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英雄王と影の騎士  作者: Ak!La
§1 光と影の英雄譚
9/52

#8 Once bitten, twice shy

-神暦36992年4月12日-

 早朝、庭園を歩いていた僕はふと、足を止めた。木蓮マグノリアの木の下。よく魔術師殿がいる場所である。

「……?」

 僕は何故足を止めたのかと首を傾げる。……何となく、止めてしまったのだが。

 見上げると、木蓮マグノリアには魔術師殿の姿はない。代わりに、鴉が止まっていた。静かに、じっとして。

 何だ鴉かと通り過ぎようとして、今しがた見たその漆黒の姿に違和感を覚え、再び足を止めた。……何か、変だ。

 僕はじっと鴉を見つめた。鴉は目を瞑っていて、どこが目かも分からない。じっと気配を殺して枝に止まっている。……そう、違和感の正体は枝に止まっている、足だ。

 ……鴉って三本足だったっけ。いや、そんな訳あるか。

 だが見間違いではない。体の下から覗く足は、明らかに三本あった。……それと、頭からぴょんぴょんと鴉らしからぬ跳ね毛が出ている。

「……魔術師殿?」

 口を突いて出たのはそんな言葉だった。いやそんな訳。しかし……そうだ、この気配は……。

 鴉がチラリと目を開けた。真っ黒い瞳。鴉のものだ。

「…………魔術師殿ですか?」

 これがただの鴉だったら、僕はただの変な人だ。いや、足が三本ある時点で普通では無いか。ただの希少な……或いは新種の魔物か。

 鴉はすん、と再び目を閉じた。やはり微動だにしない。その行動自体、あまり鴉らしくないのだが。

 うん……この気配は、間違いない。

「魔術師殿」

[……この姿でも気付かれるとは思わなかった]

「!」

 鴉が言葉を発した。紛れもなく魔術師殿の声である。

「……それは……魔術ですか?」

[省エネモード……かな。うん、まぁ、魔術の一種って事にしておいてくれ]

 姿を変える事まで出来るのか。それは凄い……。でも、鴉に化けるなら足は二本の方が良いと思うのだが。

「……鴉が二本足って知ってます?」

[勿論だよ]

 いや、知ってるなら何でそうならないんだ。……分からない人だな。変身は苦手とかそういう事だろうか。

「……そんな所で今日は何を?」

[隠れてる]

「え」

[今日は王女達が帰って来るからね……]

 そうだ、今日はアルファイリア様の姉君達がそれぞれの嫁ぎ先から帰って来られるのだ。まだ、正式に結婚はしていない。婚約だけだ。普段は王子との仲を深められる為、それぞれの国の城に滞在している。昼頃にはここへ到着されるはずだ。

「……魔術師殿は王女達が苦手でいらっしゃる?」

[…………まぁね]

 アレッタ様もアルフィア様も、お気の強いお方でいらっしゃる。……そういえば、アルファイリア様も苦手だと言っていたような。

[顔を合わせると色々言われて面倒なんだ。……今日は俺はいないと言っておいてくれ]

 と、そう言って魔術師殿はまた、ただ鴉のフリをする。僕は一つため息を吐き、言った。

「足、二本に直しておいた方が良いですよ」

[……それが出来たら苦労はしない]

いや何でだよ!……やっぱり下手なのかな。

 僕は再び歩き出す。……さて、実を言えば僕も王女二人はあまり得意ではない。苦手という訳でもないが。いや、そもそも僕は女性に対してあまり免疫が無いというか。トリスですら少し戸惑ってしまうし。

「あーら、イヴちゃん」

「!」

 十字路に差し掛かった所で、チューリップの花壇の方からそんな声が飛んで来た。……この声は。

「……おはようございます」

 長い銀髪の騎士。眼鏡とピンクのコートが印象的である。女性的な雰囲気の中に、どこか格好良さがある人だ。その隣には、ペレディルが立っている。この二人はよく一緒にいる。

「よう、散歩か」

「ええまぁ。……お二人は」

「うふふ、デート」

「ガルちゃん……」

「やぁねえ、冗談じゃないの」

 ガラハド・エレイン。宮廷騎士の一人。……まぁ、変わった人なのだけど、物凄く良い人である。皆んなのお姉さん的な存在だ。先生と同い年。30歳。

「チューリップってね、すぐ見頃が終わっちゃうでしょ。今日が良いくらいだから、見ておかなきゃと思ってねえ」

「それで俺も誘われて、来てたってわけ」

「ペルちゃんもお花好きでしょ?」

「……お前程じゃないが」

  ……仲良しだなあ。なんというか、微笑ましい。

「今日はアル様のお姉様方が帰って来られるし、庭園が綺麗で良かったわぁ」

「ガルちゃんは呑気でいいねぇ、俺は緊張しかしないよ」

「あらあら、アレッタ様もアルフィア様もとてもお優しい方なのに」

「ガルちゃんにはそうかもしれねェけど、なぁ、グリフレット」

「え、えぇ、まぁ……」

 まぁ、宮廷騎士の大半は彼女達を恐れている。女性陣はそうでもないが。ガルさんも含めて。

「何でイヴちゃんが怖がる必要があるのよ」

「アルファイリア様について色々と言われるからです……」

「護衛官も大変だな」

「今日も王が逃げ出して無ければ良いのですが……」

 まぁ、いくら嫌だと言ってもまさかこんな大切な日に逃亡するなんて事はあり得ないだろう、王として。そこはちゃんとしてくれるはずだ。……王として。

「11時に謁見の間へ集合です。それまでに準備を」

「おう。……お前は皇帝殿を探して来た方がいいと思うぞ?」

「えぇ、念の為見張っておきます」

 ……多分こういう日はあそこにいるんじゃないかな……。王は早起きだから(僕よりは遅いけど)、もう活動しているはずだ。

「では」

「えぇ、頑張ってね」

 ガルさんが笑って手を振る。……ほんと、彼に笑顔を向けられると何だか元気が出るな。僕は会釈をして、王がいるであろう場所へ向かった。


† † †


 昼。十二人の宮廷騎士は謁見の間の玉座の壇の前に一列に並んでいた。玉座ではアルファイリア様がそわそわとした様子で座っている。僕はその隣に立っていた。

「……ほんとヤだ…」

「アルファイリア様……」

 案の定、空中庭園におられた。竜型になった守護竜殿の翼の下に隠れていたのを、なんとか説得の末、引きずり出して来たのだが。

「しゃんとして下さい、でなければ余計と言われますよ」

「……うん、そうする……」

 威厳ゼロ。これは駄目だ……。

 と、やがて足音が聞こえて来た。皆がハッとする。開けられていた扉から現れたのは、二人の王女とその護衛官、そしてお付きの騎士達。

 王が立ち上がる。先程までの表情は嘘のように、キリッとしていた。

「ただいま戻った」

 そう言うのは、アルフィア王女。セシリア王族の証である緋色の髪、アルファイリア様とよく似た強気な目。……やっぱり緊張してしまう。

「お帰りなさいませ、姉上」

 凛とした声でアルファイリア様が言う。堂々としてる様に見えるが、すぐ隣にいる僕には分かる。めちゃくちゃ緊張している。

「……変わりないな、イリア」

「姉上達も、お元気そうで何よりです」

 アルファイリア様が敬語を使うのはこの二人くらいなものだ。王であるとは言え、この姉上様二人にはどうも頭が上がらないらしい。

 アルファイリア様は一つ深呼吸すると、落ち着いた様子で言った。

「客間に食事の用意が出来ております。長旅でお疲れでしょう、ごゆっくりなさって下さい」

「あぁ、そうするとしよう」

 アルフィア様が笑って答える。

……さて、本番はここからなのである。


† † †


 王城一階、客間。大きな楕円の卓に、僕達は並んで座っていた。長い方の片側の中心にアルファイリア様、その向かいに僕。アルファイリア様の右隣にはアルフィア様、左隣にはアレッタ様がいて、しきりに話し掛けている。心なしかアルファイリア様の顔色が悪い。

「……助けてやらねェのか」

 僕の右隣に座る先生がコソッと僕に言うが、僕は小さく首を振る。どうしろと。

「イリア、お前はもっと王として余裕を持った方がいい、絶対そうだ」

「……姉上、私の事は良いですからどうぞ食べて下さい」

「なんだなんだ、久し振りに会ったのに冷たい奴だな」

「変わらないわねぇ、イリアちゃんは」

 と、アレッタ様が出されている料理を上品に食べながら言った。

「…………その呼び方はやめて下さいと以前」

「あらぁ」

「……いえ」

 ふむ、見ている分にはなかなかシュールで面白いのである。普段のあの堂々とした様子が嘘の様で、実に貴重な場面である。……そう、見ているだけならば。

「どうだグリフレット卿、弟が迷惑を掛けていないか」

「え、えぇ、はい」

 こう、飛び火して来ると困る。……卿と呼ばれるのもなかなか慣れない。王女達くらいしかそう呼ばないのだが。だが、それは王女が僕を騎士として認めているという意味でもあり。

「こんな愚弟だがよろしく頼むぞ、おぉ、そうだ、今日はあのふしだらな魔術師はいないのか」

「……魔術師殿なら雲隠れなさってます」

「全く、困った奴よな」

 はぁ、とアルフィア様はため息を吐く。そして、背後に控えていた護衛官に言う。

「ルヴィーレン、お前も積もる話もあろう、ゆっくりせよ」

「はい」

 アレッタ様の背後とアルファイリア様の背後にも、同じ顔をした男が二人立っている。三人はそれぞれの毒見係、レミエル家という毒物に強い体を持った家系の人間である。王家に代々仕える正統な貴族だ。

 彼らは一卵性の三つ子で、それぞれ王女達と我が王に仕えている。同じ顔をしてはいるが、明らかに見分けのつく見た目をしているので判別出来る。

 長女アレッタ様につくのは、長男ゼルナード・レミエル。茶髪を長く伸ばして、後ろでまとめている。三人ともメガネを掛けているのだが、彼は四角いメガネを掛けている。

  次女のアルフィア様には、次男のルヴィーレン・レミエル。同じ顔ではあるが、他の二人と比べて少し表情が柔らかい。髪はハーフアップで、メガネは楕円。

 そして、アルファイリア様につくのは、三男のベルナール・レミエル。髪は肩まで伸ばしていて、丸メガネをかけている。物静かな人だ。兄の二人は護衛官も兼ねているのだが、ベルナールさんは武術に向いていないのだそうで。

 ……彼が護衛官だったなら、僕はここにはいないのだけど。

 僕との仲?仲はまぁ、悪くはない。仲良しという訳ではないけど。……アルファイリア様はあまり彼と話さない。というか、ベルナールさんが避けているような……。

 今も、アルファイリア様はベルナールさんにそこを離れる許可を出しただけだった。

「……姉上、ここへはどのくらいご滞在を?」

 と、アルファイリア様は一つ咳払いした後そう言った。

「うむ、私は五日間の許しを貰った。……姉上は?」

「そうねえ、好きなだけいなさいと言われたけれど、そんなに長くいたら嫌われちゃうわよねえ」

 …………アレッタ様は何かと緩い。緩いのだが、その緩さがどこか怖い。

「お相手殿とは……如何ですか」

「シャーロック様は素敵な方よ、とてもね。えぇ。お優しくて、私は好きよ」

 アレッタ様はそう答える。彼女は嘘は言わない方だ。何であれ正直、と言うより少し天然なのかもしれない。

「アルフィアちゃんはどう?」

「私も良くしてもらっている。ユージア殿も素敵な殿方だ。彼は良い王になる。イリアより幾分かは良いな」

「……姉上……」

「お前に心配される必要はない。お前はこの国の事だけ考えていれば良い」

「!」

「…………私達は、お前の為に嫁に行く訳ではない」

 と、そう言ってアルフィア様は卓上の料理をひとくち口に運び、「美味いな」と漏らす。

「イリアちゃんもそろそろお妃様貰わないとねえ」

「!」

 アレッタ様の言葉に、アルファイリア様は明らかにビクッとした。……王は女性が苦手であられる。まぁ、この姉上方に囲まれて育ったのであれば、仕方ないというかなんというか。

「……それは……考えては……いますが」

 アルファイリア様に妻が!……考えてみると不思議なものである。彼は結婚などしなさそうだが、王族である限り、お世継ぎも必要だし、生涯独り身で過ごす訳には行かないのだろう。……貴族社会っていうか王族って大変だな。

「……この話は後でもよろしいですか」

「あらあら、ねえ、イリアちゃんは少しくらいランちゃんやペルちゃんを見倣ってもいいんじゃないかしら」

 と、アレッタ様に名指しされたペレディルともう一人、その右隣に座っていた金髪の騎士がビクリと肩を震わせる。左頬に傷痕のある彼の名はランスロー・ヴィア。よく宮廷仕えの女性に絡んでいるのを見かける。ペレディルも然り。

「そこまでとは言わないが……おい、ヴィア卿にグリンエル卿、少しはマシになったんだろうな」

「こいつは相変わらずです」

「あっ、おいペレディル馬鹿」

「ペルちゃんだって人の事言えないわよぉ」

 と、ペレディルの左隣に座っているガルさんが言うので、ペレディルは首を縮めた。

「まったく……女をないがしろにするよりかはマシだが程々にな」

「ハイ……」

 と、二人は揃って答えた。

 ……魔術師殿もこの感じだとやっぱり小言の一つや二つ言われそうだな。あの人が怒られて縮こまってるの見てみたいけど。……五日間も隠れているつもりだろうか?

 その後も長々と、アルフィア様のお小言が続いた。帰って来られるたびにこれだ。……しかし、それもこの国を想っているからこそと思えば、少しは気が引き締まるものである。


#8 END

*新規登場人物*


ガラハド・エレイン

宮廷騎士の一人。ペレディルとは親友。30歳。地の守護者。



アルフィア・テフィリス・セシル

アルファイリアの姉である第二王女。37歳。ロトルク帝国の第一皇子、ユージアの婚約者。光と秩序の守護者。



アレッタ・テフィリス・セシル

アルファイリアの姉である第一王女。39歳。スコート王国の第一王子、シャーロックの婚約者。光と秩序の守護者。



ゼルナード・レミエル

アレッタの毒見係兼護衛官。31歳。レミエル家長男。長髪を後ろで束ね、四角いメガネを掛けている。闇の守護者。



ルヴィーレン・レミエル

アルフィアの毒見係兼護衛官。31歳。レミエル家次男。長髪をハーフアップにし、楕円のメガネを掛けている。闇の守護者。



ベルナール・レミエル

アルファイリアの毒見係。31歳。肩までの長さの髪を下ろし、丸いメガネを掛けている。闇の守護者。



ランスロー・ヴィア

宮廷騎士の一人。26歳。女たらし。よくペレディルと絡んでいる。水の守護者。

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