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英雄王と影の騎士  作者: Ak!La
§1 光と影の英雄譚
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#7 A straw may show which way the wind blows

-神暦36992年4月11日-

「珍しいね、君が一人でここへ来るなんて」

 王都へ帰って来て一夜、早朝、僕は誰もいない空中庭園を訪れていた。いや、厳密にはいつも守護竜殿がいるのだけど。

「何か用?」

「……これを」

「なぁに?お土産?」

 少し嬉しそうな彼に、僕はウィスファルムで拾った羽根を差し出した。すると、彼の鹿のような耳がぴょんと立った。

「……何か……分かりますか」

「……うん」

 守護竜殿は何やら神妙な顔をして、僕の手から羽根を受け取った。ふわりとした羽毛が触れる。……何だこれ、めちゃくちゃ気持ちいいな。

 と思ったのも束の間、守護竜殿はあっという間に手を引っ込めて、スンスンと羽根の匂いを嗅いだ。

「間違いないね、これは天使竜エンゲライトの羽根だよ」

「……天使竜エンゲライト……って」

「僕と同じって事さ」

「!」

「分かっててここへ来たんだろう?」

 ……いや、半信半疑だったんだけどな。だが、あの黒マントの下の瞳は、今、目の前にいる守護竜殿と比べると同じ色をしていた気がする。……遠くからでも、目立つ色だった。

「……天使竜エンゲライトって、そうたくさんはいませんよね」

「そうだね……下界には聖竜族セイナラスすら元は存在しないし。……いるならそう、僕と同じ守護竜」

「守護竜……」

「これはウィスファルムで拾ったのかい?」

「えぇ」

「そっか……」

 守護竜殿は、爪の先で器用に羽根をくるくると回していた。

「もう一つ……お聞きしたいのですが」

「なぁに?」

「あなた方は……竜を操ったりなんかは……」

「うん……どうだろう、僕はやった事ないから分からないけど……僕らは言わば下界の竜達の上位存在だから、多分、知能の低い竜なら出来るのかも」

「……そうですか」

「僕はほとんどここから出た事が無いものだから、ゴメンね」

「いえ」

 ……本当にずっとここにいるのか。別に閉じ込められている訳でも無いのに。……ずっと……。

「……それにしても……ウィスファルムに居たのは誰なんだろう」

 守護竜殿が言う。

「セシリア以外にも守護竜はいるんですよね?」

「うん、そうだね。僕より先に送り出された人もいるし。僕らに与えられた役目はそう、自分の護るべき国を守る事。時には戦場に出たりもする。……僕はまだ無いけど。その時他の守護竜とぶつかったりもするだろうけど、まぁ気にしなくていいよ」

「……そうなんですか?」

「同郷の同種族とは言え、僕の“家族”はこのセシリアの人々だから」

「!」

 そうなのか。少し意外だな。でも、守護竜殿は僕達を護るべき存在として見ている訳だ。ちょっと安心……。

「ところで、その天使竜エンゲライトはどれくらいの背丈だった?」

「え?……あ、ええとですね……遠目だったのでハッキリした事は分かりませんが、成人男性、って印象でした」

 まぁ、少なくとも僕よりは大きかったな。

「そっか。じゃあ僕よりもずっと歳上だ。……どこの国の守護竜にせよ、単独で他国へ入り込むだなんて珍しい」

「……リーネンスでしょうか?」

「どうなんだろうね。……でももし、その守護竜が光蝕竜ライトイーターを操っていたのだとしたら、まぁ動機はあるよね」

「…………敵国の食糧難」

「うん。兵力の縮小、弱体化。……それが目的だったとしたら、筋が通ってる」

 そういう手にまで出て来たか……リーネンス。いや、まだ仮説ではあるけれど。……リーネンスの守護竜の話は聞いた事が無いな。

「リーネンスの守護竜の事は、ご存知ですか?」

「ん?んー……どうだったかな。イリアならもしかしたら知ってるかも。僕が天界を出たのは本当に幼子の時だし、この世界の事も実を言えば深くは知らない」

「……そうなんですか」

「うん」

 これまた意外である。僕よりもずっと長くここにいるのに、知らない事がたくさんあるという事か。……そう言えば僕も守護竜殿の事は全然知らなかったな。いつも敬遠というか近付かないでいたけど、話してみれば結構普通だし……。

「じゃあ、僕はアルファイリア様を探して来ます」

「うん、頑張って」

 う。……まぁ、確かにアルファイリア様を探すのはなかなか大変なんだけど。ほとんど執務室にいないし。

 僕は守護竜殿に一礼して、その場を去った。さて、さっさと見つかればいいんだけどなぁ。


† † †


-同日 同時刻 リーネンス-

 リーネンス王国、フレアドラン領。そこには立派な王城が構えられている。元は大きかった領土はセシリアに大方奪われ、残る領地は三つとなっているが、未だ王城は威厳を失っていない。

 その二階、謁見の間。構えられた王座に、一人の男が腰掛けていた。歳は50を越えている。左頬には目元まで続く傷痕が。

 眠っていた彼は、目の前に近付いて来た気配に目を開けた。

「……ただいま戻りました、王よ」

 そう言うのは、猫耳フードを被った黒マントの男だった。王座の男は、ちょいと指を振って、黒マントの男にフードを取れと無言で指示した。

 彼が黒手袋をした手でフードを取ると、その下からなんと、純白の長髪と、金色の目、そして鹿のような耳とその耳の上から突き出た角が露わになった。明らかに彼は人ではない。竜である。

「首尾は」

 問われ、竜は答える。

「セシリア王の一団が来て、光蝕竜ライトイーターを討伐してしまいました」

「……そうか。まぁ、少しは効くだろう」

 はぁ、とリーネンスの王はため息を吐いた。

「……気付かれなかったか」

「さぁ、向こうの兵の一人と目が合いましたので」

「阿呆」

「申し訳ありません」

「いい。少々我々の気配を仄めかしておくくらいで丁度良い」

 と、王はそう言って、笑った。

 リーネンス24代国王、名はシャルル・フレアドル・リーネンス。セシリアの22代、アルファイリアの父であるリリアーネス・テフィリス・セシルと同時期より国を治めている。

 セシリアの先代王を打ち破ったのは、このシャルルである。頬の傷は、かの王に付けられたものだ。

「ご苦労だった。……少しここで待て」

「はい」

 シャルルの言葉に、竜が一礼した時、不意にその扉が開け放たれ、大きな声が飛んで来た。

「宮廷騎士、ロラン・フレイアール!ご召命に応じ参上しました!」

「……来たか」

「おやこれは守護竜様!お帰りなさいますぇだっ⁈」

 ロランと名乗る癖毛の騎士は、その後ろから現れた長髪の騎士に頭に手刀を食らった。

「静かに入れよ、恥ずかしい」

「……アスタルフ……」

「参りました、国王様」

 と、さらにその後ろから女騎士が言った。

挿絵(By みてみん)

 彼らの様子を見て、シャルルは額を抑えてやれやれと首を振る。

「……相変わらずだな、お前達は」

「申し訳ありません陛下、コイツったら調子乗っちゃって」

「調子に乗っているのはお前だ、アスタルフ」

「オリヴィア……」

 軽口を叩くアスタルフと、女騎士オリヴィアの前で、ロランはイタタと後頭部をさすりながら、前へ進み出て来た。竜は場所を開けるため、少し脇へ下がった。

「それで……何の御用でしょうか伯父上」

 ロランは真面目な顔をして言った。彼はシャルルの弟の息子、つまり甥である。

 王は一つ咳払いをして、三人に言った。

「今回は三人に任務を与える」

「!」

「セシリア王国、ジルギス領へ行ってもらう」

「ジルギス領って……守護竜殿が行っておられた」

 アスタルフが言う。王は頷く。

「そうだ。……我々もそろそろ手を打たねばならん。奪われた領地を取り戻す。……その先駆けだ」

 元はセシリアの領土はテフィリアのみだった。王都も元はそこにあったのだが、領土が広がり、戦線が南下するにつれ、王都はラルマに移った。それが、今のセシリア王都である。

 リーネンスは建国当時より、王都はこのフレアドランのものである。

「ジルギス領の町を焼け。穀倉地帯を優先的にな。……兵もいくらか連れて行くがいい」

「はい」

「セシリア王はジルギス領から王都へ戻った所だ。竜の飛翔能力ならば、一日半あればジルギスに着くだろう」

「飛竜部隊ですね!」

ロランが目を輝かせて言った。

「……そうだ。……アスタルフ、飛竜達のコンディションは大丈夫だな」

「えぇ。……一頭、身重の鷲竜グリフォンがいますが、それ以外は」

「分かった。支障ない」

 アスタルフは王城で飼われている飛竜の管理をしていて、宮廷騎士でありながら、飛竜部隊長でもある。セシリアには無い部隊。それが、リーネンスの強みであった。

「という訳で帰って来た所で悪いが、お前も同行してくれ」

 と、シャルルは竜に言う。彼は頷く。

「承りました」

「頼んだぞ、ルシオラ」

 リーネンス国守護竜、ルシオラ・セルタージュは頷き、三人の騎士と共に王へ一礼した。


† † †


-同日 同時刻 セシリア-

「……ルシオラ?」

「そう。フルネームは知らんが、以前父上から聞いた事がある」

 訓練場。僕が見つけた時、王は剣を振っていた。今はと言うと、鋒を地面に付けてグラグラとさせている。

「うちのアテリスとは違って、よく戦場に出て来るんだそうだ。大きさもアテリスよりずっと大きいと」

「え……」

 守護竜殿でも、竜型の時は5mくらいあるけどな。それよりも大きいのか。……僕はまだ、そんな大きさの竜は見た事が無い。

「そんで……そいつが竜を操るとかで、リーネンスには飛竜部隊がある」

「……操れるんですか?」

「さぁ。そこは噂だから何とも言えん。だが確かに、リーネンスには飛竜部隊がある」

 と、突然王は剣を持ち上げると、ぶん、と振った。風圧を感じる。…………うーん、王は軽く振ってるだけのはずなんだけど。

嵐竜族ウィリオン白竜族ホワイティールの竜種で構成されてると聞いた。まぁ、あれは気性の穏やかな方だからな。手なづける事も不可能では無いんだろう」

「……そうなんですか……」

 竜なんて、怖いというイメージしかないけどな。……守護竜殿は、少し違うけど。……うーん、でもやっぱり怖いか。爪とか。

「俺達もやってみるか……飛竜部隊」

「えっ」

「冗談だ。……出来る気がせん。俺はアテリスに乗れればそれでいい」

「!」

「……まぁ、あいつは戦場に出た事もないんだがな」

 僕は思い浮かべる。戦場を飛ぶ純白の竜と、その上の王を。それはきっと、とても美しいのだろう。

「それで?……守護竜がどうした」

「あ、えぇ、ウィスファルムでそれらしき姿を見たので……」

「何っ!何故それをその時言わない!」

「……そ、その時はまだ分からなかったんですよ……」

 怒っ……ていらっしゃる訳では無さそうだ。アルファイリア様はうーんと考えている。

「お前が気付いていながら、俺が気付かなかったとは……あ、あれか、お前が突然剣を構えた」

「…………はい」

 あの時は……何かゾワッとしたんだよな。かなり距離があったけど、それでも何かただならぬものを感じたんだ。

「黒マントでフードを被ってて……今思えば猫耳フードは角を隠す為のものだったんですね」

「お、何だそれ、アテリスにも作ってやるか」

「アルファイリア様……」

「すまんすまん、でも絶対可愛いだろ」

 何やら楽しそうな王。……本当に守護竜様の事、友達として好きなんだなあ……。

「しかし、そうか。なら光蝕竜ライトイーターの大量発生は奴の仕業、つまりリーネンスが仕組んだという訳か」

「そうなりますね」

「……なるほど、なかなかに巧妙な手を使う」

「感心してる場合ですか」

「いや何、俺もまだ王としては経験が浅いからな」

「はぁ……」

 向上心はお有りの様である。……うん……そういう所は真面目なんだよな……。同じくらい事務仕事もして欲しい。

「さて、少し付き合えイヴァン」

「えっ」

「しばらく静かだったと思われたリーネンスは、既に動き始めたという事だ。戦は近いぞ。鍛錬しておくべきだ」

「……僕では王の相手になりませんよ」

「馬鹿だな、お前の鍛錬だ」

 知ってますよ。……言い訳の効かない人だ。怖いんだよなぁ、この人と打ち合うの。

「手加減してくれますか……?」

「勿論。程良くな」

 と、アルファイリア様は訓練場の枠外にいた僕の手を引いて引き入れる。……こうなったら真面目にやるしかない。確かに僕は、今のままでは駄目だから。

 王は今日は自分の剣を持っている。銘は聖剣カリバーン。王家に伝わる古い剣だそうで、ただならぬ雰囲気を持っている。刀身の刃は白く、腹の部分は濃い赤で、そこに金色で古代文字が刻まれている。読めはしないが、装飾として見ればなかなかのものである。

 重さもかなりあるはずだが、それを王は軽々と振る。軽々と振るが、受けたこっちは重さが凄い。しっかり踏み止まらねば転かされる。

 僕は一つため息を吐いて、自分の剣を抜いた。最近はずっと腰から提げている。だいぶ慣れて来た。なるほど、重みが体に馴染む。

「ほう、良い構えになったじゃないか」

「……そうですか?」

「あぁ。これなら少しは楽しめそうだな」

「えっ、いや無理です」

「それじゃあ行くぞ!」

 僕が怪我をする心配はあまりしなくていい。剣の達人は、手加減すらも上手くやる。そりゃたまに打ち身くらいは出来るけど、間違っても僕が斬られることは無い。

 王が踏み込んで来る。明らかに手抜きだ。初撃は簡単に弾いた。弾いた時の遠心力を利用し、剣と共に体を引いて右から左へと剣を振る。ガチ、としっかり受け止められた。……駄目だ、押し切れない。

「どうした、俺はあまり力を入れてないぞ」

「!」

「角度だ角度」

 と、王が少し剣の角度を変え、力を込めた。均衡していた力が崩れ、僕の手から剣が飛ぶ。

 訓練場の鉄枠に当たり、カラカラと音を立てた剣。王は剣を下ろすと、僕に言う。

「もう一度だ。……筋力が無い訳じゃないだろう」

「……はい」

 教えるのは、多分先生よりも王の方が上手いと思う。丁寧さには欠けるけど。体に刻み込む、という感じだ。時には恐怖心と共に。……本当に怖いんだよ、時々。

 でも、本当の戦場ではそんな事は言ってられない。戦う事の恐怖は、幾度も経験している。傭兵時代には、死にかけた事だってある。僕は王に仕えてまだ一年半、リーネンスとの戦場経験が二度。どちらも遠征中の奇襲で、相手は雑兵だけだったのだが。

 僕は再び剣を構える。

 リーネンスにも宮廷騎士は同じだけいる。彼らと合間見える事もあるだろう。先生達に敵わない様では、敵にも同じだ。

「力を使っても構わんが、あまり頼り過ぎるなよ」

「……はい!」

 今度は僕から踏み出した。

 いつかきっと、王よりも強くなってやる。僕は護衛官なのだから、それくらいの気持ちでいなければ。


#7 END

*新規登場人物*


シャルル・フレアドル・リーネンス

リーネンス王。セシリア先代国王、リリアーネスを打ち破った。光と秩序の守護者。



ルシオラ・セルタージュ

リーネンスの守護竜。シャルルの指示で各地を飛び回っている。



ロラン・フレイアール

リーネンスの宮廷騎士。32歳。シャルルの弟の息子。光と秩序の守護者。



アスタルフ・ロンザヴァール

リーネンスの宮廷騎士。飛龍部隊長。31歳。ロランとは親友。



オリヴィア・モングラーヴェ

リーネンスの宮廷騎士。29歳。ロランとは親友。





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