#43 Distance lends enchantment to the view
「ところで……こう言ってはなんだが随分と小さいのだな」
「う」
「セシリアはそんなに若い国だったか」
ユージア様の言葉に、アルファイリア様はうーんと考える。
「建国は36100年の4月1日だ」
「帝国が36096年。……そんなに差はないな」
「ロトルクの守護竜は?」
「立派な女性の守護竜だ。彼女は好んで竜に近い人型を取っているが」
好んでじゃなくて悪かったね、とばかりに守護竜殿が頬を膨らませるがユージア様は気付いていない。
「建国からすぐに守護竜が送られていたとしても900歳くらいじゃまだまだ成竜じゃないよ」
「でもリーネンスの守護竜もデカいぞ」
「…………」
守護竜殿は口を噤む。鹿の様な耳が垂れた。
リーネンスなんかもっとセシリアと建国年が近い。向こうの方が早くはあるけど。でも、僕らは実際に見ている。彼の体躯は成人した男性そのものだった。竜型だとどれくらいになるのか。
「……急速に成長する何かがあるのか」
アルファイリア様が顎に手を当てて考え込む。
「僕に足りないもの……」
「運動不足なんじゃないか?」
「なっ……イリア!」
「一理あるかもしれないな」
「!」
ユージア様が頷く。
「失礼、貴方は戦場に出た経験は?」
「……ない」
「なるほど。……ちなみに、俺はウルスラ様の幼い姿は見ていない。だから正確な成長の過程を知る訳ではない。ので、これは仮定として聞いて欲しいのだが」
ユージア様はアルファイリア様を見る。
「国には……少なくともこのレンダリアの、百年以上の歴史がある国には守護竜がいる訳だが……その中にはかつて、消えた国もある」
「!」
「例えば、今は我が国の領土の一部になっているイゼルプス。あれにもかつては守護竜がいた、という。遥か古代から存在する国だからな。民は残っているが本質的にイゼルプスは滅び、またその守護竜も今は存在しない」
「……消えた?」
僕が思わず呟くと、ユージア様は首を振った。
「国史を学んでいた時、それが気になりウルスラ様に直接訊いたことがある。『あの砂漠の国の守護竜はどこへ行ったのか』……と」
少し、彼の顔が曇った。ユーステス様とユーリ様はその話は知らないのか興味深そうに聞いている。アルファイリア様も、僕も同様だった。
「……彼女はこう淡々として答えただけだった。ただ一言、『私が喰った』と」
「⁈」
「それ以上の事は聞いた訳ではない。イゼルプスが滅んだのは36126年の事。かの国には途方も無い歴史があり、ならばその守護竜も強大だったはず。当時の我が国はまだまだ若い国……ウルスラ様は今のアテリス様より随分と若かったはず。それを……」
「…………」
守護竜殿は黙っている。何か、思い当たる事でもあるのだろうか。
「……それが守護竜の成長に関わる事なのか、正確な事は分からない。だがウルスラ様にありアテリス様にないことであること、それから“守護竜”という性質を鑑みるにそういうこともあるのではないかと」
「…………今日の兄上はよく喋るな」
「本当ですね」
「うるさい」
弟二人の言葉に怒っているのか照れているのかよく分からない声を返すと、ユージア様は咳払いをした。
「まぁこれは学者でもない俺個人が行き当たった一つの仮説だ。そうかもしれないぐらいに思っていて欲しい。……ウルスラ様に訊けば早いのだが、まぁ、その辺りは察してくれ」
子供の頃ならまだしも、大人になった今、仮にもレディにそういう事は訊きたくない、という事だろうか。
「……だがその昔セシリアはウルファンという国を滅ぼしている」
「あぁそれはね、イリア。ウルファンには守護竜がいなかったんだ」
「え」
守護竜殿にびっくりした様な顔を向けるアルファイリア様。守護竜殿は呆れたような顔をした。
「国史やってたら分かるでしょそれは。……僕はその時70歳くらいだったからあんまりよく覚えてないけど…………でもウルファンは建国から百年も経たない小さな国で……今のラルマ州だよ」
「ここじゃないか」
「そうだよ」
……昔、セシリアの王都はテフィリアにあったんだよな。だからセシリア王族の名前には「テフィリス」が入ってる。リーネンス王家の「フレアドル」はフレアドランから取ってるし、ユージア様達はそのままの「ヴェルン」。帝都のある州の名前。スコート王族は「ミンミ」だ。「〜の」みたいな意味が入ってたりそのままだったり、その辺は色々みたいだけど。
それはさて置き、ウルファンを征服し次にリーネンスへと狙いを定めたセシリアはよりかの国に近いこのラルマへ王都を移した。これくらいは、学校に行っていない僕でも知っている。子供は大体大人に嫌と言うほど聞かされる。毎年4月1日、建国の日に。
「僕は本当に、これまで一度も戦場には出てない。今までセシリアが征服しきったのはウルファン一つだし、歴代の王達は僕にこの王都周辺を任せて戦場に連れて行く事はなかった。……そのお陰で、今もこの国は存続しているのかもしれないけど」
「?」
守護竜殿の呟きに、僕は首を傾げた。
「国の滅亡とは王家の崩壊ともう一つ、守護竜の喪失。王位継承者か守護竜のどちらかがいなくなれば、それは国の滅亡になる……」
だとすれば、戦場にルシオラを出しているリーネンスは随分な博打だ。……あぁいや、でもそもそも守護竜は人の手で斃せるようなものじゃないのかもしれないな。あの感じ……。
「───守護竜を斃せるのは守護竜だけ?」
気付けば僕はそれを口に出していた。ピクリとアルファイリア様の眉が動いた。守護竜殿は斜め前に首を傾げた。
「それは……あるのかも」
「俺が思うに、守護竜は半ば概念的なものなのだろう。生命を持ちながら、生命を持たない。国そのものであり、国が存続する限りは永久に生き続ける……そうではないか?」
「……さぁ。遠い未来の事は分からないや」
ユージア様の言う事は少し難しい。守護竜殿も困っている様だった。
「……リーネンスを倒す鍵はアテリスか」
アルファイリア様が真剣な顔で呟いた。沈黙。……空気が重い。なんとかしたいな、と思いつつも口を開く勇気がない。その時。
「へい。お客さんの前でそういう話をするもんじゃないよ」
「!」
上から声がした。見上げれば、鳥籠のてっぺんに魔術師殿が座っている。
「……誰だ」
「これはこれは失敬、帝国の皇子様」
と、そう言って肩を竦めると魔術師殿は鳥籠から滑り降りて来るとアルファイリア様のすぐ後ろに立った。そして「紹介して」と言うようにアルファイリア様へウィンクした。
「……あー、これはうちの宮廷魔術師のミルディン」
「そうか。……ユージアだ。よろしく頼む」
「こちらこそね」
ユーステス様とユーリ様も遅れて自己紹介すると、魔術師殿はにこりと笑みを返した。
「イリアに友達が出来て俺は嬉しいよ」
言った! 直球に! やっぱりそうなのか!
ユージア様はどう返す? ちょっとドキドキしながら様子を伺うと、彼は仄かに笑った。……笑った。
「こちらこそ」
「王族っていうのはなかなか難しい立場だもんね。分かるよ。こちらから手を伸ばしても、友人になってくれる人間はなかなかいないものだ」
ユーステス様の言葉を思い出す。
『国内じゃあさ、俺ら皇子はやっぱ皇子だから絶対普通の友達とか出来ないワケ』───────
……うーん。そうか。やっぱり寂しいものなのかな。でも、僕にはなかなかそういう勇気は持てない。僕は本来貴族でもない、ただの平民だ。その意識がやはりどこかに根強く残っているんだろう。どこかで、(アルファイリア様も含めて)王族という人種には一線を引いてしまう。恐らく、貴族の皆とは別の意味で。
自分で言うのもなんだが、僕は根は真面目だから立場的なところはちゃんとしておきたいと思う。
チラリとユーリ様の方を見た。僕は……友達になるべきなのか? でも、言われてなるのは何か違う。それは、“なってあげる”という憐れみの情に近い。そういうのは、嫌だ。……自然になれないならそれは多分、友達じゃない。
「なんだミルディン。まるでお前も王族であるような言い方だな」
「違うけど。でも俺も友達が少ない」
「だろうな。アテリスくらいだろ」
「嘘、イリアは違うのかい」
「違うだろ」
「……地味に傷付くね」
肩を落とし、ため息を吐く魔術師殿。でもあまり傷付いているようには見えない。
「まぁ俺は観測者だから、それくらいで良いんだけど」
「宮廷魔術師ってのはどんな事をするんだ?」
ユーステス様がわくわくしたような顔で言った。魔術師殿は「そうだね」、と顎に人差し指を当てて考える。
「主に未来予知や占星による行動の助言、かな。時々戦場にも出るけどあまり出たくない」
「こいつの魔術は誰よりも強いぞ、多分」
「嫌だな、そんな褒めるんじゃないよイリア」
全然照れた様子が無い。当たり前じゃないかという顔をしている。
「……魔術師って、守護者とどう違うんだ?」
ユーステス様がまた訊いた。うん、と魔術師殿は頷いた。
「少し難しいかもしれないけどね、例えばほら」
魔術師殿が誰もいない方向へ、杖の先を下にして振った。すると、白い大理石の床の上が一直線に凍りついた。
「!」
「守護者にはいない氷と雷属性。でもまぁ、この世には存在してるエレメントだ。少ないけどね。守護者は通常、己の体から生成されるエレメントか、空気中に存在するエレメントをそのまま使って力を使う。でも魔術師はそれを変換する力を持ってる……と言えば分かるかな」
「変換」
「そう。……空気中のエレメントを操るにしても、自分のと混ぜなきゃいけない。君達はその辺り特に意識はしてないだろうけど」
確かに。自分のなのか自然のものなのかなんてのは特に意識した事がない。多分、地面の影を動かすのが自然のもので、影の刃を作り出したりするのが自分の……かな? 力の種類にもよりそうだ。でも何にせよ力を使う時は自分が作り出すものが必要だから疲れてしまうんだ。
地面の氷がパキン、と音を立てて割れるとキラキラと消えた。
「まーね、変換するのもそんなに楽じゃない。初めは詠唱しながらゆっくりしか出来ないし。慣れれば詠唱無しでも出来るけど負荷はそのまま普通に力を使うよりかかるからね」
「……それって僕らでも出来るんですか?」
ユーリ様が訊いた。魔術師殿は首を傾げる。
「どうかな。才能があるか無いかはやってみなきゃ分からない。でも独学では難しいよ。特に治癒とか特殊な術はね」
「お前苦手だって言ってたな」
「まぁね」
アルファイリア様の言葉に魔術師殿は肩を竦めた。そして、一瞬顔を曇らせた。……でもそれは本当に一瞬の事で、見間違いかもしれない。
「────さて。そうだな、滞在中もしどうしても君達が魔術を学びたいと思うなら教えてあげない事もない」
「え」
すると、アルファイリア様がものすごく怪訝な顔をした。
「……お前、頭でも打ったのか?」
「打ってないよ」
「だってお前、俺が昔『魔術教えてくれ』って言った時『嫌だ』って言っただろ!」
「君には才能が無いからねぇ……」
「何で分かる!」
「あんな勉強に不熱心な子が魔術を習得出来る訳がない。どうせ途中で投げ出すに決まってるのさ」
「俺は強くなることに努力は惜しまないぞ」
「どうだかね。……まぁ、せっかくの機会だしイリアも良ければイヴァン君も教えてあげない事もない」
「どうして上から目線なんだ」
さっきユージア様達にもそうだったぞ。
「俺が王族に対して敬意を払う理由がないからさ。……さて、どうかな帝国の皇子諸君」
「………是非とも、セシリアの魔術には興味がある」
ユージア様がそう言って頭を下げた。……王族が一介の魔術師に頭を?
「俺の事はミルディンと。イヴァン君みたいに『魔術師殿』でもいいけどほら、言いにくいだろう?」
「では、ミルディンと」
僕は別に呼びにくいと思った事はない。
「今日は疲れてるだろうからやめておこう。明日から暇だろう? 朝はゆっくりしたいだろうから昼からにしよう」
「朝ゆっくりしたいのはお前だろ」
「じゃあ訓練場集合ね」
「無視か」
キラキラと光を残して魔術師殿の姿が消える。その様子を三人の皇子は驚いた様子で見ていた。
「き、消えちゃいましたよ!」
「……普通のとは違うようだな」
ユージア様が冷静にそう分析した。うん、普通の光の力での移動ならそう遠くへは行けない……というか、障害物を越えられないし。
ふと、開いている空を見上げた。陽が西に傾いている。もうじき夕方だろう。
「アルファイリア様、晩餐会の準備に向かわないと議長殿に怒られますよ」
「あ、そうだった……ってかそういえばベルナールはどうした」
え、気付くの遅くない? 下でアルファイリア様達と会ってからベルナールさんの姿はない。
「彼ならアルファイリア様と合流する前に『準備があるので』と言って厨房に向かいましたよ」
「……そうか」
真面目な仕事人間。恐らく今頃はルヴィーレンさんと一緒だろう。
「すまないイヴァン、後のことは任せた」
「はい」
「では俺は失礼する。また、後で」
「あぁ」
ユージア様が応える。アルファイリア様は先に一人で降りて行く。後に残される僕と、皇子三人と、守護竜殿。
……これは。
後ろを振り返ると、異国の皇子の姿がある。僕より大きい人が二人。ユーリ様はまだしもやはり兄の二人はこう……正面に立つと圧がすごい。
「えぇと、じゃあ客間に案内しますね」
「助かる」
「お前なんでそんな強張ってんの?」
そう言ったユーステス様の足をユージア様が後ろ向きに踏んだ。「痛ッ!」と叫んだユーステス様が足を抑えてうずくまる。
そちらを見向きもしないでユージア様が仄かな笑みを浮かべる。
「失礼、気にするな」
「……いえ」
やっぱりユージア様ってちょっと怖い。
#43 END




