#46 You cannot get a quart into a pint pot
僕達は咄嗟に動いた。全ての光の矢が地面を穿ち、砂埃が舞う。
「エレメント・ファイア」
「!」
影の盾を作る。その時、己の中のエレメントに集中する。……そんな簡単には分からないか。
盾が砂埃の向こうから飛んできた炎を防いだ。「アッツ‼︎」と言うユーステス様の声が聞こえてくる。
「防いだら意味ないだろ君達」
魔術師殿の声がする。砂埃が晴れ、アルファイリア様が光の矢を生成しているのが目に入る。
「“煌めきたる投槍”!」
「エレメント・ダーク」
魔術師殿の前に広がった黒い闇が光の槍を相殺し消える。と、その一から細かな闇の刃が広がり僕らへと飛んで来た。
「いっ!」
当たった。痛い。けど血は出てない。……痛みと同時に感じた少しの違和感。当たった箇所がじくじくとする。しかし、それも徐々に消える。
アルファイリア様とユーステス様も食らったようだ。……あれ、ユージア様の姿がない。と、手に闇を纏った彼が、突然空中に現れる。魔術師殿の至近距離。しかし、魔術師殿はまったく慌てた様子もなく。
「エレメント・グラス」
「!」
地面から蔓が伸びて、空中のユージア様を絡め取ると地面へと投げた。
「ユージア!」
「ちょっ、大丈夫なんですか⁈」
「彼、ちょっとやそっとじゃ止まらないだろう、ほら」
むくりとユージア様が起き上がり、眼鏡を直した。……タフだな。
「はい、それじゃあ続けるよ」
「!」
風、土、水…………それはそれはもう、ありとあらゆる属性が繰り出された。僕らは手も足も出ない。アルファイリア様だって。何を繰り出そうが同等のものを繰り出されて打ち消され、そしてそれ以上に攻撃が来る。食らってエレメントの感覚を掴むのが目的とは言え……痛いものは痛いんだよなぁ!
† † †
「情けないなぁ、全く。君達結局俺に一撃たりとも当ててないじゃないか」
「ぐ……」
「……強い……」
「おま……そんなけ出来るなら出て来いよ戦場……」
ダウン。四人まとめてコテンパンにされた。強いんだな、魔術師殿……あぁでも今回は剣使ってないからな、武器ありならもうちょっと行けるんじゃないか。…………力だけっていうのは結構限界がある。もう1mmも影を動かせない。
「で? 大体掴めたかい?」
腕組みして僕らを見下ろす魔術師殿に、アルファイリア様がやれやれと首を振った。
「疲れただけだぞ、全く……」
「そりゃイリアにはセンスが無かったんだよやっぱり」
「はぁ?」
「イヴァン君は?」
「あ、はい。……影と闇と風の感じは、なんとなく」
「マジかよ」
僕自身の影。それから近い属性である闇。そして、風。これはつまり先生達の属性だ。馴染みがあるから掴みやすかったんだろう。
「イヴァン君は器用だね」
「やるなお前」
「ありがとうございます」
「……なんかムカつくな……」
いや何でですか。
「じゃあ今日はここまでにしておこう。続きはまた後々。端っこさえ掴めばあとは自力で出来ない事もないけれど」
「ちぇ、いいよ俺は光の力伸ばすから……」
「うん、イリアはそれがいいと思うよ」
「っ……ミルディン……」
アルファイリア様に睨まれても、魔術師殿はにこにことしているだけだった。
「ご教示感謝する。また機会があれば是非とも手合わせ願いたい」
「え? うん? 手合わせはちょっと…………もー、どうしてどこの王族もこんなに戦闘狂なんだ」
頭を下げるユージア様に困惑する魔術師殿。気持ちは分からんでもない。アルファイリア様は口を尖らせ、「悪かったな」とぼやく。
「アルファイリア」
ユージア様が言う。アルファイリア様は真顔になる。
「何だ」
「この後、少し休憩したら付き合って貰えないだろうか。感覚を忘れる前にもう少し体を動かしておきたい」
「あぁ、いいぞ」
「感謝する」
ほら、言ってるそばからこれだよ。
僕はユーステス様の方を見たが、彼は肩を竦めて首を横に振るだけだった。
† † †
─神暦36992年7月17日─
それから────狩りに行ったり城の中をうろうろしたり、帝国の話を聞いたり街を歩いたり、時間はあっという間に過ぎて行った。
そして今日、皇子一行は帝国に帰られる。勿論、アルフィア様も一緒に。
「楽しい時間だった、アルファイリア」
「あぁ、俺も」
「次は俺の国に来るといい」
「是非そうさせて貰うよ。同盟国のことはよく知っておきたい」
城門前、ユージア様とアルファイリア様のそんなやり取りを、僕は城側の少し後ろから、見送りの騎士達の先頭で見ている。ユージア様のすぐ後ろにはアルフィア様がいて、そのさらに後ろにユーステス様とユーリ様がいる。
「まぁ、セシリアより少々情勢は荒れているのだが……」
「そこも含めて。多少の危険は承知だ」
「……ふ、そうか」
「………イリアと喋っているとよく笑うな、ユージア殿」
アルフィア様がそう言うので、突然ユージア様は真顔に戻る。
「何だ、悪いのか」
「いいや、だがたまには私にもそういう顔をしてくれてもいいのに、というだけだ」
「嫉妬ですか姉上」
「……まぁそんな所だな」
なんだか腑に落ち無さそうなアルフィア様に、アルファイリア様は苦笑する。
「別にユージアは姉上の事が嫌いな訳ではなくて………寧ろすムグ」
「やめろ恥ずかしい」
アルファイリア様の口を押さえて言葉を遮ったユージア様は赤面している。その様子を見てアルフィア様が「ほほーう」と笑う。
「なるほど、お前の仏頂面は愛情表現か」
「………お前達姉弟はどうしてそう……」
うわ、耳まで真っ赤だ。
と、そう思っているといつの間にか僕の方にユーリ様が近付いて来ていた。
「イヴァンさん」
「はっ、はい」
「今回はお友達になれませんでしたけど、次に会った時こそはなってもらえませんか?」
「………えーと」
「その質問は変だぞユーリぃ……」
その後ろからユーステス様がやって来て、ユーリ様の右肩に肘をかけると腰を屈めて僕に笑った。
「わっりぃな、俺達諦めが悪いんだ」
「………次に会う時までに、心構えはしておきます」
「おっ、前向きじゃん」
王族との間にある精神的な壁を完全に取り払うのはなかなか難しい……。でも、それがもし出来たなら僕は何か成長出来る様な……気が、しなくもない。
「お待たせしてすみません」
「いーよ。それまで楽しみにしとく」
「僕もそうしますね」
ユーリ様も笑った。変な約束だな。でもまぁ、悪くない。
「道中お気を付けて」
「おう! まぁ兄上もサガ大将もいるから平気平気」
「油断は危険を呼ぶぞユーステス。何度もそう教えているだろう」
気付けばユーステス様のすぐ後ろに、ユージア様が立っていた。彼は一つため息を吐くと、表情を少しばかり緩めて僕の方を見た。
「イヴァン殿。弟達が世話になった」
「い、いえ、こちらこそ」
「また今度、機会があれば貴殿とも手合わせ願いたいものだが」
「……お手柔らかにお願いします」
手当たり次第だな。でも光栄な事だ。……ユージア様に認められるくらいには強くなっておかねば。
「お気をつけて」
「あぁ、感謝する」
…………あっという間の日々だった、と思う。結構楽しかった。最初は怖い人だと思っていたユージア様も、そんなに怖い人じゃなかった。アルファイリア様と仲良くなられたし、それから────呑みすぎて僕に怒られもした。
(………やっぱり王族だって人間だ)
なら、やっぱり僕はユーステス様やユーリ様と友達になってもいいんだ。そう思えた。
皇子達が乗り込んだ馬車が出る。護衛をぞろぞろ引き連れて、城門から出て行く。馬の蹄の音と馬車の車輪のカタカタという音、そして兵士達の靴の音が遠ざかって行く。
ふと、アルファイリア様を見ると少し寂しそうだった。……だが、彼はぶんぶんと首を横に振るといつものキリリとした王の顔に戻った。
「さて、片付けだな。お前も手伝え」
「はい」
また、いつもの日常が帰ってくる。平和な城内。いつ来るか分からない戦の時に備えて、鍛錬を重ね、また王と共に書類の山に向かう日々が。
「少しは羽、伸ばせましたか」
「ん? あー、そうだな。うん、なかなか忙しかったが悪くない」
「それは良かったです」
「ユージアのお陰で姉上に小言を言われることも少なかったしな」
「はは……」
まったく。それにしてもアルフィア様もユージア様と仲良くやっておられるようで良かった。政略結婚と言えば無理矢理で良くないイメージがつきがちだけど、彼女達は幸せそうだ。ロトルクとセシリアの関係は良好、これはリーネンスとの戦いにも有効になるだろうか。
────ロトルク帝国は大国、過去にイゼルプスという広大な領地を持つ国を支配せしめた国。軍を統率し戦場を蹂躙する術もセシリアよりも持っているかもしれない。軍事技術が発達した国。学べる事は多そうだ。是非とも行ってみたい────。
アルファイリア様と城内へ向かう。集まっていた騎士達の人垣が割れて道が拓ける。それからその後をぞろぞろとついてくる宮廷騎士達。全員が過ぎると騎士達はまばらに自分たちの持ち場へと戻って行った。
† † †
「なかなか良い国だろう、私の国は」
「あぁ、そうだな」
馬車の中、見送りの声援に手を振って応えながらアルフィアとユージアはそんな会話を交わす。
「来て良かった」
「友が出来て嬉しいか」
「…………」
「まぁ実質奴はお前の義弟になるのだが」
「歳は俺の方が下だが……」
「ユージア殿の方が我が愚弟よりしっかりしているぞ」
「……そんなことはない」
ユージアは窓の外を眺めている。アルフィアは振っていた手を止めると、神妙な面持ちで言った。
「陛下はまだご健在だ。お前がそのことを案ずる必要はない」
「戦の世にそのような安心が得られない事はお前が一番知っているはずだが」
「……そうだな」
アルフィアは僅かに下を向く。蘇る記憶。慌ただしい城の広間と、鼻をつく血の臭い。
「リリアーネス殿は鬼神の如き強さであったと聞いている。……その様な方でさえ、突然──────」
ユージアは一つ、大きなため息を吐いた。
「……同じことがあって、俺はアルファイリアの様になれるのかと」
「…………」
アルフィアはやれやれという顔をすると、ため息と共に言葉を吐き出した。
「馬鹿め。イリアはあれでまだ未熟者だ」
「しかし」
「一人では立てぬ張りぼての案山子だ。お前は何を見ていたんだ」
「……自分の弟に対して散々な言い草だな」
「本当のことを言っている。相当浮かれていた様だな、ユージア殿」
「何がだ」
アルフィアの言葉の意図を汲めず、ユージアはイラッとして彼女を見た。しかしアルフィアはその睨みすらものともせず、半分呆れたような様子で続ける。
「お前の目は節穴か。確かにそれでは王にはなれん。いや、いずれは気付くのかもしれんが…………配偶者として教えてやろう、仕方ない」
何故上から目線なんだ、とユージアは思ったが口には出さなかった。
「良いか。イリアが王でいるのは王族だからではない。奴を信じ、仕え、支える者がいるから王なのだ。元より王は一人では立てぬものだ」
「…………ならば俺は」
「今の、お前ならば大丈夫だ。心配いらん。お前にはお前を慕い信じる弟達や、臣下の者がいる。何より私が側にいる」
「…………」
「私は信じているぞ? ユージア殿は立派な王になるとな」
目をまっすぐ見て言われ、ユージアはカッと顔が熱くなるのを感じた。
「お前たち姉弟はどうしてそう……」
「ふむ、今日だけで二度目だなその言葉」
カラコロとアルフィアは笑うと、言った。
「何、言葉を濁さず正直に伝えた方が誤解も少ないというもの。それがセシリア王家のポリシーだ。国を治めるものにとって、誤解は大きな命取りになる」
「……確かにな」
「ユージアは殿はその辺りだけ少し気をつけた方が良いかもしれんな。まぁ、誤解ならいくらでも私が解いてやるが」
そう言うアルフィア。ユージアはくすりと笑った。
「お前ほど頼もしい女を俺は他に知らない」
「ふふ、当たり前だ」
カラカラとゆっくりと馬車は進み、王都を出て草原の中へ。聞こえていた声援も少しずつ遠ざかり、風に流されてやがて聞こえなくなる。
王都から離れれば守護竜の加護がなくなり、獣や竜などに馬車が襲われる危険が出てくる。ここから先は気は緩めてはいられない。……だが、アルフィアの中にはあまり心配はなかった。
なぜなら。
「ユージア殿は誰よりも頼もしい男だ。少なくとも、私にとってはな」
アルフィアはそう言うと、フッと笑った。
「ならば、私もそれ相応の女であらねばなるまい」
「………お互い様か」
「そうだな」
二人の間には微妙な距離感がある。寄り添うことはしない。どちらかがもたれかかる事もしない。互いにそれぞれが自立し、そうすることで支えになる。二人は恋人でありながら盟友である。直接言葉にはせずとも、そのような意識がなんとなく、二人の間にはあった。
#46 END