表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
英雄王と影の騎士  作者: Ak!La
§1 光と影の英雄譚
40/52

#38 Other Heros1/Lancelor: Everything must have a beginning

 雨は嫌いだ。水の守護者なのに? 別にいいだろ、そんなの。

 ヴィアの家に生まれて26年。宮廷騎士だった父の背中を見て育った。いつかあんな立派な騎士になるんだって。王の下で戦う父を誇りに思ってた。…………でも、その父はもういない。

 覚えてる。あの日は雨が降っていて、俺は母と一緒に城へ来た。敗戦し帰って来た王の部隊の中で、俺たちを待っていたのは指輪一つ……それだけだった。

『あなたはちゃんと帰って来なさい』────

 指輪を見た母が冷徹な顔をしてそう言っていたのを覚えている。元から感情の起伏のない人だ。だけど、その時ばかりは悲しんでいるように俺には見えた。


─神暦36992年6月12日─

 雨の降る日。この日はいつも雨が降る。……嫌いだ。でも特別な日だ。国の祭りの日。天神祭レイナス・フェスタ。多分、たくさんある祭りの中でも一番退屈だと思う。

 “祭”とは名ばかりに、この日は国を挙げて特別なイベントが行われるわけでもない。今日は祈りの日。天の神レイナスに、天の恵みを感謝し祈りと供物を捧げる祈りの日……まぁ、毎年必ず雨が降るんだから外でイベントなど出来ない。

 城では礼拝が行われる。城に勤めるもの一同、王座の間に集まって宮廷魔術師のミルディンと、王たるアルファイリア様を中心に行われる、宮廷に入る前は家で簡単なものをやっていた。うちはその辺り厳しかったから、慣れたものである。

「ランスロー」

 その終わり、王座の間を出たところで話し掛けられた。

「……カラドックさん」

 評議員のカラドック・スランカー。先代の宮廷騎士の一人、つまり親父の元同僚。

「顔を合わせるのは久し振りだな」

「はい。母がお世話になってます」

「いや、こちらこそ」

 時々、彼は俺を見かけると話し掛けてくる。もっとも、この城は広いし俺もそれなりに出撃があるのであまり顔を合わせることはない。

「最近どうだ、何か変わったことはないか」

「大丈夫ですよ」

「そうか。困ったことがあれば私に言いなさい」

「心配いりませんよ」

「そうか」

「でもありがとうございます」

「あぁ」

 …………しばしば気になるのは、彼の俺への対応である。懇意にしてくれるのを悪くは思わない。だが、何か違和感を感じる。俺が親父の息子だから? でも、だとしたら他にも二世はいる。彼が他にもこうだとは聞かない。俺だから────どうして?

「じゃあ、私は仕事があるから行くよ」

「あ、カラドックさん」

「ん?」

「今度時間があったら……稽古付き合ってくれませんか」

「あぁ」

 ……分かっていた。彼がその表情をするのは。今日もやっぱり彼は、申し訳なさそうな顔をして答える。

「すまないが、私はもう剣は握らない」

「剣ったって模擬剣じゃないですか」

「すまない、仕事がある」

 ……逃げられてしまった。引退したって、後輩の稽古くらい見てくれたっていいじゃないか。

 でも、多分他に理由があるんだろうとは思う。右腕を失くして騎士を引退したから……じゃない、何か他に“剣を握らない”理由が……。


† † †


─神暦36992年6月13日─

 翌日の昼のこと、王からの招集がかかった。王座の間に集められたのは俺とディナダン、そしてガラハド。

「集まったな」

 あまり無い組み合わせだな……などと考えていた。ディナダンがいるという事はそれなりの大仕事か。

 玉座に座る王が、一つの茶封筒を出した。

「今朝方、辺境の騎士団から報告書が届いた。ジルギス領とアンギリステン領の国境付近でリーネンス軍の不穏な動きがあると」

「!」

「リーネンス軍」

 ディナダンが呟くと、王は頷く。

「目撃されているのは一般兵ばかりだが、一応気を付けろ。指揮官は絶対一人はいる」

「宮廷騎士がいる……ってことですか」

 俺が言うと、彼はまた頷いた。

「そうだ」

「あたし達だけで大丈夫かしら」

「自分の部隊を連れて行け。集団戦になる。リーネンス軍を見つけ次第撃破、撤退するようなら追わなくて良い」

「了解いたしました」

 ディナダンが答える。俺も横で頷いておく。

「全体の指揮はディナダンに任せる。二人は彼の指示に従うこと。『指標』の交換を忘れるな」

「はい」

 指標、とは俺達のいる方向を示す魔導具の事だ。宮廷魔術師が開発した……ん? 知ってる? じゃあいい。

「以上。無事を祈る、解散」


† † †


「ランちゃんと出撃するの久し振りよね」

「……そーだな」

「こら、君たち仲良くしないか」

「あらぁ、仲良くしてるわディナちゃん」

「……」

 苦手だ。誰がって、ガラハドだよ。男の癖に……とは言わないが、何というかコイツの距離感が苦手である。しかも多分、俺が苦手なのを分かっている上で接して来ているような気がする……。

 ペレディルは何でこんなのと仲良くしてるんだか。

 馬での行軍。後ろに三部隊がぞろぞろと付いて、俺達三人は先頭、一番先頭がディナダンでその後ろに俺とガラハド。

 守護竜の加護域を出て少し。平原の中にちらほらと獣の姿が出始める。外で気を付けなければならないことは、獣と野党とそして竜。

「あ、ほらあれ見て」

 ガラハドが遠くを指差した。見ると大きな鹿の姿が二頭。

「トゥウィグアだ、珍しいな」

「……あれ森にいる奴だろ」

 森に住む鹿の亜種。特徴は巨大な体躯と巨大な角。草食で大人しい性格だが興奮すると人を襲う事もある。見かけたら近寄りたくない種だ。

「今日はいい天気だからじめじめした森から出て来たくなっちゃったのね」

「呑気だなお前……」

 俺はため息を吐いた。空は快晴、昨日の雨天が嘘のようだ。夏も近付き、日差しは肌によく刺さる。暑いが残念ながら俺たちに夏服は無い。

「雨じゃなくて良かったわね」

「ん? おー」

 いや、まぁ良かったっちゃ良かったけどさ? ……ガラハドはニコニコしている。腹の内が読めない奴だ。そういう所も苦手である。

「それにしても、ジルギスねぇ……」

「4月にもリーネンスが来た。元はかの国の穀倉地帯、一番早く取り戻したいんだろうね」

「王都攻め陥して全領土奪った方が早いのに?」

「そうとも言うが……向こうはこうして私達を挑発して、少しずつ戦力を削りたいんだろう。まぁ、削られるつもりはないけれど」

 戦力を削いで、最後に弱った王都を攻めて、陥す。そういう算段か。させるものか。さっさと追い払ってやる。そして城に帰る。お前らの好きになんかさせない。……憎きリーネンスめ。

「ランちゃん? 顔が怖いわよ」

「……これから戦いにいくのにヘラヘラしてられるかよ」

「でもまだ時間はあるわよ。旅の途中くらい肩の力抜きなさい」

「はは。君は少し真面目なんだなランスロー。女癖は悪いのに不思議なものだ」

「それは関係ねェっ! だろ!」

「はははは」

 ……くーっ、好き勝手言いやがって、俺はペレディルよりはマシだっつの! ていうかレディに親切にするのは当たり前だろ! それをなぜか“女癖が悪い”と言われ……“本物”のペレディルとつるんでるからかそれとも俺のこの見た目のせいか? 前に「チャラそうに見える」って誰かに言われた気がするけど誰だっけ。……心外だ。俺がなりたかったのはそういう奴じゃない。

「さて。ゆっくり過ぎるのも良くないな。急ぎながらゆったりと行こう」

「あら、良いわねそれ」

「良いのか……?」

 どういう事だよ。まぁ、あまり急いでも馬の体力が持たねェし……な、ヘリオ。

 俺の馬の名前。ヘリオドール、芦毛の牡。良い馬だぞ? 俺の相棒。ちなみにディナダンのが白馬の牝、シルフィルヴィアでガラハドのがカルファローズ、栗毛の牝。ペレディルのアンブローズと姉妹。

 三頭の馬を先頭に、軍は走る。後ろの騎士達の談笑の声が聞こえて来る。……本当に緊張感がない。


† † †


─神暦36992年6月14日─

 野営して翌日、その昼にウィスファルムに着いた。まだ目的地までは遠い。ここで物資の補給をして行く。4月の襲撃から丁度二ヶ月。まだその跡が町のそこら中に見える。

「ありがとうこざいます、これで十分です」

「いいえ。騎士様方もご苦労様です」

「こちらの復興はいかがですか」

「生き残った町の者と近隣の町から助けを借りて順調です。領主様からの支援もありますから」

 再建築されたばかりの家の前でディナダンが町長と話している。こういうのはあいつに任せるのが一番だ。俺にはあそこまで物腰柔らかに話せない。

「ランちゃんもこの前の時は城で待機だったわよね」

「……あぁ、あれのことか。そうだな」

 結局王都には何もなかったけど。そんな事なら俺たちも出れば良かったのに……と思わないでもない。でも、俺にはとても王を責めることは出来ない。

「もっと酷いものかと思ってたけれど……案外健気なのね、皆んな」

「色々あったと思うぞ、やっぱり」

「そうねぇ」

「隊長」

「ん」

 うちの副隊長のアーロンが駆け寄って来た。彼の来た方で数人の騎士達がそわそわとこちらを見ていた。

「何だ?」

「もう少しこちらに滞在するでしょうか」

「ディナダンの話が終わるまではまだいる……と思うけど」

「で、では、我々は時間を持て余していますのでその間町のお手伝いをして来てもよろしいでしょうか」

 ……おっと、予想外の提案だ。俺が戸惑っているとアーロンは続ける。

「実は彼らはウィスファルムの出身でして、居ても立っても居られないと」

 と、彼は離れたところからこちらを見ている騎士達を指差した。そういうことか。俺はガラハドと顔を見合わせる。

「良いんじゃない? ディナちゃんもダメとは言わないわ」

「あぁ、勿論」

「!」

 気付くとディナダンが歩いて来ていた。

「ランスロー、ガラハド、少し仕事が出来た。ので、私たちがそれを済ませる間君たちは町のことを手伝ってあげるといい」

「! ありがとうございます!」

 アーロンが頭を下げるとディナダンは「いいよ」と笑った。そして俺たちの方を向くと。

「さ、二人ともちょっと来てくれ」

 言われるがまま、町の入り口まで連れて行かれた。先を歩いていたディナダンが立ち止まったところで、俺は口を開く。

「何だよ?」

「町長さんから依頼だ」

「良いけど……早く行かなくていいの?」

「何、すぐに済む仕事さ。何より物資のお礼もしなければならないし、彼らも、ほら」

 そう言ってウィンクする。そういうところが真似出来ない。

「さて、じゃあ仕事内容だが竜退治さ」

「全然楽な仕事じゃねェし」

「楽とは言ってないだろう」

「……確かに」

 でもすぐに済むのか。

「4月にここで光蝕竜ライトイーターが出ただろう、我々は出陣して来なかったけど」

「あぁ、そんな事あったな」

「あったわね」

「それがまた増えているみたいなんだ。だから少し数を減らそうというわけだ」

「了解」

「さくっとやっつけちゃいましょ」

 仕方ない。一仕事。これも騎士としての務めだ。困っている民を助けなければ。


† † †


 竜退治は日の高いうちに済み、俺たちはウィスファルムの町を出発した。復旧作業を手伝っていた騎士達は町の人々にとても感謝されていたし、俺たちもまた町長さんに感謝された。やっぱりそういうのは悪くないものだ。騎士になって良かったと思える瞬間である。

 茜色の草原を走る。空に烏の群れが飛んでいる。カァ、カァ、と不穏な声を上げて進行方向へ飛び去って行く。

「あー、疲れた。今日はどこで野営する?」

「そうだな……」

「何ならウィスファルムに残ってても良かったのに」

 ガラハドが言うと、ディナダンは首を振った。

「いや、町にそこまでお世話になるわけにはいかないだろう。それにあまり時間もない」

「の割には時間使ったよな」

「使ったから無いんだ」

 はいはい。人が良いですねぇルノワールさんは。

「……いつリーネンス軍と鉢合わせるか分からない、今日は森の中に入ろう」

「はーい」

 え? 獣? あー大丈夫大丈夫、獣避け焚いておけば。竜もそれで寄っては来ない。まぁ場合によっては人間は寄って来るけど焚き火よりかは見つかりにくい。まぁ、何もない平原よりかは身が隠せて安全ってわけ。襲撃なんていつあるか分からない。敵国の騎士以外にも野盗の危険だってある。いつ、どこで死ぬかなんて分からない。

────あの日だってそうだった。

「まぁ、いよいよ気を引き締めなきゃならないってわけね」

「今さらかよ」

「ジルギスに入ったんだもの、当然だわ」

「王都周辺は安全? ってか?」

「アテリスちゃんの加護があるから多少はね」

 でもそれは獣や竜の話で人は別だ。

「……それは冗談として、ジルギスはリーネンスの動きが活発でしょ」

「まぁな」

「さすがに悠長にはしてられないわ」

 真面目な所は真面目。ぽわんとしているようで、ガラハドは騎士としての自覚は持っている。ディナダンとは違うタイプの騎士道精神を持った立派な宮廷騎士……なのだが、どこかで俺はやっぱりこいつの事が気に食わなかったりする。

 ディナダンが馬を右へ向ける。森の方向だ。名前……は、忘れた。地理学でやったはずなんだけどな。

「今日は肉食いてー」

「あらいいじゃない、見つけたら狩りましょ」

「誰が捌くんだ……」

「あたしがやるわ」

「……まぁ、それならいいが」

「え、ディナダンそういうのダメ?」

「…………ダメだなどうも」

 意外だなー、コイツ結構バッサバッサやる感じがあるのに。

「気持ち悪いとかじゃねェよな?」

「私には小動物の体は……」

「あーね、確かに無理そう」

 ウサギとかか。なるほど。俺? 普通に出来るけど。狩りは騎士の嗜み、獲物の捌き方くらいは子供の頃に教えられる。

「鹿や熊ならまだ」

「……ふーん」

「竜は?」

「食えねーよ」

 ガラハドの言葉に俺はそう突っ込む。竜の肉は硬いし血の臭みがあってとてもじゃないが……。

「あら、田舎町に行った時に食べたわよ」

「え」

「柔らかくて美味しかったわね、料理次第で何でも食べれるようになるんだわ」

「……それ、本当に竜か?」

「当然よ、あたしが獲ったんだもの。それを食べるって言うんだから驚いたわ」

 美味しかったけど、と繰り返す彼に俺はやはり疑いの心を持たざるを得ない。

「王都には無いものね」

「俺絶対無理」

「見てもいないのにそういうの良くないわ」

緑竜族フィラゴンならいけそうだな……」

「ディナダン⁈」

 いやあいつら獣に近い姿してるけど。中身はやっぱり竜だろ……。

「あらぁ、ディナちゃんチャレンジャーね」

「その時のは何だったんだ?」

炎竜族ボルケリオンだったかしら」

「火竜が出たのか⁈」

「どこだよそれ」

「テフィリアね。火山があるでしょ。そこから飛んで来た火竜フレアドラゴンの討伐依頼があったのよ」

「他に誰が?」

「んー、あぁ、そうペルちゃんね。でも火竜って炎食べちゃうから」

「実質一人で倒したのか」

「そうね」

 ケロッと言うガラハド。俺は水だけど、火竜一頭を一人で倒せる自信はない。大きさによるけど。

「あんまり大きくなくて良かったわ」

「何m?」

「5mくらいかしら」

 無理。最大であれは8mくらいにはるから確かに小さい方ではあるが。あぁー……こういうトコだな、ガラハドの事好きになれないの。底が知れないっていうか。なんか怖いんだ。

「ディナダンは?」

「私? 」

「火竜単騎で倒せる?」

「……あぁ……いや、まぁやれというならやるが気乗りはしないな」

「やれるんだな」

「……まぁ」

 ディナダンも水の守護者だし。俺より実力あるし……いやいやダメだ、そんなんじゃ。俺も強くならなけりゃ。父のような立派な騎士になるんだ。

 がさ、と物音がした。木の奥に鹿トウィッグの姿が見えた。

「あ」

「俺行ってくる」

 ヘリオを獲物が消えた方向へ向ける。

「先行っててくれ!」

「分かった!」

 さて、肉だ肉。戦の前には腹拵え、だぜ。


#38 END

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ