#44 A Iittle learning is a dangerous thing
夜。晩餐会が始まる。エントランスに集まった大勢の貴族たち。
「今回は突然のお知らせとなってしまったにも関わらず、これだけの方々にご来場頂けた事には誠に感謝を申し上げたいと存じます」
議長殿のそんな声が、エントランス中に響く。僕は、議長殿の隣で待機。アルファイリア様は階段の上でアルフィア様とユージア様、そしてユーステス様とユーリ様と並んでいる。サガさんは僕から議長殿を挟んだ向こう側にいた。
「さて、それでは今宵のゲストをご紹介致しましょう。我らがセシリアの同盟国、ロトルク帝国の皇子、ユージア様とユーステス様、そしてユーリ様でございます」
パチパチパチと拍手が起こる。階段の上で帝国式らしい礼服姿の皇子三人がお辞儀した。そして、ユージア様が口を開く。
「22年前、私はこの国の22代国王リリアーネス様よりアルフィア殿との縁談を頂きました。私はそれをとても嬉しく思っております。両国の橋渡しとなれるよう精一杯頑張らせて頂きます。今回の滞在ではセシリアの文化を学ばせて頂きたく……皆様とも是非お話しさせて頂きたい。どうぞよろしく申し上げる」
拍手。ユージア様がまた頭を下げる。ユーステス様とユーリ様も遅れて頭を下げた。
「さて。それでは参りましょう。皆様グラスのご準備は出来ましたか」
メイドさんがやって来て、僕と議長殿、サガさんにワインの入ったグラスを渡して行く。上でもアルファイリア様達に二人のメイドさんが渡していた。集まった人々の手には既にそれがある。
「では」
議長殿がワイングラスを掲げた。
「セシリアとロトルクの同盟に、乾杯!」
† † †
「ちょっと待ってくれ」
「ん?」
先に階段を降りようとすると、ユージアに引き止められた。
「俺と共にいてくれないか、セシリアの貴族の勝手が分からない」
「あー……そうだな」
確か帝国には身分制度が無いのだったか。皇族か否かの二択。皇族に仕えるのは軍人。皇帝が軍の元帥だから。
まぁ、慣れないのは仕方ないな。
「何だ私ではダメか?」
姉上が不満そうにユージアに言う。
「お前はこういう場では俺といると色々と面倒臭い」
「そんな事はないだろう」
「いや、ある……目に見えている」
うむ。割と姉上はユージアにゾッコンのようだから“面倒臭い”と言うのは何となく分かる。
「姉上、ここは俺に」
「イリア……」
と、俺を見た姉上がふと何かに気付く。
「待て、お前達いつの間に仲良くなった?」
「姉上がそう仕向けたんじゃないんですか」
「た、確かに狙って二人きりにさせたがそんな簡単に仲良くなるとは思っていなかった。ユージア殿はイリアとは全然違うタイプだからな」
珍しく姉上が驚いている。少し心外だ。俺のそんな感情が顔に出ていたのか、ユージアがため息を吐く。
「お前は弟ではなく俺に意外性を感じているんじゃないのか」
「その通りだ!」
「見くびられたものだな」
「私はユージア殿を心配して言っているだけだぞ! ……あぁいや、していた、という方が正確か。それも杞憂だったようだが」
ふむ、と姉上が顎に手を当てて考え込む。
「よし、分かった。ならば私は自由にさせて貰おう」
「あ、じゃあ俺らがついてっちゃダメかな」
ユーステスが言う。ユーリもその後ろからコクコクと頷く。
「あぁ、そうだな。そうしよう」
「やった」
「緊張します……」
ユーリが胸に手を当て、深呼吸する。うん、俺も最初のうちはそうだった。社交場に出たての子供の頃だけど。
階段の下へ目をやると、司会のマイクの所にユーサーはとっくにおらず、イヴァンと……あいつ何だっけ? えーと……あぁ、サガ。そいつが話しているのが見えた。……何話してるんだろ。
「どうした?」
「ん? あぁいや。じゃあ行こうか」
階段を降り、既に食事と会話を初めている貴族達の中へ。降り口のすぐそばにベルナールとルヴィーレンが待ち構えていた。俺はベルナールの方へ寄ると肩に手を置いた。
「待たせたな」
「いえ。……ユージア様もご一緒ですか?」
「あぁ。頼めるか?」
「構いません。では参りましょう」
「よろしく頼む」
「はい」
深く、ピシリとしたお辞儀をユージアにするベルナール。
「イヴァンさんは放っておいて大丈夫でしょうか?」
「あぁ、あいつはいいよ。さっき帝国の護衛と話してたし」
「奴は護衛ではないのだが……まぁ似たようなものか。サガが迷惑を掛けていないといいが」
「心配いらないと思うぞ」
「……そうか」
と、今のやり取りを見てベルナールが不思議そうな顔をしている。
「何だ」
「…………いえ。何でもありません」
「皆んな不思議そうな顔をするんだ。どうした、そんなに意外か」
「……心でも読めるんですか? まぁ、はい。少しお二人の様子に驚いただけです」
失礼な奴。まぁ、こいつは昔からこんなもんだけど。ベルナールはユージアの方へ向き直ると、ぺこりと頭を下げた。
「この様な未熟な王ですがどうぞよろしくお願いします」
「いやこちらこそ。……俺と同年代で国王の座に就いているのだからむしろ尊敬している」
やめろ恥ずかしい。何でこいつはそんな事を真顔で言えるんだ。
「さて、お腹も空いておられるでしょうから参りましょう」
「ん、あぁ」
うん、確かに腹は減った。
† † †
────時はユーサーの挨拶が終わった直後に遡る。
「……イヴァン殿、でしたかな」
「え、あぁ、はい」
サガさんが話しかけてきた。低く渋い声。強面の上に、左の目と眉とそして鼻に入った傷痕がなかなかに迫力がある。おまけに背が高い。アルファイリア様よりも……多分ユーステス様よりも高い。議長殿より頭一つ出ていた。……その議長殿は今はもう人混みの中に紛れてしまった。
「昼間は皇子達がお世話になりました」
「あぁいえ、とんでもない……」
「大変だったでしょう、彼らの相手をするのは」
「……いえアルファイリア様と大差ないです……」
思えばここへ来て最初の頃はアルファイリア様には畏れ多すぎてまともに会話も出来なかった。……し、あぁいうややフランクな感じはアルファイリア様も同じだ。ユーステス様は、ちょっとアレだけど。
「ふふ。そうですか」
サガさんが笑う。おぉ、笑うんだこの人。……今日何回目だ? これ。
「どこの王族もこういう感じなのか……と」
「それは良い方向で受け止めてよろしいのでしょうか」
「も、勿論です」
何を言ってるんだ僕は。誤解されたら大変なんだぞ。されなかったから良かったけど。
「とても、親しみやすい感じで……」
「そうですか」
「あ、でもそれに僕が追いつけていないというか」
「でしょうね。国内でもそうです。ユーステス様は特に」
「あぁ……」
「今回は初めて国外に出られるということで浮かれていらっしゃるのです」
あの人いつもああいう感じなのか……。
「人の名前を覚えないのは昔からですか?」
「申し訳ない」
「サガさんが謝ることじゃないですよ……」
「あの方は……何というか物事について深く考えない性分で」
「深く……」
まぁ猪突猛進タイプかなぁとは思うけど、そうじゃないだろ。
「悪気がある訳ではないのです」
「それは……分かりますけど」
「……貴方がお優しい方で良かった」
どこか遠い目をして、ほっと息を吐くサガさん。……苦労して来たんだろうな、というのが伺える。
「サガさんは宮廷に仕えて長いんですか?」
「軍に入って、という意味ではもう30年になりますな。本格的に……貴方の様な立ち位置である大将になってからですと20年くらいですか」
「へえ」
「イヴァン殿は?」
「あぁ僕はまだ一年半ぐらいで……」
「おや、それは。王と親しくしておられるものですからもう少し長いのかと」
「あはは……」
そうか、傍目から見るとそうなのか。……でもまだベルナールさんとアルファイリア様のようには行かない。
「……この一年半で…………彼の事はかなり知れたと思いますけど、まだまだ知らない事は多いんですよ。時々それを思い知らされます」
「ふふ。他人はあくまでも他人です。完璧に知ることなど本人でない限り出来ません」
「そう……ですよね」
「私は皇子たちの姿は彼らが幼い頃からずっと見ていますが、まだまだ新しい発見があるものです」
「へえ……」
「だから気に病むことはありません」
気に病んでいる、ということはない。でも時々不安になるし、もどかしいこともある。もっと彼の事を理解出来れば……もっと、彼の助けになれるかもしれないのに。
そんな事を、しばしば思う。
「……それから、少し気になっていたのですが」
「はい?」
「貴方、貴族ではありませんね」
「………分かりますか」
「やはりそうですか。えぇ。何というか、他の方々よりも腰が低いように思えて」
…………身長の話じゃないよな? うん。
「何故貴方の様な方が護衛官を?」
「……敬語やめないんですね?」
「私とて庶民です。帝国には身分制度がありませんから。しかしセシリアは違うでしょう」
そうか。帝国には貴族がいないのか。皇族以外はみんな庶民。モノを言うのは己の実力のみ、って感じだろうか。でも、セシリアはそうじゃない。どう足掻いても変えられないものがある。
僕はさっきのサガさんの質問の答えを考えた。
「────どうして、でしょうね。僕にも分かりません」
一呼吸置いて、僕は言葉を選びながら続ける。
「特に僕が頑張った訳でもないし、なりたいと望んだ訳でもない。……とはいえ、後悔なんてしてないんですけど……。気が付いたら僕は王の側にいたんです」
思えば数奇な運命である。一介の傭兵でしかなかった僕が、どうしてこんな事になっているのだろう。王の手により偶々……色んな因果が重なり合った結果、こうなった。僕は貴族の位を貰い、こうして宮廷に仕え、日々を王と過ごしている……。改めて考えるとすごい事だ。アルファイリア様があまり、それを感じさせないのだけど。
「僕は王に比べて強くはありません。アルファイリア様は護られる必要がないくらいお強い方ですから」
「はは、うちもそうです。陛下に一人で勝てる者など国内にはおりません。私でも無理です。……まぁ、まだまだ皇子達には引けは取りませんがね。そのうちユージア様達も我々の手の届かぬ存在になりましょう」
……どこの王族も強いのか。アルファイリア様も、もっと強くなられるのだろうか? いつか僕が追いつけらる日なんて……。
「しかし、王も完璧ではありません。時には弱ることもあります。それを支えるのが我々の役目です」
「…………えぇ」
議長殿の言葉を思い出した。
『その重みに、いずれ王は歩みを止めてしまうかもしれません。残酷な事かもしれませんが、その時はあなたが背中を叩いて無理にでも進ませて下さい』──────
王がその足で立って、歩み続けられるようにするのが僕の仕事。王の命を守るのは勿論だが、精神的な敵から王を守るのも僕の仕事である。僕は心だけでも王より強くあらねばならない。王が“人"であるならば、僕が代わりに──────。
「イヴァン殿?」
「え? あ、あぁすみません」
「何か神妙な顔をされていましたが……」
心配そうな顔で僕を見るサガさん。僕は首を振った。
「………何でもありません。あの、サガさん。そろそろ何か食べませんか」
「ん、あぁそうですね」
目の前にはたくさんの料理が並んでいる。僕はそれを囲んでいる貴族たちの群れの中に、アルファイリア様の姿を見つけた。ユージア様と一緒だ。貴族と話している。……あれは…………シベリウス殿?
† † †
「こんばんはアルファイリア様、そしてユージア様」
げ。面倒臭いのに捕まった気がする。
「こちらは?」
金髪の初老の男性に突然話しかけられ、ユージアが俺に訊いてくる。
「あー、こちらはシベリウス殿。セシリアの有力貴族の当主だ」
「お初お目にかかります。モルジェン・シベリウスと申します。此度のご訪問、大変嬉しく思います」
「あぁ。ユージア・ヴェルン・ロトルクだ。よろしく頼む」
ユージアが右手を差し出し、そしてそれをモルジェンががしりと掴み握手する。モルジェンはにっこにこ。こいつ、帝国にまで手を伸ばすつもりか。
「今日はグィ……ご息女は」
グィネヴィアの姿が無いのに気付いて、俺はそう言った。
「風邪を引きまして。連れて来られず申し訳ございません」
「いや……いいんだが。……お大事にな」
「ありがとうございます」
まぁ、いたらいたで何だかややこしい。俺は話題を変えようと口を開こうとした。が、それより早くモルジェンが口を開いた。
「近頃立て込んでましてね。詳細は伏せますが実は先日、取り引き相手の不正が発覚したのです」
「それは……大変だな」
「えぇ、全くです」
身の程知らずな。シベリウス相手に何か悪事を働いけばどうなるかなどこの国の貴族なら嫌と言うほど知っているだろうに。シベリウス以外の貴族の子供は嫌という程聞かされる。“シベリウスには逆らうな”。それはもはや暗黙の了解なのである。王族の俺ですら『気を付けろ』と言われ続けている。
その当人は不敵な笑みを浮かべている。最も王族に近い貴族。下手をすれば俺より恐ろしい。……俺はそうやって笑顔の裏で他の貴族を潰したりしない。
「シベリウス殿は貿易商か何かなのか」
…………あ。
「いえ。貿易という程のものは。ただ国内での物品の流通は取り扱っております」
「なるほど、仲介業者か」
「そのようなものと思っていただければ」
食いつくな食いつくな! こいつと迂闊に関わってロクな事はないぞ! 全く俺が言えた事ではないが!
「私は様々な商品を扱っております。アルファイリア様にもご贔屓にしていただいて」
「……まぁ、仕事に関しては信用出来るからな」
────おっと、本音が漏れた……。だがモルジェンはさして気にした様子もなく話を続ける。
「当然でございます。この商売は信用が第一ですからね。また何かご入り用でしたら是非お申し付け下さい」
「そうか。実はセシリアの物産に興味があるのだが」
「なんとそれは」
ユージアの言葉にわざとらしく驚くモルジェン。いや、こういう会話になるのを狙ってたんだろ。
「父上も同盟国間の貿易を考えておられる。もし、そういう事になれば貴殿を頼ってもいいだろうか」
「それは是非。実に光栄な事であります」
にこにこと笑うモルジェン。俺はユージアの肘を軽く引っ張る。
「……何だ」
「失礼、シベリウス殿。我々は他に挨拶をせねばならぬので」
「おや、そうですか。お時間をいただいて申し訳ない」
「いや。では、今夜は楽しんでくれ」
ユージアの腕を引き、モルジェンから離れる。フロアの端まで来て彼の手を離すと、ユージアは怪訝な顔をしていた。
「急にどうした」
「シベリウスに迂闊に手を出すと痛い目に遭うぞ」
「ん?」
「セシリアの貴族間でよく言われることだ。それが友好的であれ敵対的であれ」
「とは言え数多あるうちの一貴族だろう、王家が恐れる程のものなのか?」
「俺はともかく、お前は貴族の扱いを知らないだろう。とにかく、うちと貿易するなら俺を通せ。いいな」
「……お前がそう言うなら……そうするが」
腑に落ちない顔のユージア。……はぁ。まぁ必ず悪いことが起こるわけじゃないが。シベリウスとは軽い気持ちで関わりを持たない方が良い。奴は仕事には信頼が置けるがその他は何をしてくるか分からない。好き勝手にさせるものか。ここは俺の国だからな。必ず手中に──……。
ちら、とモルジェンがいた場所へ目を移すと、彼はもう人混みの中に姿を消していた。
#44 END




