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英雄王と影の騎士  作者: Ak!La
§1 光と影の英雄譚
35/52

#33 Give and take is fair play

─神暦36992年5月13日─

「最近何だかイヴァンの奴が変なんだよ」

「そうなのかい?」

「あぁ」

 空中庭園。今日は特にする事も無いので、アテリスの元へ来ている。鳥籠の中二人。うーん、いつ触ってもアテリスの毛並みは気持ちいいな。

「変に優しいって言うか……」

「いいじゃないか」

「何て言うか、重い」

 あいつが帰って来た翌日くらいからだったか。やけに気が利くようになった。利き過ぎて気持ち悪いくらいだ。朝起きたら部屋に支度は整ってるし、俺が呼ぶまでもなく側にいるし、書類仕事は手伝ってくれるし、食事もあいつが持って来てくれる……。仕事が出来過ぎる。あと顔がいつもより優しい。

「……お前何か知ってる?」

「うーん」

 と、アテリスは俺から目を逸らす。ちょっと気まずそうに笑っている。何かあるぞこれは。

「知ってるんだな」

「……うん、多分元凶は僕だから……」

「…………その心は?」

「イヴァン君に精霊が憑いただろう、彼らがあまりに仲良くしてるものだから、あんまりそうしてるとイリアが妬いちゃうよって言った」

「……」

「違った?」

「そうか俺は妬いてたのか……」

「あ、今気付いたの」

 なるほど、あの時モヤっとしたのはそれか。……でも何かこう……。

「こう……ちょっと違うんだよ……」

「何が?」

「俺は尽くされたい訳じゃないんだ。……確かにまぁ、あいつが俺に誠実でいてくれるのは嬉しいけど……こういうのは何か俺の望むものと違う」

 一方的なものってのは、何だかムズムズとする。

「ギブアンドテイクって言うかさ……そういう方がスッキリするだろ」

「まぁ僕もそういうつもりで言ったんだけど」

「あいつの勝手な思い違いかよ!」

「方向性を間違えてるだけじゃない?」

 うーん、とアテリスは目を瞑り首を傾げる。そして目を開けると言った。

「嫌ならほら、イリアから仕掛けたらいいんじゃない。例えば、一緒にご飯食べようとかお風呂行こうとか」

「……あぁなるほど、それならアリか」

「お茶するだけでもいいと思うし、イリアがしたいようにすればいいんじゃない」

「…………」

「というか今までずっとイリアが積極的にしてこなかっただけじゃないの」

「……そうかも……」

 そう言われればそうだ。仕事が終わればある一定の距離を取っていたように思う。……いや、でもあまり近付き過ぎるのもアレか。あくまでも俺は王であいつはその護衛官。イヴァンはそれを弁えた上で行動してるだろうし。それを俺の勝手で壊すというのも……。

「よく考えてみるとあまり簡単な問題じゃない」

「まぁ何事も線引きは必要だよね」

「流石ご長寿、あっさりしてますな」

「お爺ちゃんみたいに言わないで」

 ぷく、と頰を膨らませるアテリス。ごめんよと俺はその頭を撫でた。

「──でも、職務を外れてる間は別にいいんじゃない?」

「うーん……」

 純白のふわふわとした頭を撫でながら、俺は唸る。

「ってかさ、お前は俺に妬いたりしないの」

「僕は器が大きいからね、イリアが楽しそうにしてるならそれでいいのさ」

 でも少しくらい構ってくれないと拗ねるよ、とアテリスはそう付け足した。

 ……そうだろうな。お前は俺が死んだ後もずっと生き続けるんだ。俺にずっと執着なんかしてられないよな。

「……お前に相談してみるもんだな、ちょっとスッキリしたよ」

「伊達に長くは生きてないからね」

「……そうだな。俺、イヴァン探してくる」

「うん、行ってらっしゃい」

 立ち上がり、鳥籠を出た。……まずはどうしよう。


 …………ってか、よくよく考えると俺から言い出すの恥ずかしいかも……。


† † †


 空中庭園からの階段を降りて来ると、珍しい顔を見つけた。

「これはこれは、アルファイリア様。ご無沙汰しております」

 そう言って笑ったのは、モルジェンだった。

「シベリウス殿……どうして」

「今日は用がありまして。こちらの納品に」

 と、彼は手にした小箱を開けた。それは、生誕祭の日グィネヴィアが俺にくれた焼き菓子だった。

「……それは」

「気に入って頂けたようで光栄です。実はうちのブランドのものでしてね」

「…………そうだったのか」

 確かに納品するようにユーサーに手続きを頼んだ。……だがまさかシベリウスの持ち物だったとは。

「今からアズライグ様に会いに行く所でしてね。荷馬車は外に待たせてあります」

「そうか」

「えぇ。では急いでいるので失礼します」

「……シベリウス殿」

 歩き出そうとしたモルジェンを、俺は呼び止めた。

「何でしょうか」

「…………用が済んだら俺の執務室へ来てくれ。内密に話したい事がある」

 するとモルジェンは少しわざとらしく目を見開くと、すぐに笑みを浮かべた。

「えぇ。承知いたしました。後で伺いましょう」

「あぁ」

 モルジェンは頭を下げると、スタスタと歩いて行った。

 ────さて、イヴァンのことはちょっと後にするか。


† † †


「……なるほど」

 僕の目の前で、ベルナールさんがふむ、と顎に手を当てて考え込んでいる。

 今朝、アルファイリア様の元へ行こうとした途中で彼に捕まった。そのまま僕の部屋へ戻って来た。とりあえずお茶は出したがそれだけだ。

「新たな力を手に入れた訳ですね」

「えぇ、まぁ。……魔術師殿のお陰です」

「あなたはアルファイリア様についている事が任務だというのに、それを外してまで行かせるのはいかがなものかと思いましたが……それなりの成果を上げて来たのならイーブンてとこですかね」

「あはは……」

 うぅ……早いところアルファイリア様のとこに行きたいんだけどな。ベルナールさんのこともあまり邪険には出来ないし……。

『何焦ってんだよ』

(……いや、別に……)

 ノイシュには感情は筒抜けか。でも、意識して思わなければ、考えまでは彼には伝わらないみたい。

「僕が留守の間は、ベルナールさんがついてたんですか?」

「えぇ、そうですね。もし何かあっても僕が盾になるくらいのことは考えてました」

「危ないですよ……」

「僕の命くらい、アルファイリア様に比べれば軽いものです」

「そんな事……」

「そんな事あるんですよ、あなたには(・・・・・)分からないかもしれませんけど」

 ……うっ。そうか……そういう認識が当たり前なのか。

「というか、あなたが気付いてないだけで僕が近くにいる事は多いですよ」

「そうなんですね」

 と、ベルナールさんは少し眉をひそめた。

「それで……最近あなたについて思った事なんですが」

「……何か悪かったですか」

「まぁ……本当は僕から言うべきではないのでしょうけど」

 何だろう。あんまり思い当たる事は────。

「あなたはアルファイリア様をサポートし過ぎです」

「……えっ」

「ここ一週間くらいですか?帰って来てからというもの、ちょっと過保護なんじゃないですか」

「…………過保護」

 ……確かに。思い返せばそうかもしれない。守護竜殿に言われてつい……。

「でも僕はアルファイリア様の部下ですし」

「あの方はあまりそういう事は望みません」

 ベルナールさんはため息交じりにそう言った。

「なんて言うんでしょうね……アルファイリア様は自分から指示して動いてくれる分には良いみたいですが、周りが頼んでもないのに色々やりすぎるとモヤッとするみたいです」

「モヤッと」

「はい」

 まぁ、僕の観察の結果言える事ですけど、と彼は付け加えた。

「……アルファイリア様も戸惑っていたみたいですけど、何かあったんですか」

「いや……実はノイシュの事でアルファイリア様が妬いてるんじゃないかと守護竜殿に言われて」

「まぁ妬きますねあの人なら」

「やっぱり」

「でもそういう事じゃないんですよ」

「え」

 僕はその続きを待ったが、ベルナールさんは少し笑っただけだった。

「寂しいんですよあの人は」

「……?」


† † †


 コンコンとドアが叩かれる。どうぞ、と言うとドアが開き、モルジェンが入って来た。

「ただいま参りました」

「あぁ。……適当に掛けてくれ」

 モルジェンは一礼し、置いてあった椅子を前に持って来て座った。

「それで……お話とは何でしょうか」

「あぁ。単刀直入に言う。グィネヴィアの事だ」

「娘が何か失礼をいたしましたか」

「いや、そうじゃない。……実は彼女を妃に迎え入れようかと思っている」

 ドキドキしながら言った。こういう事を言うのは誰だって緊張するだろう。

 モルジェンは驚いた様子で目を見開いた。

「それはそれは……うちの者などでよろしいのですか」

「シベリウスがそれを言うか。お前達以上の貴族がどこにいる」

「────それもそうですな。えぇ、断る理由もございません。差し上げましょう。婚約発表などはいつ頃されますか」

「いや、すぐにはしない。まずは本人と仲を深めたい」

「……左様でございますか」

 と、何だかモルジェンは拍子抜けしたようだった。

「何だ」

「いえ。王族たるもの、気に入れば強制的にでも婚約させるものかと」

「俺はそんな事しない」

 母上はそうだったんだろうか。でも、俺には幸せそうに見えた。姉上達も……。

「だからシベリウス殿、まだグィネヴィアにはこの事は黙っていて欲しい」

「……承知いたしました。王のご命令とあらば」

 命令……命令か。お願いのつもりだったがその方が強制力もあるし訂正する事もないか。

「あと……内密な話だ、どこにも漏らすな」

「えぇ、留意します。ご安心下さい、シベリウスは口が硬いですから」

 ……シベリウスの扱いは少し大変だ。多少の貴族なら、危険と分かれば何かしらの手段で潰せなくもない。……だがコイツらは逆にこっちが呑まれる可能性がある。だが、ここはモルジェンを信用する事にしよう。グィネヴィアを迎えれば少しは繋がりが安定するかも……。

「ではそういう事で。…………焼き菓子はまた新しい種類のものも定期的に入れてくれると嬉しい」

「はい。ありがとうございます」

 彼はすっくと立ち上がると、失礼します、とまた一礼して部屋を出て行った。

 ふぅ、と俺は肩の力を抜いた。……いつの間にか緊張していたらしい。

「……ユーサーにも相談しておくべきか……」

 多分そのまま「婚約した」って言ったら「何故私に相談して下さらなかったのですか!」とか怒られそうだしな……。まぁ多分文句は言われないと思うけど。あいつは俺の小さい頃から父親代わりみたいなとこあったし……現にそういう心持ちなんだろうな。忙しい父上に代わって寝る時とかよく面倒見てくれたし。

 よし、とりあえず先にイヴァンだ。ユーサーは多分まだ忙しいだろうし。あいつどこにいるかな、そういや今日はまだ見てないな……。……待ってりゃ来るかな?


† † †


「遅くなりました、アルファイリア様」

 執務室に入ると、妙に大人しくアルファイリア様が机の向こう側に座っている。

「……どうしましたか?」

「少し話したいことがある」

「────何でしょう」

 いつになく真剣な感じだ……。何だろう、僕は何かやらかしただろうか。

 僕が机の前に立つと、アルファイリア様は口を開いた。

「俺は呼んでないぞ」

「護衛官ですから、お側にいるのが当たり前です」

「城の中でまで付きっきりでいなくていい、いつもそうしてただろう」

「ですが」

「お前ももう少し自由にしろ」

「僕がアルファイリア様の側にいるのも自由じゃないですか」

「俺も自由な時間が欲しい」

  …………自由……つまり一人の時間が欲しいってことか。

「……分かりました」

「いつも通りでいいんだ。変な気を遣うな」

「変なって何ですか。僕はアルファイリア様の事を思って……」

「俺はお前が普通に、俺が指示した事だけその通りに動いてくれればそれでいい」

「!」

 言ってから、あ、という様に彼は口を抑えた。

「────何て言うか……その……お前に身の回りの世話ばかりされると落ち着かない」

「……いつも通りでいいんですか」

「そうだ」

 うーん、そうか……いつも通り…………いつも通り?どんな感じだったっけ。

「というか、本当にそれでいいんですか」

「あぁ」

「寂しくないですか?」

「大丈夫だ」

「本当に……」

「いいんだよ!────あぁいや……一つだけ……」

 勢いで叫んだ後、声はもごもごと小さくなって彼は僕の顔を見ないままもごもごと呟く。

「その……オフの時間とかあるだろ……」

「夜とかですか」

 まぁ僕達にオフはあって無いようなものだけど。

「……あぁ」

 珍しくしおらしいじゃないですか。今日は槍でも降るのか……。

「そうだ……今日、晩は暇か」

「えぇ」

 本当は先生達から晩酌に誘われていたけど、今日は断らせて貰った。

「今日は浴場の開放日だから、一緒にどうだ」

「えっ」

「……嫌か」

「いえ……」

 城にはそこそこ大きくて豪華な浴場があるが、毎日は開いていない。週に二日、週の真ん中と末に開く。いつもは先生とかペレディルとかに誘われて行ってた……けど。

「……いつもはアルファイリア様はお一人ですか」

「そうだな」

 あの辺りで遭遇した事がないのだがいつの間に入っておられるのだろう……。

「分かりました、ご一緒しましょう」

「そうか、良かった」

 ホッとしたような、嬉しいような、そんな顔をしてアルファイリア様は言った。

「あと……出来れば時々でいい、一緒に食事もしてくれないか」

「そんな事でいいなら、構いませんよ」

「そうか」

 そして僕はその時ようやく気付いた。

『そういう事じゃないんですよ────寂しいんですよあの人は』

 ベルナールさんの言葉が脳裏に蘇った。つまるところ、アルファイリア様は護衛官としての僕に構って欲しかったんじゃなくて…………。


 ────友達みたいな関係が欲しかったのか。


 いいでしょう、そういう人だ。本人が良いというのなら拒む必要もない。普段からそうする訳には行かないけれど、食事だとか入浴だとか、勤務外の時は別に構わないだろう。

 ……さすがに細ーく一線は引かせてもらうけれど。

「僕が鈍くてすみません」

「あぁいやいいんだ、明確に要求しなかった俺も悪い」

「アルファイリア様のお側にいる身として、あなたの心内も少しは見抜けるようにならなければ」

「…………全部分かられるのはそれはそれで困るぞ」

 と、アルファイリア様は苦笑した。そう言えばと、彼は話を切り替えた。

「……鈍いと言えば……お前の方はまだ進展はないのか」

「────の方?進展?」

「………あぁ、すまん、何でもない。忘れてくれ」

 ────まただ。先生達と同じ感じだ。多分これは隠されてるんじゃない。いや、隠されていると言えばそうだけど、単に僕が何かに気付いていないだけで……。

  ……本当に何だろう。全く心当たりがない。

「僕、何か忘れてますかね?」

「俺の口からは何も言えん」

 えぇー……人をモヤッとさせておいて……。まぁいいや、とりあえずこの事は忘れよう。

「では今晩ですね。ここへ来ればいいですか?」

「ん?あ、あぁ。そうだな」

「分かりました。昼間に何か仕事はありますか?」

「……んー……今日は俺暇だからな……」

「ではお手合わせ願います」

 僕は笑って言った。

「お前から言ってくるのは珍しいな、今日は槍でも降るか」

「────かもしれませんね」

 少しくらい、僕は変わった護衛官だっていいだろう。今まで律儀に立場を貫いてきたけれど、この変わった王には変わった護衛官が必要だ。……僕は庶民出だし、その時点でかなり変わっているけれど。

『何か嬉しそうだな?』

(……そうだね)

 あ、手合わせノイシュもしたいかな?まぁそれは訓練場に着いてからにしよう。

 アルファイリア様が立ち上がる。僕達は二人連れ立って訓練場へと向かった。


#33 END

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