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一章二十五話 シャルの初授業



 俺は十歳、シャルは六歳になった。

 今はグランの家。

 グランと共に剣術の遊び、もとい鍛錬の最中だ。


 ビュン


 俺の目の前をグランの木剣がすごい速さで通り過ぎる。

 ここで臆して下がってはいけない。臆してしまえば、二年前と変わっていないことになる。

 俺は大きく一歩を踏み出し、勢いよく手に持つ木剣を振り落とす。


 ガッ


 グランの木剣とぶつかる。少しの間鍔迫り合いになる。

 先に動いたのはグランの方だった。


 グランは力を振り絞ったのだろう。今まで以上の力で俺の木剣を弾く。

 否、力だけではなく高度な技術によるものだ。


 俺の手から木剣が離れていく。俺の木剣は綺麗な放物線を描いて吹っ飛んでいった。

 剣がなくては今のグラン相手に出来ることはなかった。


 グランは俺の首元に木剣を当てた。

 雨が続いていた村が、今日は珍しく快晴だった。

 葉に雫が滴っていて、まるでとても綺麗な田舎風景に見える。


「くそ、グラン、お前また強くなってないか?」


 父さんとの鍛錬の方法が変わってから勝率は上がったものの、どうしてもグランには勝ち越せない。


「えへへ、剣術でハルには負けたくないからね。でもハルも最近強くなってきてるよ」


「嫌味にしか聞こえねーよ」


 そうは言ったものの、確実に力が付いてきてるのは感じていた。

 強くなってると言われて、正直嬉しかったがそれを言うのは恥ずかしい。


 しかしそれでもこいつに勝ち越せる気がしない。

 天才が努力をしてちゃ、そう簡単には追いつけないな。

 それでもいつかは抜いてやる。


「ハルはもうあまり駆け引きとか、そういうのが出来ないよね」


「普通そんなに簡単にできる様にならねぇよ。お前がすごいの」


 グランは言われたことに素直に喜ぶ。

 薄々感じていたが、こいつ女性みたいな雰囲気出すことがあるんだよな。

 だがこいつはちゃんと男だ。


 その後、二人でさっきの試合の評価をしていた。




「そういえばハル、聞いた?森の噂」


「なんのことだ?」


 聞き覚えがなかった。俺はあまり同年代と仲良くないからな。

 この性格だから、同年代とあまりうまくやれないのも仕方ないと思っている。


 逆にグランは同年代から人気者だ。

 男子からはその努力の姿と剣の腕から少しの尊敬で、女子からは男でありながら少し可愛らしい一面で人気がある。

 コミュ力も案外高い。

 だから色々な新しい話を聞いては俺に話してくる。


「森にさ……出るんだって」


「泉の女神がか?」


「どんな森!?」


 やっぱりこの世界の人たちには通じないか。結構日本と似た童話が多いのに残念。


「幽霊だろ?」


「そうだよ!もっと反応が欲しい!」


「俺が怖がるとでも思ったか?」


「驚きの一面を知りたかったよ」


 まあ、あの出だしからそういう類だとは予想がつく。

 俺はあまり幽霊とかは怖くない。

 いたとしてもこの世界なら魔法で撃退とか出来そうだし。案外ただのアンデット系の魔物の可能性もある。


「村の外れの森に行くと不思議なことが起きるんだって」


「何があるんだ?」


「いつのまにか持ち物が無くなっていたり、頻繁に何かの音がしたり。何かに触れられたりもするらしいよ」


「魔物とかじゃないのか?」


「僕のお父さんとハルのお父さんで見に行ったけど魔物じゃなかったって。でも正体は分からなかった」


 それは……確かに魔物じゃないんだろうな。

 一応、俺の父さんはこの村で一番強いと思う。それに元ギルドの冒険者だったらしいから、色々と慣れてる。

 それにグランのお父さんも強くて経験豊富だ。

 二人は仲が良く、最近一緒にギルドの依頼を受けに行った事もあるらしい。


 その二人が魔物じゃないって言うならそうだと思う。

 でも二人が正体が分からないなんて、この村の誰も分からないんじゃないか。


「今度行ってみようか……」


「ハル一人で行ってね、僕は絶対に行かない」


 好奇心が膨れ上がり、グランの様子に面白そうなものを見つける。


「もしかして怖いのか?」


「こ、怖くない!怖くないけど、ほらあれ、危険でしょ!」


 明らかな動揺を見せて否定をする。まあ、危険かもしれないのは事実だな。

 だからこそ、行きたくなるんだが。


「じゃあ父さんが許してくれたら一緒に行くか?」


「嫌だ!危険!僕は行かないからハル一人で行って!」


 グランのこの様子から、梃子でも行かなそうだ。仕方がないな、俺一人でそのうち行こう。


「まったく、なんでハルはそういうことしたがるの」


「危険に飛び込みたくなるのが、この世界の十歳男子の男らしさだろ?」


「それが男らしさなら僕はいらないよ!」


 自分があまり男らしくない一面があるという自覚はあるようだ。

 それはそうと、そろそろ時間だ。


「ハル、もう一戦する?」


「したいところだけど、今日は無理だ」


 グランは首を傾げて不思議そうにする。

 普段ならむしろ俺が挑むところだからな。


「あぁ、今日だっけ、シャルちゃんの初授業」


「そう、最初だけは絶対俺もついて行く!」


 そう、今日からシャルも先生の授業を受けるのだ。先生のことだから心配はない。

 でもそれとは別に、兄として参観したい!


「ハルのシスコンはもう不治の病だね」


「失礼だな、兄なら当然のことだ!」


「世の中の兄がみんなハル程なら、怖いよ」


 そんなことはないと思うんだがな。

 まぁ、そうだとしたらシャルが可愛すぎるのが原因だ。


「そういう訳だから、俺はもう帰るな」


「分かった。存分にシスコン発動してきてね」


「うっさいわ」


 そうしてグランの家を出る。

 実はもう時間的にはアウト。だったらどうするか?

 俺は魔力操作の技能で下半身を強化。正真正銘の全力疾走をした。

 なんとかシャルを待たせずに済み、肩車しながら教会についた。

 ちなみに俺の足はもうガクガクだ。


「先生、こんにちは。………って、やっぱりか」


 教会では、もはや名物と言うほど見慣れた光景があった。


 神聖な雰囲気と、どこか寂しさを感じるような広い空間。

 その奥には吸い込まれるような黒い石で出来た男性の像と、十字架。

 その空間の中で、そこが自分の定位置とでも言いたげな空気を出しながら突っ伏している、銀髪の少女、シシル先生。


 余程のことがないと、いつ来ても寝ている。実はわざとやっているんじゃないだろうか。


「先生、どうしたの?」


 シャルは首を傾げながら訊いてくる。


「先生が約束の時間になっても寝てたら髪の毛一本ずつ抜いてっていいぞ」


「分かった!」


 俺が王都に行く前までにどれだけ頭が薄くなってるか楽しみだな。

 シャルは先生を起こさないように近づき、綺麗な銀髪に手を伸ばして………


「えいっ!」


 可愛らしい掛け声と共に容赦なく抜いた。

 おそらく一本で済んでいない気がする。


「いたぁっ!」


 抜かれた髪の毛と同時に飛び起きる先生。

 ニヤニヤする俺と銀髪を手にしてるシャルを見て、何があったか理解したらしい。


「先生、これから約束の時間に寝てたら髪の毛抜くようにシャルに言ってあります」


 先生は顔を青くして頭を抑えた。


「シャルちゃん……こんな事はしてはいけません……」


「お兄ちゃんの言う事と違うから聞かないです」


「………………」


 涙目で俺を睨む先生。

 まあ、これで頭が薄くなって恨まれても嫌だからな。

 仕方がない。冗談のつもりでもあったし。


「シャル、やっぱりしなくていいぞ。寝てたら普通に起こしてあげるんだ」


「分かった!」


 先生はホッとしていた。


「ハルトくん、寝てる私も悪いですけど髪の毛は女性にとって大切なものです。もうこんな事はしないで下さいね」


「はーい」


 先生は俺の気のない返事を注意しながら身だしなみを整えていた。

 ようやく授業が始めれる。

 シャルの初日の授業はあまりする事がなかった。

 俺が以前から色々教えていたからだ。


「少し物足りないですけど、いいでしょう。魔力量の測定をします」


 そう言って先生はシャルに背中を出させてうつ伏せに寝かせた。


「先生、俺そんなのしてもらった事ないんですけど」


「ハルトくんは最初に魔力を流した時に大体分かったので」


「じゃあシャルにもそうしてあげればいいんじゃないですか?」


「……ハルトくん、まだ六歳のシャルちゃんにあの苦痛を味わせるつもりですか」


 そうか、最初っていえば、お試しを除けば激痛を伴う技能を使ったアレか。

 まだ六歳のシャルには早いだろう。俺は精神的に大人だったから例外なのだろう。


「ハルトくんも、勉強になるので見ていて下さいね。シャルちゃん、いきますよ」


「はい」


「うん」


 先生が手をシャルの背中に置く。

 シャルの顔が緩む。ちょうど魔力を流されたのだろう。

 程よく魔力を流されるのは気持ちいいからな。


調査(サーチ)


 先生は魔法を使った。

 なるほど、技能で他人の魔力に直接接触しながらの調査(サーチ)か。


「………」


 先生は目を瞑りながら集中している。

 どう見えているのだろうか。というか、どうやって感じ取ってるんだろうか。

 数値が頭の中に浮かんだりするのか?


「……ふむ、…………はっ?」


 先生が声を上げながら手を離す。終わったらしい。

 シャルはよほど気持ちよかったのだろう、寝てしまっている。


「どうしたんですか?」


「……………」


 先生は無言のまま座る。

 そしてジェスチャーで俺に対面に座れと指示してくる。

 俺は言われた通りに先生の対面に座った。先生は手を組んで話し始める。


「ハルトくん、君はシャルちゃんに何かしましたか?」


 どういうことだろう。

 曖昧すぎて何を聞きたいのか分からない。


「どういうことですか?」


「では率直に訊きます。ハルトくんはシャルちゃんに何か魔法を使った事はありますか?」


「いや、ないです」


 何があったのだろう。

 もしかしてシャルの身に何か良くないことでもあったのだろうか。


「先生、シャルの身に何かあったんですか?」


 先生は静かに頷いた。


 そんな、なんで俺の妹に……。


 とりあえず何があったのか具体的に聞くことにする。


「具体的に何があったか教えてくれませんか?」


「……実は………」


 俺は何を言われるか内心ビクビクだ。俺の可愛い妹に何かがあっては辛い。

 辛すぎて死ねるレベルだ。


「……シャルちゃんの魔力量が異常に多いです」


「……え?」


 なんだって?魔力量が異常に多い?

 問題は何もないじゃないか。

 むしろシャルのこれからを考えたら最高じゃないか。


「さらに言うと、今の時点で成人女性の二倍はあります。それにまだこれから成長するでしょうから……」


 成人の二倍……六歳でか。なるほどな、それは確かに心配になるのも分かる。

 そして何かしたとしたら、普段一緒にいる俺と両親、もしくはグランだろう。

 でも俺は実はもう心当たりがあった。


「初めての状況です。もしかしたら何かに呪われていたりーーー」


「先生、俺なんとなく分かりました」


「え?」


「俺、シャルがずっと小さい頃から技能で魔力流してました」


 この技能が使えるのは先生と俺だけ。これが関係するなら、当然初めての状況だろう。

 先生はしばらく黙っていた。頭の中を整理していたのだろう。


「……そう言うこともあるかもしれません。幼い頃に魔力を刺激され続けていれば……」


 それはよかった。

 おかしな呪いとかじゃなくて。


「シャルちゃんにとって大きな力になります、悪用しない様にちゃんと面倒見て下さい」


「分かってます」


 魔力量が多少多ければ常人よりたくさん魔法が使える。

 それで威張ったりすることのない様に、ちゃんと教えてくつもりだ。


「ちなみに、このまま十五歳になった時の魔力量を教えましょう」


 まあ、魔力が多少多くてもシャルなら他人を下に見ることはないだろうから大丈夫だろう。


「シャルちゃんが十五歳になれば……普通の人の魔力量の三十、もしかしたら五十倍にまでなります」


「…………え……」


 …………ふむ。


 どうやら俺は知らず知らずのうちにやり過ぎてしまったようだ。



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