#5 Better late than never
城門前、僕達は王によって集められていた。門のすぐ前には正装のアルファイリア様、その隣に僕。向かい側にはトリス他、四人の騎士が立っている。それぞれの背後には、厩舎から引いてきた馬が控える。僕のは黒毛の牡。名はラフェオル。とても良い子だ。
「……よし、揃ったな。これよりジルギス領に向かう。目標は大量発生した光蝕竜の掃討、及び現地の視察。以上だ」
行き先と目的は今初めて聞きましたけど。……しかし、光蝕竜か……。
「……あの」
「ん」
手を挙げたのは、灰色の装束の騎士。名はカイウス・エクトル。普段はあまり喋らない上に、表情が薄い。
「何故草の守護者の私が……?」
「お前は弓が使えるからな。何も光と闇の攻撃以外が効かない訳では無い」
竜は人に比べて体内のエレメント濃度が濃いから、属性の影響を受けやすい。
「……俺は光の代わりに炎でって事ですか」
と、そう言うのは赤髪の騎士。名はペレディル・グリンエル。炎の守護者らしく、赤い見た目だ。
「そうだ。アグラヴェインも同じくな。後はトリストラムとメドラウド、お前らは言わずもがな闇の守護者だからだ」
アグラヴェイン・モルゴスとメドラウド・モルゴス。二人は兄弟だが、持つ力は違う。聞いたところによれば、父親が闇で母親が炎らしい。ヴェインさんの方はレアケースの方だ。
「……何だって効くのであれば、他の騎士も呼べばよろしいのに。これでは人手が足りんでしょう」
と、ヴェインさんが言うと、王はため息を吐く。
「例によって遠征予算が足りん。……よって最低限、有効な者達を連れて行く。以上。……何か質問は」
早く行こう、と言うようにアルファイリア様の愛馬、エルフェンドラがブルルと鳴いた。美しい白毛の牝である。ラフェオルと何だか相性が良いようで。
誰も手を挙げないので、よし、とアルファイリア様が頷く。
「では俺に続け!街を出たらペースは上げて行くからな、逸れるなよ」
と、身軽に王はエルフェンドラに飛び乗った。僕達も馬に乗ると、一足先に王は彼女の腹を軽く蹴って進ませた。その後ろに僕が先頭となって続く。
ジルギス領は、領主ギリアム・ファージルの治める地。場所はセシリアの東。ラルマからはかなり離れていて、馬を走らせても二日はかかる。
城下街一番の大通りを馬で駆ける。事前に僕達が遠征へ出ると言う事は街に知らされていたので、見送りの人達が通りに人垣を作って待っていた。手を振る彼らに王は応える。王は臣下だけでなく国民からの人気も高い。
人垣を見ながら、僕もかつてそこにいた事を思い出した。子供の頃……先代王、アルファイリア様のお父上が遠征へ向かうのを、こうして見ていた。
王の名を呼ぶ声の中に、騎士達の名も混ざっていた。宮廷騎士にもファンがいる。街中ではグッズまで出回っている。僕のも……あったような。
歓声の中を抜け、外壁に囲まれた街の門を出ると草原が広がる。途端に、王は「はっ」と一声挙げてエルフェンドラを走らせた。僕達も遅れないように続く。
先を行く王の背中は、どこか楽しそうだった。
† † †
その日の夜、僕達はラルマ領とジルギス領の間にあるレックトリア領のある森で野営をしていた。開けた場所で焚き火をし、二つテントが立っている。一つはアルファイリア様と僕のもの、もう一つは他の騎士達のもの。……僕は何だか申し訳ない気持ちだが、誰も不満は持っていないらしい。
僕は焚き火の前で、一人座っていた。もうすっかり辺りは真っ暗で、森の奥には深い闇が広がっている。ホゥホゥと、細く梟の声が聞こえて来る。時折狼の遠吠えも聞こえるが、火があれば獣は寄って来ない。……竜は別だが、この辺りには生息していなかったはずだ。
他の騎士達は既にテントで寝ているだろう。アルファイリア様もテントの中だ。外にいるのは僕だけ。
…………静かだ。とても懐かしい気持ちになって、なんだか落ち着く。
「お、なーにしてんだグリフレット」
「!」
そう声をかけながら出て来たのは、ペレディルだった。彼は眠い目をこすりながら、僕の隣に座った。
「……寝なくていいんですか?」
「ん?んー……やっぱなぁ、野宿じゃ安心して寝られん」
「そうですか」
流石貴族の育ちというか。騎士達は野営には慣れているはずだけど。
「んで?お前こそ寝なくていーの」
「そうですね……星を見てたら何だか寝たくなくなって」
「星?」
と、僕につられてペレディルは空を見上げた。そして、「あー……」と声を漏らした。
「……こりゃあたまげた」
「今日が良い天気で良かったです」
そう言えば、彼とこうして話すのは初めてだったっけ。遠征には共に来ていたけど、そもそもその回数も少なかった。大抵は他に彼と親しい騎士がいて、僕と話す機会など無かったのだ。
空には満天の星空が瞬いていた。焚き火を消せばもっと見えるだろうが、それでも少しその明かりを手で遮れば、星座が分からないくらいの星が見える。
「いっつも空なんて見上げねェからなぁ……」
「そうなんですか?勿体無い」
「王都みたいな都会じゃ見えねェし」
「そうですね」
遠征に来る度、僕はこうして星空を見上げる。そうすれば、悩みもちっぽけな事に思えてどうでも良くなる。時々、傭兵時代を思い出して懐かしくなる。……僕にもかつて、他に仲間がいた。傭兵団の、仲間達。……今はもう、いないけど。
「……グリフレット?」
「はい?」
「どうした」
「……僕がどうかしましたか?」
「……あ、いや」
「?」
ペレディルは何だか、見てはいけないようなものを見てしまったというような顔をしていた。
…………あれ、僕、顔に出てたかな。
「さて、寝ましょうか。明日も早くから走らなければなりませんし」
「走るのはお馬さんだけどな」
「乗ってる僕らも疲れますから」
馬はどこかと言えば、近くの木に繋いでいる。彼らも眠っている事だろう。動物だから、深くは眠らないが。
僕は立ち上がり、王のいるテントへと向かう。
「グリフレット」
「!」
ペレディルが僕を呼び止める。振り向いた僕に、彼は言う。
「……俺、難しい事は分かんねェけどさ。何かあったら……話は聞いてやるよ」
「……ありがとうございます」
彼は良い人だ。少し女癖が悪いという難点があるけど。
僕はテントの中へ入った。そこでは王がすやすやと眠っている。彼は本当にどこでも寝られる。しかし、敵襲があればすぐに起きる。野営中はよく野盗が現れる……らしいが、どうもアルファイリア様は僕らを起こさないまま一人で追い払っているらしい。恐ろしいというか、頼もしい人である。
僕も寝床に入る。簡単な寝袋だ。地面は固いが支障なし。慣れている。横になると、どっと眠気が襲って来た。僕はそれに逆らわず、泥のように眠り込んだ。
† † †
-神暦36992年4月7日-
ジルギス領、ウィスファルムの町に着いたのは夕方だった。夕日が山の向こうに沈みかけている。茜色に染まった町は、どこか寂しげだった。
町の入り口からまっすぐ大通りが伸び、その両サイドに民家が立っている。そのさらに外側には麦畑が広がっている。葉が伸びてはいるが、見るからに育ちが悪い。
「……収穫前だってのに」
僕の隣に並んでいたペレディルがそう言う。前を行く王が、それに答える。
「光蝕竜が現れたのは二週間ほど前らしい。それまでは普通に育っていたというが、これではな……」
「……そうなんすか」
「光蝕竜が現れるのは昼です、今日はどこかで休ませて頂きましょう」
ヴェインさんがそう言う。王は頷いた。
「そうだな、話も聞きたい」
もう日が暮れる為か、外に人の影はない。とりあえず僕達は町の入り口に馬を繋ぎ、町長の家を訪ねる事にした。
「大人しくしてろよ」
僕は優しくラフェオルの鼻面を撫でた。ブルル、と答えた彼を置き、先を行くアルファイリア様に他の騎士達と続く。
少し行くと、周りに比べて大きい立派な家があった。これが恐らく町長の家だろう。アルファイリア様が戸を叩くと、中から老人が顔を出した。そして王の顔を見ると、「あぁ」と感嘆の声を漏らし、僕達を家の中へと招き入れた。
† † †
「本当に……来て頂けるとは……」
「何、困っている国民がいるというのに放っておく道理は無いだろう。……それに、麦が穫れず困るのは何もお前達だけではない」
町長の言葉に、王はそう答える。二人はテーブルを挟んで向かいに座り、僕達は王の後ろ側で丸椅子に座っている。
「それで、光蝕竜は」
「はい。ここ数日、晴れの日は昼になると群れで森から出て来ます。晴れていてもまるで曇りの様な暗さで……」
「飛んで来た奴らによる人的被害は?」
「追い払おうとした若者が、一人死にました。奴らは生き物を食いませんから、惨く引き裂かれていました」
「それ以外は無いな」
「はい」
光蝕竜には消化器官が無い。ものを食べる必要が無いからだ。光さえあれば生きる。植物みたいな奴だが、別に緑色では無い。光を吸収しやすい漆黒。皮膚から吸い込んだ光を熱量に変えて、生命エネルギーとしている……らしい。僕は生物学者では無いので、詳しい仕組みはよく分からないが。
「国王様と騎士様方、どうかあれを追い払って下さい。お礼は致します」
「うむ、ならば今夜一晩の宿と、美味い飯を用意してくれ。礼はそれとしよう」
「……はい、喜んで」
町長は安心した様に笑った。
まったく、アルファイリア様らしいというか何というか。当たり前の事を要求する。
「私の家にお泊まり下さい、部屋は空いておりますから」
「それはありがたい。さて、皆疲れているだろう。今日はゆっくり休め」
王の言葉に、「はい」と僕達は揃って答えた。
明日はたくさん働かなければ。今日もたくさん走って疲れた。……走ったのは馬だけど。今日は布団で寝られるんだ、それだけでも嬉しい。
† † †
その夜の事。部屋は二段ベットが一つずつ設置されていたので、各部屋に二人ずつ入った。トリスだけは一人だけど。流石にね。
「……アルファイリア様」
「ん」
僕は下の段から、上の段にいるアルファイリア様へと声を掛けた。少し眠そうな声が帰って来た。
「この町からの救援はいつ頃?」
「今月の2日……お前達が訓練場にいた日だな」
「そうですか……」
となると、五日前。
「光蝕竜が現れたのが二週間前ですか?」
「あぁ」
「……じゃあ……ここの人達はその間ずっと」
「そういう事だな」
淡々とした声が、上から降って来る。僕は畑の様子と、寂しげな町の様子を思い浮かべ、唇を噛み締めた。
「……遅く……ないですか」
「…………あぁ。でも、間に合った」
間に合った?本当にそうだろうか。恐ろしい時間というのは長く感じるものだ。本当ならもっと……。
「アルファイリア様」
「彼らは王城宛てに手紙を出すのを躊躇っていたのだろう。『こんな事で王が助けてくれるのだろうか』と」
「!」
「……俺もまだまだ民衆からの信頼が足りんという事か」
王は自嘲的に笑った。……貴族も庶民も、王城に関わらぬ者にとって国王とは遥か高みの尊い存在である。王都の人々にとっては少々近しい存在となりつつあるが、この様に離れた場所では、その意識は色濃いだろう。
……いや、王都に住んでいた僕でさえ、かつてはそう思っていた。
「では……」
「確かに『何故もっと早く助けなかった』と町の誰かが言うかもしれない」
「!」
「手紙でなくとも、俺がこの事態を知る手段は他にもあった。だが、俺はそれをしなかった。文句を言われても筋の通らん事は無い。だから否定はしない」
「……」
「だがなイヴァン」
「わ」
王が、上のベッドから身を乗り出して下を覗いて来た。僕は思わず体を起こす。逆さになった王は、気丈な顔で僕に言う。
「我々はここに来て、まだ手遅れでは無い。それが重要だ」
「……王」
「例え遅くとも、助けには来たのだ。……嘆くのは手遅れになってからにしろ。まだ間に合う。助かるものを嘆くな」
「…………はい」
「では、早く寝ろ。明日は忙しいぞ」
「はい。……おやすみなさい」
うむ、と頷いてアルファイリア様は上に引っ込んで行った。僕はぱた、と再び横になった。
……遅くともやらぬよりはマシ、という事か。
目を瞑ると、町長の安心した様な顔が浮かんだ。……そうか。“来た”という事実だけでも、彼らにはきっと有り難いのだ。
僕はそんな事を考えながら、一日ぶりの柔らかいベッドの上で夢の中へと落ちて行った。
#5 END
*新規登場人物*
カイウス・エクトル
宮廷騎士の一人。25歳。無口であまり喋らない。弓使い。草の守護者。
ペレディル・グリンエル
宮廷騎士の一人。26歳。武器は細剣。女たらし且つよくモテる。炎の守護者。
アグラヴェイン・モルゴス
宮廷騎士の一人。32歳。武器は片手剣二刀流。騎士の中では最年長。炎の守護者。
メドラウド・モルゴス
宮廷騎士の一人。24歳。武器は槍。アグラヴェインの弟。闇の守護者。