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英雄王と影の騎士  作者: Ak!La
§1 光と影の英雄譚
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#2 Better to ask the way than go astray

 王城は広い。とても広い。そして平和だ。今が戦争中だとは思えない程に。国境から離れているせいもあるのだろうか。

 ここラルマ州は年中安定した気候である。寒過ぎず、暑過ぎず。年がら年中鎧をを着ていなければならない騎士には優しい。

「おーいイヴァン」

 そしてここは訓練場。まだ朝も早く、人もいない。そこで一人、眼帯の男がこちらに向かって手を振っている。

「おはようございます先生」

「聞いたぜ、竜にやられたんだって?」

「………あっははは…………」

「まだまだだな」

 ふっ、とそう言って笑うのは宮廷騎士が一人、ルーカン・コルネウス。僕の剣の先生である。オールバックで顎髭を生やした彼はとてもカッコよく見える。僕の憧れだ。

「腕は動くか」

「少し痛みますが支障はありません」

「そうか」

 先生も勿論貴族出身だが、アルファイリア様と同じ様に、分け隔てなく接してくれる。宮廷騎士の中でも古株の方で、人望も厚い。僕はこの人に色々と助けられているのだ。

 勿論、他にも僕に普通に接してくれる人はいる。

「ルー……朝早過ぎんぜ」

「あっ」

 と、後からやって来たのは、グワルフ・グウルヴァン、彼もまた宮廷騎士騎士の一人である。少し長い髪を、無造作に後ろで束ねている。彼は先生とは旧知の仲らしい。僕もよく世話になっている。

「ようグリフレット、お前も朝から元気そうだな」

「おはようございます、グワルフさん」

「遅いぞワル、今日はイヴァンの相手してやるんだろ」

「へいーへい」

 グワルフさんの腰の後ろには、長剣が斜めに提がっている。それが彼の得物だ。対して先生は、細身の両刃剣を提げている。

「…………よろしくお願いします」

 僕は影から自分の剣を呼び出す。

 今日は先生達に剣を見てもらう約束をしていたのだ。……だが正直言って、昨日の怪我のせいで万全では無い。

「……グリフレットよう、やっぱり剣はいつも提げといた方がいいと思うんだよ」

「これが僕のスタイルですから」

「そんなだから傭兵だなんだのと色々ふっかけられるんだよ」

「…………僕はあまり気にしてません」

「……挑発にも乗って来ないなぁお前は」

「ワル、それは挑発じゃない」

「ルー…………」

「行きますよ」

 僕は地面を蹴った。スラリとグワルフさんが長剣を抜く。装飾も何も無い武骨なつくり。僕は嫌いじゃ無い。

 その剣に、僕の剣を打ち当てる。高い金属音が鳴り響く。

「ぬおりゃ!」

「!」

 グワルフさんが長剣を振り払う。重い。僕はその力を受け流し、転がり横に避ける。

「あっそーだ、力使うのナシな‼︎」

「………はい!」

 僕は影の守護者、グワルフさんは風の守護者。先生も同じ。相性は良くも悪くもない。

 再び地面を蹴り、グワルフさんへ斬りかかる。本気で掛からねば軽くあしらわれて終わる。殺すくらいのつもりで丁度いい。

「はぁっ!」

 ギン、ギン、と二撃弾かれた。長いリーチのある長剣は、距離は遠く攻撃出来るが、そのぶん重く、遅い。しかし彼はそんな事は関係なく、僕が剣を振るのと同じように剣を振ってみせる。とんでもない腕力である。

 深く踏み込み、間合いに入る。長剣の弱点は、超近距離だ。グワルフさんの喉元へ、剣を両手で持って突き出した。

「おっ‼︎」

 当然ながら、彼は後ろへ反って避けた。と、反動で上がった左足が僕の腹を蹴った。

「っ!」

「あっ、わーりっ、手加減ミスった!」

 痛い。吐きそうなのを何とか耐え、しっかり踏み止まって剣を構えた。だが、さっきの謝罪も嘘のように、グワルフさんが斬りかかってきた。疾い。受けるのは無理だ、受け切れない。

「…………っ‼︎」

「うおっ!」

 僕の体が地面へと沈む。否、正確には影の中へ消えた。

「……力使うのナシっつったでしょーよ」

 と、そう言ってグワルフさんが振り向く。僕は彼の背後に回って両手を挙げていた。剣は持っていない。

「…………降参です」

「力の使い方だけは上手いよなぁ、お前」

「恐縮です……」

 僕は小さな影さえあれば、それを経由して移動出来る。地面の中とかじゃない、影の中、影の世界を、だ。現実世界をそのまま写したような世界で、色はない。剣はそことは少し違うところに置いてある。影の中ではあるのだが。一種のワープホールの様なものだ。……説明するのはなかなか難しい。

 一見して影の無いような地面でも、実は砂の影があったりする。そういう点さえあれば、たいていどこからでも出れる。かなりの修練が必要だが。

「お前は護衛官なんだから、剣の腕は必要だぞ。逃げてたら王は守れない」

「すぐに駆けつけられるという点では良いんですが……」

「おう、それはそうだな」

 グワルフさんが頷くと、先生が歩いて来て言う。

「まぁ、剣の腕もそれ程悪い訳じゃないけどな」

「あぁ、少しヒヤリとしたぜ」

「……先生達にはまだまだ敵いませんね」

「まぁ背後を取られてもすぐに対応出来るしな」

「うっ……」

 肩を竦めたグワルフさんは、カシンと音を立てて、剣を鞘に納める。あの後投降せずに斬りかかっても、恐らくは見切られていただろうと自分でも思う。

「グリフレットよう」

「はい」

 グワルフさんが言うので、少し俯いていた僕は顔を上げた。

「やっぱり剣ずっと提げといた方がいいぞ」

「……そうですか?」

「おん。剣帯は持ってんだろ」

「はい、一応……」

 ほとんど新品のが、部屋に。

 グワルフさんは頷くと、自分の剣を少し持ち上げる。

「ずっと提げて重みを感じながら動いてた方が、体に馴染むんだよ。お前はまだ剣が体に馴染んでない。ソレはなかなかの代物だぞ?傭兵のすぐ折れる剣とは訳が違う」

「……はぁ」

「お前の戦い方からは、まだ傭兵っぽさが滲み出てる。騎士なら騎士らしくなる様に心掛けろ。それなら他の騎士から妬まれる様なことも少なくなるんじゃねェかな」

 そうは言われても、体に染み付いたものはなかなか抜けないものだ。あまり意識もしていない。いや、むしろした方がいいのだろうか。騎士の戦い方になる為に。

 はぁ、まだまだだな僕も。一体アルファイリア様はどうして僕なんかを護衛官に置いているのだろう。そう、時々考える。あのお方は一体、僕のどこをどう認めているのだろう……?

「ここにいたかイヴァン」

「!」

 声がして、僕達はそちらを向いて姿勢を正した。噂をすれば、そこにいるのは、私服姿のアルファイリア様だった。

「ルーカンにグワルフ、朝から熱心だな」

「いえ、私は見ていただけです」

 先生が答える。王は笑うと、続いてグワルフさんを見て言う。

「あまり俺の護衛官をいじめてやるなよ、自信を無くされては困るからな」

「…………はい」

「アルファイリア様、何かご用ですか」

 僕が言うと、彼はこっちを見た。

「いや、何となく探していただけだ。……訓練中だったな、俺も混ぜてくれ」

「なっ、万が一王に怪我をさせては」

「俺を誰だと思っている?」

 と、先生の言葉に王は不敵に笑う。

「ルーカン、貴様見ていただけだと言ったな。一戦俺と打ち合え」

「……私ですか」

「そうだ」

 げ、という顔の先生と、ホッとしてニヤニヤとしているグワルフさん。…………王は時々こうして遊びたがる。僕含め騎士達には迷惑でしかない。何故なら。

「……王、剣を」

「ありがとうイヴァン」

 僕は訓練場の隅に用意してある訓練用の剣をアルファイリア様へと手渡した。受け取ると王は刃の様子を眺め、そしてそれを弄びながら先生へ位置へつけと指示を出した。僕とグワルフさんは端へと退避する。

「……宮廷騎士、ルーカン・コルネウス、参ります」

 先生が剣を抜き、胸の前で縦に構えた。騎士の決闘の際の礼儀だ。アルファイリア様も同じ様にはするが、口上は言わない。ただ面白そうに笑っている。子供の様だ。

 先生が剣を下ろす。ふっ、という短い気合いと共に動いた。疾い。

 手にしている剣は貴族らしい装飾が施され、細身だ。一方、王の手にする訓練用の剣は、武骨でそれなりの重量がある。

 目にも留まらぬ速さで繰り出された二連撃を、悠々と王は弾き返した。ちゃんと見切っている。顔は至極余裕そうだ。

「……っ!」

「どうした?」

 アルファイリア様が仕掛けた。下から上へ。先生は後ろへ下がって避けた。間髪入れず、アルファイリア様が先生の持つ剣へ無造作に自身の剣をぶつけた。

「っ!」

 先生の剣が手から離れ、宙へ投げ出される。その後アルファイリア様が足を払った。転んだ先生の喉元へ、王は剣を突き付ける。ゴクリと唾を飲んだ先生へ、王は悠然と笑う。

「まだまだだな」

「……相変わらずお強い……」

「たまには動かんと鈍ってしまう」

 アルファイリア様が剣を引き、先生がよいしょと立ち上がった。剣を拾ってきたグワルフさんからそれを受け取り、「ありがとう」と答え、やれやれという顔をする。

 ……先程“迷惑だ”、と言ったのはこういう訳だ。誰も敵わないのだから。怪我をさせるとか、そういう話以前の問題だ。手応えもくそもない。鉄の壁に立ち向かっている様な気分になる。

 だからこそ、誰も王に逆らおうとなど思わないのだろうが。

「お前もやるか?イヴァン」

「いえ、今日は結構です」

「そうか。……近頃は戦もなくてつまらん」

「平和なのはいい事でしょうに……」

「ボケっとしていてはリーネンスが攻めて来る。折角広げた領土をまた奪われては敵わん」

 最初にも言ったが、今は戦争中だ。のんびりとしたものだが。もう何百年と、何代にも渡って続いている。先代の王はその戦場で亡くなられた。アルファイリア様の父上だ。その王妃は病に倒れ、後を追う様にして亡くなられた。そのすぐ後だ。アルファイリア様が王位に就かれたのは。

「近々遠征に出る。国境辺りまでな。勿論お前は連れて行く、イヴァン。その他のメンバーはまだ決めていない」

「我々はいつでもお供致します」

 先生が言う。グワルフさんも頷いた。

「あぁ、あとそうだ。ミルディンを見ていないか?」

「魔術師殿ですか?…………見てないですね」

 僕はそう答える。ミルディン・マリヌス。風変わりな格好をした宮廷魔術師だ。不思議な術をたくさん使う。魔術から、占いまで。歳もよく分からなければ、見た目も中性的だ。まぁ、間違いなく男ではあるのだが。

「魔術師殿は神出鬼没ですからね」

 先生が苦笑して言う。確かに、魔術師殿は探せばいないし、気付いたらそこにいる事もある。ただ、時々庭園の木の上で昼寝をしているのを見る事がある。空中庭園にも時々姿を現わす。自然が好きなのだろうか。

 ともかく、不思議な人である。決して悪い人ではないのだが。

「……困ったな、まぁ探してれば見つかるか」

 と、頷いてから、アルファイリア様は僕達に言った。

「さて、俺は散歩でもして来る。もしミルディンを見かけたら、俺が探していたと言っておいてくれ」

「はい」

 まったく、本当に自由な人だな。私服姿で宮廷内を一人で歩き回っているなんて。見張りは大勢いるとは言え、どこに刺客が潜んでいるかも分からないのに。

 ……って、護衛官は僕だった。

…………ん?そういえば。

「アルファイリア様」

「ん?」

「確か昨日、評議会から今年度の予算についての資料を渡されていませんでしたか?」

「…………んー」

「……ちゃんと仕事終わらせたんですか」

「んんー……」

 僕が睨むと、アルファイリア様は逃げる様に目を逸らす。

「やってないんですね……」

「いや、まぁ、ほら、朝の気分転換に出て来ただけだ」

「昨日時間はあったはずです!」

「昨日は狩りで疲れてただろう!」

「まさかそう言い訳する為に出たんじゃないでしょうね!」

「そ、そんな訳ないだろう……」

 今日は4月の2日、年度始めの忙しい時期だ。国の大まかな方針を決める評議会は昨日朝から夕方までずっと会議をしていたし、その夜王の執務室に議長が資料を届けに来た。その時は王はどこかへ消えていて、僕しかいなかったのだが。

「……はぁ。散歩してる暇はありません。僕も手伝いますから今すぐ片付けましょう」

 僕がそう言うと、王は顔をパッと明るくした。

「本当か!」

「早くしないと次の仕事が溜まります」

「よし、行くぞイヴァン!」

 アルファイリア様が僕の手を引いて、歩いて行く。力が強いので逆らえない。僕は去り際先生とグワルフさんに頭を下げた。「グッドラック」、と口パクで言った先生が親指を立てる。

 ……王にまんまと乗せられたような気もしていなくはない。わざわざここまで僕を探しに来たのも全てその為かもしれない。

 どうなるかは大体見えている。王は酷く面倒臭がりなのだ。僕がいれば、上手く乗せて僕に全てやらせるに決まっている。

 ここへ来て最初のうちは右も左も分からなかったが、そうやって手伝わされているうちに大体の事は分かるようになった。……本当に、昔は政治の事など微塵も分からなかったのになぁ。

 これだとまるで秘書官ではないか。まさかアルファイリア様もそういうつもりで僕を置いているんじゃないか?

 しかし、こんな王ではあるが確かに頼れるし、果たすべき時にはちゃんと王としての責務を果たすし、周りからの信頼も厚い良い王だ。何より、戦場に立つ王は何よりも雄々しく、美しく、格好良い。

 ……普段の威厳がもう少し欲しいところではあるが。

 だが、僕はそんなアルファイリア様が好きでいる。この国の頂点としてではなく、一人の人間として。

 困った人だが、それでも近くにいたいと感じる。そんな魅力を、この人は持っている。

 仕方ない。仕事が溜まり切る前に全部片付けてやろう。溜まってからの方が地獄になる。僕はそう思って一つため息を吐き、何だか楽しそうな王の後ろを手を引かれるままについて行った。


#2 END

*新規登場人物*


ルーカン・コルネウス

宮廷騎士の一人。30歳。グワルフとは旧友。イヴァンの剣の師匠。武器は細身の剣。風の守護者。



グワルフ・グウルヴァン

宮廷騎士の一人。31歳。ルーカンとは旧友。武器は長剣。風の守護者。

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