に何か言われたようですね。
以前に一回だけ見た時はまともそうな方に見えました。だからこそ、この皇子様とは合わないのでしょう。
「このっ!……覚悟しろよ」
皇子様は倒れた私に馬乗りになります。そして拳を振り上げました。
(あぁ……今日はひどい時です……)
私は思いっきり両頬を殴られます。
何度も何度も。
痛い。
ですがもう慣れましたし、それに私の心はこんな事じゃ動かなくなりました。
皇子様のおかげで。ある意味感謝ですね、冗談ですけど。
だから痛いけど、辛くはありません。
いや、辛いのかもしれないけどもう自分の気持ちがよく分からなくなってきました。
それに存分に殴らせれば、皇子はある程度機嫌を直してくれます。
ルルリエさんに飛び火がいかないように、今のうちに殴られておきましょう。
「くそっ!俺を皇帝にしないだと……!何言ってんだあのクソ親父が!俺の何がいけないって言うんだ!」
こういうところだと思いますよ。
どう考えてもまともな皇帝になるとは思えませんからね。
やっぱり今の皇帝様はまともな人みたいです。
「くっ……、このっ!!!」
「うぐっ!」
一際強く鼻を殴られました。流石にかなり痛いです。
でも何か言い返したりすると更にヒートアップするのでしません。
それを最後に皇子は離れて行きます。
「はあっ……!落ち着いた。ご苦労だったな、獣」
「お役に立てて光栄です」
私はすぐに立って礼をする。そうすれば普段はすぐに帰れる。
早くルルリエさんの元に戻りたかった。
でもこんな顔で、心配をかけてしまうかもしれませんね。
「おい、お前の髪伸びてきたんじゃないか」
普段ならそうですが、今日はどうやらまだ終わりではないようです。
「いえ、お気遣いなく」
「そうか。それと、そこのパンをとってくれ」
皇子は机の上に置かれたペンを指差しました。私はとくに理由を聞きません。
一刻も早く皇子様の部屋を出たい。
あんまり長くいると何をされるか分かったものじゃない。
私はすぐに机へ向かいました。
ジャキッ
「……えっ?」
ほとんど聞き覚えのない音を聞いて皇子様の方を見てみます。
皇子様が私の髪とハサミを手にしていました。
嫌な予感がして髪の毛を確認します。たくさん切られていました。
「なんてことを……してくれたんですか」
「うるさい!汚らしい髪を切ってやったんだ、感謝しろよ!」
皇子様がまた癇癪を起こします。普段なら機嫌をとるところなのですが……。
今回の事は我慢できませんでした。
「……撤回してください」
「なんだと?」
「撤回してください!」
こればかりは許せなかった。私の髪を切っただけならなんとか抑えられた。
でも、この人は私の髪を汚らしいと言った。
トライヤ様が褒めてくれた、この髪を!
「私の髪は汚らしいくなんてありません!トライヤ様が褒めてくれたんです!」
「知らねぇよ!じゃあそいつはよほど目が腐ってたんだな!」
「っ!トライヤ様を悪く言うな!」
こんなことをしてはダメだと分かってるのに。体が、口が動いてしまう。
でも……こいつがトライヤ様の事を言うのが許せない。
どうしようもないくらい許せない。
皇子様は私に近寄ってきます。私は正面から皇子様の目を見る。
「生意気言ってんじゃねぇ!!!クソがっ!」
「ぁっ………」
熱い……お腹が熱い!視界がぼやける。
何が起こったのかが理解できませんでした。
私は皇子様を見る。とくに変わったことはありません。ただお腹を殴ってるようにしか見えない。
……あれ?
赤いです。私のお腹の布が赤くなっています。
それに皇子様の持っていたハサミが、私にめり込んでるような………。
「……あっ……っ!」
熱い、痛い!今初めて激痛が走る。
我慢できない痛みです。今までになく深く刺されてる……?
頭がぼーっとしてきます。
だめです。ここで気を失ったらもっと酷くされるかも……。
私は意識を繋ぎ止めるために気を強く持つ。
だけどそんな努力は虚しく、だんだんと意識が遠のいていく感じがします。
そんな中、最後に皇子が言った言葉がより鮮明に聞こえました。
「今度はお前が俺の側付きだ」
意識が途切れた。




