一章十六話 先生が、なんだかSだ!
「え……何言ってるんですか……?」
思わず聞き返してしまう。
何かの聞き間違いだろうか。
「今のままなら、ハルトくんは魔法が使えないかもしれません」
もう一度、先生は言い方を変えて言う。心臓がうるさいほど鳴っている。
何を間違えた?いや、間違えてはない。
しかし魔法が使えないかもしれないだなんて、俺にとっては一大事だ。
どうすればいい、どうすれば魔法が使えるんだ。
………………いや、先生は今のままなら、と言った。
どうにかなるのかもしれないし、それにまだ理由も聞いてない。
「……なんでそう言えるんですか」
思わず責めるような言い方になってしまった。しかし先生は気にした様子はない。
「ハルトくんの魔力量が常人より大分少ないのです。ですから、今のままならまともに魔法は使えないかもしれません」
魔力量が少ない。
それはどうにもならないんじゃないのか?
「しかしまだハルトくんの体は五歳です。魔力は成長と共に増えていくものなので、はっきりとは言えません」
そうだ、そんな事を言っていた気がする。
それに、成長する途中で一気に増える事もあるとも言っていた。
「まだ諦める事じゃない、ですよね」
「はい、必ず努力すれば何かしら効果は出てきますよ。それに、ハルトくんは魔法じゃなくても技能を会得してるじゃないですか」
ドキリとする。
母さんの出産の時から何も言われなかったから気付かれていないと思っていたんだが。
やっぱり気づかれていたのか。
「……気づいてたんですね」
「もちろんです。私はこれでも魔法系に関してはそれなりなんですからね」
別に舐めていたわけではない。
何も言わないから、もしや、と思ってただけだ。
「黙っていて、すみません」
「いいですよ、私に気を使ったのでしょう?時間をかけて呑み込んだので大丈夫です」
やはり気にしていたようだ。
そもそも簡単には信じれない事だったのだろう。歴史上でも四人しかできなかった事を、五歳児がやっていたのだから。
俺が史上五人目の技能使いなんて、俺自身信じれない部分がある。
「大丈夫だとは思いますが、例え魔法が使えなくても技能が使えれば結構色々出来るのですよ」
それは一応分かってはいるが……。
「私と同じ技能のようですし、今日の授業は技能を教えましょうか。……………はぁ、私と同じか……」
「最後聞こえませんでした」
「聞かなくていいです」
先生が落ち込んでしまった。
と思ったら気合いを入れるようにしてから、ニコニコし始めた。
少し怖いけど面白いな。
シシル先生百面相。
「ハルトくんは今、技能で何が出来るんですか?」
「流して人を気持ちよくさせたり、疲れをとったりです。あと、自分の魔力の流れを早めて体温を上げたりできます」
あれは、まるで血の流れが早くなるような感じなのだ。
実はアレ、かなり気分が悪い。
「自力でそこまでなら気持ち悪いですね。もういい加減私も怒りますよ」
「なんでですか!?」
理不尽すぎる!
俺は聞かれた事を素直に答えただけなのに。
「まぁ、いいです。魔力を流す事について、私がハルトくんにやった様に痛くはできますか?」
「いえ、出来ません」
「おそらくは単純にその感覚が掴めてないのでしょう。寝てください、私が手本を見せます」
えっ、またアレを味わうのか!?
嫌だ、と言おうとした。けど先生は有無を言わせない感じだ。
少し強引に寝かせられる。
相手が少女の様な体でも俺は五歳、どうにもならない。
「いきます」
「えっ、待って………いだだだだだ!!!」
俺の制止を聞かずに始める先生。
な、なんだか先生が非常にご機嫌斜めなのだが!
「いだい!いだあぁぁ!!」
やっぱり痛ずぎる、キツすぎる。
前ほどではない、一応先生も加減しているのだろう。
「ほらほら、叫んでないで感覚掴んでみせなさいよ、天才くん」
「っ!!??」
先生が、なんだかSだ!
それに少し私怨が入っている気がする、いや、間違いなく入ってる!
くっそ、こうなったら何がなんでも感覚掴んでやる。
痛みなんか知ったことか!
よく、よく感じろ。俺と先生とで何が違う。荒れる意識を気合いで先生の手に向ける。
………全く分からない。
ならば俺の魔力を先生に流してやる。
きっとそれでどう流しているのかは分かるだろう。
「ぐうぅぅぅぅ……」
「えっ、ハルトくん、こんな状態でそんなことが出来るんですか……。やっぱり凄いです、嫉妬します」
嫉妬するとは言っても痛みを強くしないあたり、少しだけ優しさを感じるな。
………………見えた。
「うぅぅぅっ!先生、もう分かりました!分かったから止めて下さい!」
「……私は何も聞こえません」
なんだと!絶対聞こえてるだろ!
前言撤回。
今の先生に優しさなんて存在しなかった。
結局その後も一分間はずっと続けられた。
あの痛みの中の一分間は尋常じゃなく、長く感じられた。
………まったく……。
「それで、本当に感覚が掴めたのですか?」
「はい、手を出してくれればやってみせますよ」
「……ふっ、どうぞ。やってみて下さい」
先生は白い手を出す。うん、おそらくちゃんとご飯を食べてないな。
それほど色白だ。なんだか可哀想になってくるな。
俺は先生の手を握る。
「それではいきます」
「どうぞ」
俺は間違いなく俺と先生の違いを理解したつもりだ。余裕綽々の先生にお返しをしてやろう。
俺は満を辞して先生に魔力を流した。
「いだだだだだ!!!」
なんで!?
俺の手が、痛い!
俺は魔力を流すのをやめる。
「魔力を流されるのを、自分の魔力で抵抗したのですよ」
その手があったからあんなに余裕でいたのか。
しかし、さすがは先生だ。どうしたって俺の何歩も先にいる人だ。
それでこそ俺の目標の人だ。
「でも、分かりました。確かにハルトくんは出力の上げ方を理解したようですね」
俺を手玉にとってスッキリしたのか、少し機嫌が直ったようだ。
そしてすぐに先生は不思議そうな顔をする。
「魔力の出力も弱かったのに、出産の時は何をしたのですか?」
俺が先生にバレた時のことか。
「分かりません。俺もガムシャラだったから覚えてないんです」
「なるほど、そういう事もあります。魔力、魔法、すきるなんかはなんとなく分かる、といった感覚で制御しているところもありますしね」
確かに、技能を覚えた時もなんとなくで色々なやり方が分かった気がする。
魔法やスキルに関してもそうなのか。
「でもハルトくん、もしも何かあったらどうするつもりだったのですか。あの時は良い方向に転びましたが、今後はしないようにして下さい」
「はい、すみませんでした」
俺自身、そのことは考えていたため素直に謝る。
先生は怒る事はない。
ただ、間違えたことをするなら何がなんでも正そうとする人なのだ。今回もそのようだ。
先生は頭を下げた俺の肩を叩く。
「よし、それでは次に身体強化について教えましょうか」
「はい、お願いします」
この一つの謝罪だけで許してくれるのは少し嬉しく感じる。
俺のことを信じてくれているような気がして。
さて、切り替えて次の話だ。
技能による身体能力の強化。
俺も考えなかったわけではない。
体中に魔力が巡っていて、魔力操作の技能でこれだけ色々なことができるのだ。
もしかしたら出来るんじゃないか、くらいには思っていた。
「これはその名の通り、技能で身体能力を上げる技術です。ハルトくんならこれの可能性にも気付いていたのではないですか?」
先生はだんだんと俺を過大評価し過ぎてきている気がする。
しかし、まぁーーー
「確かに出来るかもとは思ってました。でもそれだけは全然出来なくて………」
「そうでしょうね。これは他の技術とは種類が違います」
どういうことだろう。
これも魔力操作の技能で出来るのだろうに。
「ハルトくんの今の技能の使い方は一つだけ。魔力を“流す”だけです。でも身体強化はそれでは出来ません」
確かに俺は他人に魔力を流したり、魔力の流れを早めたりするだけだ。
それ以外の使い方なんて気にしたこともない。
一体どうすればいいのだろうか。
「魔力操作の技能には大きく分けて三つの使い方があります。ハルトくん、なんだか当ててみてください」
「よく分かりません」
「なんとなく、直感でいいですから」
そうは言われても難しい。俺は今までそんなに深く考えてみたことがなかったからだ。
しかし何かは答えなくてはいけない雰囲気だ。
仕方がない。
「魔力を流す。あとは…………止める……?」
“流す”なら逆の“止める”もあるのではないだろうか。
もう一つは何も思い浮かばない。
許してもらおう。
「近いです。答えは“流す”、“留める”、“放出する”、です」
止める、ではなく留めるか。
おしいような、おしくないような。
「身体強化に必要なのは“留める”です。ハルトくんなら、そのやり方があると分かれば出来るんじゃないですか?」
先生が少し挑発するような言い方をする。俺、先生の気にさわること言ったのだろうか。
しかしその挑発、買ってやろう。なんとなくだが感覚は分かる。
先生も「出来るかもしれない」とは少しでも思っているから言ってるのだろう。
「じゃあやってみますね」
「どうぞ」
深呼吸をする。
やってみせるとは言っても、初めての経験だ。もしかしたら出来ないかもしれない。
感じている感覚は間違いなのかもしれない。
でも魔法が使えないらしい俺にとって、こういう一つ一つのものが大切だ。
できれば自力で出来るようになりたい。
体中の魔力の流れを意識する。
いつも、よく感じる感覚。今まではそれを強くするだけだった。
留めるにはどうすればいい。流れを塞きとめればいいのか?
しかし先生はワザワザ“止める”を“留める”に言い換えていた。
俺はイメージをする。
思い描いたのは小川。
水の流れ全てを塞き止めるのではない。
水の中に袋を入れ、溜める感じ。
そう、“流れる魔力の一部を溜める”。
ドクンッ
「………はぁ、やっぱり天才むかつきます」
先生は呆れ顔で俺を見る。
しかしその瞳の奥には少しの喜びが見えるのは、俺の希望的妄想だろうか。
俺は自力で技能による身体強化を成功させた。
少しの達成感を得る。先生のサポート無しで新たな能力を得れた。
が、しかしーーー
「これはかなり強力ですけど、あまり自惚れないようにしてくださいね」
「………………………」
「魔法による強化の方が出力が高いですし、やっぱり魔物には及びませんし、デメリットだって……ハルトくん?」
「………………………」
俺は強化されてるであろう状態を維持している。この感覚を刻み込みたいから。
しかしおかしい。すごく体が痛い。
「ハルトくん、一回切りなさい」
「……………っ、はい」
俺は技能を止める。
まるでひどい筋肉痛のような痛みがあった。
「これは魔力を使わなくてもいい分、魔法とは違って体に負荷がかかります。さっきのハルトくんは必要以上に負荷をかけすぎた状態ですね」
なるほど。
あんまり無理しすぎると筋肉が切れたりしそうだな。
しかしなるほど、なんとか分かってきた。
・魔法より出力は弱い
・魔力の消費はなし。
・体への負担があり、加減の調整が必要。
こんなところだろう。
調整はどうにでもなる。それに魔力の消費がゼロなのは大きい。
しっかり調整出来ればいくらでも使えるかもしれない。
これなら魔法が使えなくても強くなれるかもしれない。
それにただの強さだけじゃない。これなら肉体労働も人よりとても有利だ。
「先生……ありがとうございます」
俺は素直に礼を言う。もともと、技能の習得も先生のおかげのようなものだ。
先生には本当にお世話になっている。
先生は少し驚いたような顔をする。
そして少しバツの悪そうな顔、最後に嬉しそうな顔をした。
「……いえ、ハルトくんだから出来たことです。それに私は大したことはしてません」
「先生がそう思っていても、俺は先生のおかげだと思っているので」
先生は少し照れたように顔を背けた。
そういえば俺がまともに礼を言ったのは初めてかもしれない。
俺、もう少しだけ素直な人間になろう。
「そ、そんなことよりもう外も暗くなってきましたよ。帰った方がいいんじゃないですか?」
「あ、はい。帰ります」
早く帰りなさい、と背中を押される。すぐに教会から出されてしまった。
確かに外は暗くなり始めていた。
「先生あんなに感謝された事ありそうなのに、感謝されるの苦手なのか……」
俺は容姿の年齢と同じようなの行動が見れて満足だ。
俺は魔法があまり使えない。本当にそうだとしても、俺には技能もある。いや、技能が無くても問題ないだろう。
なぜなら努力は実ると、そう信じているから。
・
・
・
・
・
ハルトくんが教会から出て行く。
昔から感謝の言葉を言われるのが苦手だ。予想できてれば問題ないが、不意打ちはつい動揺してしまう。
恥ずかしいところを見られてしまった。
しかし私は彼ほど才能のある子供を見たことがない。
おそらく技能を身につけたのは、私がハルトくんに魔力を流したあの日。
三歳で技能を会得するなんて普通はありえない。
日本という国の記憶があるから?
いや、それは関係ない気がする。
魔法だって、実際は魔力量が足りないからなんかじゃない。
ハルトくんの魔力回路の違和感は呪い、もしくは封印の類だろう。
私はメアリさん達から口止めをされ、本来ある魔力の一部しか使えないだろハルトくんには、あのように言うしかなかった。
私はきっといつか、あれがどうにかなるのを願う。
それにしても……
(身体強化まで一日で出来るとか……天才すぎますよーーー!!!)
自力でどんどんと千二百年生きてきた私に追いつこうとしてくる教え子を思い浮かべる。
教え子が成長していくのは嬉しい。嬉しいのだが。
なんとも言えないこの感覚。
彼の才能に少し嫉妬してしまう。そして落ち込んでしまう。
数少ない自信がどんどんと消えてゆく、今日この頃です。




