#29 Accidents will happen in the best regulated families
数分もしないうちに、盗賊達は片付いた。先生とグワルフさんが、それぞれチンと音を立てて剣を鞘に納める。
「ご苦労さん」
グワルフさんが僕に言って笑った。僕は苦笑を返した。辺りは死体でいっぱいである。血の臭いが辺りに漂っている。このままじっとしていればその内グルカウルが出るかもしれない、というか出るだろう。早いところ離れた方が良さそうだ。
「……僕いらなかったんじゃないですか……」
グオンが不満そうに先生に言う。
「一人本物の商人がいた方が盗賊も寄り付くだろ」
「あいつらに人を見分ける能力なんかありませんよ!」
「…………そう言われると……まぁ何だ、悪い事にはならなかったんだから許せ」
「悪い事になってますよ僕は!うっ……」
血の臭いが気持ち悪いらしい。当たり前といえば当たり前の反応か。
「行きましょう先生、一度グオンを向こうの町まで送り届けないと」
「そうだな……あっ、しまった残すの忘れた」
ハッとして彼は口に手を当てた。それを見てグワルフさんがニヤニヤと笑う。
「すぐそういうとこ抜ける」
「うるせぇ、お前だって忘れてたじゃねェか」
「そういうのはリーダーがやるもんかなと思って」
「ッ!……ッ!」
何か言い返したいが言葉が見つからないらしい。
「……ともかくもう一度出遭うかこっちから探しに行くかしないと……」
と、その時ざりっという地面を踏みしめる音がした。
「!」
「何だ」
先生が僕を見る。僕は物音のした木の方を見た。何かの気配を感じた。誰かいる。僕はそちらへ駆け出した。
「あっおい、どこ行くんだイヴァン!」
先生が叫んだ途端に人影は逃げ出した。僕はそれを追って森の中へ入る。
「待て!」
「ヒッ!」
男は短い悲鳴を上げて走る。身なりからして盗賊団の一員のようだ。くそっ、なかなか逃げ足が速い。
すぐには捕まえられなさそうだ。先生ともはぐれてしまう。……けど、そうか。あれがあるから大丈夫なのか。
僕はそう落ち着いて男の追跡に専念することにした。このままアジトまで辿り着けるだろうか。……と、僕はふと追い掛ける男の背に描かれているシンボルが気になった。
…………あれ、どこかで……。
ずきりと頭が痛んだ。と、同時に心臓が跳ねた。
(……まさか)
まさかそんな。……それはまだ疑念に過ぎなかったが、酷く僕の心を動揺させた。
† † †
「あいっつ一人で……!」
「待ーてってルー、落ち着け」
イヴァンを追おうとするルーカンを、グワルフは腕を掴んで引き止めた。
「ワル!」
「慌てなさんなって、ほら、お前グリフレットの持ってただろ」
「……あぁ」
言われて、ルーカンは魔道具を取り出した。紫の針はイヴァンが走って行った方を指している。時折左右にブレてはいたが大体同じ方向だ。
「魔術師殿の事だ、こうなる事も全部予測済みだったんじゃねェの?」
「……まぁそうだろうな」
ルーカンはムッとしてそう答えた。
「でもどうする?イヴァンを追うにしてもコイツは連れて行けないよな」
グワルフがグオンを指差して言うと、グオンが一つ深呼吸して言った。
「……連れて行って下さい」
「え⁈」
「僕も行きます」
「何言ってんだ、お前さっきそこで腰抜かしてたじゃ」
「さっき逃げた男」
グオンの顔は、何か恐ろしいものを見たような顔だった。そして彼は重々しく口を開いた。
「……僕の兄かもしれません」
† † †
辿り着いたのは洞窟だった。崖に自然に出来たと見える洞窟。中はじめじめとしていて蝙蝠が住んでいる。その中を男は息を切らして進んで行く。追って来た騎士の姿は見えず、ここまでくればもう安心……とでも思っているのだろうが、残念ながら僕はここにいる。
それは男の影の中だ。闇の守護者が闇に溶けるように、影の守護者もまた影の中に溶ける事が出来る。いつも影の中にものをしまっているのとはまた別だ。あれはまた別空間に入れている。
それはさて置き、僕はまだ影に隠れたまま追跡を続ける。洞窟の中は松明で照らされていて、それによって男の影が出来ている。……一層の事全部が影なら僕はこの中を隠れながら自由に動けるのだけど。
とりあえずはこの男について行こう。そうすれば自然とボスに辿りつけるだろう。
男は立ち止まった。どうやら他の仲間に出会ったらしい。
「グエルじゃねェか、どうした、一人で戻って来たのか」
「……ハァッ、皆んなやられちまったよ!冗談じゃねェ、あんなのが来てるなんて聞いてねェ!」
「あんなの?また商人が傭兵でも雇ってたのか」
「傭兵なんかじゃねェ!ありゃ王都の騎士だ!恐ろしく強いんだ、立ち向かう方がどうかしてる!」
「あ〜?王都からわざわざ騎士が来るのか?あんな辺境の村助けにか」
「俺は見たんだよ!ナリは間違いなく貴族だった!」
「……ふーん、そりゃ分かったが、お前ここへくるまでに尾けられちゃねェだろうな」
「大丈夫だ、途中で撒いた」
「ハハ、お前逃げ足だけは速いからな」
「うるせぇ!」
……完全に気付いていないようだ。間抜けだな。まぁ盗賊団の下っ端ならこんなもんだろう。頭も悪い。
それにしても……グエル?どこかで聞いた様な名前だな。気のせいだろうか。顔は暗がりでよく見えない。下からだから余計だ。
「とりあえずボスに報告しとくか、何、あの人なら騎士なんて屁でもねェだろ」
「あ、あぁ……そうだな」
「折角良い狩り場だのに荒らされちゃあたまんねェよ」
この盗賊団はあちこちを移動してるんだろう。規模はどれくらいだろう、僕達を襲って来たのもかなりの人数だったけれど、ここにもまだたくさんいそうだ。
二人の男はどんどん奥へ入って行く。話し声が聞こえて来た。同じ装束の男達が談笑している。辺りには戦利品らしき金品や酒や食料が置かれていた。辺りには酒の臭いが漂っている。……影に紛れてても触覚と味覚以外は残ってるんだよ。
「お、何だ、戻ったのか。手ぶらか?」
そんな声が掛かる。それに僕は無い身を震わせた。……この声は、忘れるはずもない。
「しかも一人か?一緒に行った奴らはどうした、まさかやられちまったのか情けねェ」
洞窟の再奥、天幕が張られたその下にそいつはいた。漂わせているオーラが違う。この盗賊団の頭領。
「…………それが」
「フン、まぁ減るのは良いさ。余計な穀潰しが減って俺達の分け前が増えるってモンさ。だが収穫がねェとはどういうこった」
「ね、狙いを付けた商人の馬車にとんでもねェ護衛が付いてて」
「護衛?傭兵くらい蹴散らしてやれるだろ」
「それが……王都の騎士なんです!」
頭領はグエルの言葉にはぁ?という顔をする。
「そんな訳あるか、お貴族様がこんなとこまで……」
「来たんですよ!ありゃ間違いねェ!」
「……ハァ」
頭領はため息を吐くと立ち上がり、グエルの方へ歩み寄って来た。
「…………チッ、なるほど、変な気配がすると思えば」
「え?」
「お前、収穫はねェ癖に余計なお荷物連れて来やがって!」
と怒鳴ったかと思うと、頭領の影が高速でグエルの影へ伸びて来た。
……………マズい‼︎
僕は影の中から飛び出した。と、その直後影の棘がグエルの影から飛び出した。実体化した僕は、グエルの後ろへ着地する。……ヒヤッとした。影の中にいても影の力ならダメージを受けてしまう。
「お、お前っ‼︎俺を追い掛けて来た奴!……ってか」
「……久し振りだねグエル、やっぱり君も覚えてたのか」
「あの時の傭兵!」
顔がようやく見え、僕は確信した。彼はグオンの兄だ。8年前村長さんの家にいた二人のうちの一人。
「傭兵ィ〜?」
頭領が目を細めて僕を見て、それからグエルに言った、
「騎士じゃねェのかよ」
「いやっ……コイツは」
「僕は騎士だよ、今はね。……王の命でここまで来た。お前達を討伐する」
「生意気な、何が騎士だ!このランタス様のアジトにのこのこと一人で乗り込んで来るとは良い度胸だ」
「…………」
褐色肌に灰色の瞳。茶髪は赤いバンダナで覆われていて、耳にはたくさんのピアスが空いている。ずっと感じていた予感はこれだったんだ。コイツは、あの時の盗賊だ。僕が一度全てを失った、あの時の盗賊だ。
フランシスを、デリックを、コーディを、そしてキースを殺した盗賊だ。僕は、コイツから逃げ出した。
「……あの時のようにはいかない」
「あ?」
「僕は二度とお前から逃げない!」
影の中にしまっていた剣を呼び出し、僕は構えた。ランタスは笑う。
「お前は俺を知ってるようだが、俺はお前の事なんか覚えちゃいねェよ」
「それでも構わない」
これは復讐ではない。贖罪だ。魔術師殿が与えてくれたチャンスに違いない。初めからそのつもりだったんだ。この未来を見た魔術師殿は、僕をここへ来させたんだ。
ランタスはじっとこちらを見て、そしてニッと笑った。
「よーし決めた、コイツは俺がやろう。てめェらは手出すんじゃねェぞ」
すらりと抜かれたのはサーベルである。他のと違って装飾が多い。あの時と同じものだ。僕ははっきり覚えている。
気付けば周りを下っ端達に囲まれていた。だがボスの指示通り手を出すつもりはないらしい。ニヤニヤとしてこちらを見ている。
…………大丈夫。今の僕なら大丈夫だ。もうあの時とは違うんだ。逃げもしないし、負けもしない!
僕は両手で剣を握り、ランタスへ斬り掛かった。右上から斜めへ振り下ろす。彼は後ろへ下がって避けた。それを追いながら右手で刃を返すと、またランタスは後ろへ反って避ける。そしてそこから反撃して来るのを、剣で受けようとした時、不意に足を何かに引っ張られた。
「!」
バランスを崩す。前に転け、背中から刃が降って来る……前に、僕は影の中へ逃げ、それを通って彼の背後へと出ると斬り掛かった。ランタスは振り向かなかった。振り向かないで、サーベルを振り上げた。と同時にその影が襲い掛かって来る。
「っ!」
咄嗟に躱すも、影の刃が右肩を掠る。……どっちも影の守護者じゃ分が悪い……。
「威勢だけだなチビ」
「……どうかな」
僕だって強くなっている。まだ少しの傷しか受けていないのがその証拠だ。あの時は皆んな何も出来ずに死んで行った。僕はキースが護ってくれたお陰で剣を交える事は無かったけれど、でなければ僕だって何も出来ないまま死んでいたはずだ。
剣を構え直した。洞窟の中は松明の灯りに照らされた影でいっぱいである。上手く使えば何とかなるだろう。コイツさえ倒せば周りの下っ端はそれで片付く。本当に強いのはボスだけだ。人並み以上とは言え下っ端達は大したことない。
ここで僕は死ぬ訳には行かない。王の元へ帰らなければならない。それに、グエルの事も問い詰めなければ。死んだと思っていたら盗賊団に入っていたなんて……。
……先生達が来る前に片付けよう。時間はかかるはずだ。まさかそのまま来たりはしないだろうし。
こんな盗賊、先生達の敵じゃないだろう。だが、それではダメだ。僕がダメなんだ。
きっとランタスを睨み付ける。彼は不敵な笑みを返して来た。地面を蹴り、斬りかかる。連続で繰り出す攻撃を尽く対応される。……だけど負ける気はしない。剣筋ははっきりと見えている。隙を見つけて、そこを突く!
「!」
剣先が、反射的に首を曲げたランタスの左頬を掠る。バランスを崩した。そのまま首を刎ねる様に剣を振る、がその姿が地面に吸い込まれて消える。
……チッ、一筋縄にはいかないか。
背後から現れたランタスの剣を、振り向きざまに弾く。続けて三度打ち合い、足払いをかけた。彼は跳んで避け、そのまま剣を振り下ろす。それを僕は退がって避けると、再び地面を蹴って飛び出した。
† † †
「……つまりどういうこった?死んだと思ってた兄貴は生きてて、その上盗賊団の一員になってたってか」
「…………そうなりますね」
一度シーラへ寄り、荷物と馬車を預けた三人はイヴァンの指針を頼りに山道を歩いていた。随分と時間が経っているが、大丈夫だろうかとルーカンは心配していた。
そんな彼の後ろを歩くグワルフとグオンは、イヴァンが追って行った人影について話していた。
「確かに兄の死体は見つからなかったし、あったのは兄のナイフだけでした。……だからグルカウルに喰われたものだとばかり」
「……兄弟が生きてたってのに嬉しくなさそうだな」
「当然ですよ、あんな……」
グワルフの言葉に、グオンは眉を顰めた。そしてその言葉の続きを口にするのを躊躇う様子を見せ、やがて口を開いた。
「あんなロクでなし……生きてなくたって良かったんです」
「ロクでなし?」
「えぇ。僕には三人の兄がいるんですけど……上の二人は立派な仕事を得て村を出たんですが、その一番下のグエル兄さんはまともな仕事にも就いていなくて」
ルーカンは指針を見て歩きながら、後ろに耳を傾けていた。
「3年くらい前から、街に出て遊び始めて、時々返って来ると父に金をせびって、あとは遊びで森で狩りをして行ったりとか」
「わぁー……」
「その中で死んだんですから、自業自得だと思ってたんです。……だのに」
「のこのこと生きてやがった、しかも無法者として」
「えぇ。……一体どういう経緯なのかは分かりませんが」
グオンはそこで、嘲笑うような笑みを浮かべた。それはここにいる人間に向けたものではなかった。
「性根が小物なんですよ。人に立ち向かう根性なんて無いんですあの人は」
「……一人だけ隠れてたもんな」
「逃げ足だけは早いんですよ。隠れんぼも昔から得意で。どうせ街でもそうやって生きて来たんでしょうね。楽ばかりしようとして生きてるに違いない」
自分の肉親に対して酷い言い様だな、とルーカンは思った。だが仕方ないのだろう。きっとグオンも彼に苦労させられて来たのだ。
「……今回の事で……イヴァンさんが兄を殺していたって僕は怒りません。むしろ喜ぶかもしれない。でも多分彼は知らないんでしょうね、兄がそんな人だってこと」
「?」
「客の前ではいつも猫を被っていましたから」
グオンは遠い目をしてため息を吐く。
「……ところで、なんだかのんびりしてる気がしますけど大丈夫なんですか」
「走ったらあんた体力持つか?」
ルーカンが振り向かないままそう言うと、グオンは答えた。
「山育ちは伊達じゃありませんよ」
「……そうか」
じゃあ、とルーカンは振り向き、後ろの二人に言う。
「走るぞ、ちゃんとついて来いよ」
「あい…」
グワルフが気乗りしない様子でそう答えると、ルーカンは山道を走り出した。二人もその後を追う。
イヴァンの針は僅かにブレながらも一方向を指している。この様子だと移動はしていない。
(……アジトに辿り着いて戦闘中か?)
ルーカンはそう考えた。心配ではないと言えば嘘になる。だが、彼には自分が剣術を仕込んだし、その上王からも仕込まれている。そんな彼がそう簡単にやられるとは思わない。宮廷へ入りたての頃ならまだしも────その頃よりは随分と強くなっている。少なくとも自分達が着くまでは持ち堪える……
(……と、いいが)
三人は走る。何にせよ、親玉は間違いなく潰す。それだけは確かだ。
#29 END