#4 Like attracts like
-神暦36992年4月4日-
ミルディンめ、どこへ行ったんだ。あいつはいつも探している時にいない。どうでもいい時にいる。……何なんだ。
思えば、俺の小さい時からいる。父上と親しくしていたのを覚えている。……一体いつからこの宮廷にいたろう。聞く前に父上は亡くなってしまったし、本人に聞いても何故だかはぐらかされる。ともかく訳の分からん奴で、何歳なのかも分からない。どこから来たのかも。あの服装は何だ、この地域のものではない。
アテリスは確か600年程前、実にまだ奴が幼竜の頃に(今もまだ成竜ではないらしいが)ここへ来たらしい。天から来たと言うが、俺は信じる。友達だからな。神話にも、天界という存在は記されている。神とその徒が住まう世界であると。
…………まぁ、アテリスが何であれ、俺は彼の事は好きだ。友人としてだぞ、勿論。
「王」
「!」
宮廷内をうろついていた俺は、その嫌な声にギクリとしつつ足を止めた。…………本当は逃げ出したい所なんだが。
「このような所で何をされているのです」
「……これはこれは、議長」
立っていたのは、評議会議長のユーサー・アズライグ。いつでも仏頂面だ。頭も堅い。俺は嫌い、というか苦手だ。
「従者もつけず」
「宮廷内だからいいだろう、俺の城だ」
「仕事を頼んでいたはずですが、終わったのですか」
「…………」
「王よ」
「予算の方針案ならイヴァンがもう……」
「それは受け取りました。次のものをお渡ししたはずですが」
「俺は受け取ってない……」
「グリフレット殿にお渡ししました。デスクの上に置いてもらったはずですが?」
あーもう、睨むな睨むな、本当に苦手だこの人は。
「……後で……やっとく。それより、ミルディンを見てないか」
「それより、とは何ですか」
「う、と、ともかく、見ていないか」
こら、俺は王だぞ、もっと自信を持てよ俺。怯むな。相手は歳上だけど。
ユーサーはふむ、と顎に手を当てると言った。
「……魔術師殿ですか、しばらくお見かけしていませんね」
「そ、そうか……参ったな」
「何かお困りですか」
「…………いや、遠征の件をだな」
「遠征?」
「あ」
しまった、まだ伝えてなかった。
「えっとだな、近々……明後日辺り、宮廷騎士と騎士を数人連れて遠征に出るつもりだ」
「なるほど。どちらへ?」
「……ジルギス領へ。気掛かりなことがあってな」
「左様ですか。魔術師殿もご一緒に?」
「まぁ、一応な」
「結構。…………では遠征なされる前に仕事は片付けておいて下さいね」
「……はい……」
スッ、と一礼して、ユーサーはつかつかと歩いて行った。礼儀はあるんだけどな。何かこう、上から来るんだよ。
「…………アテリスのとこ行くか」
ちょっと気分が落ち込んだ。それに、あいつならミルディンがどこにいるか知ってるかもしれない。
† † †
空中庭園は、俺が子供の頃からのお気に入りの場所だ。ここに来ると落ち着く。何より、アテリスがいる。
大きな鳥籠の中の彼は、別に囚われている訳ではない。籠の鍵は開いているから、出ようと思えばいつでも出られる。彼が好き好んであそこにいるだけだ。
階段を上ると、すぐに鳥籠は見える。その中にはポツンとした小さな白い姿がある。……しかし、今日はその前にもう一つ姿を見つけた。
「……あ、おい、ミルディン!探したぞ」
俺がそう声をかけながら駆け寄ると、籠の前に座っていた奇異な魔術師は振り向いて笑った。
「やぁイリア、待ってたよ」
「待ってたよ…………って、どういう事だ」
「イヴァン君に、君に会うように頼まれてねえ。ここで待ってたのさ」
「イヴァンに会っ……?」
「うん。下の庭園でちょっとね。……彼ね、よく俺の事見つけるんだよ」
何でだよ、俺が探しても全然見つからないのに。
「……それで?俺が来るのを予知で見たってか?」
「違うよ、そんな事に使えるほど予知も易いものじゃないし。ただ、ここで待ってれば君は来るだろうなと思ってね」
アテリスとも少し話したかったし、とミルディンは言う。全く、こいつらはこいつらで仲が良い。
「どうしたのイリア、何かあった?」
アテリスが言う。……あぁ、そうだった。
「……ユーサーの奴に絡まれた……だけ」
「そっか、それは大変だったね」
「君はまたあの議長から逃げてるのかい、いい加減仕事もちゃんとしないか。イヴァン君に任せてないで」
「……何で知ってるんだ、イヴァンが喋ったか?」
「違うよ、俺は君の事は何でも知ってるんだ」
「…………今俺がユーサーにお小言貰ってきた事は?」
「それは知らなかった」
「……」
個室での事を知ってて、人目のある場所での事を知らないとは。
「さて、ところで俺に何か用があるんじゃなかった?」
「あぁ、そうだ」
俺はミルディンの隣に座ると、ちょいちょいと手でアテリスを近くへ呼び寄せて、その手を出させて毛並みに触れる。あぁ、相変わらずふわふわとしていて気持ちいい。
「遠征について来い」
「嫌だ」
「おい、俺の命令だぞ」
「俺は君の部下じゃ無いし」
「なっ……」
そうだ、宮廷魔術師は宮廷騎士とは違って、俺の直属の関係にある訳ではない。助言者というか、何というか微妙な立ち位置にいる。俺は王だから一番上なのには変わりないのだが……ミルディンに対しての絶対命令権を持っていない。
「頼むよ」
「ならば俺が必要な理由を述べよ」
「……実はジルギスで光蝕竜が湧いてると言うのを聞いてな…………」
「なるほど。それでその退治に俺の光の魔術がいると。……けど、君も光の守護者じゃないか?」
「……お前には秩序の力が効かなくて困る」
「力の効果を知ってれば効かないと言うのが弱点だよねえ、なんて地味な力だろう、他の臣下達はそうでなくてもきっと言う事を聞いてくれるだろうに」
実は……俺は秩序と光の守護者、二つの属性を持つ双守護者だ。普通、力は父親のものが遺伝するのだが、たまに母親のが遺伝したり、両方を受け継いだりする。一般人の間では稀なケースだが、我ら王族は必ずこの二つを持って生まれる。
秩序の力というのは、まぁカッコ良く言えば“絶対命令権”、ざっくり言うと、“強制的に意見を納得させる”力だ。例えどんな無茶な意見でも納得させてしまう。意識しなければ発動する事は無い。無論、普段は使ってない。……たまに?融通が利かない時に使ったりはするけど?
そんなの無敵じゃないか、と思うだろうが実はそうでもない。先程ミルディンが言った通り、秩序の力の効果を知る者には効かない。だから、この力の内容を知る者は王族以外いない。アテリスはともかく、ミルディンが知っているのは何だか解せない。お前本当に何者なんだよ。
つまり、彼には本当に「絶対命令権」が無いわけだ。彼が言う事を聞く気にならない限りは、俺の命令、否、“お願い”を聞いてくれない。おまけにこの魔術師は捻くれ者と来た。困ったものだ。
「イリア、俺は導く者だ。傍観者、観測者だ。戦闘員じゃない」
「中途半端な光の力だと、影竜族は強くなるだけだ」
「……まぁ、消滅させるのは強力な光の力が一番良いのは確かだけどさ」
光蝕竜は、厄介な竜族である。奴らは光を好む。光を喰らって生きている。黒竜族……影の竜の一種なのだが、奴らは大体適度な光を好む。日光くらいが丁度良いらしい。ピカッ、と強い光を当ててやれば、嫌がる。それが攻撃なら死ぬと言うわけだ。
それ程大型の竜ではない。鰐くらいの、蝙蝠の様な体つきの小型の竜だ。小型といはいえ、竜にしてはという事だからナメてはいけない。黒竜族は共通して群れを作る。中には少々大型のもいて、そいつらですら2、3頭でいる。頭が良いのがまた憎らしい。まだ、ただ凶暴な闇竜族の方がマシだ。
……光蝕竜の厄介なのは、何も退治の事ではない。問題は、光を好み、喰らうことだ。別に口から光を喰う訳ではない。体で吸収している。それ故に、奴らが大量に住み着いた地域は日照りが悪くなる。
今回 光蝕竜が発生したのはジルギス領、そこは国内屈指の穀倉地帯だ。日が照らないと不作になるのは言うまでもない。これは国内全国民の食に関わる。大問題だ。
……ちなみに、黒竜族は一般に刺激しなければ襲っては来ない。つまり、危険度としては低い類だ。春初めの繁殖期には雌雄共々気性が荒くなって危険度は上がるが。……今年は繁殖し過ぎたな。
数が少なければ、それ程害はない。大事な生態系の一つだ。大量発生、というのが問題なだけである。
「人手がいるんだ。俺の力じゃ時間がかかる。広範囲の強力な光属性攻撃が出来るのはお前くらいだろう」
「まぁ、伊達に魔術師はやってないかな」
「だから頼む、食料が無くなったら困るだろ」
「黒竜族は闇で倒した方が楽だけどね」
「闇の守護者の騎士には既に声をかけた。……あぁもう、御託はいいからお前も来い!」
「嫌だよめんどくさい」
「それが本音か」
「てへ」
舌を出すな、こら。
「偶には外に行きたいだろう」
「庭園が広過ぎて宮廷内だけでも十分だよ」
「毎日毎日同じで飽きる」
「おやおや、我が王は冒険がお好きと見える」
「茶化すな」
そりゃ、好きだけどな…………冒険。
「……俺は君の危機で無ければ動かないよ。君があるべき道を逸れそうになったら、俺は助けに出る。それだけ」
「道って……何だ」
「行く先がどんなものか、分かっていたらそれは冒険じゃ無いだろう?」
と、そう言ってミルディンは笑う。
「まぁ頑張りたまえ、竜退治。俺は庭で駒鳥と優雅に昼間のひと時を過ごしておくから」
「ミルディン、僕も見たいな、駒鳥」
「そうか、なら連れて来てあげるよ」
笑い合う二人。くそ、なんだかモヤっとするな。……そう言えばこの二人、なんて言うか……似てる。見た目とかではなくて、雰囲気が。
……ミルディンももしかすると、人ではないのかもしれない。
「……どうしたんだい?イリア」
「ん、いや……何でもない」
俺の視線に気付いて、ミルディンが言うが俺は首を振る。まぁ、何だって良い。よく分からない奴だが悪い奴ではない。
「……まぁいい。遠征は明後日からだ。気が向いたら朝に城門まで来い」
「気が向いたらね。君もちゃんと仕事はしなよ」
「う」
「議長殿も大変だな、小言を言いたくなる気持ちも分かる」
はぁ、とミルディンはため息を吐く。やめろ、折角ここへ来たのに台無しじゃないか。
「どうせアレだろ……税金を上げるとかだろ……上げるわけないだろ……」
「普通は王から評議会へ案を提出して評議会が承認するんだけど、君が彼らに任せてるからこうなってるんじゃないか」
「俺だって国民の為に何かすべきだと思ったら案は出す!」
けど事務的な事は任せといていいだろ別に、あいつらの方が詳しいくらいだし。……若干国が財政難に陥りかけてるのは分かるけど。戦争は金掛かるしなぁ、けど国民を苦しめるような事はしたくないし。
「反感買いたくないのは分かるけど、ちびっとでも上げとくべきじゃないかなぁ、一般庶民からは徴兵してない訳だし」
「……まぁ」
もうお前が全部やれミルディン、その方が絶対いい。
と、そんな気持ちが顔に出てしまったのか、彼は笑う。
「君は不運だよ、歴代最年少の王。まだ王としての器が未熟なうちに王になってしまった」
「……分かってるよそれは」
「そんなに嫌なら議長殿辺りにでも王位を譲って仕舞えばいい。それか、君の姉上か」
「……姉上は外国に行く」
「うん、そうだね。外交の為に」
俺には二人の姉がいる。名はアレッタと、アルフィア。二人とも、それぞれスコートとロトルクへ行く。まだ一年先の事だが、すでにその国の王子との婚約が決まっている。
姉上達は、相手となる王子の事はそれなりに気に入っている様子だが、正直心苦しい所がある。……これではまるで、姉上達は道具のようだ。
「王族以外に王位は与えない」
「なら仕方ない、君がやるしかないね」
「俺は辞めるとは一言も言ってない」
「あとそう、妃もとらなければね」
「……」
……一番の問題はそれなんだよな。
「イリア、王が女性を苦手ではどうにもならないよ」
「……それは姉上達に言ってくれないか」
彼女達のせいだ。女性が苦手なのは。宮廷騎士のトリストラムとベディヴィエールですら少し苦手だと感じる。嫌いな訳ではない、単に苦手なだけだ。
「でもねえ、僕も女の人は苦手だなぁ」
「おや、そうなのかいアテリス」
ミルディンが聞き返すと、アテリスは頷く。
「僕をなんて言うか、可愛いものを見る目で見てくる」
「……それ嫌なの?」
「単にマスコット化してない?僕」
「アテリスは守護竜様だもんな」
「“様”はやめてよイリア」
と、守護竜様は苦笑する。さて、とミルディンが俺の方を向いて言う。
「口煩い護衛官殿が来る前に、そろそろ執務室に戻ったらどうだい」
「えぇ……」
「じゃないと……」
「あー!見つけましたよアルファイリア様‼︎」
「!」
階段の方から声が飛んで来る。振り向けば、イヴァンがつかつかと歩いて来るではないか。
「議長殿からここにいるんじゃないかと聞いて……あ、魔術師殿」
「やぁ。約束通り会いに行ったよ」
「お前が初めからここにいたんだろうが」
まったく。……こいつ、イヴァンが来るのが分かったのか。
「っと、そうだ!アルファイリア様、遠征に行く前に仕事片付けますよ」
「……」
「片付かなかった場合、遠征の予算が下りないと」
「分かった‼︎」
ユーサーの奴!自分が全て握ってるのを良いことに!
俺は立ち上がり、アテリスに「じゃあな」と言って、ミルディンとイヴァンの横を通り過ぎて階段の方へと歩いて行く。「待って下さいよ」、とイヴァンが追いかけて来る。……はぁ。こいつもお節介だよな、尽くしてくれてる感じはあるけど。
……イヴァンを護衛官に選んだ事は、全く後悔していないさ。
#4 END
*新規登場人物*
ユーサー・アズライグ
いつも仏頂面な評議会議長。48歳。光の守護者。