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英雄王と影の騎士  作者: Ak!La
§1 光と影の英雄譚
37/52

#35 Love lives in cottages as well as in courts

-神暦36992年5月31日-

「ぶぁっはっはっは‼︎」

「…………笑わないで下さいよ……」

「だっ、だって逆上のぼせたのとショックで倒れるって……」

 ヒー、とグワルフさんが腹を抱え、涙を流しながら笑っている。その少し後ろで先生が一生懸命唇を噛んで笑いを堪えている。

「……まーキングの助言があったにしろ、自分で気付いたのは偉い……と俺は思うぜぶっ」

 ッフフフフ……と先生は笑いを漏らしてしまった。……そんなに面白いかな……僕にとっては結構深刻な問題だ。

 僕は気付けばアルファイリア様の寝室で寝かされ、氷を当てられていた。起きた時、横で座っていたアルファイリア様がもの凄く落ち込んだ様子で座っていて、ぎょっとした僕に「ゴメン……」と小さな声で謝っていた。

「あー……で、今の気持ちはどうだ?イヴァン」

「……よく分からないです」

 パッとしない。明確な感情を掴めない。ぼんやりとして、よく思考が働かない。

「“葦”は風には強くてもやっぱ力入れられると折れるかー」

「もう少しゆっくり気付かせてやりたかったんだがなぁ、俺達は」

 グワルフさんと先生が小動物を見るような目で見て来る。恥ずかしい。

「まーなんだ、その、今までモヤモヤとしてたものが全部繋がって混乱してるんだろ」

「かも……しれません」

 嬉しい、とかそういう気持ちよりもびっくりしてしまった方が大きい。アルファイリア様とグィネヴアさんのことよりもずっと、こっちの方が僕の思考を支配している。

「……先生達は恋愛経験はおありで?」

「女はベディで腹一杯」

「俺はあんまり興味ねーし……」

 な、と二人は目を合わせる。……何だ何だ、なんだか怪しい空気だぞ。

「ま、ごちゃごちゃ頭の中で考えてても仕方ない。まずは行動だ」

「?」

 先生はにや、と笑った。

「“百聞は一見に如かず”ってな」

「多分“案ずるより産むが易し”だと思うぜ」

「チッ」

 グワルフさんの指摘に先生は舌打ちすると、言った。

「……トリストラムに会いに行け」

「…………えっ」


† † †


 ……会いに行けとは言われたけれど。 部屋からも出て来たけれど。一応トリスの部屋のドアも叩いたけれどいないし。

 会おうと思って探すと中々大変なんだよなー……この城。先生達は僕が部屋で寝てたら朝来ただけだし。

「はぁ……どこから探しいてッ!」

 俯いて歩いていると、三階から降りて来る階段の所で誰かとぶつかった。

「お、おぉあぁごめんよ、ちゃんと前を見てなかった」

「!……イゾルデさん!」

 書類を抱えたイゾルデさんだった。目線の高さが僕より少し高い。……大きいなぁ。

「僕の方こそすみません。大丈夫でしたか」

「あぁ、よくありがちな書類をばら撒くなんてこともなかったしね」

 と、ウィンクして小脇に抱えた書類を見せる。……何というか、イゾルデさんは女性ながら「イケメン」という言葉の方が似合いそうだ。トリスとは結構違う。……あ、そうだ。

「イゾルデさん、トリスがどこにいるか分かりませんか?」

「トリスかい?うーんそうだなぁ……」

 と、考えようと手を顎に持って行った途端、彼女はにやりと口角を吊り上げ、変な笑みを浮かべた。

「あぁ〜はぁはぁ、これでトリスも報われるというものだね」

「な」

「いやぁねぇ、あまりにも君が鈍いものだから……まぁあの子は君の側にいられれば満足だったみたいだけど」

「………はぁ」

 ……改めて聞くと変な感じだ。ずっと見えなかったものが急に見えた感じで。

「で? 君の方はトリスの事は好きなのかい」

「ちょ、直球ですね……」

「そりゃあねぇ、私は遠回しな事は好まない」

 で、どうなんだい?と聞いて来る。僕は困る。

「……まだよく分かりません」

「……そうなんだ?」

「だからこれから会ってみようって……」

「なーるほどねぇ」

 うんうん、とイゾルデさんは頷くと、にっこり笑った。

「良かった、とりあえずは君を叩かなくて良さそうだ」

「え」

「笑いながら『そんなんじゃないですよ〜』なんて吐かしてたらぶっ叩いてたところだ」

「………えぇ……」

 レディとしてその言葉遣いはどうなんだ……とは思ったがそういえばこういう人だったと僕はその言葉を飲み込んだ。

「でも……」

「はい」

「これからトリスを傷付けるような事があったら許さないからね」

「………はい…………」

 この宮廷、愛が強過ぎる人多くない⁈シスコンブラコン多くない⁈ ちょっと怖いよ!

「心に留めておきたまえ」

「はい……」

「だけど私は別に君の意思を無視したい訳じゃない」

「!」

 ちょっと優しく笑うと、イゾルデさんは言った。

「トリスなら多分だけど訓練場にいると思うよ。あの子は鍛錬が好きだからね。君がもし“違う”と思うのなら無理はしなくていい、ただトリスを傷付けるような事だけはしないでくれ」

「……はい」

 僕は彼女の目を見て頷いた。彼女も頷く。

「よし! 行きたまえ!」

「!……はい!」

 うわぁ、なんか乗せられた気がする。

 僕は一階へ続く階段を降りていく。そのまま庭園へ出る。足取りは軽く、僕は小走りに訓練場を目指す。……少しだけ不安はあったけれど。とりあえず会ってみたいと今は思った。


† † †


 そこにいたのは菫の花だった。凛としていながら可憐な、野に咲く力強い花。彼女の動きに合わせて空気が流れ、周囲に花びらが舞うようだった。周囲の景色が色付いて見える。春の終わりのまだ柔らかな空気の中で、花は力強く剣を振っていた。

「…………あ、イヴァン君」

 彼女が棒立ちしていた僕に気付き、剣を振るのをやめてこちらに駆け寄ってくる。

「……こんにちは、トリス」

「こんにちは。どうしたの?」

「…………えぇっと」

 あれ、どう切り出せばいいんだろう。言葉が出て来ない。いきなり言うのは違う気がするし……それに、僕は。

「……ちょっと話がしたいんだけど……場所を変えないかな」

「えぇ、いいわよ。丁度そろそろ休もうかと思ってて」

 嫌な顔一つせず、それどころかむしろ嬉しそうににっこり笑うトリス。なるほど、そういう視点でみればこれはそういう事か……。そして僕もそれには悪い気はしない。

「どこに行く?」

「えーっと……」

「日陰がいいわね、いいわ、ついて来て」

 行動が早い!迷い無し!………さすがというか何というか……僕は情けないな、いざこうなると……ってやっぱりそうなのか。────そういう事でいいのか?僕。


† † †


 そこはあの木蓮の木の下、時々魔術師殿がいるあの木。だけど今日はいないみたいだ。

 すっかり葉が生い茂り、その下には木陰が出来ている。トリスが先にその根元へ三角座りで腰を下ろすと、僕を隣に呼んだ。

「それで、話って何?」

「……う、あ、えぇと……」

 こういう時……こういう時、ペレディルとかならどうするんだろうな?彼なら迷いなくすぐ言いそうだ。うーん、参考にならない。

「大丈夫?」

「う、うん」

 聞かれて答えるが、その顔を見る事が出来ない。近い。……どうして急にこんなに……。

「ふふ」

「……何?」

「いいわ、待ってあげる」

「え」

 す、とトリスは前を向いて目を閉じた。耳だけをこっちに向けて。僕はやっとその横顔を見る。木漏れ日が映るその顔の凹凸は実に形良く、気高く美しくて────……。

「えぇとその……」

「…………」

「トリス?」

「なぁに」

「君……僕が何を言いたいのか分かってるんじゃ」

「何のことかしら」

 彼女は目を閉じたまま、笑って言う。……絶対分かってるんじゃないか。意地悪だな。……いや、それともむしろ気を使ってくれてるのか。

 僕は一つ深呼吸する。柔らかい風が吹き抜ける。花の香りを運んで、風は空へと消えて行く。空は鮮やかな青色で、白い雲がゆっくりと横切っている。小鳥の群れがそれを追い越して、小さな音を降らせて行った。

「……僕は今は貴族だけど」

「うん」

「それは肩書きだけで、ほとんど中身は庶民だよ」

「うん」

 価値観の違い。アルファイリア様との間に感じた確かな壁。それだけは破れないだろうという強固な壁。

「家も持ってないし……」

「うん」

「社交辞令もよく分からない」

「うん」

「……人の気持ちにも鈍い」

「うん、そうね」

「…………」

 ふとトリスの顔を見ると、なんだか楽しそうだった。

「……僕はその……好意を向けられるのに慣れていなくて」

「そうなの?」

「……何というか、全部一緒に思えてしまう」

 相手が僕に好意を持っていることまでは分かるけど、それがどういう種類のものなのか、明確な事までは分からない。だからずっと気付かないでいたんだ。彼女の想いにも、自分の想いにも。

「自分で気付けなかった自分が恥ずかしい」

「イヴァン君が鈍いのは分かってたわ」

「う……」

「でも……何がきっかけであれ気付いてくれたのなら嬉しい」

「………」

「言えなかった私も悪いわ」

「普通は男の僕から言うべきじゃ」

「そういうところも私は変えたいの」

 ばちっ、と目があった。星が散って、脳に衝撃が走ったようだった。

「………でもいいわ。あなたに譲ってあげる」

「………」

 木蓮の下、揺れる木漏れ日の中で僕達は。

 トリスの手を取り、彼女の方へ寄る。顔を近づけ、互いの息の温かさが感じられるほどに。薄っすらと色付いた彼女の頰。僕も、同じような顔をしているのだろうか。

「────僕は君の事が好きだ」

 色々考えたけれど、結局出たのはそんな単純な言葉だった。

「……私もあなたが好き」

 柔らかな感触が唇に当たる。────愛おしい、どうしようもなく愛おしい。彼女の肩を抱き寄せた。そこは花薫る庭園の中、全てが僕たちを祝福するように。空も木々も花々も、木陰すらも鮮やかに色付いて。

 それは春の終わりの温かな昼間。あぁ、どうかこの幸福が、いつまでも永く続きますように。


† † †


-神暦36992年6月1日-

「「で!どうだったんだよ⁈」」

 翌朝。僕が起きるよりも先に先生とグワルフさんが部屋に詰めかけて来た。煩いノックの音で目を覚ました僕がドアを開けると、二人がドヤドヤと入って来て、ドアを閉めると座る間もなくこの質問。……身支度ぐらいさせて欲しい……。

「……どうもこうも……」

 僕は手櫛で髪を整えながら、ベッドの縁に座ると口ごもる。……何と言っていいのか……。

「……言わなきゃダメですか」

「そりゃ……気になるだろ!」

「俺たちお前が世話になってる先輩だろ!」

「自分で言いますか……」

 グワルフさんらしいけど。僕は一つため息を吐くと、頰を掻きながら答えた。

「……ちゃんと伝えましたよ……お互い」

「お⁈」

「で⁈」

「…………お付き合いさせてもらう事に……」

「「お〜!」」

 二人は笑うと何故かそっちでハイタッチをする。……何で⁈

「良かったじゃねェか」

「……えぇ、まぁ」

「キスは?」

「えっ、しっ、いやっ、それは」

 うわ、グイグイ来る。怖い。

「ぷっ、プライバシーの侵害です」

「したんだな」

「したなこれは」

「〰〰〰〰っ、あぁーもう!ノイシュ!」

「ヘイ」

 僕の中から出て来たノイシュが先生とグワルフさんをひょいと部屋からつまみ出した。

「鍵閉めて」

「あいよ」

 ガチャ、と閉まったドアの向こうからドンドンと音がする。

「ゴメンなさいグリフレット様! 調子に乗りました! 許して!」

 グワルフさんの笑いを含んだ悲鳴が聞こえる。その横で先生が笑いを堪えている気配がする。

「……はぁ」

「お前すっげぇナチュラルに俺使ったな」

「君なら二人とも追い出せるかと思って……」

 僕の力じゃあさすがにあぁは出来ない。

「力持ちだね、細身なのに」

「精霊の筋力ってのは本来の姿に影響されるもんなんだぜ」

「……そうなんだ」

「おう」

「じゃあノイシュの本来の姿はとても強いんだね」

「ったりめーよ」

 彼は腕を組み、フフンと得意げに笑う。なんだか褒められた犬みたいである。

 ドアの向こうの先生達はもうどこかへ行ったようだ。

「早くそれで活躍してみてェなあ」

「まぁ、夜にしかなれないのが玉にキズだよね」

「おぉいおい、最強の力ってのはそれなりの制約ってのがあるモンだろうが」

「……最強か」

「おう最強だぞ」

 言い切る辺りが凄いな。これは少し期待が高まる。

 と、ノイシュはよっこいせと僕の隣に座った。

「戻らないの?」

「んー?あぁ、折角出て来たからもう少し」

「…………部屋に篭ってるのもなんだし、出ようか」

「そだな」

 そういえば、ノイシュは恋とかするんだろうか。……聞いてみたいな。あ、でも聞いたら僕までつまみ出されそう。ここ僕の部屋だけど。

 ……とりあえず着替えよう。髪も整えて。……今日は昼からアルファイリア様と鍛錬だったかな。


† † †


「う〜」

「……トリス」

「ううう〜……」

「ちょっと」

 イゾルデの自室。彼女のベッドでワンピース姿のトリストラムが突っ伏している。

「気が散る、いるのは構わないから静かにしてくれないか」

「……だってぇ」

「お前はイヴァン君の前では凛々しい野の菫を演じる癖に、私の前では花壇のササユリになる。どうしてなんだ」

 資料の作業を進めながら、イゾルデはため息を吐きちらりと妹の方を見た。

「……イヴァン君にカッコ悪いところは見せられないわ」

「本当に好きならそういう事は余計というものだよ」

「…………お姉様は好きな人とかいるの?」

「私は議長一筋だけれど」

「えっ」

「……冗談だよ」

 ぺろ、と舌を出すイゾルデ。だが顔が真顔なので本当に冗談なのかが分からない。──彼女は少し機嫌が悪いらしい。

「まぁ、私の様な女を好く物好きもいないだろうし……そこは正直トリスが羨ましいな。私に無い可愛さを持っているわけだから」

「お姉様だって綺麗よ」

「おや、嬉しい事を言ってくれるじゃないか」

 作業の手を止めると、イゾルデは体ごとトリストラムの方を向いた。彼女の周りの空気が変わった。

「良いかい、我が妹トリストラム。イヴァン君ならばお前の全てを愛してくれる。私はそう思うよ」

「……そうかしら」

「あぁ、さもなくばこの姉に任せたまえ、これ程に愛いトリスを傷付けるような男なら、あの手この手で私が地獄に落としてやる」

 椅子の上で体を折って目線を低くし、トリストラムと目を合わせるイゾルデ。トリストラムはくすりと笑った。

「まるで騎士みたい」

「私は騎士になりたかったんだ」

「なら、なれば良かったのよ。私だってなれたんだから」

「私がなりたかったのは、お前の騎士だ」

「!」

 イゾルデは姿勢を元に戻すと、フフッと笑った。

「だけど、もう必要ないのだろうね」

 彼女は元のように、資料の作業を再開した。トリストラムはそんな姉を見、そして自分の腕に顔を埋めた。

「………お姉様は私の騎士よ」

「いーや、それはもうイヴァン君だろう」

「違うわ、彼は同じ……ような立場だから……」

 脳裏に昨日のイヴァンの顔が浮かんだ途端、赤面した。

「ああぁぁ〜なんでいきなりそんな事するかなぁ⁈」

「どうしたんだい、何かされたのかい」

「自分からしたの!」

「?……何を」

「……思い出したら恥ずかしくなってきた……」

 間近な体温。彼の腕。胸がキュンと縮み、そこから広がる温かさ。

「………でも、悪くない恥ずかしさだわ」

「………やれやれ、青春してるねぇ」

「羨ましいんだ」

「そうじゃない、私はトリスが幸せそうで嬉しいんだ」

 作業の手は止めないまま、イゾルデは言って微笑んだ。その顔を見て、トリストラムは笑った。

「………やっぱりお姉様は騎士ね」

「お前にとってそうなれているのなら嬉しいよ」


#35 END

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