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英雄王と影の騎士  作者: Ak!La
§1 光と影の英雄譚
32/52

#30 Adversity makes a man wise

「……ハアッ、何だ、もうおしまいか?ハハッ、……ハッ」

「…………ッ……」

 油断した。もう少しだと思ったのがいけなかった。恐らくコイツは僕よりも攻撃に特化した影の力の使い手だ。同じ守護者でも、人によって個性がある。僕のはどちらかと言えば技巧型だ。攻撃も出来るけど。

 影によって洞窟の壁に縛り付けられてしまった。何とかしようにも何ともならない。

「この俺様のテリトリーに入ったが運のツキだな、お前も影の守護者らしいがここの影は俺のモノだ」

 氷の様な冷たい刃が顎に当てられる。剣……せめてそこに落ちてる僕の剣さえ影で投げられれば。

 ……しかしこの手足を封じられた状況で、影を思うように動かすのは難しい。第一さっきからうんともすんとも動かないのだ。“ここの影は俺のモノ”というのは、そっくりそのまま言葉通りか。

 僕はランタスを睨みつける。すると、彼は笑う。

「可愛いねぇ、仔犬みたいだ。虐めたくなる」

「…………」

 どうする。為す術無しか。先生達が着くまでなんとか話で逸らすしか──────…………結局僕は、自分の力じゃなんとも出来ないのか?

「さてさて、それじゃあ俺様のアジトにたった一人ぽっちで踏み込んで来た愚か者は、バラして獣のエサにしてやろうかなぁ」

 サーベルの刃が鋭く光る。首に刃が軽く当たり血が滲む。チクリとした痛みに僕は僅かに眉を動かした。

 殺せ、殺せという下っ端達の高揚した声が飛ぶ。

 ……情けない。本当に情けない。これは僕の怠慢が招いた事態だ。ここで死んだって自業自得だろう。こんな僕なら、今ここで死んだ方が王にとっても良い…………

『本当にそうか?』

「!」

「……どうした?」

 ランタスが不思議そうな顔をする。今、どこからか声が……。

『お前はそれで良いのかよ』

 頭の中に直接響く声。それは内から湧いて来る様だった。

(……良いワケない)

 フッ、とその声が笑った様な気がした。

『じゃあどうしたい』

(もっと力が欲しい、何にも負けない力が……!)

 無意識に湧き上がる感情。それは頭に響く謎の声に引き出された、僕の本心なのだろう。ここで死ぬ訳には行かない。僕は弱くてはならない。生きて強くなければならない。必ずこの足で帰らなければならない。

「────ここで終われやしないんだ」

「ん?」

「…………力を貸してくれ」

 そう言うと、それは嬉しそうな声を上げた。

『良いだろう、名も知らぬ騎士、否、我が主よ!この力、お前に預ける!』

 その時不意に影が弾け、拘束が解けた。その瞬間、ランタスが反射的に後ろへ跳んだのが影の隙間から見えた。

「……何だ⁈」

『夜は影の支配せし世界、我は“夜の王”即ち影の支配者なり!』

 何だ。力が漲る。この足から繋がる全ての影が、僕の一部になったかの様だ。感じる。この洞窟内の気配全てを。蝙蝠一匹逃さないくらいに。

「…………何だ……この感じ」

『さぁ、思う存分やれ!』

(……あぁ!)

 ────誰だろう。誰だか分からないけれど、誰かが僕の中にいる。だが悪い感じはしない。誰だっていい、この状況を打開出来るなら。僕のこの手で、コイツを倒せるなら!

「てめぇ、何しやがった!」

 ランタスが激昂した声を上げる。彼がいくら手を振っても、剣を振っても、洞窟内の影は動かなかった。

「…………反撃だ」

 盛り上がった影が、僕の剣をこの手へ返す。動く。僕の思い通りに。もう彼は剣を振るう他為す術は無い。……いや、それすらも。

「!」

 影の波がランタスへと襲い掛かる。さすがにすぐには捕まらず、器用に避けて行く。僕はそれを、影を踏み台にして追う。

「チィッ、何でだ!」

 僕が振り下ろした剣を、ランタスは弾く。その拍子に、彼の足を影が捕らえた。

「!」

「“影覆いし(シャドウシェード)……」

 ランタスの周りを、影が覆い尽くす。一切の光は遮断され、暗闇だけがそこにある。その瞬間、彼の瞳が恐怖に染まった。

「……馬鹿な」

報復リテレイト”‼︎」

 死んでしまえ。全ての報いを受けて死んでしまえ。そう強く思った。その感情を表すかの如く、漆黒の影がランタスの身体を捉え、覆い尽くす。

「ッ…………アアァァ‼︎」

 顔が見えなくなる瞬間、彼は断末魔の叫びを上げた。次の瞬間には、黒い繭は地面から生えた無数の黒い棘に刺し貫かれた。

「……ハアッ……ハアッ……」

 息が切れる。体が重い。……何だ急に。今までのダメージとかそういうのじゃない。

『あーったく、無茶し過ぎだろ、“リンク”外せ』

 あの声がそう言う。……リンク……?何のことだ。

 洞窟内はしんとしていた。僕はたくさんの視線を感じて、周りを見渡した。下っ端達の目が全部こちらへ向いていた。僕は笑う。

「……やるか……?……一網打尽にしてあげるよ」

 さっきの力はもう使えそうに無い。自分の影を伸ばして一人を足止めするのが精一杯だ。

 その時、目の前にあった黒い繭が崩れ、中にあったものがどさりと地面に落ちた。見るも無惨なその姿を見た途端、下っ端達は喚き、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。

「っ……待て!」

 一人だけ、あいつだけは逃す訳にはいかない。他の下っ端はどうにかなるだろうが、あいつは今、ここで話す必要がある。

「うっ、わあぁぁ!」

 一人、真っ先に逃げようとしていたその足を影で捕らえた。つんのめって前にけたそいつに、僕は歩み寄る。

「ひいっ、助けて……!ごめんなさいもう悪い事しませんからぁ!」

「……グエル、君はどうして……」

「頼むから命だけは……!」

 …………駄目だ。パニックで話が出来そうにない。と、下っ端達が逃げて行った先で悲鳴が聞こえた。

「こっ、今度は何だ……⁈」

 グエルが怯えた目でそちらを見る。僕の耳には微かに「イヴァーン」と呼ぶ声が聞こえた。

「……先生達か」

 やがて暗がりの中から、先生とグワルフさん、そしてグオンが現れた。

「あぁ、良かった無事だったか。……傷だらけだな」

「大した事はありません。こっちはもう終わりましたよ」

「そうか……って、かなり派手にやったな……」

「正直引くぜ、グリフレットよう……」

 グワルフさんがそう言って顔を顰めた。「よく平気だな」とそう言いたげだ。

「……で、そいつは残党か」

「えぇまぁ、そうなんですが……」

「兄さん……」

「兄さん⁈」

 一番後ろにいたグオンの呟きに、先生とグオンさんが驚いて振り向いた。……何でグオンまで来たんだ。

「じゃあこいつがイヴァンが追いかけて行った奴か」

「はい」

「……グオン⁈グオンじゃねえか何してんだこんな所で」

「それは僕のセリフだ」

 グエルの言葉にぴしゃりとグオンは言い返す。

「これは一体どういう事なんだ、まさか手引きしたのは兄さんなんじゃ」

「……そ、そうだよ」

「何で……!」

「ストップだ、折角だから最初から全部話せ」

 先生が兄弟の喧嘩を止め、グエルにそう命令した。

「…………」

「話せ」

「わ、分かったよ!」

 隻眼で睨まれて、グエルは縮こまった。

「去年……ルグマルに帰って来て狩りに出た時だ。獲った鹿を捌いてたら……盗賊団の一味がやって来て、『それを寄越せ』って剣を突き付けて言ってきたんだ」

 その時の恐怖を思い出したのか、彼は身震いした。

「こ、怖かったからそのまま差し出したんだ。また獲ればいいやって。でもあいつらその他にも俺に金目のモン寄越せって言って来て……でもそんなモン持ってないって言ったら殺されそうになって」

 手当たり次第だな。搾り取れるだけ搾り取るのがここのポリシーなんだろう。

「命乞いして……そこでふと思い立って仲間にしてくれって頼んだんだ」

「それで遊び人から盗賊に成り下がったのか」

「仕方なかったんだ!俺だって死にたくない!」

 弟の言葉に、必死にグエルは弁明する。死ねとは言わないがどちらにしろこいつはクズだ。

「……それで……その当時はここじゃないところに拠点があって……次の拠点の下見に来てたらしいんだ。……だから俺が教えたんだ。脅されたから。仲間になるからにはとりあえず何か働けって」

「ルグマルを標的にした」

 僕が言うと、グエルは躊躇いながら頷いた。

「…………あぁ」

「どうして……」

「……あんな村潰れたっていいと思ってた。嫌いなんだ俺は、ルグマルが。親父もクソ喰らえって」

「お前……!」

「待てって落ち着け!」

 今にも兄を殴りそうなグオンを先生が止める。まだ話は終わってない。終わった後に存分に殴ってもらおう。

「お前もお前だよ、いつまであんな小さな村に執着してるんだ。兄貴達もさっさと村を捨てて出て行ったじゃねぇか!」

「兄さん達は村を捨てた訳じゃない!稼いだお金を毎月父さんに送ってくれてる!」

「なっ、だっ、どうでも良いんだよそんな事は!」

 その途端、先生がグオンを放した。その勢いでグオンの蹴りがグエルの顔を思い切り襲う。

「ぶべっ!っだ、だにずん……」

 後ろにけ、起き上がったその顔は鼻血塗れだった。

「……何で生きてた」

 絞り出すような声で、グオンが言った。

「お前なんか獣に喰われて死んでれば良かったのに‼︎」

 そう吐き捨てると、踵を返してずんずんとグオンは歩き出す。「おい」、とグワルフさんがその後を追いかけて行った。彼のことはグワルフさんに任せておけば大丈夫だろう。

「……拭け」

 先生がハンカチをグエルに差し出した。……紳士だなー……もしかして少し責任感じてるんだろうか。

「……アンタ許さねえからな…………」

「お前も弟には許されないだろうな」

「ハン」

 グエルは渡されたハンカチで血を拭く。それを先生は何だか殴りたそうな目で見ていた。……複雑だな先生。

「……さてじゃあ、あとは付近の自警団に任せるか」

「はい」

「さっき入り口の方に逃げてった下っ端は大方片付けといたぞ」

「ひっ……」

 グエルが怯えた目で先生を見る。先生は不敵に笑い返した。

「命拾いしたなお前」

 やれやれ。とりあえず一件落着かな。後は王都に帰るのみ。途中の街で観光でもして行こうか……。

と、その時ぐにゃりと視界が歪んだ。

「……どうした?イヴァン」

「いや……大……丈───」

 ────じゃない。急に方向感覚が分からなくなって、世界がひっくり返った。冷たい地面に頭がぶつかったのが分かったが、痛みは感じなかった。意識が暗転する。血の気が引くような感じがした。遠くで先生の声がする。

 …………そこで何も分からなくなった。


† † †


「ヘイ、起きろー、ヘイヘイ」

 ……誰だろう、ぺしぺしと頰を叩かれている。薄っすらと目を開けると、誰かの顔が見えた。僕の顔に長い銀髪が掛かっている。

「あ、起きた」

「…………誰?」

「誰……って酷いなァ、さっき力貸したじゃん」

 彼はそう言いながら、立ち上がって僕の手を引いて体を起こさせた。頭がクラクラする。……ここはどこだ。

 下は水で満たされていた。……いや、何かおかしい。すくってみると、手から零れ落ちた後まったく濡れた感触はなかった。さっきまで浸かっていたはずの髪も背中も全く濡れていない。

 周りは岩で出来た洞窟のようだった。だが出口はない。僕と目の前の彼以外何もない。

「……色々訊きたい事があるんだけど」

「オーケーオーケー、何でも訊いて?」

 目の前の青年はそう言って笑った。間から覗く犬歯がやんちゃな印象を与えている。その長い髪は月光の様な青みがかった銀色で、瞳は鮮やかな赤紫色だった。服装は何というか、変わった格好だった。インナーはぴっちりとした黒のタートルネックで、ペレディルが付けているようなチョーカーをその上からしている。上は青紫のロングコートで、下は白いズボンに黒の革のブーツ……という感じだ。

「……君は?」

「おう、まずそこからか。いいぜ」

 ふふん、と嬉しそうに笑うと、彼は胸を張り、右手をそこへ当てた。

「俺の名はノイシュ。ノイシュ・シャドーウッド。冠する名は“夜の王”。手にする神器は“望月の槍フォルモーント・ランツェ”。影の国スケアの戦士だ。よろしくなご主人」

 ……今の自己紹介で僕が飲み込めたのは彼の名前くらいだ。

「…………何者?」

「え?えーそこも?」

「というか……一からこの状況を説明してくれないかな」

「どうしてご主人がここにいるかとかも?」

「…………その“ご主人”てのは何なんだい」

「だって名前分からねェし……」

 あぁそうか、それもそうか。……いや訊きたかったのはそこじゃないんだけど。

「僕はイヴァン・グリフレット。セシリア王アルファイリア様の護衛官だ」

「……ふーん……そのアルなんとかってのがご主人……何て呼んだらいい?」

「イヴァンでいいよ」

「分かった。イヴァンのご主人って事だな」

 ……彼はセシリアを知らない?という事はこの世界の人じゃない……って事だろうか。そんな事があるのだろうか。

「んーとじゃあ、話を戻すけど。イヴァンは今気絶中だ」

「え、でも今ここで」

「今ここでは起きてるけどな。ここは“心理の窟”。簡単に言えばあんたの心の中って訳。俺はさっきここから話し掛けてた」

「さっき?…………あぁ!」

 あの頭に響いて来た声。そういえば彼の声だ。

「思い出した?あの後アンタはしばらくして、エレメントの使い過ぎでガタが来たんだ」

「使い過ぎ……今までそんな事は」

「俺が力を貸したってのもあるけど、いつもと違ってリミッターが外れてたんだ」

「リミッター?」

「うん、そう……守護者にとってエレメントは血や水と同じくらい大切なものだ。守護者は自分でそれを体内で生成出来るけど、使い過ぎると供給が追いつかずに……悪ければ死ぬ」

「死ぬ⁈」

「大丈夫だって。普通はそんな事にならない。普段使ってるのは生命活動に必要な分の余剰分で、それが無くなると力が制限される。あるだろ?時々そういうのは」

「……あぁ…………」

 確かに。たくさん影を動かしたりした後はほんのちょっとしか動かしたり出来なくなる。

「普通は俺たちが憑いたら徐々にその使える量が増えてくモンだけど」

「だけど?」

「今回はそこをすっ飛ばして余剰分以上まで使ってしまったというか」

 と、ノイシュは眉を顰めて首を傾げた。

「普通はそういう事にはならないんだ。反動があったとしても。そう、それで俺はおかしいと思ってイヴァンが気絶してる間に色々調べてみたんだけど」

 と、ノイシュは僕の右肩を指した。

「それだ」

「それ……って、あっ、呪印」

「何だ、気付いてたのか。それが普段のリミッターを外す呪印で、お前はぶっ倒れたんだ」

 そしてノイシュはさらに首を傾げた。

「しかもそれ……俺が来る事によって発動する……いや、精霊とリンクする事によって発動するモンらしくて」

「?」

「……俺が憑く前から掛けられてたって事は……そいつ何者だよ?」

 …………待って、一つまだ重要な事が抜けてるじゃないか。

「……君は……何なの?」

「俺?俺はノイシュだって」

「違う、そうじゃなくて……」

「あぁ」

 合点がいったと言うように、ノイシュは頷いた。

「俺は精霊だよ」

「……精霊?」

「そ。概念的には人界の上にある、神界に住んでる存在だ」


#30 END

*新規登場人物*

ノイシュ・シャドーウッド

イヴァンに憑いた影の精霊。2134歳。持つ神器は“望月の槍フォルモーント・ランツェ”。

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