一章十九話 とある少女の物語⑤
帝都は王政だ。
同じ一族が代々皇帝となって帝都を収める。
当然、最高権力者は皇帝だ。そしてその妻、皇子たちという権力の順だ。
あくまでも大臣たちや有力貴族は皇帝に意見をするだけ。
平民に対してだけ偉く振る舞える程度。そうなると殆どの皇帝の一族は城下町には出てこない。
そして、平民を人とすら見ないこともある。
そのはずだったのに。
「こっち向けよ、獣」
なんでこんな所に帝都の第一皇子がいるのか。
まだ幼いが故に、少しでも機嫌を損ねればただじゃ済まないかもしれない。
主人であるトライヤには、特に面倒をかけてしまう。
私は大人しく皇子の方を向く。
「おっ!貴様、獣のくせに良い顔してるじゃん!」
「褒めていただけるなんて光栄です」
トライヤに迷惑をかけてはダメ。
なんとかしてこの状況を穏やかにやり過ごさないと。
皇子は私の態度にますます機嫌をよくしたようだ。
「俺知ってるぞ!お前獣人族ってやつだろ、大昔の戦争で負けて奴隷になった弱小種族!」
「……っ!」
危ない。危うく手が出てしまうところだった。
私が馬鹿にされるのはもう慣れた。
でもお兄ちゃん達を馬鹿にされるのは私にとってタブーだった。
でも今はトライヤの身を案じないと。
「お、皇子様、この子に何か御用でしょうか……」
トライヤは既に私の隣にいる。
緊張からか、汗がすごい。
「おお!お前がこの奴隷の主人か!」
「は、はい」
「そうかそうか、ふむふむ……」
皇子がジロジロと至近距離で私の顔、体を見てくる。気持ちが悪い。
でも笑顔を絶やしちゃいけない。
「ふむふむ、ふむ。決めたぞ!お前俺の奴隷になれ」
「えっ……?」
これは玉の輿を狙えるのだろうか。
……いや、冗談。
でも断り方によっては皇子の機嫌を損ねてしまう。そうすればトライヤの迷惑になる。
私は言葉を選ぶ。
「……皇子様、御申し出はうれーーー」
「この子の主人として断らせていただけます」
「だ、だめっ!」
トライヤがはっきりと断ってしまう。
どうしたんだ私のご主人様は!そんな断り方じゃ皇子の機嫌を損ねてしまう!
案の定、途端に皇子の顔が険しくなる。
「この俺の言う事を断ったのか。頼んでいるんじゃない、命令しているんだぞ!」
みるみるうちに顔が赤くなっていく。
逆にトライヤは今までの緊張がなくなってまっすぐに皇子を見ている。
だめだ、そんな態度………。
「なんであろうとこの子を手放したりなんかしません。ソラ、行こう」
「ちょ、トライヤ!」
トライヤは私の手を握って歩き出してしまった。
ダメだ、皇子は完全に怒った気がする。
私は勘違いであってほしいと願う。
私たちはそのままギルドまで走った。
皇子は追いかけてくる様子がない。とりあえず一安心。
「………ごめんよ、ソラ」
トライヤが頭を下げてくる。
周囲は、奴隷に頭を下げる主人の構図を見てざわめき始める。
「何で謝ってるかは分からないですけど……。トライヤ、こんな事しちゃって大丈夫なんですか?」
「大丈夫さ!最悪帝都から離れればいい。僕はもう帝都にとどまる理由がないから」
そう言ってトライヤは早くも馬車の予約を取りに受付へ行く。
少なくとも今日中は無理だろう。
そうは言っても……。帝都を出るって言ってもそう簡単じゃない。
お金だってたくさん必要だ。馬車代に移住代、旅の間の食費とか、もっとたくさんのことがある。
他の街に向かうのも大変だ。
でも……。
「ト、トライヤ……」
私はトライヤの服の布をつまむ。
顔を伏せてしまう。
「ありがとう、ございます……」
トライヤは一瞬驚いた顔をする。
でもすぐに嬉しそうに笑った。
「自分の娘を手放す親はいないよ」
「うん……ありがと」
正直怖かった。
私はトライヤと話して、体の震えを収めていった。
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「馬車は明日にでも乗れるらしいよ、王都行きだけど」
「よく予約取れましたね」
私たちは現在魔物の討伐依頼を受けて帝都外にいる。
帝都の周りには魔物がいっぱいいて、依頼もすぐに終わりそうだ。
「うん、運が良かったよ。どっかで“うん”でもつけてきたのかな」
「……………」
「あれ、伝わってない……?」
「……トライヤ、私、少しイラっとしました」
これでも心中穏やかじゃない。
これからどうなるかも不安だし、何よりトライヤは皇子に反感を買ってしまった。
トライヤの身に何かあったらと思うと、とても心配だ。
「……大丈夫だよ。明日には帝都から出るんだから」
「……………はい……」
トライヤが頭を撫でてくれる。
少し皺の入り始めた大きな手。とても安心できる。きっと大丈夫だと思えてくる。
お父さんとは違って力は弱いけど、それでも力強さを感じる。
そうだ。明日にはもう帝都にはいない。
皇子は皇帝の目を盗んで動いて、よく叱られてると聞く。
きっと今回もそうだ。
それならそんなに簡単に動けるような状態じゃないはず。
そう考えたら安心できてきた。
大丈夫
トライヤの言葉を思い返す。
問題ない。
今は目の前に集中しよう。
「ソラ……って速い!」
目の前に討伐対象の魔物。トライヤに良いところを見せちゃおう。
私は誇り高き獣人族。
今の私でもこんな魔物くらい簡単に倒せる。
「どうですか、私もなかなかやるでしょ」
「あ、あぁ。すごい……僕なんかよりも強いんじゃないのかな」
「はい、そうですね」
「えっ……」
トライヤは少し落ち込んでしまう。
だって正直私の方が強いし。私、獣人族だし。
「はぁ……いい歳したおっさんが情けない……」
トライヤが肩を落としている。その姿はとても年相応には見えない。
私は苦笑いをする。そして言いたかったことを言う。
「だから、何があってもトライヤの事は私が守ります」
奴隷が少し偉そうにしすぎただろうか。でも大丈夫、だってトライヤだから。
そしてやっぱりトライヤは笑う。
「それは心強いな。でも僕ももう少し強くなるよ」
「はい!」
そうして順調に指定された数の魔物を倒していった。
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「今日は早いな、トライヤ」
「ヤックもそう思うか!実はこの子のおかげでなーーー」
再びギルドにて。
討伐依頼をクリアしてきたので報告に来た。トライヤは今は受付の友人と話していた。
二人はとても仲ぎ良さそうに見えた。
少し……嫉妬する。
もちろん恋愛感情じゃない。
なんていうか……妹に親を取られたっていうような、大切なおもちゃを取られたというか。
そんな気持ち。
「そこで……な。トライヤ、馬車の予約のことで手続き取るから奥の部屋に来てくれ」
「分かった。ソラ、ここで待っていておくれ」
「はい、分かりました」
そう言って二人は奥へ行った。
最後に受付の人が私を見たような気がした。
なんだか受けたことのない感じの視線だったな……。
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トライヤがギルドの奥の部屋に行ってから、もう三十分ほど。
少し遅いな……。
「おい!テメェ、もしかして獣人族か!?」
ギルドにいた一人の冒険者にバレてしまう。
コートの被りが甘かった……。
「はい、ですが私にはもうご主人様がいます」
「そうか……くそ、惜しいなぁ。………嬢ちゃん、俺の所に来る気は……」
「ないです」
「そ、そうか。残念だ」
そう言って思ったよりも簡単に引き下がってくれた。
荒れた性格の人じゃなくてよかった。もう少し用心しなくちゃ。
それじゃあ、トライヤの様子を見に行こう。
途中でギルド職員の名簿のようなものを見つける。
確かトライヤと一緒に奥に行った人はヤックとか言った気がする。
「ヤック……あれ?」
他のほとんどの名前の欄には空白なのに、ヤックの欄だけ“帰”って書いてある。
あの人だけ先に帰っちゃったのだろうか。
すぐそこに一つの扉。
「トライヤー、入りますね」
私は扉を開けた。
赤。
部屋の中は真っ赤に染まっていた。
「………トラ……イヤ……?」
部屋の中央には剣で刺されて倒れているトライヤがいた。
「トライヤ、なんで……寝てるんですか……?早く、早く帰りましょう?」
トライヤを揺さぶる。
おかしいな、少しも動かない。
トライヤは寝起きが弱いからな。困ったご主人様だ。
「くくっ、くははっ!この俺に逆らうからこうなるんだ!ざまぁないな!」
部屋の隅の椅子に皇子が座っていた。その傍らにはさっきの受付の人。
手には赤く染まった剣を持っていた。
いや。
「トラ……イヤぁ……起きてよぉ………」
いやだ。
「なんで起きてくれないの………」
これじゃあまるで死んでるみたいーーー
「いやぁぁぁぁぁぁ!!!」
やだやだやだやだやだ!
なんで!なんでこんな事になったの!
いやだよ!
「うっ、ごほっ!」
「っ!トライヤ!」
トライヤが咳き込んだ。
生きてる。まだ生きてる!
「ソ、ソラ……」
「喋らないでください!今止血を……んっ!」
トライヤに口を押さえられる。
喋れない。
「ソラ……俺と出会ってくれてありがとう」
「んーーー!んんーーー!」
やめてよ、トライヤ。
「俺に安らぎをくれてありがとうな……」
目からはとめどなく涙が溢れてくる。なんで、そんな最期みたいなことを言うのかな。
もう、その目は焦点があっていなかった。
「幸せに……なって………」
トライヤの腕が落ちていく。
トライヤの目が閉じていく。
「トライヤ………?トライヤ、トライヤ様ぁ!」
なんで!
私のせい!?
わたしのせいなの!?
私のせいなんですか!
私が奴隷らしくしなかったから!?
私が獣人族だからですか!
心が崩れていく。
訳がわからない。
訳がわからないですよトライヤ様!
なんでこんな事にーーー
「お前のせいだ。お前が大人しく俺の奴隷になっていればこの平民は死なずに済んだ」
私のせい……。
私のせいでトライヤ様が死んだんですか。
「うぐっっっ!!!」
後頭部に強い衝撃が走る。
皇子が木の棒を持ってるのが見えた。
嫌だ。
私はもっと、トライヤ様と一緒にいたい。
ただそれだけなのにーーー
私はそのまま気を失った。
トライヤ様
大好きでした
トライヤの死はソラの心を砕きました。




