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一章十三話 とある少女の物語①



 ヤノ村とは違う地。


 現在、獣人族が住んでいる数少ない集落。


 彼らはその地を『フィーロ』と呼んでいた。


 フィーロは他では見られない様な綺麗な水源があった。

 聖なる魔力を宿すその水源の水を使った治療薬は、とても高い効果をもたらすことで有名だ。


 その水は、小さな川のようになってフィーロ中に行き渡っている。

 幼い頃からその水を飲んでいるフィーロの獣人たちは、強力な魔力を持つ。


 その魔力と高い運動能力から狙われる事もあったが、ここ数年は英雄ガロウのおかげで攫われる事はなくなっていた。


 晴人が異世界に転生した頃、この地でもある事件が起きていた。

 英雄と呼ばれる獣人族、ガロウには二人の子供がいた。


 兄シロウと、妹のソラである。




「まだまだ!それでソラを守れるのか!」


「くっそ………はあ!!!」


 フィーロで一番大きな家の庭。

 そこでは十歳くらいの子供とその父らしき大人の獣人が模擬戦を行なっていた。


 シロウが拳で打っても爪で裂いても、避け続ける大人はこの集落の英雄、ガロウだ。


 シロウの動きは十歳とは見えないほど速かった。

 ガロウは両脚に重りを付けている。それでもその猛攻を、喋りながら避け続ける。


「早く攻撃当てねぇと、ソアラの手作りおやつは抜きだぞ!」


「くっ……そぉ……!」


 ソアラとはガロウの妻、シロウとソラの母親である。


 もはやシロウの動きに精細さは無い。

 体力がなくなり、とにかくガムシャラに攻撃しているだけだ。

 母さんのおやつは食べてやる、と意気込んで。


「ふっ、はぁ!」


 シロウは空中で蹴りを放ち、間髪入れずにニ撃目を繰り出す。

 彼の今日一番の最速コンボだった、が。


「うおっと」


 少しだけ驚いた、程度のリアクションで軽く避けるガロウ。

 シロウは今日一番の攻撃を躱され、動揺する。その動揺が命取りだった。


「今日はなかなか良かった……ぞ!」


 ガロウはシロウの拳を避け懐に入って一発打ち込む。

 鳩尾だ。


「カハッ……!」


 シロウは綺麗に吹っ飛ぶ。

 実はこれ、見た目は派手だが怪我はしない。英雄とまで呼ばれたガロウの技術によるものだ。


「……!…………っ!」


 シロウは息ができずに涙目でいる。

 その目には涙と、またやられたという悔しさが写っていた。


「今日は惜しかったぞ。腕を上げたな」


 ガロウはさっきまでとは違い、父親の顔で言葉をかける。


「っ、はぁはぁ。くそぉ、母さんのおやつが……」


 今までに何回逃したことか。


「おにいちゃーん!おとうさーん!」


 シロウ女の子にして小さくしてみた様な、可愛らしい女の子が走ってくる。

 ソラだ。


「おとうさん!おにいちゃんをイジメたらいけないんだよ!」


「いや、イジメてた訳ではなくてだな……」


「いいわけは聞きません!ちゃんとあやまって!」


 言い訳は聞きません。ソアラがよく言う言葉だ。

 ガロウは娘の言葉にタジタジだ。


「いや、そのだなぁ……。シロウ!お前から言ってくれ!」


 ガロウはシロウに助けを求める。英雄と呼ばれた男も、愛娘には弱いようだ。


(……空腹)


(……仕方ねぇ、今日はおやつを食ってよし!)


(……それだけ?)


(は?……な、まさかお前……)


 シロウはニヤッとあやしく笑う。

 ソアラはみんなの分のおやつを作ってくれる。シロウはガロウの分も食べるつもりだ。


(それはダメだ!)


(……さて、父さんにイジメられたって言おうかな)


(くっ、お前…………今日は俺の分も食べろ)


 愛娘に悪く言われる方が辛かったようだ。ガロウは悩んだ末に今日のおやつは諦めることにした。


(ニヤ)


(くそぉぉ!)


 父の威厳なんての無くなった。

 ガロウは心の中で涙を流す気持ちだった。


「ソラ、俺はイジメられてたんじゃなくて鍛えてもらってたんだよ」


「そうなの?」


「そうだよ。そういえば父さんがソラにおやつを半分くれるって言ってたぞ」


「本当!?父さん!」


 ガロウの心は血の涙を流していた。そこにソラの笑顔は最高の癒しだ。

 ガロウは思わず頰が緩む。


「おう、本当だぞ」


「やった!おとうさん大好き!」


 ソラはガロウに抱きつく。汗など気にしない。

 ガロウは遂に人には見せられない顔になってしまう。


(ニヤ)


(笑うんじゃねぇ!)




 それはいつもの日常の風景だった。

 英雄ガロウが集落に住み始めてから守られていた日常、幸せ。

 昔から冒険者として、戦いの中に身を置いてきたガロウにとっても初めての幸せな日々だった。


 だからこそ、ガロウは浮かれていた。


 そんな幸せな日々を壊そうとするモノが、すぐそこに迫っていることにも気づけない程に。



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