#26 Take things as they come
-神暦36992年4月27日-
朝。僕は王座の間でアルファイリア様の隣に立っていた。玉座の前には、呼び出された先生とグワルフさんがいる。
「何か御用で」
グワルフさんが言うと、アルファイリア様は頷き、玉座に座ったまま答えた。
「依頼が来た。少し遠いところだが。ルグマルという村は知っているか」
「……さぁ」
どう?という風にグワルフさんは先生を見るが、彼も首を横に振る。
……僕は知っている。一度行った事がある。
「そうか。テフィリアの北西部に位置する村だ。そこから今朝手紙が届いた。『付近の山に居着いた盗賊団に手を焼いている、至急応援を求む』……と」
「盗賊団、ですか」
先生が片眉を上げる。
「そんなの地元の傭兵で何とかならないんですか」
「それは何度か試みたようだが、駄目だったらしい。行った者は身包み剥がされて逃げ帰って来るか、その場で殺されるか……どちらかだと」
「そんで俺らにそれを討伐しろってんですかい」
グワルフさんは頭の後ろで手を組んで言う。
「あぁ、そうだ。長旅にはなるだろうが、焦ってすぐ帰って来る必要は無い」
「……分かりました。メンバーは俺とルー…カン二人で?」
「いや」
と、アルファイリア様が不意に僕の方を向いた。
「お前も同行しろ」
「えっ」
え、でも、それじゃあ……。
「お、王も同行なさるんですか?」
「俺が行く必要は無いだろう、盗賊団如きに」
「じゃあ護衛官の仕事は!」
「心配いらない、お前が帰って来るまで俺は城から一歩も出ない。もし出る時は宮廷騎士の誰かをつける」
「…………!」
何だろう、このモヤッとした気持ち。今までの全部を裏切られた様な…………。
「そんな顔するな、俺も最初はルーカンとグワルフだけで行かせようと思ってたんだが」
「?」
「ミルディンの奴が……お前も行かせろと」
魔術師殿が?……これは何かあるぞ。
「……そういう事なら……仕方ありませんが」
「あと、これを渡しておけとも」
アルファイリア様は立ち上がり、僕について来るよう言って段を降りた。そして先生とグワルフさんの前に立つと、薄く丸い懐中時計の様なものを三つ出した。しかし黒い文字盤には何も書かれていない。周りは金で縁取られ、同じ金色のチェーンが付けられている。
「……何ですかこれ」
「それぞれの居場所を表す魔道具……らしい。ミルディンに渡されて軽く説明されただけだから詳しい事は分からん」
「使い方は?」
先生が訊くと、アルファイリア様は僕達にそれぞれ一つずつ手渡した。
「手に持ったな?その道具にエレメントを込めろ」
「……?……こう、ですかね」
僕は魔道具に意識を傾ける。すると、文字盤が淡く光り、やがて薄紫色の光の針が現れ、僕の方を指した。
「なるほど」
先生もそう言うと、彼の手の中の文字盤が同じ様に光り、今度は薄緑に光る針が現れ、先生の方を指した。
「お、待てよ、それどうやんだ」
「お前は力使うの下手だよなぁ」
「そういうのいいから教えろよ」
と、そう言うグワルフさんの横で先生があぁだこうだとアドバイスする。と、やがて先生のと同じ様になって、光の針はグワルフさんの方を指した。
「よし、出来たな。それを交換して持っておけ」
「交換…」
「じゃあ右回りな」
と、先生が言うので僕は自分のを先生に渡し、先生はグワルフさんに渡し、グワルフさんは僕に渡した。なるほど、移動しても針は元の持ち主の方を指し続けている。
「そのうち全員に支給するらしいが、とりあえず今回はお前達にだ。はぐれてもこれを辿れば合流出来る」
「……でもこれ三人バラバラになったら大変じゃないですか」
「…………そうだな。だからあまり無闇に別れるな」
「分かりました」
「……えっと……僕が持ってるのがグワルフさん」
「ん」
と、グワルフさんはどうした、と言う様にこちらを見て首を傾げる。
「あ、いや……お二人共風の守護者なので色が一緒だな……と」
「あぁ確かに、でも同じでもそれぞれ別だって認識されるんだな」
「人によって少しずつ違うのかもしれませんね」
でも側にいなけりゃ見分けがつかないな。……まぁいいか、忘れてもどっちかには会えるって事だし。
「……またいずれ職人にでも名を彫ってもらうか」
アルファイリア様が言うと、先生が反応する。
「あ、そういう事ならうちでやりますよ。オルゴールの装飾なんかでよく金属に彫刻はしますんで」
「お前はやんねーだろ」
「俺だって昔は職人修行してたんだよ、まぁ実際やるのは親父だけど」
「ほらな」
……そうなんだ。先生、騎士になる前は職人になるつもりだったのか……。まぁ言ってたもんな、先生の家はオルゴール職人だって。
「よし。話はこれくらいにして。旅の準備をして来い。馬の装備も忘れるなよ」
「はい」
「了解です」
一体何日掛かるのかな、少し楽しみではある。ルグマルに行ったのは傭兵団に入って最初の頃……何の依頼だったかは覚えていない。あの時初めてキースとフランシスと組んだんだったかな。村は桃の名産地で、仕事が終わった後たくさん振る舞ってもらった、という事覚えている。とても美味しかった。
「じゃあ行くか、イヴァン」
「はい。……では行って参ります、アルファイリア様」
「あぁ、気を付けてな」
優しく笑ったアルファイリア様に背を向けて、僕達は玉座の間を後にした。
† † †
「お前は初めてだよな、こういうの」
王都を出てすぐの所。穏やかな天気の下、先生のレフィリムを中心に馬を並べて進めていると、先生が僕に言った。
「そうですね、僕は王にしか付いていませんでしたから」
騎士のみでの遠征。宮廷騎士達は各地から寄せられる依頼に応じて、二、三人で組んで派遣される事が時々ある。護衛官である僕は、王自らが出征する時にしか出る事は無かったのだが。
「……アルファイリア様の事ですから、僕がいなくてもきっと大丈夫なんでしょうけど」
「心配か?」
「心配……というより、僕が責務を果たさずにいて良いのかという不安が……」
「まぁ魔術師殿の進言じゃあ仕方ねェだろ」
そう言うグワルフさんは少し楽しそうである。そう言えば、前回も前々回も、グワルフさんは城で待機だった。久し振りでわくわくしているのだろうか。
「……先生とグワルフさんは、いつも一緒に征かれるんですか?」
騎士達の遠征は、僕の知らない間に行われている事もある。今回は同席していたけど、いつもじゃない。今回は僕にも出撃命令が出たのだから呼ばれたのは当然として、後は時々都合によっては呼ばれたり、呼ばれなかったり。
だからほとんど気付いたら出掛けていて、気付いたら帰って来ている。
「俺はなぁ、ルーの他にカイだとかアグラヴェインだとかあるけど、まぁほとんどルーだな」
「俺はベディとか……あとペレディルとガラハドとかランスローとか」
「あいつら付き合うの疲れね?」
「……疲れる」
と、先生は大きなため息を吐いた。
「その分お前は気楽でいいよ、たまにしか組まされねェけど」
「お前俺より遥かに出撃回数多いんだよな」
「らしいな。俺よりアグラヴェインとかの方が多いらしいが」
先生はそれだけ信頼されてるって事かな。面倒見もいいし。そう言えば、ヴェインさんとかダンさんは時々単騎で行ってる時もあったような……。
「先生は単騎出撃は?」
「あー……無いな」
「俺も無い」
グワルフさんが付け足す。……なるほど、何となく宮廷騎士の序列が見えてくる気がする。
「先生はお目付役……みたいな感じなんですかね」
「あっはは、それ言えてる」
「笑うなお前、じゃあ指導権は俺が貰うぞ」
「良いよ良いよ、なぁグリフレット」
「はい」
すると、「冗談だったのに」というような顔をする先生。「まぁいいけど」とボヤいて前を向く。
「俺は誰かを率いるとかそういうガラじゃあねェんだよな……」
「そうか?俺はお前がリーダーだと安心する」
「僕も同意見です」
「ガラじゃねェっつってんの」
先生が少し馬の足を速める。照れているのだろうか。僕達も置いて行かれ無いように馬を少し速めた。
「俺よりも……アグラヴェインとかの方がリーダーには向いてると思うぜ」
「まぁそれはそうかもな、一番年上だし」
「年齢順で言えば、グワルフさんが二番なのでは?」
「……俺はダメだ」
「ワルに指揮を任せると作戦は失敗する」
「うわ、酷ェけど否定し切れん……」
…………まぁ確かに、想像してみると不安しかないけれど。
「ディナダンなんかもいいよな、あいつ普段は結構フワフワしてるけどいざという時の判断力はあるし」
「大体皆んなあるぞ、お前以外はな」
「いい加減怒るぞ」
と口では言っているものの、本気で怒っているわけではない。じゃれ合っている、という感じだ。そういう所を見ると、二人は本当に仲が良いのだなと少し羨ましくなる。
「……そういや、メドラウドってよく分からねェよな」
「ん?あぁそうだな」
「僕もあまり知りませんね」
ヴェインさんの弟のメドラウド。城ではあまり姿を見ない。普段何をしてるのか、何を考えてるのか……よく分からない。彼の分までヴェインさんが明るくなっているのではないか、と思う程暗い。遠征で一緒になる事はあっても、考えてみれば喋った事はないし、近くで戦った記憶もない。
「あいつと喋った事あるの、アグラヴェインぐらいなんじゃ……」
「キングはさすがにあるだろ」
「まぁそりゃそうだろうな」
あまり喋らない、と言えばカイウスもだけど、彼とは違う気がする。深い交友関係はあまり無さそうだけど、時々ガルさんとかに半ば引っ張られるようにして庭園を連れ回されているのを見かける。何度か遠征も一緒に行っていたし。
宮廷騎士の中ではガルさんが一番交友が広そうだけど、彼もメドラウドとはあまり話した事が無いんじゃなかろうか。
「俺達、一応仲間なんだし……もうちょっと皆んなと仲良くしたいよな」
「そうだな。他の奴のこと実はあまり知らねェし」
……ふーん、そうなのか。まぁ、十二人もいればそんなものなのかな。僕も傭兵ギルドにいた時は全員の事をよく知っている訳じゃなかったし……。
馬達は穏やかなテンポを保って進む。僕が揺られながらそんな事を思い返していると、不意にグワルフさんが訊いて来た。
「グリフレットはどうなんだ」
「え?僕ですか」
「そう、宮廷騎士の誰と仲良い?」
……えー、そう言われても……。
「一番仲良くさせて貰っているのは先生とグワルフさんですね」
「他は?」
「……ガルさんとか……ペレディルとか……」
けど二人の間には入れない。あそこは「生涯の親友!」って感じがする。
「他はあんまり……」
「トリストラムは」
「へっ?」
先生の口から出た名前に、僕は思わず声がひっくり返った。……何でだろう。
「……トリスは……そうですね、仲は良い方……です」
「良い方ってお前」
「気の毒だなー、あいつ」
「ど、どういう意味ですか」
「…………本気で気付いてねェの?お前」
グワルフさんが眉を顰めて言う。
──────気付いてないって、何に?
「“葦”にはどれだけ大風が吹いても駄目か」
「“大木”にならなきゃなぁ、グリフレット」
「⁇」
そう言えば、前にトリスの話をした時にも……。
「さぁ今日にラルマは出るぞ」
「イエッサー」
「あっ、待って下さい!」
突然先生とグワルフさんが馬を走らせる。僕も慌ててラフェオルに「走れ」と腹を軽く蹴った。
……誤魔化された?先生とグワルフさんは僕に何を隠してるんだろう。
────────『本気で気付いてねェの?お前』
…………いや、隠している訳じゃないのか。僕が気付いていないだけで────……何に?
草原を駆け抜ける。ラフェオルが加速してくると、他に考え事が出来なくなった。騎乗に集中しないと落馬してしまう。
守護竜殿の加護の行き届いた王都周辺の草原を抜けて、僕達は目的地へと駆けるのであった。
#26 END




