プロローグ
お世辞にも綺麗とは言えない、だいぶ古くなったアパートの一室。電気もつけられていない部屋で男が一人、飽きもせずに何時間もパソコンをいじっていた。
カップラーメンのゴミが散らばった部屋からは、住人の不健康さがうかがえる。
放置されている紙には、彼の名前が『晴人』とだけ書かれている。
親が交通事故で死に、大学を中退した二十一歳の男はバイトとネットゲームをするだけの生活を送っていた。
間違いのない様に言っておくが、彼は気持ちを腐らせているわけではない。ただ多少、無気力になっているだけだ。
バイト先でも礼儀の良い青年として通っており、バイト仲間からよく慕われている。
「暇だな……」
それでもやりたい事がない晴人は、しばらく楽しいと感じれることがなかった。
暇つぶしにやっているネットのRPGも、時間がありあまっている晴人は既にトッププレイヤーとなり、やる事が無くなっていた。
そろそろ何か新しい事を始めようか、そう晴人は考え始めていた頃だった。
そろそろバイトの時間だ。暗い部屋の中、晴人は着替え始めた。
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そこは地球とは違う世界。
地球とは違い、魔法があり魔法が文明の中心となっている世界。魔物が存在し、人の命がとても軽い世界。
そんな世界の小さな村に、一組の若夫婦とその子どもがいた。
「お母さん!お父さん!こっちこっち!はやくー!」
年相応にはしゃぎ、走り回る三歳の男の子がいた。
「ハルトー!あんまり走るとすぐ疲れるぞ!」
「元気ねぇ」
愛らしい息子の後ろを歩く父と母。
父親は筋肉質でいかつい顔をしている。しかしその実、家族にはとても優しい男だと村人たちは知っている。
母親はニコニコと我が息子の姿を眺める。
とても美人で面倒見が良い彼女は、とても慕われる存在だ。実は少しお茶目な性格だとも知られている。
冬に備え可能な限り食料を買おうと家族三人での買い物兼、散歩という名目で出ていた。
「お母さん!あれ何!?」
父に肩車されたハルトは、地球で言うトマトの様な形をした食物を指差して母に訊く。
「あれはトマトって言うお野菜よ。とっても美味しくて体にいいの」
「あのお人形さんは!?」
「あれはお人形じゃなくて魔物よ。ファイアウルフっていって、食べるととても力がつくのよ」
「あの紫色のシマシマのキノコは!?」
母はニヤリと笑いハルトに答える。
「あれはとっても美味しいのよ」
「へぇー!そうなんだ!」
トテトテとキノコに近づくハルト。
「待て待て、ハルト。それは毒入りだぞ」
「えっ!?そうなの!?」
慌てて父はハルトを止める。
ハルトはビクビクしながらキノコから離れていく。
「母さんも何教えてるんだよ……。ヒヤヒヤもんだぜ」
ハルトの母は、だって…と呟き、
「我が子が素直すぎて可愛いのがいけないのよ!」
「反省しろよ、まったく……」
そう言いつつ微笑んでいる父。
ハルトは、ちょうど色々なものに興味が出てくるお年頃なのだ。そして時々、母はそんなハルトをこうして愛でている。それを止めるのは父の役目だ。
ハルトのマシンガンの様な質問に答えながら息子を愛でる母と、荷物持ちとハルトの肩車をした父。
これでも、とても幸せオーラ溢れる家族だ。
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晴人はバイトをしていた。飲食店でのバイトだ。
料理ができなく、接待も苦手な晴人は基本皿洗いと雑用だ。
「おう、晴人早いな。相変わらず生気のない顔だ、やる気出せ」
「うっせ、余計なお世話だっての」
晴人が掃除をしてる中、店に入って来たバイト仲間。晴人が始める前からやっている、いわば先輩だ。しかし二人の関係性は普通の友達のようだ。
「この間のクエスト俺だけじゃ、全然クリアできねぇ。難易度高すぎる!」
「あー、じゃあ俺今日手伝うわ」
「おっ!ありがてぇ。天下の晴人様が手伝ってくれたら、百人力だぜ!」
お互いがやってるゲームの話で盛り上がる二人。特別仲が良いわけではない。バイトとゲームだけの繋がり。
それだけだからこそ、晴人は気楽に話せる。
ガチャ
この店でリーダー的存在の先輩が入ってきた。
「喋ってんじゃねぇ。開店するぞ」
「「うぃーす」」
気の入ってない返事で返す。いつも通りの日常だった。
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「ハルト、お母さん達は少し用があるからここにいてね」
「わかった!」
そう言ってハルトの両親は店に入っていく。
「まずは野菜ね。冬になったら野菜なんて自力じゃ採れないのよ」
「おう、分かってる」
村で一番大きな野菜売り場に入った二人。様々な種類の野菜を見ながら、どんどん取っていく。
「ハルトが好き嫌いしないように、いろんな野菜を食べさせた方がいいんじゃないか?」
「分かってるわ。それに同じ食材ばかりじゃ飽きちゃうしね」
言った通り、たくさんの種類の野菜を取る二人。二人は特に栄養価の高い野菜を特に選ぶ。
「ハルトも成長に大切な時期だし、この子の為にも母さんもちゃんと食べないとな」
父は母のお腹に目を向けて、そう言った。
実はハルトの母は現在妊娠中だ。男か女かはまだ分からない。しかし確かに母のお腹の中には、新しい命が芽生えていた。
「肉は俺が狩りに行けばいいから、金はほとんど野菜に使ってもらっていいぞ」
「じゃあ、父さんには頑張ってもらうわよ」
そう言い二人は笑う。
大量の野菜を買い終えた母は一足先に、ハルトの元へ向かう。
しかし……。
「ハルト……?」
そこにハルトの姿はなかった。
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「お疲れ様です。お先に失礼しまーす」
バイトを終えた晴人は、店を出た。
この辺りは人通りがあまり多くない。今の晴人にとってはありがたい事だった。
夕食を買う為にコンビニへ向かう。少ない街灯の光だけの道は、毎度少し心細い。この時間に女性が一人で歩くのは、明らかにやめた方がよさそうな道だ。
コンビニに着き、夕食を選ぶ。
「……久しぶりに弁当食うか……。うわぁ、高いな。カップ麺なら百数円なのに……」
結局カップ麺最強、と考え晴人はカップラーメンを三つと、ポカリを三つ買う。
「ありがとうございましたぁ」
コンビニ店員は気のない言葉で晴人を送り出す。
「この後はカップ麺食ってゲームして……寝るか。風呂は明日でーーー」
「きゃあああ!!!」
突然女性の叫び声がする。
晴人は驚いてそちらに目を向けると、包丁を振り回す男と、逃げる女性がいた。しかし明らかに男の方が早い。すぐに捕まるだろう。捕まればどうなるかは明らかだ。
晴人には決めていることがあった。それは「人の助けになる」ことだ。
家族を失った晴人が願った事は、そう出来る人間になる事だった。自分以外に大切な人を失う気持ちを味わせたくなかったのだ。
そんな晴人は迷わず女性を助けに走り出す。女性と男の間に飛び出る晴人。
「どけぇぇぇ!!!」
明らかに普通でない男は、晴人を包丁で刺す。
晴人は歯を食いしばり、男のこめかみを力の限り殴る。火事場の馬鹿力か、当たりどころが悪かったのか、男はその一撃で気を失う。
しかし晴人からは、ドクドクと血が流れていった。
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「ハルトー!どこだぁーーー!!」
「ハルトー、返事してちょうだい!」
「ハルちゃーん!どこだーい!」
姿をくらましたハルトを、村の人たちも協力して探していた。かれこれ一時間は探していたが見つからない。
「まさか誘拐とか……」
「きっと大丈夫だ。だから今は頑張ってハルトを探そう」
ひどく狼狽している母を父が慰める。しかし父の心中も穏やかではなかった。
(ハルト……無事でいてくれよ)
その頃、ハルトは村の側の森の中で迷っていた。
「うえぇぇぇん!かあさぁーん!とうさぁーん!」
泣き泣き歩くハルト。
禁止されるほど、したくなってしまうものだ。両親に森に入ってはいけないと言われていた。しかしハルトの好奇心は両親の言いつけより強く、両親の目が離れた隙に森に入り、迷ってしまったのだ。
「うえぇぇぇん!!!」
ハルトは大声で泣く。
しかし村からはだいぶ離れてしまい、聞こえない。そしてその大きな声は魔物を呼び寄せてしまう。
「ヴヴヴゥゥゥゥ……」
ハルトは、ファイアウルフという魔物に見つかってしまう。
「ヴアァァァ!!!」
そしてファイアウルフは、容赦なくハルトに噛みついた。
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血が流れ、体が冷えていく晴人はおぼろげながら自分が死に行くのを感じ取る。
(死ぬのか……まあ、それもまた一興……かな?)
そんな事を考える。
薄れていく意識の中で、襲われていた女性の声と、救急車のサイレンが聞こえた。
(あの女の人は無事だったんだな……良かった。………もしも次があるなら……もっとーーー)
そこで晴人の意識は途切れた。
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幼いハルトはその一噛みだけで致命傷だった。意識を失い、小さな体からは血が溢れ出る。
「火矢!」
そんな言葉と共に、ファイアウルフに火の矢が突き刺さり絶命する。意識を失ったハルトの元に、銀髪の少女が走り寄る。
「ハルトくん!……くっ、出血が多すぎる……」
少女は急いで止血するが、それも意味をなさずに幼い命は失われた。
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別世界で同時刻に亡くなった二人は思った。
晴人は「今度こそ楽しく生きたい」と願い、幼いハルトは「両親の助けになりたかった」と、三歳らしくない後悔をした。
この二人の思いはこの先、いや、すぐにある奇跡を生み出すこととなった。
ユウ&ユキの初投稿です。
最初は拙いですが上手くなっていきますので温かく見守っていただければ幸いです。