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一章二十一話 私の食費の足しに



「お願いだ、母さん」


「ダメって言ってるでしょう、諦めなさい」


 説得を始めてからもう五分。

 そろそろグランが一人で飛び出して行ってしまいそうだ。


「それじゃあダメなんだ。グランが一人で行ってしまう」


「それを止めてあげるのも友達の役目よ」


「素直に聞かない奴だって、母さんも知ってるでしょ?」


「それは…………そうだけど……」


 母さんの気持ちも分かる。

 今から俺が行こうとしているのは、四年前に俺が大怪我をした森なのだから。

 本来危険が少ないと分かっていても、行かせたくないのだろう。


 でもグランは行ってしまう。友人を一人で行かせるわけにはいかない。

 でも母さんに黙って行くわけにもいかなかった。

 だからなんとしても、行く許可を得なくてはいけない。


「……お兄ちゃん?」


 いつのまにか扉の陰にシャルがいた。俺と母さんの声が聞こえたのだろう。

 手には俺特製の人形を持っている。


「おかあさん、どうしたの?」


 母さんはどう話すか迷ったようだ。

 しかし何かを思いついた様子でシャルに話す。


「シャル、今あなたのお兄ちゃんがとっても危険な所に行こうとしてるの。あなたからも止めてくれない?」


 母さんは、俺がシャルの言うことなら絶対聞くと思っているのだろうか。

 普段ならそうだが、今回は残念だがそういうわけにもいかない。


 シャルは、ジッと俺を見つめる。俺も、何を言うでもなく見つめ返す。

 するとシャルは、うん、と一度頷いて人形を置く。

 そしてグッと握り拳を作って言った。


「お兄ちゃんなら大丈夫!」


「シャル!?」


 母さんは驚いていた。

 俺も驚いた。


 このままシャルを可愛がりたいところだが、ぐっと堪える。


「……母さん、俺、グランを手伝いたい」


「………………」


 母さんは少し沈黙する。

 そしてシャルを一度見る。シャルはまだ拳をグッてしてる。


 可愛い。


「……大丈夫なのね?」


「うん、それに俺も前とは違う。魔法は使えないけど、父さんに剣術教わってるし」


「……それに技能もあるものね」


「!?」


 俺はまだ技能のことは母さんにも父さんにも言っていない。

 なんで知ってるのか。


「ずっと前に先生から聞いたわ。先生から継いだらしいわね」


 先生が俺に継いだって言ったのか。

 確かにシャルの出産の時にだいぶ仲良くなっていた。知っていてもおかしくはないか。

 

「……うん、技能も使えるから安心して」


「分かったわ。ちょっと待っていて」


 母さんは部屋を出て行く。

 まだグランは待っていてくれているだろうか。


「シャル、ありがとな」


「えへへへ」


 シャルの後押しのおかげみたいなものだと思っている。

 この子は、俺の見方をしてくれたのだ。


「ほら、サービスだ」


 俺はシャルに、技能で魔力を流してやる。


「ほわぁ……………」


 シャルの顔が緩む。可愛い、可愛いな。

 こういうところは昔から全然変わらない。


「ハルト」


 母さんが部屋に入ってきた。手には、おそらく普通よりも小さな剣を持っている。


「これは、父さんの短剣よ。あなたならもう使えるでしょう、持って行きなさい」


 そんなに魔物は出ないのに。

 心配性だなとも思うけど、その心配が嬉しい。


「ありがとう、母さん。行ってくる」


「行ってらっしゃい、無茶はしないでね」


「いってらっしゃーい!」


 母さんとシャルに送られて気合いを入れる。

 そうそう魔物が出ないとはいえ、何事も絶対は無い。

 家族に心配をかけない為にも気をつけよう。


「ハル、遅いよ。早く行こう」


 グランが待っていた。

 こいつの事だから、てっきり先に行ってしまったと思ったのに。


 しばらく走って村の端に着く。


「俺たちは二人で行動するからな、いいな」


「……うん、一緒にネコを見つけよ」


 グランは頷く。

 俺たちは森の中へ入って行く。

 森の中は整備などされていない。高く草が生えていて、大きな木々もたくさんある。

 気を抜くと簡単に村の方向が分からなくなりそうだ。


「ハァ、ハァ、ハァ」


 森に入ってから数十分。

 足場も安定せずに、草木で視界が悪いこの場所はただ歩くだけでも七歳の子供にはキツかった。

 俺は何年も鍛えてるから大丈夫だが、グランはだいぶ辛そうだ。


「グラン、一回休もう。体力削ってちゃ効率も下がる」


「……わかった」


 俺たちは比較的ひらけた所で座って休む。

 グランはたまたま持っていた水筒の水を飲む。俺は万が一の為に、周りの警戒をする。


「……ハルは疲れてないの?」


「俺、剣術じゃ負けっぱなしだけど、これでも一応しっかり鍛えてるんだ」


「そう。……ハルはすごいね」


 そう言ってすぐに、グランは用を足すと言って離れていった。


 俺は短剣を鞘から出してみる。


「うわぁ……」


 とても綺麗な剣身。父さんがちゃんと手入れをしているのだろう。

 使って血とか着いたら怒られそうだな。もしもの時は出来るだけ逃げることにしよう。


「グラン遅いな……」


 離れていってから五分以上経つ。

 用を足すだけでそんなに遠くへ行くとはあまり考えられない。


「あいつ、一人で探しに行きやがったか」


 休憩を促す俺が鬱陶しかったか。それとも、一人で見つけ出すと意地を張ったのか。

 どちらにせよただ待っているつもりはない。


 俺はグランの向かった方向に走り出した。

 もうかなり森の奥まで来た。

 流石にそろそろ魔物がいてもおかしくない領域だ。


「俺の思い過ごしで、実は休憩場所に戻って来たとか?」


 だとしたらむしろ俺が心配をかけている。

 一回戻ってみるか。


「ニャー」


「っ!ネコ!」


 今の鳴き声は間違いない。俺たちのネコだ。

 俺は鳴き声がした茂みの中に入って行く。


「あっ、ハル」


 グランがネコを抱いていた。

 こいつ、見つけたならなんで帰ってこないんだ。


「ハル、ほら、ネコ見つけたよ!すごいでしょ!」


 満面の笑みだ。達成感で満ち溢れているような顔だ。

 男のくせに愛嬌がある笑い方するやつだ。


「すごいすごい。すごいけど、なんですぐに戻ってこなかった?」


「いや、足挫いちゃって……」


 グランは自分の右足を指差す。


 まったく、仕方ないな。このままここにいても危ないだけだ。


「じゃあ肩貸してやるから、帰ろうぜ」


「ありがと。助かるよ」


 グランはそう言ってネコを抱き抱えたまま俺の肩に手を伸ばす。

 しかし、すぐにその手がある一点を指す。グランの顔は何かに怯えているようだった。


「ハ、ハル。あれって……」


「ん、なんだ?」


 俺は指差す先に視線を向ける。


「グフゥゥゥ」


「っっっ!!!」


 そこにはよく魔物最弱と言われる、ゴブリンがいた。

 たとえ魔物の中で最弱でも、当然人よりも強い。

 ましてや俺たちはまだ子供だ。成人男性よりはパワーのあるだろう魔物を相手にはしたくなかったが……。


「グラン、走れるか?」


「足が、痛くて……」


「そうか」


 グランだけ置いて逃げるか?

 否。それはあり得ない。

 俺の周りの人達だけは見捨てたくない。


 ゴブリンは俺たちに気づいたようだ。ゆっくりと歩いて向かってくる。

 俺は父さんの短剣を鞘から抜く。


「グラン、持っていてくれ」


 俺はグランに鞘を投げ渡し、グランから離れてゴブリンに石を投げつける。


「ほら、こっちだ!こっちに来い!」


「グフ、グウウウウ!」


 ゴブリンが勢いよく走ってくる。

 よし、グランじゃなくて俺が狙われた。

 俺は真っ直ぐにゴブリンに向けて短剣を構える。俺の体にはちょうどいい大きさだ。


「グゥゥゥ!!」


 ゴブリンが体当たりしてくる。速さはそこまでではない、よく見れば避けれる。

 問題がない、と思ったときだった。


 メシッ、メシメシ


「おいおい、マジか……」


 ゴブリンに体当たりされた木が折れてしまった。


「あんなの食らったら一撃で終わりだな」


 より集中する。

 ゴブリンがまた体当たりをしてくる。今度は避けながら斬りつける。


 ガキンッ


「硬っ!」


 まるで刃が通らなかった。おそらくは俺のパワー不足か。

 しかし短剣は無事だ。刃が欠けた様子はない。


 ゴブリンは木の棒を拾う。そしてそれを振り回してきた。


 バキッ!バキッ!


 棒を当てられた周囲の木々は倒されていく。

 あまり太い木ではないと言っても、あんな簡単に折っていくとはなんてパワーだ。

 これで全魔物中最弱とか、笑わせる。


 俺はとにかく、ゴブリンの攻撃から避ける。


「くっ!」


 このパワーでこうも振り回されては、避けるのだけでも一苦労だ。

 剣で防ぐことも満足にできやしない。


「グウオォォォ!」


「俺たちを餌にでもするつもりかよ……」


 ゴブリンは両手に棒を持って迫ってくる。しかも頑丈な棒を選んでやがる。

 気を抜けない。気を抜けばすぐにお陀仏だ。


「ふっ!」


 しっかりと確実に避けてゴブリンの腹に一閃。しかし切れ目すら入らない。

 腹でも駄目なのか。硬すぎる、どうすればいい。

 時間をかけ過ぎれば、きっと俺の体力が尽きて殺される。


「くそ、このままじゃ……」


 俺はチラリとグランを見る。

 このままじゃグランも一緒に殺されるだろう。


「グフゥ!」


「っっ!!」


 ゴブリンの鳴き声で、ゴブリンに目を向ける。


「ぐわぁぁぁ!!!」


 しかし戦闘中に一瞬でも目を離したリスクはあまりにも大きかった。

 ゴブリンが持っていた木の棒を投げてきていたのだ。

 幸い胴や頭には当たらなかったが、左腕に当たった。左腕に力が入らない。


「ハル!!!」


 俺の左腕が垂れているのを見てグランが叫ぶ。

 同時にゴブリンが、もう一本の棒を投げつけてくる。


「はぁ、くそっ!」


 俺はなんとか避ける。これでゴブリンの武器は無くなった。

 しかしどうにもならなかった。

 力が弱く、ゴブリンに刃が通らないというのに片腕が使えない。


 こんなところで、死ぬのだろうか。


(母さん、ごめん。大丈夫じゃなかったみたいだ)


 母さん、父さん、シャルのことを思い浮かべる。そこで母さんの言っていた言葉を思い出した。



『技能があるものね』



 っ!


 俺はゴブリンの体当たりから避ける。


「そうだ、俺にはこれがあるじゃないか」


 魔力操作の技能。

 そしてその技能の応用で使える力。


「いくぞ、身体強化!」


 体中の魔力を筋肉に“留める”。


「うぐぅぅ……」


 体中に痛みが走る。

 今まで部分的に強化することはあったが、全身一気に強化するのは初めてだ。

 しかし、もしものリスクなど気にしていられない。


「はあぁぁぁ!」


 地面を蹴る。

 今までとは段違いのスピードでゴブリンに向かっていく。


「グフゥゥ!?」


 ゴブリンは今までとの速さの緩急に驚いたようだ。

 一瞬、動きが止まった。


「ふっ!」


 片手で剣を振る。


「グオオォ!」


 よし、これなら斬れる。


 あたりに血が飛び散る。俺たち人間よりも薄黒い血だった。

 しかしまだだ。まだ浅い。


 すぐにゴブリンに向き直り、走る。しかしゴブリンは新しい木の棒を掴んでいた。

 俺が突っ込んだところを棒で横薙ぎにする。

 しかし、俺はそれよりも速い一撃を何度も経験している。


 強化された足で空中に跳び、避ける。


「はあぁぁぁぁぁ!!!」


 ゴブリンの背後に飛び降り、ガラ空きになっている脇腹を強く、深く斬った。


「グオォォォォ!!!」


 さっきとは比べ物にならない血が飛び散る。血が短剣に、俺に飛び散る。

 同時に俺の体から力が抜ける。技能の身体強化が切れたか。

 俺はゴブリンに目を向ける。


 ゴブリンはもう動かなかった。

 少しずつ、そのゴブリンの見た目にはあまりそぐわない、綺麗な青い粒子となって散っていった。


「先生が前に言ってたね。魔力から生まれる魔物は死んだら魔力に戻るって」


 緊張が解けたらしいグランは、以前の授業を思い出していた。

 しかし少し震え、足にはまだ力が入らないようだ。


 かくいう俺も、まともに頭が働いていない。初めての命をかけた戦闘、初めてのーーー。

 ーーー初めての殺しだ。


 しかし今、分かることは一つ。このままではまた別の魔物に襲われるかもしれないという事だった。

 そうなったら今度こそ終わりだ。

 もうまともに動ける様な状態じゃない。体中が痛くて力が入りづらい。


 俺はクタクタになった体に鞭打って、グランに肩を貸しながら村に戻ることにした。

 魔物とはいえ、初めて動物を殺した感触で震える手がグランにバレないようにしながら。

 その後、なんとか村に戻った俺たちはすぐに大人に叱られた。

 そしてすぐに俺たちの怪我に気付いた母さんに手当をされた。


 その後、顛末を聞いてすぐに俺のところに先生が来てくれた。

 あの時の先生の優しさは忘れられない。




「ハルトくん、大丈夫ですか?」


「大丈夫じゃないです。骨が折れてるみたいです」


 軽く冗談めかしながら腕を振る。先生が俺の腕を見る。

 無茶をしたことを怒られるだろうか。


 しかし先生は怒ることはなかった。

 先生は俺の頭に手を乗せて優しく撫でる。


「…………先生、俺、心まで子供のつもりはないです」


「そうですね。でも、私には今のハルトくんは怯えた子供のように見えます」


 先生は優しい声色で、まるで慰める様に話す。


「何を言ってるんですか」


「ハルトくん、無理しなくていいんですよ。私はあなたの教師ですから、生徒が何を思っていたって情けないなんて思いません」


 俺はつい、肩を震わせてしまった。


「……初めての殺しは、誰でも辛く、怖いものです。それでも友達の為にやり遂げたあなたは、とても立派で、誇りでーーー」


 先生は一度言葉を切る。

 そして俺に笑みを向け、撫でたまま優しく言った。


「ーーー頑張りましたね」


 俺はこの世界で生き返って初めて涙を流した。

「これが、ハルトくんが倒した魔物の魔石ですか……」


 私は森の中にいた。


 ハルトくんとグランくんの戦った魔物について、気になったからだ。


「……ふふっ、やっぱり」


 やはりハルトくんたちが倒した魔物はゴブリンではない。

 オークだ。


 上からS、A、B、C、D、Eに分けられる魔物の強さで、ゴブリンは当然Eランクだ。しかしオークのランクはD。

 ランクの差は、たった一つでも大きな差だ。


 魔石から、このオークはまだ子供だろう。それでも強さがDランクであるのは変わりない。


「驚くどころか、むしろこれを予想した私がいましたよ」


 たった七歳でDランクの魔物を倒す。

 どれだけ才能があれば、こんなことが出来るのだろう。


「いえ、才能じゃありませんね」


 確かにハルトくんには才能があるけど、そうじゃない。

 これは幼い頃からしていた、努力の賜物だろう。

 そういえばハルトくんもグランくんも、来年でスキルを得る。


「たとえ強くないスキルでも、あの子たちは努力し続けるのでしょうね」


 私はそんな教え子たちを誇りに思う。二人の教師を受け持って本当によかった。


「そう思わせてくれる、未来ある二人には感謝ですね」


 さて、それではーーー


「この魔石は私の食費の足しにさせてもらいますね」


 教師の仕事のご褒美としてね。



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