#40 Other Heros1/Lancelor:Time will tell
─神暦36992年6月16日─
リーネンス兵は撤退した。嵐の中、火は消え、キャンプ地も強風でやられたようだ。もうしばらくはロスタイルには襲って来ないだろう。
街はほとんどが半焼、一部の住宅が全焼。あぁ、あと役所もダメ。市長は軽い火傷だけでディナダンの部隊に助けられて無事。死者は市民とロスタイル兵とうちのを合わせて1000人くらい。……少ない方だと思いたい。
「あの雨は助かったよ、お陰で私はオジェルダを退けられた。もしかすると天神様が助けて下さったのかもね」
「……神はセシリアのモンじゃねーし」
「はは、確かにそれもそうだ」
ディナダンは多少怪我はしているものの元気そうだ。俺もまぁ大したことは無い。少し肋骨にヒビが入ったくらいで。ガラハド? ……あぁ、あいつ。何事も無かったかのように元気だ。
「それにしても、なかなかしぶといわねえ、リーネンスの騎士……」
「ガラハドの所に二人行かなかったか」
「あぁ来たわよ、よく分かったわねディナちゃん」
「いや……まぁランスローが遭遇したのは王だったと言うから」
「…………」
「ランスロー?」
「ランちゃん? どうしたの」
二人に呼ばれて、は、と俺は我に帰った。
「何」
「なんだかぼうっとしてない?」
「大丈夫か、どこか具合が悪いのか」
「あー、いや、大丈夫。全然」
「……そうか? なら良いんだが」
腑に落ちないと言うような顔でディナダンが見てくる。やめてくれ。お前は鈍い奴だ。そうだろ。
第一……こんな話こいつらにしたくない。
────────カラドックさんが親父を殺した?
……信じられない。けど、一方で納得出来そうな部分もあった。だって俺は彼と何にも関係が無い訳じゃない。やけに彼は俺に構ってくる。見かけたら、すぐ。ついこの前だって────。あれが、もし、俺への罪悪感とかそういうのだったら…………。
「……気持ち悪ィんですけど」
「本当に大丈夫? ランちゃん」
「何でもない」
とにかく、本人に聞いてみなけりゃ。場合によれば……よれば、どうする? 俺はカラドックさんを斬るのか? 同胞討ちは大罪だ。もしリーネンス王の話が本当なら、彼は…………。
「さて、帰還しようか。王に無事と事の顛末を報告しないと」
「お疲れ様ディナちゃん」
「おや、気が早いな。帰るまでが任務だぞガラハド」
「ふふ、そうとも言うわね」
にっこり。あいつはいつものように笑う。俺は到底そんな気分になれない。暗雲立ち込める心の中……俺の大嫌いな雨が、胸の中で降り続けていた。
† † †
─神暦36992年6月19日─
王城に帰還して一日。昼。俺は王城を歩き回る。どこだ、どこにいる。今日は会議はないはずだ。彼はそういう時は外に出て来る。……どこにいる。
訓練場の通りに差し掛かった時、その姿を見つけた。誰もいない訓練場。何かを思うような顔をして彼はそこで立っていた。
「カラドックさん!」
考える間も無く呼び掛けると、彼はハッとして俺の方を見て笑った。が、俺の剣幕を見るや否やその笑顔を引っ込める。
「ど、どうしたランスロー」
「お話があります」
「何だ」
「カラドックさんが俺の親父を殺したって本当ですか」
彼の顔が凍った。俺は返答を持つ。彼の顔に動揺が見える。目が泳いでいる。と、彼は一つ大きく深呼吸すると、俺の目を見て静かに訊き返して来た。
「……それをどこで?」
「本当なんですか」
俺が思わず剣の柄に手を掛けると、彼は語気を強める。
「誰に聞いた」
「リーネンス王が」
「…………敵の言う事を信じるのか」
「それは……」
「まぁいい」
カラドックさんはため息を吐くと、辺りを見回した。
「ここでは人が来る。場所を変えよう」
† † †
連れて来られたのは、カラドックさんの部屋だった。密室。一対一。彼は俺が自分を斬らないと思っているのだろうか、それとも斬れないと? あるいは、斬られる事も覚悟か。いつになく彼は真剣な目をしていた。
「……いつも俺に絡んで来たのはそういう事ですか」
「ランスロー……」
「次は俺ですか?」
「聞いてくれ」
「何か恨みでもあるんですか」
「違う、そうではない。落ち着いて一から話をさせてくれ」
頼む、という目で見られ、俺は口を閉じる。座れと丸椅子を指されたので座る。カラドックさんもデスクの椅子に座って向かい合わせになった。
「……私がペレアスを殺したのは本当だ」
「!」
「だがこれには訳がある。その事実を隠蔽したことも」
彼は、俺の様子を伺っているようだった。いつ爆発するとも分からない爆弾を見るような目で。……俺は、大人げないなと思い、少し気を鎮める。
「……それを知ってるのは?」
「私と……ペレアス、だけだと思っていたのだが。まさかリーネンス王が……」
「守護竜に聞いたって言ってました」
「……そうか。彼らはどこから見てるか分からないな」
ハァ、とため息を吐くと、カラドックさんは俺の目を見て口を開いた。
「あの日の戦は偶然ではない、我々は待ち伏せされていたんだ」
「え」
「何者かの手引きによって、我々の行軍予定は敵国に漏らされ、そしてその途中で待ち伏せされた。仕組まれた決戦だった。我々は不意打ちを食らい、奴らは万全を期しての戦だった。敗けは確定したも同然だ」
「何者か……って」
「こちら側に裏切り者がいたというだけのこと。……私は偶然そいつを見つけ……いや、奴は私だから狙って来たのか。敵に寝返るべく、一級の首を手土産にと……」
彼は腕の無い肩へと手を当て、苦笑した。
「……獲られたのは腕だけだったが」
「!」
「────ペレアスは、セシリアを裏切った。王に反旗を翻し、リーネンスと繋がり、そして奴らを手引きし、王の命を奪った」
「……嘘だ! 親父がそんな事する訳……」
どうして、親父が。あの父が国を裏切らなければならない。誇り高きセシリアの騎士が、その国を裏切らなければならない。理由なんて見当たらない。だって、父はいつも──────!
「嘘じゃない。……とは言え、確たる証拠も無い以上無理に信じろとは言えないが……ただ、リーネンス王がただの敵国の一騎士の事を知っているというのはおかしいと思わないか?」
……確かに父がリーネンスを手引きしていたのだとしたら、その辻褄は合う。動向をルシオラに見張らせていた。裏切り者が、裏切らないかどうか。でなければ偶然? 偶然にしては出来過ぎだ。俺の名乗りと剣筋を見て、彼は俺が『ペレアス・ヴィアの息子である』と見抜いた。それなりに、というかあの一連の言動からして、リーネンス王は父の事をよく知っている。……だとしたら、本当に。
「どうして……」
「私にもハッキリとした理由は分からない。だがいつの時代も一人や二人は王に反感を抱く者がいるのは確かだ。それはどうしても、人間が意志を持つ限りは変わらない」
「…………」
父が、リリアーネス様に反感を抱いていた? そんな事、ちっとも気付きやしなかった。そんな素ぶりを見せたことは無かった。王について愚痴を吐いたり、不満を漏らしたりする事は……家に帰って来るのは時々だったが、そういう姿を見た事は一度もなかった。
「君達は知る由もなかったろう。ニヴィアンさんも。側にいた仲間ですらその真意には気付けなかったのだから。奴は器用に己の内に眠る牙を隠していた。それが露見したのはあの日……リーネンスとの戦が始まってから。俺の前に現れたペレアスは私を討つと宣言し、剣を向けた。本当にその時まで気付けず……私も信じられない気持ちだった。だが、向こうが私に剣を向ける以上はやる事は一つ。私も剣を抜きその殺意に応えるしかない。結果、私は右腕を失い、ペレアスを殺した。だがどうしても、気になることがあって」
カラドックさんはそこで一呼吸置いて、続けた。
「ヴィアは全て、そうなのかと。……死に際の奴にそう問いかけた。そして、全ては彼一人の独断であり、その家族は関係していない……それだけ最期に聞き出した」
「!」
「……だが、裏切りは何よりの大罪だ。事が知れればその家族は罰される事こそ無くとも貴族社会から制裁を受ける……だから」
「俺達を守るために事実を隠蔽した……?」
「そういうことだ」
「何で」
「……迷惑か?」
「何で俺達のためにそんなことしたんですか、だってアンタにはなんの関係も」
「まぁ、関係無いと言えば無い、が……どうしてだろうな。そうする方が良いと思った」
「事実を公にすればアンタは英雄になる、それなのに」
「王を守れずどうして英雄になれる。裏切り者一人を討っただけでは何も救えない」
「そんな事……」
「こうした方が、人を救うことが出来る」
カラドックさんはそう言って笑った。俺は何も言えなくなる。
「どの道、この腕では満足に敵国の騎士とは戦えない。戦場に出ていれば敵と出会った時にこの事実が露見するリスクが高まると、そう思った。……それについては今こうして破られたが」
「……俺」
「幻滅させて、すまない。君はペレアスをとても尊敬しているようだったから、なおの事知らせたくなかった」
「…………」
「もし、私を恨むのなら恨んでも構わない。斬りたければ斬るがいい。君にはその資格がある」
俺は首を横に振った。俯いて、彼の顔を見られなかった。……色々とショックだった。色々……父の事も、カラドックさんの事も、それから、俺にも。ごちゃごちゃして、何だかよく分からなくなる。
「カラドックさんは、悪い事をした訳じゃないです」
「そうか」
「…………ありがとうございます」
俺が言うべきはこの言葉だった。それ以外にはない。一時でも彼に負の感情を抱いてしまった自分が恥ずかしい。彼は誰よりも英雄だと思った。俺にとっては、絶対の英雄だった。
……そして、何となく俺は彼が剣を握らない理由が分かった気がした。腕の事だけじゃない。多分、それは彼の誠実さの表れだ。
「俺、……そのまま敵の言う事を鵜呑みにするところでした」
もしかしたら、リーネンス王はそれを狙っていたのかもしれない。仲間割れ、愚かな俺があの言葉を鵜呑みにして、カラドックを殺し、そして宮廷の信頼は落ち、或いは下手をすれば俺が宮廷に裁かれる。
────そう思うと、身が震えた。
「君は聡明だ。私の言葉を聞いてくれた」
「でも」
「私が隠し事をしていたのだから誤解の一つや二つはある。寧ろ君はもう少し私に怒ってもいいところだ」
「……確かに、まぁ、俺の夢をぶち壊した事はちょっとムカつきますけど」
「はは」
「……でも、俺、新しい憧れが出来たんで良いです」
「そうか?」
「はい」
俺は、顔を上げて笑った。
「俺、絶対カラドックさんみたいな騎士になります」
彼は驚いた様子で目を見開いた。そして、頰を掻くと照れ臭そうに笑う。
「……そうか」
「はい!」
† † †
────それから、俺はもう雨が降っても何とも思わなくなった。嫌いじゃない。でもまぁ、好きにもなれない。命を救われたようなものだけど……騎士としてはスッキリしないからな、やっぱり。
『あなたはちゃんと帰って来なさい』
雨の日には、母のあの言葉が思い出される。
……俺はちゃんと、返って来るさ。母の待つ宮廷へ。王の下に、どこへ行っても必ず帰って来る。
なぜなら俺は、アルファイリア様に仕える誇り高き宮廷騎士だから。
#40 END