#42 Appearances are deceptive
どうしてこうなった……。どうして俺がユージア皇子と二人きりに。出たは良いもののずっと黙ってついて来るし……振り向いたら時々辺りをキョロキョロと見渡してるけど。何か聞きたい事とかないのか。それで今はじっと俺を見つめてる気がするし。何にせよ無表情すぎて何考えてるか分からんし……。同じ仏頂面でもユーサーの方がまだマシだ。
「アルファイリア殿」
「なっ、んだ」
突然呼び掛けられ、びっくりして思わず声がひっくり返ってしまった。しかしユージア皇子のその表情は微動だにせず、俺の顔をまっすぐ、その鋭い目で見て言った。
「ずっと見ていたがその足運び、貴公はアルフィアに聞いた通り腕の立つ武人と見受ける。是非とも手合わせ願いたい」
……えー、そっちから言って来るのか。予想外。さてはユージア皇子もなかなかの戦闘狂と見た。
「良いぞ。願ってもないことだ」
「それは良かった」
「うちには良い訓練場がある。そこでどうだろうか」
「ほう」
あ、笑った。笑ったけど不敵な笑み……好戦的な笑みだ。怖。狼とか肉食の獣みたいだ。本当に皇子なのだろうかこの人は。
「訓練場はすぐそこだ。案内しよう」
「あぁ」
……今気付いたけど、足音がしない。いる気配は感じるものの、静かだ。砂の地面で足音を立てないとは……本当に気配を消されたら、いても気付けないかもしれない。確かロトルクの皇子達は皆18歳で軍に入隊しているというから、ユージア皇子は16年も軍にいる事になる。王になってから出陣している俺よりも遥かに実戦経験は多いはずだ。……そんな彼がどんな実力を持っているのかは、正直気になる。
木に囲まれた、三つの訓練場。その一番手前に入る。
「模擬剣で良いか?」
「……出来れば真剣が良いが」
おっと……マジか。殺す気か?
「本当の実力が見たい。ので、是非。多少の怪我は気にしない」
「……お互い怪我をすると姉上に怒られそうなのだが」
「ならば出来る限り気をつける」
とは言っても。……帝国の人間って皆んなこうなのか……? 騎士同士でもなかなか真剣でやろうとは言わない。たまには寸止めであるにはあるけれど。……騎士同士ならまだしも、相手は騎士じゃない。
一応腰には聖剣が提がっている。正装の一部として。……王の証、この国じゃ王冠に相当する品だからな、これは。
さて、仕方がない。ここで受けねば名が廃る。所詮そこまでの男だと見られるのも癪である。それに、興味はあるんだ。
「それでは」
俺は位置につく。ユージア皇子も位置についたのを確認し、俺は聖剣を抜き、騎士の構えをし、その後前に剣を片手で構える。大して皇子は深く一礼すると、そのまま腰の長剣を抜いた。……長い。聖剣も刃渡りは普通よりある方だが、それよりも長い。刀身は暗い青紫色の光を放ち、装飾などはなく質素な作りである。それを右手で、自然な形で鋒を地面につけるような形で構えている。……この感じ、アレだ。
「こちらはこちらのやり方で行くが」
「あぁ、構わん」
「承知した」
先制、皇子が動いた。地面を蹴り、間合いを詰められる。片手で軽々と、外側から長剣が振られる。それをこちらも片手で凌ぐ。……重いし、遠い。間合いがこっちと合わない。
まずは様子見、キンキンと何度か撃ち合う。俺の剣筋を的確に見ている。芯に当ててくる感じがある。痺れるな、これ。……良い、強い。ロトルク皇族の長兄、その実力は十二分にあると見た。思わず笑みが零れる。フッ、と向こうも笑い返してきた。
一度退がる。しかしやはり追撃される。力強い踏み込みと、一撃目の反動を利用した斬撃。受ける。ギリギリと力が均衡する。なんとか弾き返し、剣を前へと肩口を狙って突き出す。体を引いて避けられた。……当たっても困るけど。避けたそのままの勢いで、彼は後ろ向きに体ごと回して剣を振った。右手を上に、鋒を左手で抑え剣で受ける。……っ、重いなやっぱ! 力を込め、跳ね返した。皇子が少し驚いたような顔をする。が、踏み止まりすぐに攻撃を返して来た。キンキン、とまた打ち合う。押し返す。端へ追いやってやる。間合いを詰めればこちらのものだ。その長い剣を振るうにはある程度の距離が必要だからな。
「!」
後ろが無くなっている事に、皇子が気付いた。ハッとした焦りの色が見えた様な気がした。喉元に寸止めで終わり、と剣を引いた時、皇子の左手が伸びて俺の羽織りを掴んだ。
「え」
……失念。これは他流試合。分かってただろう、彼の戦い方は元のイヴァンが持つものに似ていると。
引っ張られる。転ける! と思った時には既に俺の姿は皇子の目前から消えていた。……光の粒子を残して。
「……ここまでにするか、本当に怪我をしそうだ」
前屈みな皇子の頸に鋒を向け、俺はため息混じりに言った。剣を下ろし、鞘に納める。皇子は布を掴んでいたはずの左手を開いたり握ったりしながら、不思議そうな顔でこちらを見た。
「闇の力を込めて握っていたはずなのだが……?」
「俺の力が上回っていただけのことだ」
確かにちょっと抵抗はあったけど。振り解いて彼の横へ移動した。
……言い忘れてたけど、ロトルクの皇族は闇の守護者だ。闇と秩序。
「なるほど……うむ、久しぶりに楽しかった、感謝する」
「どうも……」
ユージア皇子は笑う。仄かな笑み。俺は苦笑を返す。
「アルフィアから聞いていた通りだ」
「はは。皇子もなかなか強かった。手合わせでヒヤリとしたのはいつぶりだろうな」
「……」
「……何だ?」
剣を納めたユージア皇子が何か言いたげなのに気付き、俺は首を傾げた。
「こういう事は本来言うべきではないのだろうが」
「ん?」
「その、『皇子』と呼ぶのを出来ればやめて欲しい」
……ん?
「あ、あぁそうか、姉上の婚約者ならば『義兄上』と」
「いや、それも聞き飽きた」
「聞き飽きた……」
まぁ、弟が四人もいればそうだろうけど。
「……ではどうすれば」
「出来れば、だが」
少しばかり照れ臭そうな皇子。え、何?
「俺と、対等な立場でいて貰いたく……そう、友人として」
────友人。
それは、俺にとってあまり馴染みのないもの。多分、向こうにとっても。俺がぽかん、としているのに気付いたのか彼は慌てた様子で付け足した。
「勿論、アルファイリア殿が嫌でなければ、なのだが。俺も皇族、本来はある程度の距離を置くべきなのは分かっている」
「……アルファイリア、だ」
「!」
「良いぞ、俺もその方が気が楽だ」
俺は笑ってみせる。
「よろしくな、ユージア」
「! ……あぁ」
そこで初めて、彼は明るい笑顔を浮かべた。俺はさらににっかりと笑った。……こんな笑い方も出来るのか。思ってたより怖い奴じゃないんだな。ちょっと不器用な感じはあるけど。
「アルファイリア」
「あ、長かったらイリアでもいい。姉上もアテリスもそう呼んでるし」
あとミルディンも。
「……アテリス?」
「うちの守護竜。俺の友達なんだ」
「それは……是非ご挨拶に上がらなければ」
「そんな畏る必要はない。気さくな奴だよ」
「そ、そうか。うちの守護竜は少々気難しくてな」
アンタが言うのか。
「名前は?」
「ウルスラ・デウセクサス。我ら兄弟は彼女から「U」の音を貰っている」
「へえ。いいな」
「守護竜の加護の下にあるように、と願いが込められているそうだ」
名前には力があると言われている。守護竜の名から一音貰うことでその加護を受けることは確かに出来るのかもしれない。……思えば、俺たちもアテリスの「A」を貰ってるのか。……いや、「Al」まで揃ってるしもしかしたら創造主の「アル」の方か? その辺、父上には何も聞いてないな……。
「さて、じゃあ当宮廷自慢の空中庭園に案内しようか」
「空中庭園」
「大抵皆んな、最初はそういう反応をするな」
実際に行った後の反応は人それぞれだが。さて、ユージアはどういう反応をするのか。……アテリスに新しい友達を紹介出来るっていうのも楽しみだ。
† † †
「あ、アルファイリア様……と、ユージア様」
医務室と書架の案内を終えて次へと歩いていると、二人に遭遇した。
「おう」
「弟達が世話になる」
「い、いえ!」
ユージア様に軽く頭を下げられ、僕は慌てて首と手を振った。
「ユーステス、護衛官殿に迷惑を掛けていないだろうな」
「何で俺、ユーリは」
「ユーリは良い子だ。お前はよく余計なことをしたり言ったりする」
「兄上はユーリ贔屓だな」
「そんなことはない。真実を言っているだけだ」
兄弟、仲が良いのか悪いのか。ユーステス様とユーリ様は良さそうだけど……ユージア様ってやっぱりちょっと怖い感じだな。笑ったりするんだろうか、この人。
と、そう思っていた時アルファイリア様が言った。
「イヴァン……は、大丈夫そうだな」
「え」
「これからどこへ行くつもりだ?」
「えーと、特にこれと言って決まってはいませんけど」
「そうか。なら、一緒に来るか」
「どちらへ?」
「空中庭園」
「あぁ」
それは良いかもしれない。あれはこの城の名物とも言えるだろうし、それに守護竜殿もいる。
「分かりました。じゃあ、一緒に行きましょう」
「空中庭園? 庭が空中に浮いてるのか! もしかして魔術ってヤツで」
「いやー、魔術では無いんですけど」
僕がそう言うと、ユーステス様は「なーんだ」と口を尖らせそれから首を傾げた。
「行った方が早い」
アルファイリア様が促して、僕達は二階へ続く階段へと進んだ。先頭をアルファイリア様、その後ろがユージア様、そして僕、ユーステス様、ユーリ様という並びだ。……あれ、ユーステス様の方がユージア様より背が高いんだ。意外だな。
歩き方……改めて見るとこの人かなり強いんだろうな。例え後ろから突然襲い掛かったとしてもすぐに対応出来そう。というか足音してないじゃん。後ろの二人はしてるけど。
階段を登って、またすぐ今度は空中庭園への階段を登る。登り切ったら、そこには白と緑の空間が広がっている。……暑いなー、天井は開いてるからな。
「すごい、綺麗……」
ユーリ様が呟いた。既に興味は辺りに植えられた植物へ向いている。
「あっ、これは天繋樹⁈」
「そうですよ。珍しいですか?」
僕が言うとユーリ様は頷いた。
「帝国にもありますが、こんなにたくさん……墓地でもないのに」
「アテリスの為。ほら」
アルファイリア様が奥を指差す。そこにはいつもと変わらず大きな鳥籠。その中にやはりぽつんと白い小さながある。……が。
「アテリスー、アテリスこら、起きろ」
「……うーん」
床にへばりつくように寝ていた守護竜殿は、近付いて来たアルファイリア様の声に目を覚ました。
「なぁに……ん? この気配……って、あわぎゃっ⁈」
鹿のような耳をぴょんと跳ねさせて、彼は飛び起きた。
「何だその声……」
「お、お客さんなら早く言ってよ! は、恥ずかしい……」
格子にしがみついてアルファイリア様に抗議する守護竜殿。暑いから冷たい床にくっ付いてたんだろうな。
「お初お目に掛かります、セシリアの守護竜殿。私はロトルク帝国第一皇子、ユージア・ヴェルン・ロトルクと申します」
「……あぁいいよいいよ、そんな畏まらなくて……なんかこういうの久し振り過ぎて恥ずかしくなっちゃう」
守護竜殿は金色の目を逸らすと、ぺたりと座り込んだ。
「…………えぇと……帝国のお客さん? 何か騒がしいなぁと思ってたけど、そんな大変な感じだったの」
「姉上の連絡が遅いせいで余計と。……って彼らの前でそういうことを言うな」
「ゴメン。……で、イヴァン君の後ろの二人もだよね」
「あ、俺はユーステス。第二皇子だ」
「ユーリです。第五皇子です。よろしくお願いします」
「お前達……」
「あぁ良いんだ、えーと、ユージア皇子」
「……ユージアと」
「あーうん、分かった」
守護竜殿は頷くと、キョロキョロと辺りを見回してから「ちょっと待ってて」と言って奥の扉を開けて出て来た。
「ちゃあんと出て来るんだなこういう時は」
「うるさいな、イリアは黙ってて」
「……どうして鳥籠の中に?」
ユージア様が守護竜殿を見下ろして言う。
「え? まぁ……落ち着くからかな。僕の居場所っていうだけだよ」
「そうですか」
「ユージア、あまりこいつに気遣わなくても大丈夫だぞ」
……ん? 今アルファイリア様、「ユージア」って……。
「しかし……守護竜は国を守護する為に神に遣わされた崇高な存在だろう、礼儀は必要だ」
「そう言ってくれるのは嬉しいけどさ、僕そんなに何もしてないし」
「王都周辺に竜や獣がいないのは貴方の力でしょう」
「…………そうなんだけど〜」
「アルファイリアも少しは尊敬の念を持つべきだ。……友人関係は否定しないが」
呼び捨てじゃんっっ‼︎ 二人とも! 何があった! 仲良くなってるじゃないか!
そう驚いたのは僕だけではなかったらしく、向こうの弟達二人も一様に口をあんぐりと開けている。ユージア様に見えない所で。
……身内すら驚くこの事態。
「兄上が」
「……良かったです……」
とこっそり嬉し泣きすらするユーリ様。ユーステス様は感無量な様子でその肩をトントンと叩いていた。
#42 END




