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英雄王と影の騎士  作者: Ak!La
§1 光と影の英雄譚
30/52

#28 Everything must have a beginning

-神暦36992年4月30日-王都

 イヴァン達が出発して3日が経つ。今日の仕事は朝早くに終わらせて、俺は訓練場で一人剣を振っていた。

 他に人は誰もいない。まだ少し時間が早いからだろうか。宮廷騎士の皆は時々ここを使っているようだが、よく見かけるのはイヴァン達とルーカンとグワルフ、それからペレディルとガラハド、トリストラムは一人でよくいるし、アグラヴェインがいると大体ディナダンが寄って来て模擬決闘が始まるし、それをラコートが遠目に見ていたりする。

 他は……あまり見かけないがどうしているのだろう。

 騎士達の交友関係はある程度把握しているつもりだが、分からない事も勿論ある。それぞれの経歴や家柄は知っている。あまり本人達は言わないでいるが、先代の二世もいる。グワルフとペレディル、それにランスロー。……ランスローの父であるペレアスとグワルフの父であるガウェインは、父上の亡くなった日に共に出征していた騎士だ。ペレアスはその時に戦死している。その日、他に二人の騎士が命を落とした。

 ガウェインはその日王と共に出征した五人の宮廷騎士の中で帰還した二人のうちの一人だ。もう一人はカラドック。ほら、今評議員にいるあいつだよ。

 帰還したガウェインの様子は、人伝ひとづてに聞いただけだ。酷く憔悴していたと聞いた。だが俺の戴冠式の日に現れた彼は、少し痩せていたが元気そうだった。

 パーシヴァルは代替わりの時にそのまま引退を宣言した。その時代わりに息子を宮廷騎士にと推してきた。ペレディルが宮廷騎士になったのは半分はそういう訳だ。

 後は……騎士の中で特に成績を上げていた者を俺が選んだ。あぁそう、アグラヴェインは違う。彼は先代からの引き継ぎだ。

 元々自慢をするような奴ではないが、当時は最年少で活躍もそれ程無かったから、わざわざ言う事でもないと思っているのかもしれない。それでもやはり経験値というのは大事なもので、今は最年長でリーダー格として活躍している。弟であるメドラウドは彼の推薦だ。元から候補の中には入っていたのでそのまま採用した。

 ……ただ…………あいつはよく分からないところがある。普段どこで何をしているのかも分からないし……。

 と、その時足音が近付いて来た。俺は剣を振るう腕を止め、その方向へ目を向けた。

「……カラドック!」

「!」

 長い赤毛を後ろで三つ編みにした男が反応して振り向く。彼の顔や腕には傷痕が多く残り、左耳は欠けている。それらは、彼が戦士であった事を物語っている。

「アルファイリア様、ご鍛錬ですか」

「あぁ、お前は?」

「自分は散歩です。近頃会議室に篭ってばかりでしたので」

 俺はカラドックの方へと近寄った。彼はもう引退した身だが、その目には未だ変わらず強い光が宿っている。

「近頃お一人でおられますね」

「あぁ、今はイヴァンが出掛けていてな」

「護衛官を遠征に?」

「ミルディンの指示だ、従うほか無いだろう」

 あれからミルディンの姿は見てないけどな。本当にどこにいるんだあいつは。

「左様ですか。……あまり無理はしないで下さいよ」

「あぁ。お前こそデスクワークばかりで体をおかしくするなよ。たまには俺の相手もしてくれよ」

「昔ならともかく、今のアルファイリア様のお相手が出来るほど自分に技量はありませんよ」

「…………」

 ワイシャツの上から前開けのベストを着て、その上からコートを彼は羽織っている。その右側は、肩から下がストンと落ちている。そこを支えるものが、下に何も無いのだ。

 利き腕を失ったこの騎士は、もう二度と剣は振らないと決めているらしい。この様な言い訳をしているが、カラドックは恐ろしく強い騎士だった。例え左腕だろうと今の宮廷騎士達と渡り合って見せるだろう。

 俺に剣を教えたのはほとんどカラドックだ。だから俺は知っている。身を以ってその強さを知っている。

「……何ですか、まったく。悲しそうな顔をしていますよ」

「…………ん……」

「さては、いつもいる護衛官殿がいなくて寂しいのですね」

 そう言ってカラドックは笑う。俺も笑い返した。

「そうだな。あいつくらいしか俺に付き合ってくれないし」

「宮廷騎士達は?」

「皆遠慮して断るんだ」

「それはそれは。自分達の頃はあなたにどれくらい挑まれたかで競っていたくらいですのに」

「そんな事してたのか」

「えぇ」

 あの頃は……そう、俺もまだまだ剣は未熟だったから。カラドックやペレアスに挑んでは負かされて、悔しくなっては一人で剣を振ったり教えて貰ったり、それで、初めてカラドックに勝った時は嬉しかったっけ。

「……俺も左手使うから、一戦付き合ってくれないか」

「…………いえ。やめておきましょう。剣士でないものが剣を握るものではありません」

「…………」

 では、とカラドックは去って行った。その後ろ姿にかつての姿が重なる。あの頃と全く同じコートを翻して────それは相変わらず堂々としたものだった。後悔も未練も何も無いというような、そんな背中だった。

「それで良いのか、あんたは」

 俺はため息を吐いた。先代の、生き残った騎士達は皆潔く引退して行った。時代は変わるのだと言うように、最年少だったアグラヴェインを残して。

 俺は、新しい時代に相応しい王になれているだろうか。俺が選んだ騎士達は、新しい時代に相応しい奴らでいられているだろうか。

 いつも忘れている重みが、時折肩にのし掛かってくる。背中にヒソヒソとした嫌な声が刺さるように感じる。俺の頭にはいつでも重たい王冠が載っていて、それは時々その存在を思い出させる。先代の光に照らされた、己の影を見る度に……。

 高くなり始めた陽に照らされた影は短く、黒く地面に落ちている。

「……寂しい…………」

 肩を落として、俺はその重みを振り払うべく首を振ると、踵を返してまた剣を振り始めた。


† † †


-同日 昼-ルグマルの森

 開かれた道を、馬車が進む。御者はグオンだ。僕らはその荷台に、荷物と共に乗っている。むわっとした桃の香りが篭っていた。

「……なあ」

 桃の詰められた木箱にもたれ掛かっていたグワルフさんが、どこか腑に落ちない顔で言った。

「これってアレだろ?実質囮じゃねェか」

「囮だっても俺達は絶対に依頼者を護り切れる」

「そう言い切っちゃうトコカッコいい、って言いたい所だがどうだか、油断は禁物だぜ」

「地元の傭兵団すら蹴散らすってんだからまぁ……そりゃただの盗賊団だなんて思っちゃいねェよ。けど、考えても見ろ?俺とお前がいて、おまけにイヴァンまでいるのに敗けを心配する必要があるか?」

「…………今のは正直惚れる」

 どういう会話だ。

 僕は心の中でため息を吐いて、外の空気を吸いたくなった風を装ってグオンの方へと顔を出した。

「どうしました、到着はまだまだ先ですよ」

 グオンがそう言って来る。僕は空いているその隣に座った。

「いい馬ですね」

「そうですか?」

「名前は?」

「アンバーとオーカーです。村で一番歳上の二頭で」

「へぇ」

 パッカパッカと規則的な足音とカラカラという車輪の音を刻みながら馬車は進む。森はのどかで、小鳥の声が聞こえる。時折カサカサと木の葉が擦れる音がするのは栗鼠だろうか。

「……イヴァンさん、でしたっけ」

「?……僕、名前言ったっけ」

「前来た時に」

「あ」

 グオンはこちらを向くと、眉をひそめて言った。

「僕達は……僕達の村にはあまり来客は来ない。だから来た奴の顔は絶対に覚えてるんだ」

 口調が……。仕方ないか、僕が嘘吐いて誤魔化してたんだし……。

「……8年も前なのに」

「あなたは傭兵じゃ無かったか。彼らも騎士じゃなくて傭兵だったりしないだろうね」

「しないよ。先生達は初めから騎士だ。僕は確かに傭兵だったけど今は騎士だよ」

「どんな手を使ったらそんな事があり得るんだ……」

「さぁ……僕は何もしてないんだけどね」

 勝手に────運命は向こうからやって来た。僕の思いの寄らぬところから。夢にすら見なかった。こんな未来。

「……どうして父さんに嘘を?」

「面倒臭かったから……」

「説明するのが」

「そう」

 グオンはやはり不服そうな顔でこちらを睨んで来る。

「嘘吐いてるってバレバレなのに。その方が余計怪しい」

「まさか8年前の事を相手が覚えてるだなんて思わないじゃないか」

「あなたは忘れてた?」

「……ちょっとだけ……覚えてた」

「ほらね、意外と覚えてるんだよ」

 少しの間の沈黙。僕は少し迷った後、言った。

「この前来た時……お兄さんがいたよね」

「あぁそうだね」

「彼は?」

「死んだよ」

 グオンの言葉は酷く淡々としていた。だから僕も、淡々と受け入れてしまった。名前も顔もはっきりと思い出せない。特別、何か思い出があるわけでも無い。冷たいと思われるかもしれないが、僕は元々関わりの浅い人物の行く末に一々情を抱かない。────そんな事をしていては、気が狂ってしまう。

 だから僕が訊いたその質問は、単なる会話の続きだった。

「どうして」

「山で大型獣に襲われて。昔から狩りが趣味だったんだけどね。一人で奥地に入って、多分グルカウルだ。血溜まりの中に兄さんの狩り用のナイフが落ちてた。奴ら骨も残さないから」

 グルカウルは大型の狼だ。森の奥深くで二、三頭の群れを作って暮らしている。僕達も出会った事がある。でも大丈夫、鼻の良いグルカウルは匂いのきついものが嫌いだ。簡単に手に入るものだと、ポロフ草が良い。そこにも生えている。その丸い葉を摘んで軽く潰して袋に入れておけば、匂いが獣を遠ざけてくれる。人にはそんな悪い匂いでは無いが、獣達は大抵この匂いが苦手である。だから山道にはわざと植えられていたりする。この辺のものは野生のようだが。

「獣避けは持ってたの?」

「勿論……でも、きっとどこかで落としたんだろうな」

 グオンは別に悲しそうでもなく、嬉しそうでもなかった。

「……寂しくはなさそうだね」

「別に……もう去年の話だし……それに」

「それに?」

 その時、不意に僕は殺気を感じた。馬車の下から持ち上がった影が、何かを振り払う。ペキ、という小さな音がした。

「何だ……⁈」

 グオンが叫んだ途端、右側のアンバーの腰に矢が刺さった。嗎いて彼女は暴れ、やがてどうと倒れた。その横でオーカーがパニックを起こす。馬車が揺れ、僕はグオンを連れて飛び降りた。先生達も飛び出して来た。と、その時オーカーの尻にも矢が刺さって、同じ様に倒れてしまった。

「……馬が」

「大丈夫、麻酔矢だ」

「大丈夫なもんか!」

 ……死んでないって意味だったんだけど。でもまぁ、そうだ。大丈夫じゃない。

「来やがったな」

 先生が言って、剣を抜く。グワルフさんは剣の柄に手を置いて辺りを見渡した。木の陰や上から、ぞろぞろと賊らしき男達が出て来た。手にしているのは弓矢やサーベル。……見た所下っ端ばかりである。ざっと20人……多いな。

「おら、持ってるもん全部置いて行きな」

 一人が言う。手にしたサーベルの刃がキラリと光った。

「イヴァンは依頼者を護れ。俺達でやる」

 先生の言葉に僕は頷いた。グオンを僕の後ろにつけ、剣を抜く。相手は怖気付いた様子も無い。しかしすぐには襲って来ない。こちらの出方を伺っているらしい。

 と、先生とグワルフさんが僅かにアイコンタクトを交わした。同時にその姿が消え、突風が吹いたかと思うと辺りの盗賊達が一様に吹き飛ばされた。

「な、何が」

「……まだ隠れてたのか」

「えっ」

 先生達は止まらず、木々の間で盗賊達を斬り裂いている。その目に慈悲は無い。僕も別に同情する気は無い。

 ……そして盗賊は明らかに数が増えている。二倍ほど。しかし恐れる必要は無いくらい、先生達があっという間に斬り捨てて行く。しかしそれは周囲の話であって、討ち漏らしは馬車の側の僕達の方へやって来る。やられている仲間の事など気にも留めない。そもそも仲間だなんて思ってないのかもしれない。自分さえ良ければそれでいい、仲間が減れば自分の分け前が増える。大切なのはボスに気に入られること。……盗賊団なんてそんなものだ。

 10人くらいが僕らを囲んだ。僕はグオンの腕を掴んで側へ寄せる。

「離れないで」

「あんたそれで戦えるのか」

「剣だけが全てじゃ無いんだ、僕達は」

 昼下がり、影は短く足元にくっ付いている。影踏みは使えない。だが僕は僕の影と接続していなくても多少の事は出来る。

「……グオン」

「何」

「君、何の守護者?」

「え、ひ、光だけど……」

「じゃあ“プラン1”は却下だ、“2”で行こう」

「何のこと⁈」

「そこから動かないで」

「⁈……あぁ」

 と、僕の正面にいた盗賊が笑う。

「はっ、この人数に囲まれてしかもお荷物付きだってのに余裕そうだな」

「こういう護衛の仕事はそれなりに慣れてるんだ」

 ……まぁそもそも僕は護衛官なのだけど。アルファイリア様にこういう護衛はした事ない。だって必要ないんだもん。あの人僕より前に出るし。

 活かされるのはあの頃の、傭兵時代の経験。

 正面から一人が襲い掛かって来る。しかし、その一歩を踏み出した所で影の剣が地面から飛び出してその喉元を貫いた。

「ヒッ…!」

 後ろでグオンがそんな引き攣った悲鳴を上げた。ドサ、とうつ伏せに倒れた盗賊は紅い血を地面に流している。

「……あ………あんた可愛い顔して」

「可愛いって言うな」

 怯えたのはグオンだけか。盗賊達に怯んだ様子は無い。まだ一人、これだけの人数がいれば僕を仕留められるとでも思っているのだろうか。

 と、その時一人がまた動いた。僕はそのサーベルを剣で弾いた。そしてその身を貫こうとした時、視界の右端に新たな影を捉え、僕はそちらへ対応した。

「ぐあっ!」

 咄嗟に振った剣は盗賊の顔を捉え、斜めに斬り裂いた。片目は潰れた。彼が怯んだ代わりにさっきの一人が襲い掛かって来て、さらには新たにもう一人が同時に襲い掛かってきた。

「“影写し・複製シャドウトレース・レプリケイト”!」

 さっきのは影を飛ばしただけ、今度はちゃんと作る!

 右手側は実際の剣で、反対側は手にした複製剣で対応した。それから次々と、襲い来る盗賊達を斬り捨てた。複製が影の粒子へと戻ってふと気付くと、また増えて囲まれている。

「ど、どうするんだよ……」

 ふと見るとグオンは腰を抜かしている。意外と肝が座っていない。

「大丈夫」

「だ、大丈夫って……」

「おし、あとはコイツらだけだな」

「!」

 先生とグワルフさんが周りを片付けて、僕とグオンを囲う盗賊達の外側からさらに挟んでいた。ここでさすがに盗賊達に焦りが見えた。

「……まさか、あんなにいたのに」

「こんな事初めてだ!」

「…………一目で俺達が騎士だと見抜けない様な奴らなら仕方ねェよ」

 先生がギラついた目を盗賊達へ向ける。グワルフさんもいつもとは違う鋭い目をしていた。

「騎士……⁈」

「馬鹿、ハッタリだ!こんな辺境にお貴族様が来るかよ!」

「それが来るんだなぁ」

 グワルフさんがニヤリと笑って、長剣を肩に担ぎ左手を腰に当てる。一見、隙だらけに見えるがそんな訳はない。彼に刃を向ければ次の瞬間には狩られている。

「俺達は一応騎士だからさ、命乞いするなら応えてやるよ。けどそうじゃないなら容赦はしない、何せ依頼はお前らの討伐なモンだから」

「…………っ」

「怯むな!掛かるぞ!」

「お、おおっ‼︎」

「……どーしても荷物が欲しいのね君達」

 呆れた様なグワルフさんの声。盗賊達は僕たちの事は忘れてそちらに掛かって行った。手の空いた僕はグオンの視界を隠した。……あまり見せない方が良さそうだ。


#28 END

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