一章一話 ハルトであって晴人であると
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俺は……死んだのか……。
あれか、これは夢か?
それとも天国?
いや、今となっちゃどちらでもいいか……。
もう死んだんだから。
家族が死んでからは、つまらない人生だったな。
でも人を助けた結果死んだなら、それもまた本望かな……。
いや、そうでもねぇな。
もう少し楽しい人生を送りたかった……。
こんな事なら、早いうちに少しでも親孝行しとくべきだった。
母さんと父さん、悲しませたか……。
育ててくれてありがとう、くらいは言いたかった。
………………ん?
俺の両親はずっと昔に死んだ。
いや、でもさっきまで母さんと父さんと買い物してて……。
あれ?
記憶がごちゃごちゃだ。
まるで俺じゃない記憶が混ざってるみたいな……。
それに………眠くなってきた……。
何も………考えられなくなってくる………。
がまん、できない…………。
あぁ…………、次があるなら……、
たくさん楽しんで………両親の……手助けをたくさん、したい…な……。
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そこは地球とは別の、いわゆる「異世界」。
魔法があり、魔物が存在する。
獣人族、エルフ族、龍人族など人族以外の人間もいる、日本の一部の人たちにとって憧れと言える世界。
そんな世界の小さな村に、とある若夫婦がいた。
そして彼らには息子が一人いる。
迷子になり魔物に噛まれ死ぬはずが、奇跡的に一命を取り留めた三歳の子供だ。
その子は現在、村の教会にて治療を受けながら気持ちよさそうに寝息を立てていた。
ギシ……ガゴン!
「いっでぇ!」
ハルトは教会のベッドから転がり落ちる。
「ゔぐぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
頭から落ちたハルトは、不気味な声を上げながら数秒悶える。
満足いくまで唸ったハルトは、辺りを見回す。
「どこだ、ここは」
小さな部屋にベッドと椅子が一つ。
気持ちのいい風を入れる窓が一つ。
そこはカップラーメンのゴミが散乱した、ボロアパートの一室とは似ても似つかなかった。
(明らかに病院とかじゃないな。俺はどこにいるんだ?)
考えてみるが検討もつかない。
そもそも俺は死んだはずだ。
包丁で刺されて……いや、魔物に噛まれたんだっけか?
………………魔物?
ズキッ
「うっ……」
ハルトに頭痛が走る。
色々なことを思い出す。
ハルトは、二人分の人生の記憶があることに気付いた。
そしてなんとなくだが現状を理解しる。
俺がいるのは、地球とは別の世界にある「ヤノ村」という場所だ。
晴人は通り魔に刺されて死んだ。
ハルトは魔物に噛まれて死んだ。
そして目を覚ますと、二人分の記憶がある人間がいる。
もしかして今、随分と面白い状況なんじゃないだろうか。
「………ふむ、俺はハルトであって晴人であると」
日本では、一人でよく妄想していたハルト。
その影響か、極めて冷静に現状を推理する。
「魂ってのがあるとすると、あれか、死んだ二人の魂が結合してこの体に戻ってきた的な?意味分からんが、そうだとしておこう」
そんなことはどうでもいい!
大事なのは今!
死んだはずの人間が二人分の記憶を持って生き返っている、それが一番大切だ。
最後に願ったことは覚えてる。
楽しく生きる事と、両親の助けになる事。
それをきっと叶えながら生きていこう。
そして願わくば…………。
「魔法が使いたい!!!」
そう、魔法だ。
地球とは違って、この世界には魔法がある。
なら覚えない選択肢はあるだろうか。
いや、ない!!!
拳を天井に向けて突き出す。
誰だって一度は思うだろう。
「魔法が使ってみたい!」と。
むしろ日本人共通の夢だと、俺は信じている!
突き出した拳は喜びで震える。
拳だけではなく、体中の震えが止まらない。
魔法が使えるかもしれない。
そう思うだけで、大きく胸が高鳴る。
そうしていると扉の方から、カラーン、という何かを落とした音が聞こえた。
ハルトはすぐさまそちらを見る。
そこには二十代前半くらいに見える、美しい黒髪の女性が立っていた。
(さすがは異世界だな。)
地球ではそうは見かけないレベルの美人だった。
そんな事を思っていると、女性はフラフラとハルトに近づき、突然ハルトを抱きしめた。
「ハルト!あぁ、ハルト。無事で良かった。本当に良かったわ」
女性はハルトを、彼女の豊満な胸に強く押し当てる。
(え、えぇぇぇぇ!!!なんだこれは!どういう状態だ!?)
まさか生き返って早々、ヒロイン登場か!?
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と、そんなバカな事を考えていたがすぐに思い至った。
この女性は俺の母親だ。
俺はすぐに母との思い出を再認識、そこから生まれる愛情もちゃんと残っている。
その事に、まずは安堵する。
そして、ここまで心配をかけてしまった事に、とても申し訳なく思う。
俺が子供の好奇心に負けたばっかりに……。
今後、心配をかけないように心がけよう。
そう思ってると、母さんに頬を叩かれた。
痛みはほとんどない。
しかし、母さんの涙を流す姿と相まって心が痛む。
「母さん……」
「本当に心配をかけて……。絶対に、絶対にこんな事はもうしちゃいけないわよ!
今度こんなに心配かけたら母さん、本当に怒るからね!」
子供のように泣く母さん姿を見る。
本当にごめんなさい、母さん。
「ごめん……もう絶対に心配かけないよ」
「……………えぇ。分かった、許すわ。本当に無事で良かった……」
そうして母さんはより一層、涙を流す。
俺は母さんの背をしばらくさすっていた。
「ハルト!起きたのか!!……うおっ!」
しばらくして、勢いよく扉を開いて父さんが入ってきた。
父さんは、泣きじゃくる母さんを見て落ち着きを取り戻したように見える。
「……まぁ、ハルトが無事で良かった。多分母さんがもう言ったと思うから、俺は何も言わねぇよ」
「うん。心配かけてごめんなさい」
その言葉を聞いた父さんは、目を一度つむり、そして母さんをなだめる。
母さんの名前はメアリ、父さんはクラウだ。
ちなみにこの世界では、貴族しかファミリーネームを持ってはいけない。
平民がファミリーネームを名乗れば、即牢獄行きだ。
父さんはどんな時も基本的に冷静な人だ。
ここまで「できる」人は、俺は知らない。
しばらくして母さんが落ち着き、扉から教会のシスターが入ってきた。
シスターは村人から「先生」と呼ばれ、とても慕われている。
外見は十八歳前後くらいに見える。
長い銀髪が特徴だ。
「まずはハルトくん、無事で良かったです。とても危険な状態でした。今の状態が奇跡と言えるほどでしたからね」
先生は俺の頭を撫でる。
あぁ……、気持ちいい………。
おっと、いかんいかん。
寝るところだった。
「先生がハルトを助けてくれたのよ」
「あぁ、先生は魔物を倒してハルトを魔法で治療してくれたんだぞ」
「そんな大した事はしてませんよ」
先生は苦笑いをする。
そうなのか、意識を失う直前でもそんな感じだったからな。
「ありがとうございます、先生」
「……………………」
先生の顔は訝しむように、変わる。
「メアリさん、クラウさん。ハルトくんはもう一日だけ教会で面倒を見ます。
それと外もだいぶ暗いので、そろそろ帰られた方がいいと思います」
先生は窓の外に目をやり、帰宅を勧める。
「えっ、でもまだ少ししか……」
「治療も行うので、お願いします」
先生はそう言うが、母さんは食い下がる。
しかし父さんが先生の味方をした。
「まぁまぁ、ここは先生に任せて俺たちは帰ろう」
「父さんがそう言うなら……。先生、ハルトをお願いします」
「はい。ハルトくんは私が責任を持って回復させます」
そう言って母さんは、父さんに押され渋々と部屋を出て行った。
父さんは先生に挨拶をしてから、俺を見る。
「ハルト、先生に迷惑かけるなよ」
「うん。大丈夫だよ」
それを聞いて父さんも部屋から出る。
それにしても、出来るだけ子供っぽく話すのもなかなか大変だな。
体は子供、頭脳は大人っていう、どこかの名探偵さん状態だからな。
とりあえず母さんと父さんをちゃんと両親だと認識できていることに安心している。
母さんと父さんが帰ってしばらくすると、先生は俺の方を向き、目を見て言った。
「君は誰ですか?」