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英雄王と影の騎士  作者: Ak!La
§1 光と影の英雄譚
26/52

#25 Blood is thicker than water

 舞台を降りてすぐの所に、アルファイリア様が待っていた。王の周りは人が避け、広く通路が開いていた。

 僕はそのすぐ側まで歩いて行くと、頭を下げた。

「どうした、負けてないだろ」

「……僕は貴方の為の剣を、私情で振るいました」

「!」

 名誉の為、王の為なものか。僕はこの場を利用して、己の過去を切り捨てた。……内心、彼らを見下してすらいた。僕は彼らとはもう違うと。

「……催しだ、気にするな」

「催しにすらなりません……」

「そうか?容赦無く剣を弾き飛ばして行くのは見ていて爽快だったぞ」

 そう言って笑い、項垂れる僕の頭に手を置いて撫でる。子供扱いされているようで普段ならすぐ退ける所だが、今日のところは大人げなかったなという気持ちがあり、そうする気力も起きない。

おチビさん(・・・・・)あんがとよ、あとは俺らがやっとくから」

「!」

 顔を上げると、意地悪げに笑ったペレディルが係の人から模擬剣を受け取り、舞台上へと上がって行った。

「…………」

「怒らないんだな?」

「怒る気も起こりませんよ」

 はぁ、と僕はため息を吐く。あーあ、僕は汚い奴だ。いつの間にか調子に乗ってたんだ。力を手に入れて。

「行きましょうか」

「あぁ。疲れただろう、何か甘いものでも」

「そうですね……」

 僕がフードを被ろうとしたその時、王の後ろからどやどやと一団がやって来た。先頭に立つのはダライアス団長、その後ろは僕に負けた傭兵達と他、見に来ていた傭兵達だ。見知った顔も、知らない若い顔もある。

「……国王様、護衛官殿とお話がしたいのですが」

 団長が、すぐ目の前にいるアルファイリア様にそう言う。アルファイリア様は僕の方をちらと見てから言った。

「構わんが俺はすぐ側にいるぞ」

「…………分かりました」

 あ、アルファイリア様少し反省してるのかな、僕を舞台に上げた事。

「グリフレット卿」

「気持ち悪いのでいつも通りでいいです」

「ん……そ、そうか」

 何今の、物凄い鳥肌立ったんだけど。……アルフィア様とかに呼ばれるのは何ともないんだけどな。

「……イヴァン」

「はい」

「すまなかった」

 団長が頭を下げる。後ろの顔見知りの傭兵達も少し俯いていた。

「俺達はお前の事を……」

「いいんです。事実は事実です。……当時の僕には力がなかった」

「だが色々酷い事を言った」

「僕だっていくら思ったか、僕が死ねば良かったのに……って」

「!」

 隊の中で僕一人が生き残って数日、僕は毎晩悪夢を見た。逃げろと叫ぶ声と、身を切り裂かれ、血に沈む仲間の姿。同じ様な夢を何度も見て、気がおかしくなるかと思った。

「捨てても惜しくはない命です、同じ事が二度あれば僕は迷いなく自分を犠牲にする。……いえ、次は誰も死なせはしません」

「…………」

 身をゆっくりと起こした団長は、目を瞑った。

「……そうか、お前はちゃんと覚悟を決めているんだな」

「はい」

 同じあやまちは二度としない。その為には力がいる。強くならなければならない。今よりももっと、さらに、何にも負けないくらい強くならなければ。

「あの時……僕がもっと強ければどんなに良かったか」

「!」

「せめてキースだけでも助けられたかもしれないのに」

 あの日、僕達は五人班だった。隊長はキース、他のメンバーは僕とフランシス、デリックにコーディ。

 踏み込んだ盗賊団のアジトの洞窟、突入前に下っ端に見つかった事以外は、初めは良かった。順調に討伐が進む中、現れたのは盗賊頭。長身で茶髪の頭にバンダナを巻いた若い男。顔も声もはっきりと覚えている。そいつがめちゃくちゃな強さで、あっという間に態勢を崩された。仲間は次々と殺され、残ったのはキースと僕……。

「キースが僕を逃してくれたんです。自分を犠牲にして。僕には無い夢があったのに。……どうして僕だったのか」

 洞窟から出た所で思わず振り返ると、キースがその身をサーベルに切り裂かれているのが見えた。その光景も、その時の己の内で爆発した感情も、身に染みて覚えている。走り続けて、自分が叫んでいるのか泣いているのかも分からないくらい、頭の中がめちゃくちゃになって走った。あの感情は何だったのだろう、何とも形容し難い、悲しみのような、怒りのような、心を酷く掻き乱す感情だった。

「キースが僕を生かしてくれたから……僕はいくら辛くても、生きようと思った。何を言われたって、例え独りになったって……彼らの持っていた夢の分まで生きようと思った。裁縫職人だって、パン屋にだって……何だってなってやろうと」

 僕は思い出した。あの日の道中、立ち寄った滝の近くの川で、夢について話していた時。いつまでも傭兵でいるつもりじゃないだろ、と、そう話を振ったのは誰だったか。初めに答えたのはデリック。「騎士になる!」とそう言って、皆に「なれる訳ない」と馬鹿にされていた。

「…………僕は夢を貰った」

 貰ってしまった。一番、叶うはずの無い夢を。僕が。

「だから……!僕はもう逃げたりしません!役目からも過去からも!痛みからも恐怖からも────!」

 アルファイリア様が横でフッと笑った。団長もどこか安心したように笑った。

「そうかそうか、それだけ決めてるなら大丈夫だ。お前は昔から真面目過ぎる奴だからな」

「!」

「お前の親父も生真面目な奴だった、よく似た親子だぜ」

 そして彼は、さっきとは打って変わって申し訳なさそうな顔をする。

「俺は……俺たちはお前を誤解してたようだ。よく考えりゃ俺たちが聞いたのはほんの噂で…………真実なんかちゃんと聞いちゃいなかった。無理な依頼に送った俺も悪かったと言や悪かった────お前は卑怯者なんかじゃない」

「団長……」

「頑張れよ、護衛官の仕事。お前にしか出来ねェ事だ。きっと天国のユーウェインとロディーヌさんも誇りに思うだろうさ」

 傭兵だった父さんと、家でいつもその帰りを待っていた母さん。父さんは団長と同年代でよく一緒に組んでいたらしい。僕はその縁で、父さんも母さんも死んで独りになった後、傭兵団に世話になっていた。

 父さんは仕事の中死んだ傭兵だったから、僕は余計に団長を幻滅させたのかもしれない。

「……そうだ、まともに挨拶出来なくて」

「お」

 僕は、姿勢を正し、深く頭を下げた。

「団長、長い間本当にお世話になりました。僕は……傭兵団にいられて良かった」

 父さんが死んで、母さんと二人になって。母さんは体を崩してそのまま父さんの後を追うように死んだ。傭兵団に拾われなければ、僕は今ここにはいない。

「……顔上げろ、ほら」

 団長は僕へ手を差し出して来た。

「また気が向いたらいつでも遊びに来い、歓迎するぜ」

「…………はい!」

 僕はその大きな手を取り、握手した。その温かさに包まれて、僕は胸にずっと刺さり続けていたものがスッと抜けたような気がした。

「……アルファイリア様」

「何だ」

 団長が今度は腕組みして立っていたアルファイリア様の方へ向く。

「イヴァンの事を、どうかよろしくお願いします」

 そう言って頭を下げた団長。アルファイリア様はニッと笑う。

「任せろ。俺もこいつにはよく世話になってる。……勝手に引き抜いて悪かったな」

「いえ、滅相も無い……!」

「貴様、名前は?」

「は、はっ、ダライアス・クランディンと申します」

「よしダライアス、お前騎士にならないか」

「!……あ、アルファイリア様⁈」

 いきなり何を言ってるんだこの人は⁈いや僕の時もそんなものだったけど!

 しかし団長は苦笑を浮かべ、答えた。

「……お言葉ですが王様、私は傭兵として人生を全うする事を心に決めております。友との約束であります故」

「そうか、それは仕方ないな」

 にこりと笑って諦めたアルファイリア様。……本気だったのかどうなのかよく分からない……。

「そうだイヴァン」

「な、何ですか」

 団長が急に僕の方へ向いて言った。

「お前しばらく墓参り来てないだろ」

「……あっ」

 そうだ。傭兵団の敷地内にある共同墓地。所属していた傭兵達の眠る場所。宮廷に入ってからはずっと行けていない。

「時間が空いた時にでも行きな。ユーウェインの奴と皆にも報告しとけよ、自分の事」

「はい」

 じゃあな、と言って団長は皆を連れて去って行った。僕がそれを見送っていると、アルファイリア様が後ろから僕の肩を叩いた。

「よし」

「?」

「じゃあ行こうか」

「……どちらへ?」

「お前の親父さんとこ」

「…………えっ」

「だって滅多に出て来れないだろ?」

 えぇーそんなでもこんな日に墓参りというのも何だか……。

 と、そんな考えが顔に出ていたのか。

「俺の誕生日だとか気にするな、別にいつ行ったっていいじゃないか」

「……そう……ですか」

「俺が良いなら拒否する理由はないはずだ」

 ……はい、それもそうですね。


† † †


(……これは少し予想外だったネ)

 アグロヴァルはテントの下から、二人で去って行く王とイヴァンの姿を見てそう思った。

(もうちょっと悪い方に転けるかと思っていたが……そうかそうか、そういう展開もアリか)

 アグロヴァルはつまらなさそうに頬杖をついて、ため息を吐いた。

(傭兵の癖に騎士気取り。かつての仲間はバッサバッサとやっつけて。多少反感を買ってもおかしくは無いと思ったのだが……)

「思ったようには行かないモノだネ……」

「何がだ」

「!」

 ペレディルの声が聞こえたかと思うと、アグロヴァルの右頬の横に細剣の鋒が現れた。

「……な!」

「ヴィアの言う通り何か企んでやがったな?」

「コレはちょっとやり過ぎだと思うヨ⁈」

「うるせー、俺だって考えてやってる」

 はたとアグロヴァルが周りを見渡すと、観客は皆舞台の上のランスローと挑戦者に向けられていて、こちらを見ている人は誰もいなかった。

「……オレが議長サンにチクッたら終わるヨ、キミ」

「お前がグリフレットに対して良からぬ事を企んでるとか、俺が王様に言っちゃっていいの?」

「オレを脅すのかい、グリンエル」

「脅してない。交渉だ」

「……どう見たって脅しじゃないか?」

「…………じゃあ脅しだ」

 ペレディルは一つ咳払いすると、言った。

「言っとくが俺はグリフレットの味方だぞ」

「だろうネ。彼の周りには味方が多い。王のせいかナ」

「アンタは王には従わねェってのか」

「違うヨ。オレは王を思ってこその事だ」

「……代わりに良い奴がいるか?」

「酷い買い被り様だネ、そんなに良いのかい?あの傭兵が」

 ぐ、とペレディルがアグロヴァルを後ろに引く力が強まった。鋒が近付くので彼は慌てる。

「ちょ、ちょちょちょ待ってくれ」

「グリフレットに何かしたら許さねェ」

「……ハァ」

「きっとアンタは王が気付かない様な方法でやろうとするから、俺が許さねェ」

「…………キミ、普段から『自分は馬鹿だ』なんて言ってるけど、案外頭回るネ?」

「俺には難しい事は分からんから、ただ“悪い”と思った事を“悪い”と思ってるだけだ」

「単純思考だネ……」

 アグロヴァルはペレディルを逆さに見上げ、やれやれと呆れた顔をする。

「いいかナ、グリンエル。世の中そう単純じゃ無いんだヨ」

「知るか。少なくともアンタの決める事じゃない」

「……王が全て?」

「そうだ」

 ペレディルの答えに、アグロヴァルは一つ大きなため息を吐いた。

「自分一人で全部決めて、正しく道を歩ける訳が無いだろう」

「道は自分で決めるものだ」

「それは自由人・・・の発想だヨ」

「!」

 アグロヴァルは笑い、目を細める。

「王が自由でいられるとでも思ってるのかナ、キミは」

「…………」

 ペレディルはアグロヴァルを放す。勢いで椅子がガタンと鳴る。歪んだ襟を直すアグロヴァル。ペレディルは剣を鞘に納めた。

「……俺はアンタが嫌いだ」

「前から?」

「今なった」

「…………ふうん」

 アグロヴァルは胸ポケットか煙草を取り出そうとして、そしてこの場が禁煙である事を思い出してやめた。

「……ほらグリンエル、次はキミの出番だろう」

「…………」

 ペレディルはムッとして、つかつかと控えのテントの方へ向かって行った。

(……やれやれ、グリンエルは姉も弟も大胆な所があるネ)

 ニコチン不足でイライラとして来たアグロヴァルは、これくらいならいいか、と火を付けずに煙草を咥えた。スッキリはしないが、少し落ち着いた。

(オレ一人じゃア、どうにもならないってコトかナ)

 彼は口角を上げ、顔の前で手を組んだ。

「……何処かに良い味方がいるといいんだけどネ」

 舞台上ではペレディルと次の挑戦者の戦いが始まっていた。


† † †


 その日の夜。静かな自室。俺は机の周りに置かれたプレゼントの山を見ながら、今日の事を思い返していた。

 あの後、街の一角にある傭兵団の敷地内に俺達は行った。敷地全部でこの城の大きさくらいだろうか、それなりの広さは持っていた。四角い土地の手前に四角い建物が建っていて、その横を通った奥に共同墓地があった。

 この国では遺体は火葬した後、遺骨は細かく砕かれて、墓地に植えられたある樹の下に撒かれる。この樹というのは“天繋樹てんけいじゅ”と呼ばれる特別なもので、神の世界、“天界”にただ一つ生えている“聖樹”という樹の種が地上に落ちたもの────と云われている。死後、人の魂は神の世に還る。それを繋ぐ樹、として植えられているものだ。しかし種が落ちたと云われてはいるが、不思議な事にこの樹は種を作らない。新たな墓地を作る時は、樹の枝を切って挿し木をする、という方法を取る。

 実が成らない代わりに、この樹は光の粒子を降らす。ここの空中庭園にも小さいのがいくらか植えられている。それは天界から来たというアテリスの為に、だ。

 その樹の下には大きな石碑が建てられ、そこに多くの名が刻まれていた。イヴァンはその中から父の名と、かつての仲間達の名を指差して教えてくれた。

『僕の名前は父から貰ったんです』

 と、イヴァンはそう言って笑っていた。きっと素敵な御仁だったのだろうと思う。何故ならイヴァンは誇らしげに彼の話をしてくれたからだ。

 それから二人で祈りを捧げた後、街の墓地にあるイヴァンの母親の墓にも立ち寄った。そっちは街の普通の墓で、小さめの墓石が建っていた。

 イヴァンは途中で買った花をその墓石の上に備え、手を合わせて少しの間祈っていた。その背中は小さくて、どこか寂しそうに見えた。

「……俺じゃあ駄目なのか」

「何だか物憂げだねぇ、イリア」

「!」

 驚いて振り向くと、いつの間にかミルディンが部屋の中に立っていた。扉が開いた気配は無かった。

「……お前は本当に突然出て来るな」

「いや何、落ち込んでるなら慰めて上げようと思ってね?」

「落ち込んでない」

「そうかい?」

 ミルディンは近寄って来ると、積まれたプレゼントの中から一つ小さな箱を手に取った。

「またたくさん貰ったものだね」

「欲しいものがあればやるぞ」

「興味ないな。……君ももう少し嬉しそうにすればいいのに」

「俺も正直興味無いんだよな……」

「贅沢だねえ……」

 ふむ、とミルディンは手に持っている箱を見つめると、呟いた。

「……指輪かな」

「いらん」

「そうかい」

 と、ぽん、と突然箱が煙に包まれた。気付けばミルディンの手の中には青紫色の花のペンダントが。

「……なんだそれは」

「君はこういう方が好きだろう?」

 と、言っている間にペンダントは光に包まれ、透けた緋色の王冠の形をしたケースに入った。王冠のてっぺんにはダイヤが乗っている。

「誕生日おめでとう、イリア。俺からのプレゼントなら受け取るだろう?君」

「……ありがとう」

 俺はミルディンの手からそれを受け取った。ベルのような形の花を模したチャーム。どうやら鈴になっているらしい。

「君の誕生花だよ。花言葉は“謙遜”、“変わらぬ心”。君にぴったりだ」

「……皮肉か?」

「違うよ」

「…………そうか」

「持っていれば良い事があるかもね」

「お前が言うならそうなんだろう」

 俺が笑って言うと、ミルディンもにこりと笑う。外へ出る時はお守り代わりにでもしておこうか。

「さぁ、もう寝なよ。片付けは明日にしてさ」

「……いつも思うんだが、お前は一体どこで寝てるんだ?」

「秘密」

「お前は秘密ばかりだな」

「俺みたいなのは秘密が多くて丁度良いのさ」

「何だそれ」

 ミルディンは意地悪げに笑った。かと思うと、彼の姿は幻の様にそこから無くなっていた。

「……本当に幻だった……とか、ない……よな」

 手には確かに緋色の王冠が乗っている。その時俺は、王冠の表面に文字が刻まれているのに気付いた。

「……落ち込んでないって言ったのに」

 全くあいつは。全てお見通しだってか。

 そこには、短くこう書いてあった。


────『光は影と共にありて』


#25 END

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