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英雄王と影の騎士  作者: Ak!La
§1 光と影の英雄譚
51/52

#49 God helps them who help themselves:後編

(……策って……)

『俺が誰だか忘れたか? ただの精霊じゃない、幻竜種・夜ノ覇王(ナイトルーラー)だぜ。俺には翼がある。飛ぶことだって出来る』

(でも)

『まぁ確かに! 俺がその姿になれるのは夜だけだが翼くらいなら昼間でも出せる。お前もいるしそれなりに安定したものが出せるはずだ』

(……どうやって?)

『俺に意識を繋げるんだ。それで俺の力の一部をお前に顕現させる』

 また感覚的な話。……試すしかないか。

(分かった)

 僕はひとつ大きく深呼吸した。

「……僕に少し任せて下さい」

 アルファイリア様と先生に向かって、僕はそう言った。

「どうするつもりだ」

「飛びます」

「は?」

 僕も正直内心では同じ反応である。何言ってんだろ僕。

『ほら行くぜイヴァン! これが“リザルト”だ!』

 ノイシュが叫ぶ。力が溢れてくるのを感じた。淡く月色に光る羽が背後に現れた。鳥の様な翼でもなく、蝙蝠のようなものでもない。見たことのない半透明の不思議な形をした羽であった。背中に直接繋がってはいないようだが僕の動きに付随してそれは動く。

『飛べ!』

 言われるがまま、僕は地面を蹴った。ただ上昇することだけを考えた。蹴った勢いのまま、僕はまっすぐに蛇鮫竜リヴァイアサンへと飛んで行った。

「イヴァン!」

 アルファイリア様の声がする。びっくりしたようなそんな声だった。僕だって驚いている。飛んだのは初めてなんだから。浮いている。地に足がつかぬまま。下は海。でも驚いている暇はない。

(このまま力使っても大丈夫⁈)

無問題モーマンタイ!』

 とは言え使える影は少ないが。鎌首をもたげる蛇鮫竜の頭へ向かい、迫る水弾を避けて鼻面に着地する。足元の影に触れる。ノイシュとのリンクが強いからか、いつもより操りやすい気がした。

深淵の投槍(アビス・ジャベリン)‼︎」

 至近距離で影の槍を撃つ。ドガガガと激しい音がする。しかし、硬い鱗は僅かに割れたばかりで致命傷には程と遠い。やはり水に対して影の力ではそれほどの威力は出せないか。表皮の硬い竜はこれだから厄介だ。

 ぶん、と蛇鮫竜が頭を上へ振った。僕はその勢いに任せてさらに上へ飛び上がった。……よし、慣れて来たな。体も安定している。

 周りから、渦巻く水の柱が四つ昇り立つ。それらが迫って来る。速い。

『上だ!』

 ノイシュが叫ぶので僕は上昇する。自分でも驚くほど速かった。眼下で四つの渦がぶつかり、弾ける。あの中にいたらひとたまりも無かっただろう。あんなものを操るなんて。奴はまさに災害だ。

『幻竜族の飛行速度を見たか! 月は光の眷属だからな!』

 今は弱いけど、とノイシュは言う。……本来ならもっと速度が出るというのか。

(……ノイシュ、このままだと打開策がない)

『うーん、そうだな。頭はダメだ。硬すぎる。……狙うなら口の中だ』

(口……)

 確かに口の中は皆柔らかい。……しかしそんな隙を見せるとすれば。

「……食われるの覚悟じゃないか」

『ブレス吐く奴なら狙いやすいんだけどな! 蛇鮫竜は海を操るから確かに捕食タイミングしかそんなに大きな口は開けない』

 いちかばちか過ぎる! くそ……あの鱗を貫けるような強力な影の槍でも作れないものか。

『槍なら一本良いものがあるぜ』

(何?)

『俺の槍。神器っていう上級精霊に皇帝から与えられる特別な武器なんだ。頭は流石に無理だけど、喉元辺りなら行けるかも』

(……そんな大事なもの……! っていうか首回りは硬いってアルファイリア様が)

『槍はすぐ回収出来るから心配すんな。俺普段持ってないだろ? 呼び出すのは簡単だ。蛇鮫竜の一番硬いのは頭の上のところだ。他はそこに比べりゃマシ』

 水弾が飛んで来るのを避ける。蛇鮫竜は完全に僕をターゲットにして、街の方には目もくれない。倒さなければ逃げられない。……やるしかない。

(分かった)

『よし来た。手に槍をイメージしろ』

 手を前にかざす。青白い光が集まって、僕の右手にいつか見た槍が現れた。ずしりと重い。これがノイシュの武器。

『槍投げの要領で投げろ。あとは神器の力でなんとかなる』

(槍投げには正直自信がないけど…)

『仕方ねぇなぁ! 俺と意識をもっと深くつなげろ!』

 体が勝手に動くような感覚。僕は空中で姿勢を保ったまま右腕を後ろに引いた。矛先は蛇鮫竜の喉元へ。

『淡く煌めけ! 其は夜の闇を穿つもの、“月光投擲槍モーントリヒター・ルミナスジャベリン”!』

 瞬間、槍は青く月光の様な光を放ち、僕の腕はそれを勢いよく撃ち出した。反動で腕が肩から痺れた。

「う」

 槍はまっすぐに狙い通りに飛んで行く。が、その矛先が蛇鮫竜を貫くことはなかった。

「!」

 不意に蛇鮫竜が海に潜った。槍は空を穿ち、そして海を穿った。

「どこへ行った」

『イヴァン! 避けろ!』

「!」

 影が迫る。右を振り向くと大きな尾びれが迫っていた。体が固まる。いや、速くて避けられない。

 強い衝撃が襲って、世界が回る。そして、次の瞬間僕の体は水面に叩きつけられた。


† † †


「イヴァン!」

 落ちた。遠くで水飛沫を上げてイヴァンが堕ちるのが見えた。蛇鮫竜はそれを追って潜って行った。……あのままでは。

「……くそっ!」

 ……何も出来ない。何も出来ることがない。俺の力ではあんな風には飛べない。水の中では自由に戦えない。……でも、だからと言って見殺しにする訳には。

「…………っ」

「! 王! 何を!」

 鎧を外そうとした俺にルーカンが気付く。

「助けに行く! あいつは一人では上がって来れない」

「あそこまでも剣も身につけず丸腰で行くつもりですか!」

「金属は重りになるだけだ。推進力なら力でなんとか……!」

「……っ、王にそんな危険は冒させられません。どうしても行くと言うなら俺が行きます」

「…………しかし」

「大丈夫です、泳ぎは得意ですから」

 ルーカンが素早く自分の小手と肩当てを外し、コートを脱ぐ。そして彼が飛び込もうとした時、俺は不意にぞくりとしてルーカンの腕を掴んだ。

「待て!」

「なんです…」

 その直後、海面が突如盛り上がったかと思うと、ザバァン! と海から巨大なものが飛び出した。そこは丁度イヴァンが落ちた所だった。……それはあまりにも巨大だった。巨大な生物だった。人の大きさくらいありそうな巨大な牙がたくさん並んだ口の隙間から何か細長いものが覗いていた。───それは、さっきまで猛威を振るっていた蛇鮫竜の首だった。

「何だ────」

 あまりにも巨大すぎて、その全容は分からなかった。見えたのは頭だけだった。それが潜って行く時、巨大な角とそして巨大な背鰭が二つ、最後に巨大な尾びれが見えた。海面が激しく波打つ。……マズい!

「ルーカン!」

「!」

 俺は咄嗟にルーカンの手を掴んだまま光の力で上へ飛んだ。しかし咄嗟のことなのでその後のことを考えていなかった。俺の力は移動するだけで、そのまま留まることは出来ない……。

(落ちる!)

もう一度飛ぶか焦った時、俺にぶら下がったルーカンが風の力を使った。ふわりと下から風が吹き上げて来て、落下は止まった。直後、さっきまでいた所に激しい波が押し寄せた。崩れていた建物の瓦礫がいくらか流される。……あそこにいれば俺たちも流されていただろう。……それにしても。

「……お前…飛べるのか…」

「緊急手段っすよ……浮くのがせいぜいであんな風には動けないです」

 あなたも後先考えないですね、とルーカンがため息を吐いて言った。

 ……波はすぐに引いたがまだ海面は激しく波打っている。俺もルーカンも、やけに静かになった海をただ眺める事しかできなかった。


† † †


 墜落した。あぁ、沈んでしまう。この鎧が重くて……上がれない。息が。続かない。ダメだ、ああ、くそ、こんな所で。こんな所では。

 激しく水が動いて、巻き込まれる。蛇鮫竜の巨躯がとぐろを巻いて、やがて僕の目の前にその顔がやって来る。大きな口が迫る。鋭い牙の並んだグロテスクな赤い穴が見える。……ダメなのか。ここで。

 酸素が足りない。苦しくて何も考えられなくなる。ノイシュが何か叫んでいるような気がするが分からない。深淵のように大きく開いた口に飲み込まれる─────その寸前。

 突如蛇鮫竜が僕の目の前から消えた。と、同時に下から上へ何か大きなものが通り過ぎた。さっきよりも激しい水流が巻き起こる。体が揉みくちゃになって訳が分からない。

(…………あれは)

 何か、とてつもなく大きなものと目があった。……鯨? よりもっと、そんなものよりももっと大きい……。

 それは悠々と、あっという間に海底へ消えて行く。蛇鮫竜ももういない。

 ────あぁ、終わったのか。

 それだけ考えたあと、僕は何も分からなくなった。


† † †


「イヴァ───ン‼︎ どこだ────‼︎」

 喉が裂けるかと思うほど叫んだ。誰もいない港で海に向かって叫ぶ。海に出るための舟は無い。蛇鮫竜によって壊されてしまった。

 ……どうしたらいい。あいつにもう、会えないのか。こんなところで会えなくなるのか。

「……王、残念ですが……」

 ルーカンが言う。彼も相当悔しいはずだ。彼がイヴァンのことをよく可愛がっていたことは知っている。

「…………イヴァン……俺が……俺に力がないせいで」

「! 王!」

 力が抜けた。膝から崩れ落ちた。視界が滲む。ダメだ。泣くんじゃない。俺は王だ。弱くあってはならない。立て。民にこんなところを見せてはならない。俺は、俺は────。

「……いくつもの屍を越えて生きる覚悟を────」

「はぁ、誰の」

「!」

「お前!」

 上から声がした。ルーカンの驚いた声に俺も顔を上げた。

「イヴァン!」

 俺は自分の顔が濡れているのも忘れて叫んだ。そこには海に落ちる前と同じように背中に光の翼を持ったイヴァンがいた。……しかしなんとなく様子がおかしいと感じた。よく見ると瞳の色が違う。いつもの紫ではなく、赤紫だった。

「……お前、誰だ」

「うわ待て警戒すんな! ノイシュだよ! 分かれよ!」

 ……ノイシュ? ってあぁ、イヴァンに憑いてる精霊か。……って。

「…………なぜイヴァンの姿を?」

「なぜってこれはイヴァンの体だからだろ」

「?」

 何を言っているのかよく分からない、という顔をするとノイシュは面倒臭そうな顔をしながらも続けた。

「宿主が気絶すると俺たちは単体で外には出られなくなるからさ。精神だけ出してそのまま体を借りてる訳。お分かり?」

「……分からん」

「…………まぁいいけど。今イヴァンは眠ってて俺が代わりに出て来てやってるの。溺れかけてたけど幸い水はあまり飲んでなかったし俺の力でなんとか出て来てやったわけ」

 イヴァンの顔で「俺」とか言われると困惑する。声もそのままだし。

「……イヴァンは無事なんだな?」

「おう。体も問題ない。……ただ……」

「何だ」

「…………あぁいやなんでも。問題ないさ」

 不安なこと言うなよ。……でも良かった、イヴァンが無事で……力がまた抜けそうになるのを何とか堪えた。顔を叩く。しっかりしなければ。

「……そういえば、さっきのアレは……」

「あぁ、あれな。……祈りのお陰かな。街の人たちが一生懸命祈ってたのかも……」

 ────海神竜ネプトゥルヌス。伝説の、『海神の化身』とされるこの星最大の竜。それに違いない。滅多に人の前に現れる事はなく、その姿もほとんど伝承でしかない。それを、この目で見た。全容は分からずとも確かにその姿を俺たちは目にしたのである。

「……あるいは、神は自ら助くる者を助く……かね。……イヴァンの頑張りに免じて助けてくれたのかも、とか」

 まぁあの竜が神そのものってわけじゃねーけどな、とイヴァン……否、ノイシュは肩を竦めた。

「さてと。しばらくイヴァンが目覚めるまでにはかかりそうだからとりあえず俺はこのままでいるけど、王様はどうするんだ?」

「……あぁ、そうだな」

 崩壊した港を見る。……祭どころでは……いや、むしろせねばならないか。蛇鮫竜の脅威から救われたのだから。

「……ユーサーたちと合流する。脅威は去ったと民に伝えなければ」

「そうだな。王の言葉で民は安心するってもんだ」

 にか、とノイシュが笑う。俺は苦笑を浮かべた。

「その顔で喋る時は少し気遣ってくれ。頭が混乱する」

「あぁ……それは悪い……」


† † †


 ……どこだろう、ここは。

 フワフワした感覚。体が浮いている。足がどこにもつかない、目を覚ますとそこは、海の底の様だった。……水の中⁈ ……と焦ったが息が出来る。空気と変わらない。……なんだここは。

 体は浮遊しているが自由に動いた。ぐるりと見渡す限り、何もない暗い深海の風景が広がっていた。

「…どこだここ」

 僕は死んだのだろうか。確か、蛇鮫竜と戦っていて。

 …………死後の世界にしては、変な気がするけど。

【む。此処へ来客が在るとは】

「!」

 低く、水底から響いてくるような声がした。すると、眼前の暗闇から巨大な……なんとも形容し難いモノが現れた。辛うじてそれが生物であることは分かるが、この世のものではない様な姿形だった。

【我が眷属とえにしを結んだか。彷徨いし精神ファナが我が領域へ迷い込むとは。珍しい事もあるものだ】

「……ここはどこなんです?」

 声はその巨大な生物から聞こえて来るようで、僕はそれに質問した。

【此処は“概念世界”……どこの世界にも属さぬ我ら独自の領域よ。此処は全ての時空と繋がり、我らは全ての時空を視る】

「…………」

【ヒトの子には分からぬものよ。本来貴様らの来る所では無いからな。だが稀に貴様の様な彷徨いし者が何かの拍子に迷い込む。……貴様は我が眷属と深く縁を結んだな。故に我が領域へ呼び込まれた】

 何を言っているのか分からなかった。概念世界? 彷徨い? 眷属? 縁? 分からないことばかりだ。それよりまず。

「……貴方は誰なんですか」

【我が名を訊くか、ヒトの子よ。良かろう。我らは人の世を既に離れし者。此の概念世界にて世界の調和を保つ者。原初より在り、悠久の時を生きる者】

 不意に、“畏れ”の感情が芽生えた。この、何とも形容し難い姿形の生き物は、言葉が通じれど根本的に僕たちとは違うものだと、その瞬間理解した。

【我が名は水神、又の名を海神、アクラリウス。創造主アルに創られし第五の創造神、全ての水と海を統べし王也】

 海神……⁈ 海神だって? つまりあの。まさに今海神祭で祀られる神様だと言うのか。

【……驚いているな。本来我らが相見える事は無い。創世を終えた我ら神は天界へ昇った後こうして各々概念世界へと籠もっている。世界の調和が乱れ、滅びの時が来る迄は我らが此処から出る事は無い】

「…………海神様。僕はどうしてしまったんです?」

【未だ死んではおらぬ。一時の彷徨いにより縁に引っ張られ此処へ来てしまったのみ。……しかし自力で貴様が此処から出る事は叶わぬ】

「そんな!」

 それは困る。僕は戻らなければならない。僕には大事な役目がある。

「海神様! 僕は帰らなければなりません。僕には護らなければならないものがあります。まだ、彼の元を離れる訳には行きません」

【強き意志。しかと受け取った。貴様が戻るべき場所へはその意志が導いてくれよう。心配せずとも道は我が開く。……それとも】

「?」

【貴様が望むのならば何れのどの時にも行けるが】

「!」

 彼は言った。ここは『全ての時空と繋がる場所』だと。ここからなら、過去や、あるいは未来へ行ける……? 僕の、拭えない罪を……あるいは父の死を、無かった事にも出来るのか。

【一度きりだ。よく考えるが良い。我は貴様がどのような決断をしようと一向に構わぬ。人の世は刹那。少しくらい流れが変わったとて世界の調和にさしたる支障は無い】

「…………」

 しかし、迷いはなかった。決まってる。戻る所なんて。

「僕は、元の時間に戻ります」

【そうか。良かろう。ならば征くがいい】

 暗闇の中に、白く光る渦が現れた。僕は帰る。アルファイリア様の元に。先生の元に。そこしか、僕の帰る場所はない。

「ありがとうございます、海神様」

【良い。……これも何かの縁。征く貴様に我が祝福を】

「!」

 胸が熱くなった。目の前に光る青い紋様が現れて、それが僕の胸へ吸い込まれた。それは何だかとても不思議な、力が湧いて来るような感覚だった。

【我が印である。大切にせよ。我への信仰を失わぬ限り、以後我が眷属は貴様を助けるであろう】

 白き渦が大きくなる。自ら僕を飲み込むように。視界が真っ白になって海神様の姿も見えなくなった。


#49 END


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