一章十八話 とある少女の物語④
「お前はここだ」
「………………」
私は汚い部屋の中央で放置された。
他の奴隷に囲まれた中央ということは、私をそれだけ高く売るつもりなんだと思う。
いやだ。お金がある人に良い印象はない。
今まで見てきたお金がある人は、みんな自己中な人ばかりだったから。
だからと言って逆らうことは出来ない。自分の運命を呪うことしかできない。
「あなた、今日十歳になった子?」
隣にいた人に尋ねられる。
間違いなく、この人も奴隷だ。
「はい」
「そう……大変ね。……辛い死に方したくないなら売られないようにしなさい。売られなかった奴隷は“処分”されるから」
「そうなんですか……」
「そっちの方がまともに死ねそうじゃない?」
「そう……ですね」
確かにそれが一番かもしれない。
同じ“死”なら苦しくない方を選びたい。
ここを歩いていく人を見ればわかる。薄い布をまとっただけの私達をジロジロと見てくる。
気持ち悪い。
こんな人たちに買われるなら死んだ方がマシだ。
私は客に対して常に威嚇をしていることに決めた。
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「あ、あの子を買いたいです」
三日後、私の努力の甲斐なくある男性に買われることになった。
威嚇を続けていたのに、その人だけは少しも気にした様子がなかった。
見た目は気の弱そうな四十過ぎの男性。身長もかなり低い。
でも気を許してはいけない。
獣人族である私を買うだけのお金を持っているような人物なのだから。
お金持ちなのだから。
「それではお客さん、これより契約を行います」
私を育ててきた奴隷商人と男性が話し合っていた。
男性は緊張した様子で。商人は高く売れたことを喜んでいた。
奴隷の契約とは、簡単に言えば奴隷が主人に逆らえなくする為のものだ。
最初に私に施された魔法と同じものだ。
商人の手が私の首にある刻印に触れる。
「隷属魔法。
主人“トライヤ”奴隷“ソラ”。禁“自殺”“反逆”」
商人は隷属魔法で私の契約を上書きする。
男性の名前はトライヤと言うのか。
そんなどうでもいいことを考えていた。
私はずっと心ここに在らずだった。
私はまともに死ぬことすら出来なかった。そう思っていた。
男性は商人にお金を渡し、説明を聞き終わったのだろう。私の元へ近づいてきて、私の目線までしゃがんで言った。
年齢の割におかしなほど、その笑顔は無邪気なものに見えた。
「こ、こんな僕ですが、どうかよろしくお願いします」
それは私の言葉だろう。思わずツッコミそうになった。
どうせだから聞いておこう。
「どうして私を買ったんですか」
まぁ、どうせ獣人族だからだろうけどーーー
「理由か、君が死んだ娘に似ていたからかな。あっ、それと………」
トライヤという男は一度区切って私の頭を見て目を細めた。
「とても綺麗な髪の毛に見惚れたから」
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あれから早くも一週間経った。
私の主人、トライヤは宿のベッドで寝ている。
この一週間でなんとなくこの人のことが分かってきた。
この人は今のご時世には珍しいほど真面目だ。友人に誘われて奴隷を買いに来た時、私を見つけたらしい。
私も最初こそ素っ気ない態度だったが、今ではもう友人のように接している。
トライヤは私に友人として接して欲しいと言ってきたのだ。
私もそっちの方が気が楽だし、当然承諾した。
ただ、トライヤが私を買った理由は死んだ娘さんと似ていたからだそうだ。
それなら娘として接した方がいいのかと思ったが、それは気に入らないようだ。
さて、そろそろ時間だ。
「トライヤ、時間です。ギルドに行きましょう」
敬語はもう癖になってしまった。
許してほしい。
「ん、あと五分………」
「何を聞き分けのないこと言ってるんですか。先行きますよ」
「わ、分かったから、ちょっと待ってよ」
トライヤはすぐに顔を洗って準備を整える。
トライヤはギルドに所属する冒険者だった。
かなり昔からやっているようで、私を買うのに貯金を全て使ってしまったと言っていた。
だから私も手伝ってちゃんとお金を稼がなくては。
「ま、待っておくれよ、ソラ」
トライヤは私の後ろをついてくる。
時々どちらが主人か分からなくなるけど、それも気にはならなくなっていた。
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「今日は討伐依頼をするつもりなんだ、どうかな」
トライヤと私は帝都の街中を歩いていた。
ギルドに向かっている。
「いいと思います」
「でもソラみたいな小さな子には大変じゃないかな」
その言葉に少しムッとする。
「確かに私はまだ小さいですけど、私だって獣人族なんですからね!そうそうやられません!」
「そ、そうだね、ごめん」
私の少し怒った様子にたじろぐ。
仮にもご主人様なのだからしゃんとしてほしい。
それに中年男性が幼い子に強く言われてる光景は滑稽にすら見える気がする。
と、歩いていると良い香りがする。
この香りは……お肉かな。
「ソラ、肉が食べたいのかい?」
「い、いえ!そんなことないですよ!」
帝都にはたくさんの出店がある。
そのうちの一つに焼いたお肉を売ってる店があった。
私はついジッと見てしまっていた。
「肉二人分、ください」
「………あいよ」
無口そうな店主さんは肉をさらに焼き始める。
はぁ、こういう時はトライヤに何を言って聞かない。
奴隷がお金の心配をするのは少しおこがましいかな。
店員はすぐに二人分のお肉を用意してくれた。
「……二人分」
「ありがとう」
渡されたお肉をトライヤが受け取る。
トライヤが振り返る。娘に好きなものをあげるとような嬉しそうな顔だ。
まったく、そんな顔されたらお金の話なんて出来ない。
「ほら、ソラ、いらないのかい?」
「……ありがとうございます。いただきます」
ま、まあ受け取らないのも失礼だし。
トライヤも食べていることだし、私も頂く。
「美味しい……」
奴隷商ではずっと残飯しか食べさせてもらえなかったから。
自然と頰が緩んでしまーーー
はっとする。トライヤがニヤニヤしていた。
つい顔が熱くなってしまう。
こういう時は聞かなかったふりしてくれたらいいのに!
まったく、失礼な人だ。
「ちょっ、ソラ!」
私はトライヤを置いて先に歩く。ちょっと奴隷がすることじゃない気がする。
でもトライヤは少しも気にしないだろう。
まったく、私も良いご主人様と巡り会えたものだ。まあ、もちろん文句を言いたいところはあるけど。
私は振り返る。トライヤが焦って人混みの中を走ってくる。
その姿がおもしろい。しかし少し焦りすぎじゃないだろうか。
まるで何か危険が迫っているような。
その理由はすぐに分かった。
「こんな所に獣がいるぞ!」
背後から馬鹿にするような声が聞こえた。




